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敵討札所の霊験(かたきうちふだしょのれいげん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/12 9:22:13 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        十七

 藤屋の女房お梅は、十三年振で図(はか)らずも永禪和尚に邂逅(めぐりあ)いまして、始めの程は憎らしい坊主と思いましたなれども、亭主が借財も有りますから一(いッ)か遁(のが)れと思いましたも、固(もと)より汚(よご)れた身体ゆえ、何うかして欺(だま)し遂(おお)せて遁れようと言いくるめて居ります中(うち)に、度々(たび/\)参ると、彼方(むこう)でも親切に致しますも惚れて居りますから、何事もお梅の云う通りに行届(ゆきとゞ)き、亭主は窮して居りますから、固より不実意の女と見えて、永禪和尚の情にひかされて宗慈寺へ日泊(ひどまり)を致す様に成りましたが、お梅は年三十になりますから少ししがれて見えますが、色ある花は匂い失せずの譬(たと)え、殊(こと)に以前勤めを致した身でございますから取廻しはよし、永禪和尚の法衣(ころも)を縫い直すと申して、九月から十月の中頃まで泊り切りで、家(うち)はお繼という十二歳になる娘ばかりで、一日も帰って来ませんで、まことに不都合だから、藤屋七兵衞は腹立紛れに寺へ来て見ると、台所に誰(たれ)も居りません。
七「庄吉(しょうきっ)さん……お留守でげすか……御免なせえ」
 と納所部屋へ上って、
七「開けても宜(よ)うがすか……おや眞達さんも誰も居ない、何処(どこ)へお出でなさった……旦那様お留守でげすか、お梅は居りませんか」
 と納所部屋から段々庫裏(くり)から本堂の方へ来ると、本堂の後(うしろ)に一寸(ちょっと)した小座敷がございます、此処(こゝ)にお梅と二人で差向い、畜生めという四つ足の置火燵(おきごたつ)で、ちん/\鴨だか鶩(あひる)だか小鍋立(こなべだて)の楽しみ酒、そうっと立聴(たちぎゝ)をするとお梅だから、七兵衞はむっと致しますのも道理、身代を傾け、こんな遠国へ来て苦労するも此の女ゆえ、実に斯(こ)う云うあまッちょとは知らなんだ、不実な奴と癇癖(かんぺき)が込上げ、直ぐに飛込んで髻(たぶさ)を把(と)ってと云う訳にもいきません、坊主ですから鉄鍋の様に両方の耳でも把るか、鼻でも※(「鼻+りっとう」、第3水準1-14-65)(そ)ごうかと既に飛込みに掛りましたが、いや/\お梅もまさか永禪和尚に惚れた訳でも無かろう、この和尚に借金もあり、身代の為にした事かと己惚(うぬぼれ)て、遠くから差配人が雪隠(せっちん)へ這入った様にえへん/\咳払いして、
七「御免なさい」
永「おゝ誰(たれ)かと思うたら七兵衞さん、此方(こっちゃ)へお這入りなさい」
七「へい御無沙汰を致しました、お梅が毎度御厄介に成りまして」
永「いゝやお前も不自由だろうが綿入物(わたいれもの)が沢山有るので、着物を直すにもなア、あまり暮の節季になると困るから、今の中(うち)にと云うてな斯(こ)うやって精出してくれる、私(わし)も今日は好(よ)い塩梅(あんばい)に寺に居て、今気がつきるから一杯と云うて居たが、好い処へ来たのう、相手欲しやの処へ幸いじゃアのう、さア一杯、さア此方(こっち)へ這入りなさい」
七「へい…有難うございます、お梅時々家(うち)へ帰って呉んな、のう子供ばかり残して店を明(あけ)ッ放(ぱな)しにして、頑是(がんぜ)ねえお繼ばかりでは困るだろうじゃアねえか、此方(こちら)さまへ来ていても宜(い)いが、家を空(から)あきでは困るから云うのだ」
梅「あゝ、だからさ、もう沢山(たんと)お仕事もないから私は一寸(ちょっと)帰ろうと思ったが、けれどもねえ、綿入物もして置こうと思って、二三日に仕舞になると思って、一時(いちどき)に慾張って縫って居るのさ、さぞ不自由だろうね」
