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文鳥(ぶんちょう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-18 9:18:58 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

十月早稲田(わせだ)に移る。伽藍(がらん)のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖(ほおづえ)で支えていると、三重吉(みえきち)が来て、鳥を御飼(か)いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥(ぶんちょう)ですと云う返事であった。
 文鳥は三重吉の小説に出て来るくらいだから奇麗(きれい)な鳥に違なかろうと思って、じゃ買ってくれたまえと頼んだ。ところが三重吉は是非御飼いなさいと、同じような事を繰り返している。うむ買うよ買うよとやはり頬杖を突いたままで、むにゃむにゃ云ってるうちに三重吉は黙ってしまった。おおかた頬杖に愛想を尽かしたんだろうと、この時始めて気がついた。
 すると三分ばかりして、今度は籠(かご)を御買いなさいと云いだした。これも宜(よろ)しいと答えると、是非御買いなさいと念を押す代りに、鳥籠の講釈を始めた。その講釈はだいぶ込(こ)み入(い)ったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価(たかい)のでなくっても善(よ)かろうと云っておいた。三重吉はにやにやしている。
 それから全体どこで買うのかと聞いて見ると、なにどこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答をした。籠はと聞き返すと、籠ですか、籠はその何ですよ、なにどこにかあるでしょう、とまるで雲を攫(つか)むような寛大な事を云う。でも君あてがなくっちゃいけなかろうと、あたかもいけないような顔をして見せたら、三重吉は頬(ほっ)ぺたへ手をあてて、何でも駒込に籠の名人があるそうですが、年寄だそうですから、もう死んだかも知れませんと、非常に心細くなってしまった。
 何しろ言いだしたものに責任を負わせるのは当然の事だから、さっそく万事を三重吉に依頼する事にした。すると、すぐ金を出せと云う。金はたしかに出した。三重吉はどこで買ったか、七子(ななこ)の三(み)つ折(おれ)の紙入を懐中していて、人の金でも自分の金でも悉皆(しっかい)この紙入の中に入れる癖がある。自分は三重吉が五円札をたしかにこの紙入の底へ押し込んだのを目撃した。
 かようにして金はたしかに三重吉の手に落ちた。しかし鳥と籠(かご)とは容易にやって来ない。
 そのうち秋が小春(こはる)になった。三重吉はたびたび来る。よく女の話などをして帰って行く。文鳥と籠の講釈は全く出ない。硝子戸(ガラスど)を透(すか)して五尺の縁側(えんがわ)には日が好く当る。どうせ文鳥を飼うなら、こんな暖かい季節に、この縁側へ鳥籠を据(す)えてやったら、文鳥も定めし鳴き善(よ)かろうと思うくらいであった。
 三重吉の小説によると、文鳥は千代(ちよ)千代と鳴くそうである。その鳴き声がだいぶん気に入ったと見えて、三重吉は千代千代を何度となく使っている。あるいは千代と云う女に惚(ほ)れていた事があるのかも知れない。しかし当人はいっこうそんな事を云わない。自分も聞いてみない。ただ縁側に日が善く当る。そうして文鳥が鳴かない。
