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旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)04 第四話 京へ上った退屈男

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 10:21:23 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


       五

 ――疵は、逃げようとしたところをでも追い斬りに斬り下げられたらしく、右肩から左へ斜(はす)にうしろ袈裟(げさ)が一太刀です。しかし、斬った方でも余程慌てていたと見えて、危うくも急所をはずれていたのは、せめてもの幸運でした。
「ほほう、手当を急がば助からぬものでもないな。よしよし。――見世物ではない。退(ど)こうぞ。退こうぞ」
 物見高く囲りに集(たか)って、なすところもなくわいわいと打ち騒いでいる群衆を押しのけながら、退屈男はのっそりと露払いの弥太一といった、その若者の傍らに歩みよりました。
「ち、畜生ッ、うぬまでも来やがったかッ。後生だッ。後生だッ、もう勘弁してくれッ、この上斬るのは勘弁してくれッ。さっきヘゲタレと言ったのは、おれが悪かった。か、勘弁してくれッ。この上弄(なぶ)り斬りするのは勘弁してくれッ」
 それを弥太一が思いすごして、敵意あってのことと取ったらしく、必死にもがきながら訴えたのを、
「目違い致すな。江戸侍は気(き)ッ腑(ぷ)が違うわッ」
 全くそうです。ずばりと爽かに言いながら、目早く群衆を見廻していたが、近くに若いのが大いにイナセがって、三尺帯を臍(へそ)のあたりにちょこなんと巻きつけていたのを発見すると、
「お誂え向きじゃ。ほら、くるッと三べん廻って煙草にしろ」
 ねじ廻すようにくるくると身体を廻しながら、素早く白三尺をほどいて取って、当座の血止めにキリキリと傷口を、それもごく馴れた手つきで敏捷に結わえました。その江戸前のうれしい気性と、うれしい手当に、すっかり感激したのは露払いの弥太一です。
「仏だ。仏だ、ああ痛え! おお痛え! いいえ、旦那は生仏(いきぼとけ)でござんす。悪態(あくたい)ついた野郎を憎いとも思わねえで、御親切[#「御親切」は底本では「御視切」と誤植]な御手当は涙がこぼれます。おお痛え! ああ痛え、畜生ッ、ほ、骨がめりこむようだ。いいえ、涙が、涙がこぼれます。御勘弁なすっておくんなさいまし、さっきの、さ、さっきの悪態は御勘弁なすっておくんなさいまし」
 必死に歯を喰いしばって、必死に苦痛を耐(こら)えながら、手を合わさんばかりにお礼の百万遍を唱えました。――だが、退屈男は淡々たること水のごとし!
「現金な奴よ喃(のう)。ヘゲタレにしたり生仏にしたり致さば、閻魔様(えんまさま)が面喰らおうぞ。それより女! こりゃ、女」
 そこの暖簾先(のれんさき)に住の江の婢共(おんなども)が、只打ちうろたえながらまごまごしているのを見つけると、叱るように言いました。
大切(だいじ)なお客様がお怪我を遊ばしたのじゃ。早く介抱せい」
「………」
「何をためらっているのじゃ。京のお茶屋は、小判の顔を見ずば、生き死の怪我人の介抱もせぬと申すかッ」
 辛辣(しんらつ)な叱咤(しった)です。仕方がないと言うように手を添えた女達を促して、退屈男が瀕死の弥太一を運ばせていったところは、一瞬前、遊女達の美しい仇花(あだばな)が咲いた二階のあの大広間でした。
「ま! むごたらしい……」
 血まみれなその姿を眺めて、ぎょッと身を引きながら生きた心地もないように八ツ橋太夫は唇までも青ざめていたが、さすがは京の島原で太夫と言われる程の立て女でした。
「みなの衆は何をぼんやりしてでござんす。気付け薬はどこでござんす。医者も早う呼んであげて下さんし」
 新造達を叱って、取りあえず応急の手当にかからせました。だが、退屈男にとって第一の問題となり、何よりも急がれたものは、それまで行動を共にしていた者が、なにゆえ不意に斬られたかその不審です。手当の気付け薬で弥太一が、徐々に元気づいたのを見ますと、ぜひにもその謎を解いてやろうと言わぬばかりに、膝を乗り出してきき尋ねました。
「定めし深い仔細(しさい)あっての事であろう。何が因(もと)での刄傷じゃ」