七「不自由だって此方(こちら)さまでも仕事は夜でも宜(い)いやアな、昼の中(うち)店を明ッ放しにして、年も往(い)かねえ子供を置いて来て居ては困るからな、それに此方では夜の御用が多いのだろうから夜業仕事(よなべしごと)にしねえな、昼は家で店番をして夜だけ此方さまへ来(き)ねえな、おれも困るからよ」
永「あゝそれは然(そ)うじゃア、内は夜で宜(よ)い、まア詰らん物じゃアが一杯遣りなさい」
七「有難う……此のお座敷は今まで存じませんだったが、こんな小座敷はないと思って居りました、へえ此の頃お手入で、なるほど斯(こ)う云う処がなければ不自由でしょうね、大層お庭の様子が違いましたな」
永「あゝ彼処(あそこ)に墓場が有るから参詣人が有るで、墓参りのお方に見えぬように垣根して囲(かこ)ったので」
七「なるほど左様で、墓場から覗(のぞ)かれては困りましょうね、旦那は薬喰いと云うが、此の頃は大層腥物(なまぐさもの)を喰(あが)りますが、腥物を食ったって坊様が縛られる訳でもないからねえ、当然(あたりまえ)で、旨い物は喰った方が宜(よ)うがすね」
永「はい実はな時々養いに喰(や)るじゃ、魚喰うたとて何も咎(とが)めはないが、仏の云うた事じゃアから喰わぬ事に斯う絶って居(お)るが、喰うたからって何も其の道に違(たご)うてえ訳ではないのよ」
七「然(そ)うでしょうね、これは然うでしょう、些(ちっ)とは精分を付けなければなりませんね、旦那今日は御馳走に成ります積りで」
永「左様ともね」
七「実は旦那お願いが有りますが、お前さんにも拝借致しましたし、その上こんな事を云っては済みませんが、包(つゝみ)を脊負(しょ)って僅(わず)か旅籠町(はたごまち)を歩いたぐらいでは何程の事も有りませんで、此の頃は萬助の世話で瞽女町(ごぜまち)へ行(ゆ)きますが、旅籠屋も有りますから些とは商いも、瞽女町だけにまア小間物は売れますが、荒物屋じゃア仕様がございません、それに今度金沢から大聖寺(たいしょうじ)山中(やまなか)の温泉の方へ商いに行きたいと思いますのさ、就(つい)ては小間物を仕込みたく存じますが、資本(もとで)が有りませんから、拝借のあるに願っては済みませんが沢山(たんと)は入りません、まア五十両有れば山中の温泉場へ行って、商いに少し利があれば金沢で物を買って来る、大きい方の商いは今までに覚えが有りますので、元私(わたくし)はお梅も知って居ますが、奉公人の十四五人も使った身の上で、此奴(こいつ)は今は婆アですが若い中(うち)に了簡違いをして、此奴が来たからと云う訳でも有りませんが此様(こんな)に零落(れいらく)して、斯う云う処へ引込(ひっこ)み、運の悪いので、する事なす事損ばかり、誠に旦那済まねえが御贔屓序(つい)でに五十両貸して呉(く)んなさいな」

        十八

永「貸して遣(や)ろうとも、お前が資本(もとで)にするなれば貸しましょう、宜(よ)いわ、宜いが然(そ)う云う事は緩(ゆっ)くり相談しなければならん、何(ど)の様(よう)にも相談しよう……おゝ酒が無くなったが折角七兵衞さんが来てのじゃ、酒がなければ話も出来ぬ、お梅さん御苦労ながら、門前では肴(さかな)が悪いから重箱を持って瞽女町へ往(い)って、うまい肴を買って七兵衞さんに御馳走して……お前遠くも瞽女町へ往って来て呉れんか、とてもうまいものは近辺にはないからのう」
梅「じゃア往って来ましょう」
七「往って来(き)ねえ、御馳走に成るのだから……旦那え、お梅も追々(おい/\)婆アに成りましたが、あの通りの奴でね、また私も萬助より他に馴染がないので心細うございます、お梅も此方(こちら)へ上(あが)るのを楽しみにして居ります、旦那可愛がって遣って、あんな奴でも一寸(ちょっと)泥水へ這入った奴で、おつう小利口なことをいうが、人間は余り怜悧(りこう)ではないがね、もし旦那、お相手によければ差上げますぜ、だが上げる訳にもいきませんかね、私(わたくし)も苦労を腹一杯した人間ですから、旦那が私(わたし)を贔屓にして下されば、話合いで貴方(あなた)は隠居でもなすってねえ、隠居料を取って楽に出来るお身の上に成ったら、その時にゃア御不自由ならお梅は仕事に上げッ切(きり)にしても構わねえという心さ」