 そのうち霜(しも)が降り出した。自分は毎日伽藍(がらん)のような書斎に、寒い顔を片づけてみたり、取乱してみたり、頬杖を突いたりやめたりして暮していた。戸は二重(にじゅう)に締め切った。火鉢(ひばち)に炭ばかり継(つ)いでいる。文鳥はついに忘れた。
 ところへ三重吉が門口(かどぐち)から威勢よく這入(はい)って来た。時は宵(よい)の口(くち)であった。寒いから火鉢の上へ胸から上を翳(かざ)して、浮かぬ顔をわざとほてらしていたのが、急に陽気になった。三重吉は豊隆(ほうりゅう)を従えている。豊隆はいい迷惑である。二人が籠を一つずつ持っている。その上に三重吉が大きな箱を兄(あに)き分(ぶん)に抱(かか)えている。五円札が文鳥と籠と箱になったのはこの初冬(はつふゆ)の晩であった。
 三重吉は大得意である。まあ御覧なさいと云う。豊隆その洋灯(ランプ)をもっとこっちへ出せなどと云う。そのくせ寒いので鼻の頭が少し紫色(むらさきいろ)になっている。
 なるほど立派な籠ができた。台が漆(うるし)で塗ってある。竹は細く削(けず)った上に、色が染(つ)けてある。それで三円だと云う。安いなあ豊隆と云っている。豊隆はうん安いと云っている。自分は安いか高いか判然と判(わか)らないが、まあ安いなあと云っている。好いのになると二十円もするそうですと云う。二十円はこれで二返目(にへんめ)である。二十円に比べて安いのは無論である。
 この漆はね、先生、日向(ひなた)へ出して曝(さら)しておくうちに黒味(くろみ)が取れてだんだん朱(しゅ)の色が出て来ますから、――そうしてこの竹は一返(いっぺん)善く煮たんだから大丈夫ですよなどと、しきりに説明をしてくれる。何が大丈夫なのかねと聞き返すと、まあ鳥を御覧なさい、奇麗(きれい)でしょうと云っている。
 なるほど奇麗だ。次(つぎ)の間(ま)へ籠を据えて四尺ばかりこっちから見ると少しも動かない。薄暗い中に真白に見える。籠の中にうずくまっていなければ鳥とは思えないほど白い。何だか寒そうだ。
 寒いだろうねと聞いてみると、そのために箱を作ったんだと云う。夜になればこの箱に入れてやるんだと云う。籠(かご)が二つあるのはどうするんだと聞くと、この粗末な方へ入れて時々行水(ぎょうずい)を使わせるのだと云う。これは少し手数(てすう)が掛るなと思っていると、それから糞(ふん)をして籠を汚(よご)しますから、時々掃除(そうじ)をしておやりなさいとつけ加えた。三重吉は文鳥のためにはなかなか強硬である。
 それをはいはい引受けると、今度は三重吉が袂(たもと)から粟(あわ)を一袋出した。これを毎朝食わせなくっちゃいけません。もし餌(え)をかえてやらなければ、餌壺(えつぼ)を出して殻(から)だけ吹いておやんなさい。そうしないと文鳥が実(み)のある粟を一々拾い出さなくっちゃなりませんから。水も毎朝かえておやんなさい。先生は寝坊だからちょうど好いでしょうと大変文鳥に親切を極(きわ)めている。そこで自分もよろしいと万事受合った。ところへ豊隆が袂から餌壺と水入を出して行儀よく自分の前に並べた。こういっさい万事を調(ととの)えておいて、実行を逼(せま)られると、義理にも文鳥の世話をしなければならなくなる。内心ではよほど覚束(おぼつか)なかったが、まずやってみようとまでは決心した。もしできなければ家(うち)のものが、どうかするだろうと思った。
 やがて三重吉は鳥籠を叮嚀(ていねい)に箱の中へ入れて、縁側(えんがわ)へ持ち出して、ここへ置きますからと云って帰った。自分は伽藍(がらん)のような書斎の真中に床を展(の)べて冷(ひやや)かに寝た。夢に文鳥を背負(しょ)い込(こ)んだ心持は、少し寒かったが眠(ねぶ)ってみれば不断(ふだん)の夜(よる)のごとく穏かである。
