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日本の肖像画と鎌倉時代(にほんのしょうぞうがとかまくらじだい)
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| 作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/13 16:31:03 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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(附記) 支那に於ては、元明以後、肖像畫は益
形式に流れ、仕女の名匠として明代に仇英の如きあるも、肖像畫に精采を賦與する程の感化を及ぼさず、清朝の禹之鼎の如き、肖像を善くすといはれしも、要するに仇英一派の後勁たるに過ぎず。但だ乾隆嘉慶以後、思想の變化と共に仕女の名家輩出して、遂に改 の如き新しき生氣ある仕女畫を生ずるに至れるが、此時代さへも肖像畫は遂に復活するに至らざりき。其の畫法の如きも、元代の王繹が寫像訣なる者を出せしより、一定の範疇に陷りて、其の圈外に跳出する者なし。故に元代に於ても、肖像畫にも南畫の風格を移入せし少數の試みありしも、遂に山水畫の如く發展するに至らず、隨つて我國の畫風にも影響することなかりしなり。(大正九年十二月史學地理學同攻會講演) 底本:「内藤湖南全集 第九卷」筑摩書房 1969(昭和44)年4月10日発行 1976(昭和51)年10月10日第3刷 底本の親本:「増訂日本文化史研究」弘文堂 1930(昭和5)年11月発行 初出:史學地理學同攻會講演 1920(大正9)年12月 入力:はまなかひとし 校正:菅野朋子 2001年11月14日公開 2006年1月21日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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