永「そりゃまさか他人(ひと)の女房を借りて置く訳には往(い)かんが、仕事も出来る大黒の一人も置きたいが、他見(たけん)が悪いから不自由は詮事(しょこと)がないよ」
七「もしそれはお前さんの事だから屹度(きっと)差上げますよ、それにお梅はお前さんに惚れて居りますぜ、ねえ宗慈寺の旦那様は何(ど)うも御苦労なすったお方だから違う、あれでお頭(つむり)に毛が有ったら何うだろうなんぞと云いますぜ」
永「こりゃ、その様な詰らぬ事を云うて」
七「それは女郎(じょうろ)の癖が有りますから……浮気も無理は無いのです、もう酒は有りませんか」
永「今来るが、私(わし)はねえ酒を飲むと酒こなしを為(し)なければいかぬから、腹こなしを為(す)る、お前見ておいで」
 と藁草履(わらぞうり)を穿(は)いてじんじん端折(ばしょり)をして庭へ下りましたが、和尚様のじんじん端折は、丸帯(まるぐけ)の間へ裾(すそ)を上から挟(はさ)んで、後鉢巻(うしろはちまき)をして、本堂の裏の物置から薪割(まきわり)の柄(え)の長いのを持って来て、ぽかん/\と薪を割り始めましたが、丁度十月の十五日小春凪(こはるなぎ)で暖かい日でございます。
七「旦那妙なことをなさるね」
永「いや庄吉は怠けていかぬから私(わし)が折々(おり/\)割るのさ、酒を飲んだ時はこなれて宜(い)いよ」
七「なるほど是れは宜(よ)うございましょう、跣足(はだし)で土を踏むと養生(くすり)だと云いますが、旦那が薪を割るのですか」
永「七兵衞さん薪炭を使わんか、檀家から持って来るが、炭は大分(だいぶ)良い炭じゃア、来て見なんせ……此方(こっちゃ)に下駄が有るぞえ」
七「何処(どこ)に下駄が」
永「それ其処(そこ)に見なさい」
七「成程これは面白い妙な形(なり)で、旦那の姿が好(い)いねえ、何うもあなた虚飾(みえ)なしに、方丈様とか旦那様とか云われる人の、薪を割るてえなア面白いや」
永「七兵衞さん、先刻(さっき)お前、私(わし)におつう云掛(いいか)けたが、お前はお梅はんと私と訝(おか)しな事でも有ると思って疑(うたぐ)って居やアせぬか」
七「旦那もし、私が疑ぐるも何もねえ、貴方が隠居なさればお梅を上切(あげき)りにしても宜(い)いので、疾(と)うに当人も其の心が有るのだから、その代りにねえ貴方」
永「おい/\私(わし)はお前(ま)はんのな女房を貰い切りにしたいと何時(いつ)頼みました」
七「頼まねえと、頼んでも宜(い)いじゃアねえか、吸涸(すいから)しではお気に入りませんかえ」
永「これ私(わし)も一箇寺(いっかじ)の住職の身の上、納所坊主とは違うぞえ、それはお前(ま)はんがお梅さんと私が訝(おか)しいと云うては、夫ある身で此の儘には捨置かれんが」
七「捨置かれんたってお前(まえ)さんも分りませんね、お梅はお前さんと何うなって居ると云うのは眼が有りますから知っては居ますが、何も苦労人の藤屋七兵衞知らねえでいる気遣いはねえのさ」
永「こりゃ私(わし)は覚えないぞ、えゝや何う有っても、そんな事をした覚えないわ」
 と大声を揚げて云うより早く、柄の長い大割(おおわり)という薪割で、七兵衞の頭上を力に任せ、ずうーんと打つと、
七「うーん」
 と云いつゝ虚空を掴(つか)んで身を顫(ふる)わしたなりで、只(たっ)た一打(ひとうち)に致しましたが、これが悪い事を致すと己(おのれ)の罪を隠そうと思うので、また悪事を重ねるのでございますから、少しの悪事も致すもので有りません。少しの悪事でも隠そうと思って又重ねる、又其の罪を隠そうと思っては悪事を次第々々に重ねて猶(なお)また悪事に陥ります。毛筋ほどでも人は悪い事は出来ませんものでございます。永禪和尚は毒喰わば皿まで舐(ねぶ)れと、死骸をごろ/\転がして、本堂の床下へ薪割で突込(つきこ)みますのは、今に奉公人が帰って来てはならぬと急いで床下へ深く突入(つきい)れました。