 翌朝(よくあさ)眼が覚(さ)めると硝子戸(ガラスど)に日が射している。たちまち文鳥に餌(え)をやらなければならないなと思った。けれども起きるのが退儀(たいぎ)であった。今にやろう、今にやろうと考えているうちに、とうとう八時過になった。仕方がないから顔を洗うついでをもって、冷たい縁を素足(すあし)で踏みながら、箱の葢(ふた)を取って鳥籠を明海(あかるみ)へ出した。文鳥は眼をぱちつかせている。もっと早く起きたかったろうと思ったら気の毒になった。
 文鳥の眼は真黒である。瞼(まぶた)の周囲(まわり)に細い淡紅色(ときいろ)の絹糸を縫いつけたような筋(すじ)が入っている。眼をぱちつかせるたびに絹糸が急に寄って一本になる。と思うとまた丸くなる。籠を箱から出すや否や、文鳥は白い首をちょっと傾(かたぶ)けながらこの黒い眼を移して始めて自分の顔を見た。そうしてちちと鳴いた。
 自分は静かに鳥籠を箱の上に据(す)えた。文鳥はぱっと留(とま)り木(ぎ)を離れた。そうしてまた留り木に乗った。留り木は二本ある。黒味がかった青軸(あおじく)をほどよき距離に橋と渡して横に並べた。その一本を軽く踏まえた足を見るといかにも華奢(きゃしゃ)にできている。細長い薄紅(うすくれない)の端に真珠を削(けず)ったような爪が着いて、手頃な留り木を甘(うま)く抱(かか)え込(こ)んでいる。すると、ひらりと眼先が動いた。文鳥はすでに留り木の上で方向(むき)を換えていた。しきりに首を左右に傾(かたぶ)ける。傾けかけた首をふと持ち直して、心持前へ伸(の)したかと思ったら、白い羽根がまたちらりと動いた。文鳥の足は向うの留り木の真中あたりに具合よく落ちた。ちちと鳴く。そうして遠くから自分の顔を覗(のぞ)き込んだ。
 自分は顔を洗いに風呂場(ふろば)へ行った。帰りに台所へ廻って、戸棚(とだな)を明けて、昨夕(ゆうべ)三重吉の買って来てくれた粟の袋を出して、餌壺の中へ餌を入れて、もう一つには水を一杯入れて、また書斎の縁側へ出た。
 三重吉は用意周到な男で、昨夕(ゆうべ)叮嚀(ていねい)に餌(え)をやる時の心得を説明して行った。その説によると、むやみに籠の戸を明けると文鳥が逃げ出してしまう。だから右の手で籠の戸を明けながら、左の手をその下へあてがって、外から出口を塞(ふさ)ぐようにしなくっては危険だ。餌壺(えつぼ)を出す時も同じ心得でやらなければならない。とその手つきまでして見せたが、こう両方の手を使って、餌壺をどうして籠の中へ入れる事ができるのか、つい聞いておかなかった。
 自分はやむをえず餌壺を持ったまま手の甲で籠の戸をそろりと上へ押し上げた。同時に左の手で開(あ)いた口をすぐ塞(ふさ)いだ。鳥はちょっと振り返った。そうして、ちちと鳴いた。自分は出口を塞いだ左の手の処置に窮した。人の隙(すき)を窺(うかが)って逃げるような鳥とも見えないので、何となく気の毒になった。三重吉は悪い事を教えた。
 大きな手をそろそろ籠の中へ入れた。すると文鳥は急に羽搏(はばたき)を始めた。細く削(けず)った竹の目から暖かいむく毛が、白く飛ぶほどに翼(つばさ)を鳴らした。自分は急に自分の大きな手が厭(いや)になった。粟(あわ)の壺と水の壺を留り木の間にようやく置くや否や、手を引き込ました。籠の戸ははたりと自然(ひとりで)に落ちた。文鳥は留り木の上に戻った。白い首を半(なか)ば横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。それから曲げた首を真直(まっすぐ)にして足の下(もと)にある粟と水を眺めた。自分は食事をしに茶の間へ行った。
