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銀河鉄道の夜(ぎんがてつどうのよる)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/29 15:49:07 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     五 天気輪(てんきりん)の柱(はしら)

 牧場(ぼくじょう)のうしろはゆるい丘(おか)になって、その黒い平(たい)らな頂上(ちょうじょう)は、北の大熊星(おおくまぼし)の下に、ぼんやりふだんよりも低(ひく)く、連(つら)なって見えました。
 ジョバンニは、もう露(つゆ)の降(お)りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照(て)らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉(は)は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持(も)って行った烏瓜(からすうり)のあかりのようだとも思いました。
 そのまっ黒な、松(まつ)や楢(なら)の林を越(こ)えると、にわかにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ亙(わた)っているのが見え、また頂(いただき)の、天気輪(てんきりん)の柱(はしら)も見わけられたのでした。つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢(ゆめ)の中からでもかおりだしたというように咲(さ)き、鳥が一疋(ぴき)、丘(おか)の上を鳴き続(つづ)けながら通って行きました。
 ジョバンニは、頂(いただき)の天気輪(てんきりん)の柱(はしら)の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投(な)げました。
 町の灯(あかり)は、暗(やみ)の中をまるで海の底(そこ)のお宮(みや)のけしきのようにともり、子供(こども)らの歌う声や口笛(くちぶえ)、きれぎれの叫(さけ)び声もかすかに聞こえて来るのでした。風が遠くで鳴り、丘(おか)の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの汗(あせ)でぬれたシャツもつめたく冷(ひ)やされました。
 野原から汽車の音が聞こえてきました。その小さな列車(れっしゃ)の窓(まど)は一列(いちれつ)小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人(たびびと)が、苹果(りんご)をむいたり、わらったり、いろいろなふうにしていると考えますと、ジョバンニは、もうなんとも言(い)えずかなしくなって、また眼(め)をそらに挙(あ)げました。

(この間原稿(げんこう)五枚分(まいぶん)なし)

 ところがいくら見ていても、そのそらは、ひる先生の言(い)ったような、がらんとした冷(つめ)たいとこだとは思われませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場(ぼくじょう)やらある野原(のはら)のように考えられてしかたなかったのです。そしてジョバンニは青い琴(こと)の星が、三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、脚(あし)が何べんも出たり引っ込(こ)んだりして、とうとう蕈(きのこ)のように長く延(の)びるのを見ました。またすぐ眼(め)の下のまちまでが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星の集(あつ)まりか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

     六 銀河(ぎんが)ステーション

 そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪(てんきりん)の柱(はしら)がいつかぼんやりした三角標(さんかくひょう)の形になって、しばらく蛍(ほたる)のように、ぺかぺか消(き)えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃(こ)い鋼青(はがね)のそらの野原にたちました。いま新しく灼(や)いたばかりの青い鋼(はがね)の板(いた)のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。
 するとどこかで、ふしぎな声が、銀河(ぎんが)ステーション、銀河(ぎんが)ステーションと言(い)う声がしたと思うと、いきなり眼(め)の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万(おくまん)の蛍烏賊(ほたるいか)の火を一ぺんに化石(かせき)させて、そらじゅうに沈(しず)めたというぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫(と)れないふりをして、かくしておいた金剛石(こんごうせき)を、誰(だれ)かがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというふうに、眼(め)の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼(め)をこすってしまいました。
