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熊捕り競争(くまとりきょうそう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-2 8:53:26 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

    一

 御維新の少し前頃まへごろ、北海道有珠うすのアイヌ部落コタンにキクッタとチャラピタといふ二人の少年がゐました。キクッタは十七で、チャラピタは一つ下の十六でした。小さなときから、大へん仲好なかよしで、遊ぶにも魚をとるにも、またわなをかけに行くにも、いつも一しよでした。ところが、その年になつて、二人が今までのやうにむつまじくやつていけないことが起りました。それはアイヌが一ばん手柄にする熊捕くまとりの競争を二人が始めたからです。特に本年は
部落コタンで、十五歳から十八歳までの少年で、一ばん早く、一ばん大きな熊をとつたもの、または一番沢山の数をとつた者には会所くわいじよのお役人からりつぱな鉄砲を一てう下さる。そして部落コタンではその人をやがて酋長しゆうちやうの候補者にしよう」
 さういふ懸賞のいた課題が出てゐましたから、みんなが勇んだのですがじつさいそれに応ずる力のあるのは、キクッタとチャラピタとだけよりなかつたので、自然、二人の間の競争となつてしまひました。
「おれが勝つてみせるぞ!」
「なアに、優勝はおれのものだ」


    二

 そこで、キクッタは、ある日、お父さんのモコッチャルの銃を借りて、ベンベの森をくまをさがして、歩きまはつてゐました。
 時は秋の半ばでした。赤く、紫に、きいろに、かば色に、まるで花のやうにいろいろの紅葉が青い松やもみと入りまじつた、その美しさといつたらありません。しかし、それよりもつと、このアイヌの少年の目をひきつけたのは、青いコクワと、濃紫こむらさき山葡萄やまぶどうの実が、玉をつらねたやうに、ふさ/\とつて、おいで/\をしてゐることでした。
 これはキクッタのやうなアイヌの少年には結構なおやつであるばかりか、また熊にとつても、大好物です。だから、コクワや山葡萄が沢山生つてゐるところには、きつと熊が来るものです。果して熊のふんをキクッタは見付けました。
「やア、親父おやぢ(熊のこと)がゐるぞ!」
 キクッタは銃を肩から下ろし、注意ぶかくそこらをあらためました。糞はごく新らしく、あたりの草はふみにぢられて、大きなお盆のやうな熊の足あとがいつぱいついてゐました。
「よし、しめた。おれが勝ちだ。この熊をおれがとつてやる!」
 キクッタは胸をどき/\させながら、そろ/\と、なほも足あとをつけて行きました。
 と、たちまち、右手のやぶがガサ/\と音がしたので、急いで銃を取り直すひまもなく、いきなり目の前に、牡牛をうしのやうな大きなひぐまがあらはれ、後ろ脚でスクッと立上がり、まつかな口に、氷のやうなきばをあらはし、ウオーッと吼えました。
「畜生!」
 キクッタはその心臓を狙つて、引金をひきました。
「ドーン」
 鋭い銃声が森に反響しました。射術にかけては、少年の間は勿論大人のアイヌの間にも有名なキクッタですから、大熊はその場に地響きさして、ぶつたふれた――はずですが、不幸、ガチッと音がして、不発でした。さア大へん。もう弾丸たまをこめ直すひまもありませんから、いきなり銃を逆手さかてに持ち直し、とびかゝつて来ようとする大熊の頭を力まかせになぐりつけましたが、岩のやうなその頭は、銃の台尻だいじりの一打ぐらゐは平気です。大熊はいよ/\怒つて、キクッタにとびついて来ましたから、キクッタはひらりと身をかはして、やりすごし、そばの立木の下枝へ手をかけるが早いか、すら/\と、まるでさるのやうに、そのこずえによぢのぼりました。
 大熊はその木の幹に前脚をかけ、ウオ/\とえ狂ひながら、力まかせにゆすぶりました。生憎あいにくその木は小さかつたので、まるで暴風あらしに吹かれてゞもゐるやうに、ゆら/\、ざわ/\と動いて、キクッタは今にも落ちさうでした。
 しばらく、かうゆすぶつては吼え、吼えては梢のキクッタを見上げてゐた大熊は、やがて何か思ひ付いたやうに、その大きな片手をあげて、小さな木の幹をハッシと打ちました。直径十センチぐらゐの、柔かい、ゑぞ松でしたから、大熊の一打ちに、まるでマッチの棒みたやうに、ポッキと折れて、メリ/\と仆れかけました。しかし、さすがは、キクッタです、その拍子にすばやく、ヒョイとそばの、べつな木にとび移りました。
 が、運の悪いときは仕方のないもので、その手のかゝつた枝が枯れてゐたとみえ、ポッキリと音がして、キクッタはずる/\、ズドンと地に落ちました。それとほとんど同時に、銃声がひゞいたやうでしたが、すぐ気絶したのであとは分りません。
 気がついてみると、自分のそばに、チャラピタが立つてゐました。折りよく、来合はせたチャラピタは、大熊の頭に一発、弾丸たまを打ち込んで、キクッタを救つたのでした。


