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歌よみに与ふる書(うたよみにあたうるしょ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-26 9:10:57 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



    ここのたび歌よみに与ふる書


 一々に論ぜんもうるさければただ二、三首を挙げ置きて『金槐集』以外にうつり候べく候。

山は裂け海はあせなん世なりとも君にふた心われあらめやも

箱根路をわが越え来れば伊豆いずの海やおきの小島に波のよる見ゆ

世の中はつねにもがもななぎさ漕ぐ海人あま小舟おぶねの綱手かなしも

大海おおうみのいそもとどろによする波われてくだけてさけて散るかも

 箱根路の歌極めて面白けれども、かかる想は古今に通じたる想なれば、実朝がこれを作りたりとて驚くにも足らず、ただ「世の中は」の歌の如く、古意古調なる者が万葉以後において、しかも華麗を競ふたる新古今時代において作られたる技倆ぎりょうには、驚かざるを得ざる訳にて、実朝の造詣ぞうけいの深き今更申すも愚かに御座候。大海の歌実朝のはじめたる句法にや候はん。
 新古今に移りて二、三首を挙げんに

なごの海の霞のまよりながむれば入日いりひを洗ふ沖つ白波
実定さねさだ

 この歌の如く客観的に景色を善く写したるものは、新古今以前にはあらざるべく、これらもこの集の特色として見るべき者に候。惜むらくは「霞のまより」といふ句がきずにて候。一面にたなびきたる霞に間といふも可笑おかしく、し間ありともそれはこの趣向に必要ならず候。入日も海も霞みながらに見ゆるこそ趣は候なれ。

ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風
信明のぶあき

 これも客観的の歌にて、けしきもさびしくえんなるに、語を畳みかけて調子取りたる処いとめづらかに覚え候。

さびしさに堪へたる人のまたもあれないおを並べん冬の山里
西行さいぎょう

 西行の心はこの歌に現れをり候。「心なき身にも哀れは知られけり」などいふ露骨的の歌が世にもてはやされて、この歌などはかへつて知る人少きも口おしく候。庵を並べんといふが如き斬新にして趣味ある趣向は、西行ならでは言はざるべく、特に「冬の」と置きたるもまた尋常歌よみの手段にあらずと存候。後年芭蕉があらたに俳諧を興せしもさびは「庵を並べん」などより悟入ごにゅうし、季の結び方は「冬の山里」などより悟入したるに非ざるかと被思おもわれ候。

ねやの上にかたえさしおほひ外面とのもなる葉広柏はびろがしわあられふるなり
能因のういん

 これも客観的の歌に候。上三句複雑なる趣を現さんとてやや混雑に陥りたれど、葉広柏に霰のはじく趣は極めて面白く候。

岡のの里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風
慈円じえん

 趣味ありて句法もしつかりと致しをり候。この種の歌の第四句を「答へで」などいふが如く、下に連続する句法となさば何の面白味も無之候。

ささ波や比良ひら山風の海吹けば釣するあまの袖かへる見ゆ
(読人しらず)

 実景をそのままに写したくみもてあそばぬ所かへつて興多く候。

神風や玉串の葉をとりかざし内外うちとの宮に君をこそ祈れ
俊恵しゅんえ

 神祇じんぎの歌といへば千代の八千代のと定文句きまりもんくを並ぶるが常なるにこの歌はすつぱりと言ひはなしたる、なかなかに神の御心みこころにかなふべく覚え候。句のしまりたる所、半ば客観的に叙したる所など注意すべく、神風やの五字も訳なきやうなれど極めて善く響きをり候。

阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだいの仏たちわが立つそま冥加めいかあらせたまへ
伝教でんぎょう

 いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有みぞうにて、これを詠みたる人もさすがなれど、この歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。第二句十字の長句ながら成語なればさまで口にたまらず、第五句九字にしたるはことさらとにもあらざるべけれど、この所はことさらとにも九字位にする必要有之、もし七字句などを以て止めたらんには、上の十字句に対して釣合取れ不申候。初めの方に字余りの句あるがために、後にも字余りの句を置かねばならぬ場合はしばしば有之候。もし字余りの句は一句にても少きが善しなどいふ人は、字余りの趣味を解せざるものにや候べき。
(明治三十一年三月三日)