        十九

 お繼という七兵衞の娘は今年十三になりますが、孝心な者でございます。母親(おふくろ)が居りませんに、また父親(おやじ)が見えませんから、屹度(きっと)宗慈寺様へ行って居(い)るので有ろうと、自分も何時(いつ)も此の寺へ参りますと、和尚に物を貰って可愛がられるから度々(たび/\)参りますので、勝手を存じて居りますから、
繼「お父様(とっさん)は居りませんか、お母(っか)さんは」
 と納所部屋を捜しても居りません。すると本堂の次が開いて居りますから、其処(そこ)へ来ると草履(ぞうり)が有りますから庭へ下りまして、
繼「おや和尚様お母さんは居りませんか、お父様は」
 と屈(こゞ)んで云いましたが、女の子は能(よ)く頭(かしら)を斯(こ)う横にして下を覗(のぞ)く様にして口を利くものでございますが、永禪は只(と)見ると飛んだ処へ来た、年は往(い)かぬが怜悧(りこう)な娘、こりゃ見たなと思ったから、物をも云わず永禪和尚柄の長い薪割を振上げて追掛(おっか)けたが、人を殺そうという剣幕、何(なん)ともどうも怖いから、
繼「あれえ」
 ばた/\/\/\/\/\/\と庭を逃げる、跡を追掛けて行(ゆ)き、門の処まで追掛け、既に出ようとする時お梅が帰って来て、
梅「まア旦那何うなすったよ、みっともないよ」
永「おゝ宜(い)い処へ来た」
梅「もし何ですよ、お繼はキエ/\と云って駈けて往(ゆ)きましたが、貴方もみっともないよ跣足(はだし)でさ」
永「一寸(ちょっと)お前此処(こゝ)へ来な……お梅はん、お繼が逃げたから最(も)う是までじゃア、詮事(しょこと)がない、さア私(わし)も最早命はない、お前も同罪じゃでなア、七兵衞さんはお前と私(わし)の間(なか)を知って五十両金の無心、二つ三(み)つ云合(いいお)うたが、知られては一大事、薪割でお前の亭主を打殺したぜ」
梅「あれまアお前さん、何だってねえ」
永「さア/\殺す気もなかったが、是も仏説で云う因縁じゃア、お前(ま)はんに迷ったからじゃア、お前(まえ)は藤屋七兵衞さんを大事に思う余り私(わし)の云う事を聴いたろうが、お繼が駈けて来て床下を覗いてお父様はと云うたから、見たと思うて追掛(おいか)けたが、お繼を欺(だま)して共に打殺し、私と一緒に逃げ延びて遠い処へ身を隠すか、否(いや)じゃアと云えば弐心(ふたごゝろ)じゃア、お前も打殺さなければならん」
梅「何だってまア、そんな事を云ったって、お繼はお前さんが可愛がるから仮令(たとえ)見たとって、よもや貴方が親父を殺したとは気が付くまいと思いますから、其処(そこ)がまだ子供だから分る気遣(きづかい)は有りませんよ、私が篤(とっ)くり彼(あ)の子の胸を聞きますからさ」
永「じゃアお前が連れて来れば宜(よ)い」
梅「まアお待ちなさい、当人を連れて来て全く見たなら詮方(しかた)もないが、見なければ殺さなくっても宜(い)いじゃアないか」
永「知らぬければ宜(え)いが、ありゃお前の実(ほん)の子じゃ有るまいが」
梅「だって三歳(みッつ)の時から育てゝ、異(ちが)った子でも可愛いと思って目を掛けましたから、彼(あ)の子も本当の親の様にするから、私も何うか助けとうございますわ、あれまア何うでもするから待って下さいよ」
 と話をして居る処へ寺男が帰って来て、
庄吉「はゝ只今帰りました」
永「おゝ帰ったか」
男「へえー彼方様(あっちゃさま)へ参(めえ)りますと何(いず)れ此方(こっちゃ)から出向かれまして、えずれ御相談致しますと、そりゃはや何事も此方から出向(でむか)れましてと斯様(かよう)にしば/\と申されまして、宜しくと仰せ有りましたじゃと」