 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗(の)っている小さな列車(れっしゃ)が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道(けいべんてつどう)の、小さな黄いろの電燈(でんとう)のならんだ車室に、窓(まど)から外を見ながらすわっていたのです。車室の中は、青い天鵞絨(ビロード)を張(は)った腰掛(こしか)けが、まるでがらあきで、向(む)こうの鼠(ねずみ)いろのワニスを塗(ぬ)った壁(かべ)には、真鍮(しんちゅう)の大きなぼたんが二つ光っているのでした。
 すぐ前の席(せき)に、ぬれたようにまっ黒な上着(うわぎ)を着た、せいの高い子供(こども)が、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。そしてそのこどもの肩(かた)のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰(だれ)だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓(まど)から顔を出そうとしたとき、にわかにその子供(こども)が頭を引っ込(こ)めて、こっちを見ました。
 それはカムパネルラだったのです。ジョバンニが、
 カムパネルラ、きみは前からここにいたの、と言(い)おうと思ったとき、カムパネルラが、
「みんなはね、ずいぶん走ったけれども遅(おく)れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追(お)いつかなかった」と言(い)いました。
 ジョバンニは、
(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出かけたのだ)とおもいながら、
「どこかで待(ま)っていようか」と言(い)いました。するとカムパネルラは、
「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎(むか)いにきたんだ」
 カムパネルラは、なぜかそう言(い)いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦(くる)しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘(わす)れたものがあるというような、おかしな気持(きも)ちがしてだまってしまいました。
 ところがカムパネルラは、窓(まど)から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直(なお)って、勢(いきお)いよく言(い)いました。
「ああしまった。ぼく、水筒(すいとう)を忘(わす)れてきた。スケッチ帳(ちょう)も忘(わす)れてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場(ていしゃば)だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛(と)んでいたって、ぼくはきっと見える」
 そして、カムパネルラは、まるい板(いた)のようになった地図(ちず)を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左の岸(きし)に沿(そ)って一条(じょう)の鉄道線路(てつどうせんろ)が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派(りっぱ)なことは、夜のようにまっ黒な盤(ばん)の上に、一々の停車場(ていしゃば)や三角標(さんかくひょう)、泉水(せんすい)や森が、青や橙(だいだい)や緑(みどり)や、うつくしい光でちりばめられてありました。
 ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。
「この地図(ちず)はどこで買ったの。黒曜石(こくようせき)でできてるねえ」
 ジョバンニが言(い)いました。
「銀河(ぎんが)ステーションで、もらったんだ。君(きみ)もらわなかったの」
「ああ、ぼく銀河(ぎんが)ステーションを通ったろうか。いまぼくたちのいるとこ、ここだろう」
 ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場(ていしゃば)のしるしの、すぐ北を指(さ)しました。
「そうだ。おや、あの河原(かわら)は月夜だろうか」そっちを見ますと、青白く光る銀河(ぎんが)の岸(きし)に、銀(ぎん)いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波(なみ)を立てているのでした。
「月夜でないよ。銀河(ぎんが)だから光るんだよ」ジョバンニは言(い)いながら、まるではね上がりたいくらい愉快(ゆかい)になって、足をこつこつ鳴らし、窓(まど)から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛(くちぶえ)を吹(ふ)きながら一生けん命(めい)延(の)びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素(すいそ)よりもすきとおって、ときどき眼(め)のかげんか、ちらちら紫(むらさき)いろのこまかな波(なみ)をたてたり、虹(にじ)のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流(なが)れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光(りんこう)の三角標(さんかくひょう)が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙(だいだい)や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形(さんかくけい)、あるいは四辺形(しへんけい)、あるいは電(いなずま)や鎖(くさり)の形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振(ふ)りました。するとほんとうに、そのきれいな野原(のはら)じゅうの青や橙(だいだい)や、いろいろかがやく三角標(さんかくひょう)も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫(ふる)えたりしました。