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    たび歌よみに与ふる書


 先輩崇拝といふことはいづれの社会にも有之候。それも年長者に対し元勲に対し相当の敬礼を尽すの意ならば至当の事なれども、それと同時に、何かは知らずその人の力量技術を崇拝するに至りては愚の至りに御座候。田舎の者などは御歌所おうたどころといへばえらい歌人の集り、御歌所長といへば天下第一の歌よみの様に考へ、従てその人の歌と聞けば、読まぬ内からはや善き者と定めをるなどありうちの事にて、生も昔はその仲間の一人に候ひき。今より追想すれば赤面するほどの事に候。御歌所とてえらい人が集まるはずもなく、御歌所長とて必ずしも第一流の人がすわるにもあらざるべく候。今日は歌よみなる者皆無の時なれど、それでも御歌所連より上手なる歌よみならば民間に可有之これあるべく候。田舎の者が元勲を崇拝し、大臣をえらい者に思ひ、政治上の力量も識見も元勲大臣が一番に位する者と迷信致候結果、新聞記者などが大臣をそしるを見て「いくら新聞屋が法螺ほら吹いたとて、大臣は親任官しんにんかん、新聞屋は素寒貧すかんぴん、月と泥鼈すっぽんほどの違ひだ」などとののしり申候。少し眼のある者は元勲がどれ位無能力かといふ事、大臣はまわもちにて、新聞記者より大臣に上りし実例ある事位は承知致し説き聞かせ候へども、田舎の先生は一向無頓著にて、あひかはらず元勲崇拝なるも腹立たしき訳に候。あれほど民間にてやかましくいふ政治の上なほしかりとすれば、今まで隠居したる歌社会に老人崇拝の田舎者多きも怪むに足らねども、この老人崇拝の弊を改めねば歌は進歩不可致いたすべからず候。歌は平等無差別なり、歌の上に老少も貴賤も無之候。歌よまんとする少年あらば、老人などにかまはず、勝手に歌を詠むが善かるべくと御伝言可被下くださるべく候。明治の漢詩壇が振ひたるは、老人そちのけにして青年の詩人が出たる故に候。俳句の観を改めたるも、月並連つきなみれんに構はず思ふ通りを述べたる結果に外ならず候。
 縁語を多く用うるは和歌の弊なり、縁語も場合によりては善けれど、普通には縁語、かけ合せなどあれば、それがために歌の趣を損ずる者に候。し言ひおほせたりとて、この種の美は美の中の下等なる者と存候。むやみに縁語を入れたがる歌よみは、むやみに地口じぐち駄洒落だじゃれを並べたがる半可通はんかつうと同じく、御当人は大得意なれどもはたより見れば品の悪き事おびただしく候。縁語にたくみろうせんよりは、真率に言ひながしたるがよほど上品に相見え申候。
 歌といふといつでも言葉の論が出るには困り候。歌では「ぼたん」とは言はず「ふかみぐさ」と詠むが正当なりとか、このことばはかうは言はず、必ずかういふしきたりの者ぞなど言はるる人有之候へども、それは根本において已に愚考と異りをり候。愚考は古人のいふた通りに言はんとするにてもなく、しきたりにならはんとするにてもなく、ただ自己が美と感じたる趣味をなるべく善く分るやうに現すが本来の主意に御座候。故に俗語を用ゐたる方その美感を現すに適せりと思はば、雅語を捨てて俗語を用ゐ可申、また古来のしきたりの通りに詠むことも有之候へど、それはしきたりなるが故にそれを守りたるにては無之これなく、その方が美感を現すに適せるがためにこれを用ゐたるまでに候。古人のしきたりなど申せども、その古人は自分があらたに用ゐたるぞ多く候べき。
 牡丹ぼたん深見草ふかみぐさとの区別を申さんに、生らには深見草といふよりも牡丹といふ方が牡丹の幻影早くいちじるしく現れ申候。かつ「ぼたん」といふ音の方が強くして、実際の牡丹の花の大きくりんとしたる所に善くひ申候。故に客観的に牡丹の美を現さんとすれば、牡丹と詠むが善き場合多かるべく候。
 新奇なる事を詠めといふと、汽車、鉄道などいふいはゆる文明の器械を持ち出す人あれどおおいに量見が間違ひをり候。文明の器械は多く風流なる者にて歌に入りがたく候へども、もしこれを詠まんとならば他に趣味ある者を配合するの外無之候。それを何の配合物もなく「レールの上に風が吹く」などとやられては殺風景の極に候。せめてはレールの傍にすみれが咲いてゐるとか、または汽車の過ぎた後で罌粟けしが散るとか、すすきがそよぐとか言ふやうに、他物を配合すればいくらか見よくなるべく候。また殺風景なる者は遠望する方よろしく候。菜の花の向ふに汽車が見ゆるとか、夏草の野末を汽車が走るとかするが如きも、殺風景を消す一手段かと存候。
 いろいろ言ひたきまま取り集めて申上候。なほ他日つまびらかに申上ぐる機会も可有之これあるべく候。以上。月日。
(明治三十一年三月四日)





底本:「歌よみに与ふる書」岩波文庫、岩波書店
   1955(昭和30)年2月25日第1刷発行
   1983(昭和58)年3月16日第8刷改版発行
   2002(平成14)年11月15日第26刷発行
入力:網迫、土屋隆
校正:川向直樹
2004年8月10日作成
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