永「おゝ手前あのなに何へ行って大仏前へ行ってな、常陸屋(ひたちや)の主人(あるじ)に夜(よ)になったら一寸(ちょっと)和尚が出て相談が有るからと云うて、早く行って」
男「はい左様(さよ)か、行(い)て参(まい)るますと」
永「お梅早く先へ帰りな」
梅「じゃア私は先へ帰ります」
永「潜(ひそ)かに今宵忍んでお前の処へ行(ゆ)くぜ」
梅「そうして死骸は」
永「しい、死骸で庭が血(のり)だらけに成ってるから、泥の処は知れぬように取片付(とりかたづ)けて置いた、なそれ、縁の下へ彼(あ)の様に入れて置いたから知れやアせん、江戸と違って犬は居ず、埋(うず)めるはまア後(あと)でも宜(よ)い、お前は先へ帰りな」
梅「はい/\」
 と云いますが、お梅は此処(こゝ)に長居もしませんのは脛(すね)に疵(きず)持ちゃ笹原(さゝはら)走るの譬(たと)えで、直(すぐ)に門前へ出まして、これからお繼を捜して歩きましたが、何処(どこ)へ行ったか頓(とん)と知れなかったが、漸(ようや)く片原町(かたはらまち)の宗円寺(そうえんじ)という禅宗寺から連れて来ました。この宗円寺の和尚さんは老人でございますからお繼を可愛がりますので、此の寺に隠れて居りましたのを連れて帰り、
梅「まアお前何処へ行って居たかと思って方々(ほう/″\)捜したよ」
繼「はい宗円寺様へ行って居たのでございますわ」
梅「何でお前逃出したのだよ」
繼「あのお母様(っかさん)怖いこと、宗慈寺の和尚様が薪割を提(さ)げて殺して仕舞うってね、怖くって一生懸命に逃げたけれど、行(ゆ)く処がないから宗円寺様へ逃込んだの」
梅「お前本当じゃアないよ、嚇(おど)かしだよ、からかったのだね」
繼「いゝえ、おからかいでないの、一生懸命の顔で怖いこと/\」
梅「一生懸命だって、お前(まい)を可愛がって御供物(おもりもの)や何か下さる旦那さまだもの、ほんのお酒の上だよ」
繼「然(そ)う、私(わたし)ゃねお父様(とっさん)を捜しに往ったの」

        二十

梅「お父様(とっさん)はあのお商いも隙(ひま)だから、あの金沢から山中の温泉場の方へ商いに往って、事に依ったら大阪へ廻って買出しを致(し)たいからと云って、些(ちっ)とばかり宗慈寺様からね資本(もとで)を拝借したのだよ、そうして買出しかた/″\お商いに往ったから、半年や一年では帰らないかも知れないよ、その代り確(しっ)かり仕入れて、以前(もと)の半分にも成れば、お繼にも着物を拵(こしら)えて遣(や)られると云って、お前が可愛いからだね」
繼「そう、お父様が半年も帰らないと私は一人で寝るの」
梅「宜(い)いじゃないか、私が抱いて寝るから」
繼「嬉しい事ね、あの他処(よそ)の子と異(ちが)って私は少(ちい)さい時からお父様とばかり一緒に寝ましたわ、お母(っか)さんと一緒に寝られるなら何時(いつ)までもお父様は帰らないでも宜(よ)いの」
梅「然(そ)うかえ、私と寝られゝばお父様は帰らないでも嬉しいとお思いかえ、然うお云いだと誠にお前がなア憫然(かわいそう)で、なに可愛くなってね、どんなに私が嬉しいか知れないよ、本当に少さいうちから抱いて寝たいけれども、何だか隔てゝいる中で、己(おれ)が抱いて寝るとお父(とっ)さんに云われたが、お前の方から抱(だか)って寝たいと云うのは真(しん)に私は可愛いよ」
繼「私も本当に嬉しいの」
梅「あのお前私がお膳立(ぜんだて)するから、お前仏様へお線香を上げなよ、お父様へ、いえなにお先祖様へ」
 とお梅は不便(ふびん)に思いますから膳立をして、常と異(ちが)ってやさしくお繼に夕飯(ゆうめし)を食べさせ、あとで台所を片付けてしまい、
梅「お繼お前表口の締りをおしよ」
繼「はい」
 とお繼は表の戸締(とじまり)を為(し)ようと致しますると、表から永禪和尚が忍んで参りまして、
永「お梅/\」
梅「はい今開けます、旦那でございますかえ」
 と表を開(あけ)る。永禪が這入るを見るとお繼は驚きまして、
繼「あゝれ」