    三

 キクッタは折角、自分が見付けたくまをチャラピタのために打取られ、おまけに生命いのちまでも救つてもらつたことになつたので、口惜くやしくてたまりません。これからは何んとかして、大きな熊をたくさんとつて、あはよくば、チャラピタの生命いのちを救つてやらなければ、一つでも年上の自分の面目が立たないと、せつせと熊をさがして歩きました。
 けれども、もう銃はないので、その代りに弓矢をもつて出ました。矢の根には、トリカブトといふ草の根からとつた毒汁どくじるブシをどろにねりまぜたものが塗つてあるので、その矢があたれば、どんな猛悪な熊でも、すぐ、ゴロリとたふれて死ぬのです。
 ところが、ある日、オサル川の岸を上へのぼつて行くと、近くで、猛烈に熊がえるのを聞いて、急いで、その方へ行つてみると、驚いてしまひました。一人のアイヌが、大きな熊と、必死となつて、組打ちしてゐるのでした。しかも、そのアイヌはチャラピタだつたのです。チャラピタは大胆にも、大熊のふところにとびこみ、両手両足で大熊の胸にしがみついてゐるのでした。熊は怒つて、チャラピタの頭を、たゞ一口に噛みくだいてやらうとするけれど、チャラピタはそのあごの下に、ピッタリと顔をつけてゐるので、大熊にはそれが出来ません。そこで、つめでもつて、八つ裂きにしてやらうとしましたが、熊の手は、人間の手ほど深く内側に曲らないので、ダニのやうに胸にくひこんでゐるチャラピタの身にまではとゞきません。だから、大熊はなほ更怒つて、ウオ/\と吼えながら、この厄介な人間を振り落してやらうと、そこらぢうを飛びまはり、跳ね廻つてゐるのでした。
 しかし、チャラピタの方でも、これ以上は、どうにも仕方がありません。腰の小刀マキリをとることが出来さへすれば、熊の心臓を一刺しに突き刺してしまふのですが、さうするために、うつかり片手を放さうものなら、振り落される恐れがあるので、仕方なしに、ただしつかりと抱付いてゐるのでした。
 キクッタはそれを見て、日頃ひごろおもひがかなつたと、大悦おほよろこびでした。
「おい、チャラピタ、しつかりしろツ! キクッタが助けに来たぞ!」と、大きな声でどなりながら、毒矢を弓につがへて、大熊をねらひました。キクッタは弓にかけても、たしかな腕前をもつてゐましたけれど、大熊は一秒の休みもなく、とびまはり、跳ねまはりしてゐるうへ、その胸にはチャラピタが抱きついてゐるのですから、射そんじると大へんなことになります。
 で、只、ぢつと狙ひをつけ、すきをうかゞつてゐましたが、容易にそんなすきが見付かりません。そのうち、大熊が、ウオッと一きわ強く吼えて、ピョンとはね上がつた拍子に手の力がゆるんだかして、チャラピタはどしんとそこへ振り落されました。
「あッ!」
 キクッタは思はず驚きの声をあげましたが、さすがに弓の名手です。熊が姿勢をあらためて、チャラピタに向つてとび付かうとした瞬間、早くも狙ひをつけて、ピユッと毒矢を放ちました。中りました。が足のさきでしたからさすがに猛烈なブシ毒も、さう急にはきゝめがありません。
 大熊は横合ひから、不意に矢を射込まれたので、チャラピタをおいてこつちへ向つて、例の後ろ脚で立ち上がつて、攻撃して来ようとしました。
 もう二発目の矢は間に合ひません。そのときキクッタの目についたのはそこにチャラピタが落した、長さ二メートルばかりの手槍てやりでした。キクッタは電光いなづまのやうにそれを拾ひ上げると、二三歩前へ進み出で、穂尖ほさきを大熊の胸につきつけ、石突きを地面に当てがひ、柄をしつかり握つたまゝ、そこへうづくまりました。
 勢ひこんだ大熊は、槍が自分の心臓に当てがはれてゐることには気がつかず、只、そこに恐れたやうに、うづくまつてゐるキクッタを、おしつぶし、つかみ殺してやらうと思つて、まるで大木でもたふれるやうに、のしかゝつて来ました。そこで、丁度、こちらの注文どほり、熊先生、自分の身体からだの重さで、自分の胸をぶす/\と刺して、たあいもなく参つてしまひました。
 これは熊が人をおそふときの癖をよくのみこんで、アイヌが発明した滑稽こつけいなやうで、大胆不敵な狩猟法です。チャラピタはそれをやつてみようとして手槍を持つて出たのでしたが、あんまり不意に熊にとびつかれたので、それが出来ず、組打ちをしてゐるうち、ふりとばされ、しばらく足が立たなかつたので、キクッタにその功をゆづることになつたのです。

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