「何もこうもねえんです。あの四人の野郎達は猫ッかむりなんです。喰わせ者なんです」
「なに! では所司代付の役侍とか申したのは、真赤な嘘か」
「いいえ立派な役侍なんです。役侍のくせに悪党働きやがって、人をこんなに欺(だま)し斬りしやがるんだから猫ッかむりなんです。おお痛え! 畜生ッ、くやしいんだッ、人を欺しやがって、くやしいんだッ。これも何かの縁に違えござんせぬ。打ッた斬っておくんなせえまし! 後生でござんす。あっしの代りに野郎共四人を叩ッ斬っておくんなせえまし!」
「斬らぬものでもない。退屈の折柄ゆえ、事と次第によっては斬ってもつかわそうが、仔細を聞かぬことにはこれなる一刀、なかなか都合よく鞘鳴りせぬわ。そちを欺したとか言うのは、どういう事柄じゃ」
「そ、そ、それが第一太(ふて)えんです。話にも理窟にもならねえほど太てえ事をしやがるんです。こうなりゃもうくやしいから、何もかも洗いざらいぶちまけてしまいましょうが、あっしゃ珠数屋へ出入りの職人なんです。ちッとばかり植木いじりをしますんで、もう長げえこと御出入りさせて頂いておりましたところ、――おお痛え! 太夫、命助けだ。もう一服今の気付け薬をおくんなせえまし、畜生めッ、旦那に何もかもお話しねえうちは、死ねって言っても死なねえんだッ。――ああ有りがてえ、お蔭ですっと胸が開けましたから申します。申します。話の起こりっていうのは、さっき御覧になったあの観音像なんです」
「ほほう、やはりあれがもとか。どうやら異国渡りの秘像のようじゃが、あれがどうしたと言うのじゃ」
「どうもこうもねえ、野郎達四人があれを種にひと芝居書きやがったんです。というのが、珠数屋のお大尽も今から考えりゃ飛んだ災難にかかったものだが、十年程前に長崎へ商売ものの天竺珠数(てんじくじゅず)を仕入れにいって、ふとあの変な観音像を手に入れたんです。ところがどうしたことか、それ以来めきめきと店が繁昌し出しましたんで、てっきりもうあの観音像の御利益と、家内の者にも拝ませねえほど、ひたがくしにかくして、虎の子のように大切にしている話を嗅ぎつけたのが、所司代のあの四人の野郎達なんです。これがまたおしい位の腕ッ利き揃いなんだが、ちッとばかり料見がよくねえんで、ひょッとすると切支丹の観音像かも知れねえと見当つけやがったと見えてね、ご存じの通り、切支丹ならば御法度(ごはっと)も御法度の上に、その身は礫(はりつけ)、家蔵身代(いえくらしんだい)は闕所(けっしょ)丸取られと相場が決まっているんだから、――おお、苦しい! 太夫水を、水をいっぺえ恵んでおくんなせえまし――ああありがてえ、畜生めッ、これでくたばりゃ七たび生れ代っても野郎四人を憑(と)り殺してやるぞッ――だからね、どうぞして観音像の正体を見届け、もしも切支丹の御秘仏だったら、御法度を楯に因縁つけて、大ッぴらに珠数屋の身代二十万両を巻きあげようとかかったんだが、お大尽がまた何としてもその観音像を見せねえんです。だから手段(てだて)に困って、出入りのこのあっしに渡りをつけやがって、うまくいったら五百両分け前をやるからと、仲間に抱き込みやがったんです。われながらなさけねえッたらありゃしねえんだが、五百両なんて大金は、シャチホコ立ちしたってもお目にかかれねえんだから、つい欲に目が眩(くら)んで片棒かつぐ気になったのがこの態(ざま)なんです。だけどもお大尽は、幾らあっしがお気に入りでも、どんなにあっし達が機嫌気褄(きげんきづま)を取り結んでおだてあげても、あの観音像ばかりはと言って、ちっとも正体を見せねえので、とどひと芝居書こうと考えついたのが、こちらの八ツ橋太夫なんです。――おお苦しい! もう、もう声も出ねえんです。苦しくて、苦しくて、あとはしゃべれねえんです。これだけ話しゃ、太夫がもう大方あらましの筋道もお察しでしょうから、代って話しておくんなせえまし。くやしいんだッ、是が非でも奴等の化けの皮を引ッぱいでやらなきゃ、死ぬにも死にきれねえんだッ。いいや、旦那にその讐(かたき)を討って貰うんです! どうやら気ッ腑のうれしい旦那のようだから討って貰うんです。だから太夫、話してやっておくんなせえまし。あっしに代って、よく旦那に話してやっておくんなせえまし……」