 と鉄切声(かなきりごえ)で跣足(はだし)でばた/\と逃出しますので。
永「あゝ恟(びっく)りした、何(なん)じゃい」
梅「今お前さんの顔を見てお繼が逃出したので」
永「おゝ左様(そう)か、お繼は最前の事は何(ど)うじゃ、死骸を隠した事は怜悧(りこう)だから見たで有ろう」
梅「いゝえ見ませんよ」
永「いや見たじゃ」
梅「見やアしませんよ、お前さんは心配していらっしゃるが大丈夫ですよ」
永「然うかえ」
梅「お父様はと聞きますからお父様は山中の温泉場から上方へ往ったから、一二年帰らないと云ったら、私に抱かって寝られゝば帰らないでも宜(い)いと云います、お父さんは何処(どこ)へ往ったと聞くくらいだから知りませんよ」
永「知らぬか」
梅「大丈夫でございます、知る気遣(きづかい)ないと私は見抜いたから御安心なさいよ」
 と云うので、是から亭主が無いから毎晩藤屋の家(うち)へ永禪和尚忍んで来ては逢引を致します。心棒(しんぼう)が曲りますと附いて居る者が皆(み)な曲ります、眞達という弟子坊主が曲り、庄吉という寺男が曲る。旅魚屋(たびさかなや)の傳次(でんじ)という者が此の寺へ来て、納所部屋でそろ/\天下御制禁(ごせいきん)の賭博(いたずら)を為(す)る、怪(け)しからぬ事で、眞達は少しも知らぬのに勧められて[#「勧められて」は底本では「勤められて」]為ると負ける。
傳「眞達さん冗談じゃねえ、おいお前金を返さなくっちゃアいけねえ」
眞「今は無(な)えよ」
傳「今無くっちゃア困るじゃアねえか」
眞「無(ね)え物を無理に取ろうて云うも無理じゃアねえか、だらくさい事を云いおるな」
傳「無(ね)えたってお前己(おれ)が受ければ払いを附けなければ成らねえ」
眞「今無(な)えから袈裟文庫(けさぶんこ)を抵当(かた)に預ける」
傳「こう袈裟文庫なんぞ己(おら)っちが抵当に預かっても仕様がねえ」
眞「是が無くては法事に往(い)くにも困るから、是をまア払うまで預かって」
傳「そんな事を云って困るよ、おい眞達さん一寸(ちょっと)聞きねえ、まア此処(こゝ)へ来(き)ねえ」
 と次の間へ連れて往(い)きまして
「こうお前(めえ)和尚に借りねえ」
眞「師匠だって貸しはしなえ」
傳「貸すよ」
眞「いや此の間私(わし)が一両貸しゃさませと云うたら何に入るてえ怖ろしい眼(まなこ)して睨(ねら)んだよ、貸しはせんぞ」
傳「お前(めえ)いけねえ、和尚は弱い足元を見られて居るぜ、お前知らねえのか、藤屋の亭主は留守で和尚は毎晩しけ込んで居る、一箇寺(いっかじ)の住職が女犯(にょはん)じゃア遠島になる、己(おら)ア二度見たぜ」
眞「じゃア藤屋の女房(じゃあま)と悪い事やって居るか」
傳「やって居るよ、己ア見たよ」
眞「それははや些(ちっ)とも知らぬじゃ」
傳「斯(こ)う為(し)ねえ、彼処(あすこ)へ往ってお前が金を貸してと云えば、否応(いやおう)なしに貸そうじゃアねえか」
眞「成程、じゃア私(わし)が師匠に逢(お)うてお前様お梅はんと寝て居りみすから、私に何うか賭博(ばくち)の資本(もとで)を貸してお呉んなさませと云うか」
傳「そんな事を云っちゃア貸すものか、そこがおつう訝(おか)しく云うのだ、人間は楽しみが無くってはいけません、私(わたくし)も女を抱いては寝ませんが、瞽女町へ往って芸者を買ったとか、娼妓(じょうろ)を買ったとか、旨いものが喰いたいから、二十両とか三十両とか貸せと云えば、直(じ)きに三十両ぐらえは貸すよ、お前(めえ)さんはお梅さんの酌でお楽(たのし)みぐらいの事を云いねえ」
眞「むう、巧(うま)い事を教えて呉れた、有難い/\」
 と悦びまして、馬鹿な坊主で、じん/\端折(ばしょり)で出掛け、藤屋の裏口の戸の節穴からそっと覗(のぞ)くと、前に膳を置いて差向いで酒を飲んで居りますから、小声で、
眞「もしお梅はん/\」



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