 その頃は日課として小説を書いている時分であった。飯と飯の間はたいてい机に向って筆を握っていた。静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞く事ができた。伽藍(がらん)のような書斎へは誰も這入(はい)って来ない習慣であった。筆の音に淋(さび)しさと云う意味を感じた朝も昼も晩もあった。しかし時々はこの筆の音がぴたりとやむ、またやめねばならぬ、折もだいぶあった。その時は指の股(また)に筆を挟(はさ)んだまま手の平(ひら)へ顎(あご)を載せて硝子越(ガラスごし)に吹き荒れた庭を眺めるのが癖(くせ)であった。それが済むと載せた顎を一応撮(つま)んで見る。それでも筆と紙がいっしょにならない時は、撮んだ顎を二本の指で伸(の)して見る。すると縁側(えんがわ)で文鳥がたちまち千代(ちよ)千代と二声鳴いた。
 筆を擱(お)いて、そっと出て見ると、文鳥は自分の方を向いたまま、留(とま)り木(ぎ)の上から、のめりそうに白い胸を突き出して、高く千代と云った。三重吉が聞いたらさぞ喜ぶだろうと思うほどな美(い)い声で千代と云った。三重吉は今に馴(な)れると千代と鳴きますよ、きっと鳴きますよ、と受合って帰って行った。
 自分はまた籠の傍(そば)へしゃがんだ。文鳥は膨(ふく)らんだ首を二三度竪横(たてよこ)に向け直した。やがて一団(ひとかたまり)の白い体がぽいと留り木の上を抜け出した。と思うと奇麗(きれい)な足の爪が半分ほど餌壺(えつぼ)の縁(ふち)から後(うしろ)へ出た。小指を掛けてもすぐ引(ひ)っ繰(く)り返(かえ)りそうな餌壺は釣鐘(つりがね)のように静かである。さすがに文鳥は軽いものだ。何だか淡雪(あわゆき)の精(せい)のような気がした。
 文鳥はつと嘴(くちばし)を餌壺の真中に落した。そうして二三度左右に振った。奇麗に平(なら)して入れてあった粟がはらはらと籠の底に零(こぼ)れた。文鳥は嘴(くちばし)を上げた。咽喉(のど)の所で微(かすか)な音がする。また嘴を粟の真中に落す。また微な音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細(こま)やかで、しかも非常に速(すみや)かである。菫(すみれ)ほどな小さい人が、黄金(こがね)の槌(つち)で瑪瑙(めのう)の碁石(ごいし)でもつづけ様に敲(たた)いているような気がする。
 嘴(くちばし)の色を見ると紫(むらさき)を薄く混(ま)ぜた紅(べに)のようである。その紅がしだいに流れて、粟(あわ)をつつく口尖(くちさき)の辺(あたり)は白い。象牙(ぞうげ)を半透明にした白さである。この嘴が粟の中へ這入(はい)る時は非常に早い。左右に振り蒔(ま)く粟の珠(たま)も非常に軽そうだ。文鳥は身を逆(さか)さまにしないばかりに尖(とが)った嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、膨(ふ)くらんだ首を惜気(おしげ)もなく右左へ振る。籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分らない。それでも餌壺(えつぼ)だけは寂然(せきぜん)として静かである。重いものである。餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。
 自分はそっと書斎へ帰って淋(さび)しくペンを紙の上に走らしていた。縁側(えんがわ)では文鳥がちちと鳴く。折々は千代千代とも鳴く。外では木枯(こがらし)が吹いていた。
 夕方には文鳥が水を飲むところを見た。細い足を壺の縁(ふち)へ懸(か)けて、小(ちさ)い嘴に受けた一雫(ひとしずく)を大事そうに、仰向(あおむ)いて呑(の)み下(くだ)している。この分では一杯の水が十日ぐらい続くだろうと思ってまた書斎へ帰った。晩には箱へしまってやった。寝る時硝子戸(ガラスど)から外を覗(のぞ)いたら、月が出て、霜(しも)が降っていた。文鳥は箱の中でことりともしなかった。