「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た」ジョバンニは言(い)いました。
「それに、この汽車石炭(せきたん)をたいていないねえ」ジョバンニが左手をつき出して窓(まど)から前の方を見ながら言(い)いました。
「アルコールか電気だろう」カムパネルラが言(い)いました。
 するとちょうど、それに返事(へんじ)するように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、セロのようなごうごうした声がきこえて来ました。
「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない。ただうごくようにきまっているからうごいているのだ。ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかりなれているためなのだ」
「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」
「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」
 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点(さんかくてん)の青じろい微光(びこう)の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。
「ああ、りんどうの花が咲(さ)いている。もうすっかり秋だねえ」カムパネルラが、窓(まど)の外を指(ゆび)さして言(い)いました。
 線路(せんろ)のへりになったみじかい芝草(しばくさ)の中に、月長石(げっちょうせき)ででも刻(きざ)まれたような、すばらしい紫(むらさき)のりんどうの花が咲(さ)いていました。
「ぼく飛(と)びおりて、あいつをとって、また飛(と)び乗(の)ってみせようか」ジョバンニは胸(むね)をおどらせて言(い)いました。
「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから」
 カムパネルラが、そう言(い)ってしまうかしまわないうち、次(つぎ)のりんどうの花が、いっぱいに光って過(す)ぎて行きました。
 と思ったら、もう次(つぎ)から次(つぎ)から、たくさんのきいろな底(そこ)をもったりんどうの花のコップが、湧(わ)くように、雨のように、眼(め)の前を通り、三角標(さんかくひょう)の列(れつ)は、けむるように燃(も)えるように、いよいよ光って立ったのです。

     七 北十字(きたじゅうじ)とプリオシン海岸(かいがん)

「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」
 いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで言(い)いました。
 ジョバンニは、
(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙(だいだい)いろの三角標(さんかくひょう)のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸(さいわい)になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸(さいわい)なんだろう」カムパネルラは、なんだか、泣(な)きだしたいのを、一生けん命(めい)こらえているようでした。
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」ジョバンニはびっくりして叫(さけ)びました。
「ぼくわからない。けれども、誰(だれ)だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸(さいわい)なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」カムパネルラは、なにかほんとうに決心(けっしん)しているように見えました。
 にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石(こんごうせき)や草の露(つゆ)やあらゆる立派(りっぱ)さをあつめたような、きらびやかな銀河(ぎんが)の河床(かわどこ)の上を、水は声もなくかたちもなく流(なが)れ、その流(なが)れのまん中に、ぼうっと青白く後光(ごこう)の射(さ)した一つの島(しま)が見えるのでした。その島(しま)の平(たい)らないただきに、立派(りっぱ)な眼(め)もさめるような、白い十字架(じゅうじか)がたって、それはもう、凍(こお)った北極(ほっきょく)の雲で鋳(い)たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久(えいきゅう)に立っているのでした。
「ハレルヤ、ハレルヤ」前からもうしろからも声が起(お)こりました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人(たびびと)たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂(た)れ、黒いバイブルを胸(むね)にあてたり、水晶(すいしょう)の数珠(じゅず)をかけたり、どの人もつつましく指(ゆび)を組み合わせて、そっちに祈(いの)っているのでした。思わず二人(ふたり)ともまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬(ほお)は、まるで熟(じゅく)した苹果(りんご)のあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。