「よう分りました。どうもお初の時から御容子が変だと思いましたが、それで何もかも察しがついてでござんす。話しましょう、話しましょう。代って話しましょうゆえに、江戸のぬしはんもようきいておくれやす。十日程前でござんした。こちらの弥太一様がわたしを名ざしでお越しなはってな、お前はこの曲輪(くるわ)で観音太夫と仇名されている程の観音ずきじゃ。ついては、珍しい秘仏をさるお大尽様が御秘蔵[#「御秘蔵」は底本では「御秘像」と誤植]じゃが見とうはないかと、このようにおっしゃったんでござんす。観音様は仇名のようにわたしが日頃信心の護り本尊、是非にも拝ましておくんなさんしと早速駄々をこねましたら、あのお大尽をお四人様達大勢が、面白おかしゅう取り巻いてお越しなはったんでござんす。なれども、よくよくお大切(だいじ)の品と見えて、なかなかお大尽が心やすう拝ましてくだはりませんのでな、みなさんに深いお企らみがあるとも知らず、口くどうせっつきましたところ、ようようこん日拝まして下はるとのことでござんしたゆえ、楽しみにしてさき程、ちらりと見せて頂きましたら、御四人様が不意に怕(こわ)い顔をしなはって、まさしく切支丹じゃッ、お繩うけいッ、とあのようにむごたらしゅうお大尽をお召し捕りなすったんでござんす。それから先は、どうしてまた弥太一様が、こんな姿になりましたことやら、わたくし察しまするに――」
「どうもこうもねえんだ。おいらを、この弥太一を生かしておきゃ後腹(あとばら)が病めるからと、バッサリやりやがったんです。斬ったが何よりの証拠なんだ。奴等の企らみが、あくでえ[#「あくでえ」に傍点]細工が、世間にバレねえようにとこの俺を斬ったが何よりの証拠なんだ。野郎共め、今頃はほくそ笑みやがって、珠数屋の二十万両を丸取りにしようとしているに違げえねえんです。いいや、お大尽も早えところ片附けなきゃと、今頃はお仕置台(しおきだい)にでものっけているに違げえねえんです。いっ刻(とき)おくれりゃ、いっ刻よけいむごい目にも会わなきゃならねえに違げえねえんだから、ひと乗り乗り出しておくんなせえまし、後生でござんす! 後生でござんす!」
 ギリギリと歯ぎしり噛んで、苦しげに訴えた弥太一の血まみれ姿を黙然と見守りながら、わが好もしき江戸名物の旗本退屈男はじりじりと傍らの白柄細身をにぎりしめました。事実としたら、もとより許しがたい。企らみのあくどさは言うまでもないこと、より以上に許せないのは四人のその身分です。御禁中警固、京一円取締りの重任にあるべき所司代詰の役侍が、その役柄を悪用して不埒(ふらち)を働こうとしているだけに許せないのです。しかし、問題は珠数屋のお大尽に、切支丹の気があるかどうかなのだ。これをお繩にしたのだったら、止むをえないが、全然それらしい匂いすらもない者を、無実と知りながら罪におとし入れようとの細工であったら、――退屈男の双の目はキラリと冴え渡りました。
「珠数屋というからには仏に縁がある筈、よもやあれなる大尽、切支丹宗徒ではあるまいな」
「ねえんです。ねえんです。切支丹どころか真宗(しんしゅう)のこちこちなんだのに、只あの変な観音様を内証(ないしょ)に所持しているというだけで、やみくも因縁つけようというんだから、今となっちゃあっしまでも野郎達四人が憎くなるんです。言ううちにも、お大尽がお仕置(しおき)にでもなッちや可哀そうだから、ひと肌ぬいでおくんなせえまし。大尽のうちゃ、つい近くの西本願寺様を表へ廻ったところなんだから、行ってみりゃ容子がお分りの筈です。おお痛てえ! もう死にそうなんだッ。打ち斬っておくんなせえまし! 早えところお出かけなすって、打ッた斬っておくんなせえまし! 後生でござんす! 後生でござんす!」
「ようし! 参ろうぞ。対手が所司代付きとあらば、骨があるだけに、どうやらずんと退屈払いが出来そうじゃわい。ならば八ツ橋太夫、弥太一とやらの介抱手当は、しかと頼んでおくぞ」
「大丈夫でござんす。御縁があらばあとでしッぽりと、いいえ、ゆるゆる。……ゆずる葉! お乗り物じゃ。お乗り物じゃ。早うお駕籠をとッて進ぜませい」
 色香も程の、うれしく仇な八ツ橋の言葉をあとにして、ひらりと駕籠に乗るや一散走り。――

※すういとな、すういとな。
ぬしが帰りの駕籠道に
憎や小雨が降るわいな。降るわいな。


 灯影を縫ってどこかの二階からか、やるせなさそうな爪弾(つまびき)の小唄が、一散走りのその駕籠を追いかけてなまめかしく伝わりました。

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