 明(あく)る日(ひ)もまた気の毒な事に遅く起きて、箱から籠を出してやったのは、やっぱり八時過ぎであった。箱の中ではとうから目が覚(さ)めていたんだろう。それでも文鳥はいっこう不平らしい顔もしなかった。籠が明るい所へ出るや否や、いきなり眼をしばたたいて、心持首をすくめて、自分の顔を見た。
 昔(むか)し美しい女を知っていた。この女が机に凭(もた)れて何か考えているところを、後(うしろ)から、そっと行って、紫の帯上(おびあ)げの房(ふさ)になった先を、長く垂らして、頸筋(くびすじ)の細いあたりを、上から撫(な)で廻(まわ)したら、女はものう気(げ)に後を向いた。その時女の眉(まゆ)は心持八の字に寄っていた。それで眼尻と口元には笑が萌(きざ)していた。同時に恰好(かっこう)の好い頸を肩まですくめていた。文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した。この女は今嫁に行った。自分が紫の帯上でいたずらをしたのは縁談のきまった二三日後(あと)である。
 餌壺にはまだ粟が八分通り這入っている。しかし殻(から)もだいぶ混っていた。水入には粟の殻が一面に浮いて、苛(いた)く濁っていた。易(か)えてやらなければならない。また大きな手を籠の中へ入れた。非常に要心して入れたにもかかわらず、文鳥は白い翼(つばさ)を乱して騒いだ。小い羽根が一本抜けても、自分は文鳥にすまないと思った。殻は奇麗に吹いた。吹かれた殻は木枯がどこかへ持って行った。水も易えてやった。水道の水だから大変冷たい。
 その日は一日淋しいペンの音を聞いて暮した。その間には折々千代千代と云う声も聞えた。文鳥も淋しいから鳴くのではなかろうかと考えた。しかし縁側(えんがわ)へ出て見ると、二本の留(とま)り木(ぎ)の間を、あちらへ飛んだり、こちらへ飛んだり、絶間(たえま)なく行きつ戻りつしている。少しも不平らしい様子はなかった。
 夜は箱へ入れた。明(あく)る朝(あさ)目が覚(さ)めると、外は白い霜(しも)だ。文鳥も眼が覚めているだろうが、なかなか起きる気にならない。枕元にある新聞を手に取るさえ難儀(なんぎ)だ。それでも煙草(たばこ)は一本ふかした。この一本をふかしてしまったら、起きて籠から出してやろうと思いながら、口から出る煙(けぶり)の行方(ゆくえ)を見つめていた。するとこの煙の中に、首をすくめた、眼を細くした、しかも心持眉(まゆ)を寄せた昔の女の顔がちょっと見えた。自分は床の上に起き直った。寝巻の上へ羽織(はおり)を引掛(ひっか)けて、すぐ縁側へ出た。そうして箱の葢(ふた)をはずして、文鳥を出した。文鳥は箱から出ながら千代千代と二声鳴いた。
 三重吉の説によると、馴(な)れるにしたがって、文鳥が人の顔を見て鳴くようになるんだそうだ。現に三重吉の飼っていた文鳥は、三重吉が傍(そば)にいさえすれば、しきりに千代千代と鳴きつづけたそうだ。のみならず三重吉の指の先から餌(え)を食べると云う。自分もいつか指の先で餌をやって見たいと思った。
 次の朝はまた怠(なま)けた。昔の女の顔もつい思い出さなかった。顔を洗って、食事を済まして、始めて、気がついたように縁側(えんがわ)へ出て見ると、いつの間にか籠が箱の上に乗っている。文鳥はもう留(とま)り木(ぎ)の上を面白そうにあちら、こちらと飛び移っている。そうして時々は首を伸(の)して籠の外を下の方から覗(のぞ)いている。その様子がなかなか無邪気である。昔紫の帯上(おびあげ)でいたずらをした女は襟(えり)の長い、背のすらりとした、ちょっと首を曲げて人を見る癖(くせ)があった。

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