 そして島(しま)と十字架(じゅうじか)とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。
 向(む)こう岸(ぎし)も、青じろくぼうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀(ぎん)いろがけむって、息(いき)でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火(きつねび)のように思われました。
 それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列(れつ)でさえぎられ、白鳥の島(しま)は、二度(ど)ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵(え)のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗(の)っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリックふうの尼(あま)さんが、まんまるな緑(みどり)の瞳(ひとみ)を、じっとまっすぐに落(お)として、まだ何かことばか声かが、そっちから伝(つた)わって来るのを、虔(つつし)んで聞いているというように見えました。旅人(たびびと)たちはしずかに席(せき)に戻(もど)り、二人(ふたり)も胸(むね)いっぱいのかなしみに似(に)た新しい気持(きも)ちを、何気なくちがった語(ことば)で、そっと談(はな)し合ったのです。
「もうじき白鳥の停車場(ていしゃば)だねえ」
「ああ、十一時かっきりには着(つ)くんだよ」
 早くも、シグナルの緑(みどり)の燈と、ぼんやり白い柱(はしら)とが、ちらっと窓(まど)のそとを過(す)ぎ、それから硫黄(いおう)のほのおのようなくらいぼんやりした転(てん)てつ機(き)の前のあかりが窓(まど)の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一列(れつ)の電燈(でんとう)が、うつくしく規則(きそく)正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥停車場(ていしゃじょう)の、大きな時計(とけい)の前に来てとまりました。
 さわやかな秋の時計(とけい)の盤面(ばんめん)には、青く灼(や)かれたはがねの二本の針(はり)が、くっきり十一時を指(さ)しました。みんなは、一ぺんにおりて、車室の中はがらんとなってしまいました。
〔二十分停車(ていしゃ)〕と時計(とけい)の下に書いてありました。
「ぼくたちも降(お)りて見ようか」ジョバンニが言(い)いました。
「降(お)りよう」二人(ふたり)は一度(ど)にはねあがってドアを飛(と)び出して改札口(かいさつぐち)へかけて行きました。ところが改札口(かいさつぐち)には、明るい紫(むらさき)がかった電燈(でんとう)が、一つ点(つ)いているばかり、誰(だれ)もいませんでした。そこらじゅうを見ても、駅長(えきちょう)や赤帽(あかぼう)らしい人の、影(かげ)もなかったのです。
 二人(ふたり)は、停車場(ていしゃば)の前の、水晶細工(すいしょうざいく)のように見える銀杏(いちょう)の木に囲(かこ)まれた、小さな広場に出ました。
 そこから幅(はば)の広いみちが、まっすぐに銀河(ぎんが)の青光(あおびかり)の中へ通っていました。
 さきに降(お)りた人たちは、もうどこへ行ったか一人(ひとり)も見えませんでした。二人(ふたり)がその白い道を、肩(かた)をならべて行きますと、二人(ふたり)の影(かげ)は、ちょうど四方に窓(まど)のある室(へや)の中の、二本の柱(はしら)の影(かげ)のように、また二つの車輪(しゃりん)の輻(や)のように幾本(いくほん)も幾本(いくほん)も四方へ出るのでした。そしてまもなく、あの汽車から見えたきれいな河原(かわら)に来ました。
 カムパネルラは、そのきれいな砂(すな)を一つまみ、掌(てのひら)にひろげ、指(ゆび)できしきしさせながら、夢(ゆめ)のように言(い)っているのでした。
「この砂(すな)はみんな水晶(すいしょう)だ。中で小さな火が燃(も)えている」
「そうだ」どこでぼくは、そんなことを習(なら)ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。
 河原(かわら)の礫(こいし)は、みんなすきとおって、たしかに水晶(すいしょう)や黄玉(トパーズ)や、またくしゃくしゃの皺曲(しゅうきょく)をあらわしたのや、また稜(かど)から霧(きり)のような青白い光を出す鋼玉(コランダム)やらでした。ジョバンニは、走ってその渚(なぎさ)に行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河(ぎんが)の水は、水素(すいそ)よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流(なが)れていたことは、二人(ふたり)の手首(てくび)の、水にひたったとこが、少し水銀(すいぎん)いろに浮(う)いたように見え、その手首(てくび)にぶっつかってできた波(なみ)は、うつくしい燐光(りんこう)をあげて、ちらちらと燃(も)えるように見えたのでもわかりました。
 川上の方を見ると、すすきのいっぱいにはえている崖(がけ)の下に、白い岩(いわ)が、まるで運動場(うんどうじょう)のように平(たい)らに川に沿(そ)って出ているのでした。そこに小さな五、六人の人かげが、何か掘(ほ)り出すか埋(う)めるかしているらしく、立ったりかがんだり、時々なにかの道具(どうぐ)が、ピカッと光ったりしました。
「行ってみよう」二人(ふたり)は、まるで一度(ど)に叫(さけ)んで、そっちの方へ走りました。その白い岩(いわ)になったところの入口に、〔プリオシン海岸(かいがん)〕という、瀬戸物(せともの)のつるつるした標札(ひょうさつ)が立って、向こうの渚(なぎさ)には、ところどころ、細(ほそ)い鉄(てつ)の欄干(らんかん)も植(う)えられ、木製(もくせい)のきれいなベンチも置(お)いてありました。
「おや、変(へん)なものがあるよ」カムパネルラが、不思議(ふしぎ)そうに立ちどまって、岩(いわ)から黒い細長(ほそなが)いさきのとがったくるみの実(み)のようなものをひろいました。
「くるみの実(み)だよ。そら、たくさんある。流(なが)れて来たんじゃない。岩(いわ)の中にはいってるんだ」
「大きいね、このくるみ、倍(ばい)あるね。こいつはすこしもいたんでない」
「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘(ほ)ってるから」
 二人(ふたり)は、ぎざぎざの黒いくるみの実(み)を持(も)ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚(なぎさ)には、波(なみ)がやさしい稲妻(いなずま)のように燃(も)えて寄(よ)せ、右手の崖(がけ)には、いちめん銀(ぎん)や貝殻(かいがら)でこさえたようなすすきの穂(ほ)がゆれたのです。
 だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡(きんがんきょう)をかけ、長靴(ながぐつ)をはいた学者(がくしゃ)らしい人が、手帳(てちょう)に何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたり、スコップをつかったりしている、三人の助手(じょしゅ)らしい人たちに夢中(むちゅう)でいろいろ指図(さしず)をしていました。
「そこのその突起(とっき)をこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くから掘(ほ)って。いけない、いけない、なぜそんな乱暴(らんぼう)をするんだ」
 見ると、その白い柔(やわ)らかな岩(いわ)の中から、大きな大きな青じろい獣(けもの)の骨(ほね)が、横に倒(たお)れてつぶれたというふうになって、半分以上(はんぶんいじょう)掘(ほ)り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄(ひづめ)の二つある足跡(あしあと)のついた岩(いわ)が、四角(しかく)に十ばかり、きれいに切り取られて番号(ばんごう)がつけられてありました。
「君たちは参観(さんかん)かね」その大学士(だいがくし)らしい人が、眼鏡(めがね)をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
「くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年(まんねん)ぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前(まんねんまえ)、第三紀(だいさんき)のあとのころは海岸(かいがん)でね、この下からは貝(かい)がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水(しおみず)が寄(よ)せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいに鑿(のみ)でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛(うし)の先祖(せんぞ)で、昔(むかし)はたくさんいたのさ」
「標本(ひょうほん)にするんですか」
「いや、証明(しょうめい)するに要(い)るんだ。ぼくらからみると、ここは厚(あつ)い立派(りっぱ)な地層(ちそう)で、百二十万年(まんねん)ぐらい前にできたという証拠(しょうこ)もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層(ちそう)に見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨(ろっこつ)が埋(う)もれてるはずじゃないか」
 大学士(だいがくし)はあわてて走って行きました。
「もう時間だよ。行こう」カムパネルラが地図と腕時計(うでどけい)とをくらべながら言(い)いました。
「ああ、ではわたくしどもは失礼(しつれい)いたします」ジョバンニは、ていねいに大学士(だいがくし)におじぎしました。
「そうですか。いや、さよなら」大学士(だいがくし)は、また忙(いそが)しそうに、あちこち歩きまわって監督(かんとく)をはじめました。
 二人(ふたり)は、その白い岩(いわ)の上を、一生けん命(めい)汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息(いき)も切れず膝(ひざ)もあつくなりませんでした。
 こんなにしてかけるなら、もう世界(せかい)じゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。
 そして二人(ふたり)は、前のあの河原(かわら)を通り、改札口(かいさつぐち)の電燈(でんとう)がだんだん大きくなって、まもなく二人(ふたり)は、もとの車室の席(せき)にすわっていま行って来た方を、窓(まど)から見ていました。

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