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新たなプロレタリア文学(あらたなプロレタリアぶんがく)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-2 10:52:51 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


          一

 さきごろ中野重治が二つの短いアレゴリーを『改造』へ書いた。
 自分はよんでいないけれども、彼は先に「根」という、やっぱりアレゴリーの成功した作品を書いたそうだ。
 というと、つまり、『改造』に発表された方のはアンマリ成功していないということになる。作者の主観的な、古風な言葉でいえばある述懐というようなものは理解できる。が、作品は註つきでよませる物ではないから、あの二つは、いおうとすることを、はっきりした形で読者の心へ打ちこまないという点で失敗だった。特に「菊の花」の方は、主題のつかみかたがプロレタリア的な立場で見れば敗北主義くさいという、理論上の欠点ももっていた。
 だが、あれをよんで、自分は興味をもって二つのことを感じた。一つは、中野君の作品を批評する場合、みんなの合言葉みたいになってつかわれる「詩人」という言葉の内容についてだ。他の一つは、プロレタリア・アレゴリーというものは、難しいもんだな、アレゴリーと諷刺とは、プロレタリア文学の形式として、どっちが広汎な、階級的役立ちに利用され得るだろうか、ということである。

 アレゴリー、譬話ひわというとわれわれは、まずエソープを思いだす。桃太郎、カチカチ山、兎と亀その他いわゆるおとぎ話は、たくさんアレゴリーの形式で書かれている。
 ロシアにもクルイロフというがっちりした爺さんがいて、エソープの焼直しものをうんと書いた。今でもレーニングラードの冬宮裏の公園へ行くと、濃い菩提樹のしげみのかげに、クルイロフの銅像が立っている。
 だが、どうして、いわゆるおとぎ話、必ず教訓的結語をもった短いものがたりが、主としてアレゴリーの形をとられて来たんだろうか? どうも、作者が一般的な人間の貪慾とか浅慮とかいうものを抽象して来て、欲ばるとこんな目に会うぞという教訓を与えようとする場合、たれの心にでも、つまりどんな地位、階級のものにでもめいめいの立場によって生じる主観的な実際行為の正常化を前もって封じて、いおうとする話を受け入れさせるために、例え話の形をとったらしい。こじきの太郎とか王子のジョージとかより先に、おおかみと鶴、兎にたぬきなんかを持ちだして、話をすすめて行く形である。
 アレゴリーの従来の利用価値は、いろいろあったにしろ、一部の事実として聞きてに聞きて自身や話の中の人物の階級性なんかまで考えさせずに、いいたいことをスラスラいって聞かせるというところにあったことは確だ。
 だから、その中に現れてくる主人公の行為も、具体的であって、実は具体的ではない。
 兎と亀のかけくらで、兎が油断して昼寝したり、亀が身の程を知って、ノタノタ一生懸命に歩きつづけるということは、この世の中に確にある行為だ。けれども、何年、何の時代に、どういう情勢のもとに起ったことだという意味での具体性のないのが、アレゴリーの中の行為の特性である。
 ところで、ごく簡単にしらべて、こういう特徴を見つけたアレゴリーがプロレタリアの文学として、実際どのくらい役に立つものだろうか。
 実際の例をとって考えて見よう。桃太郎の話は、たれでも知っているから、ちかごろ階級的童話の初歩的試みとして、そのつくりかえが行われている。
 プロレタリアートの文学に、まず階級性のはっきりしないことは困る。特に啓蒙的な目的でつかう場合こまる。桃太郎が桃から生れて、犬、猿、キジをひきつれて鬼という架空的存在を征服して、宝物をひとりで取って平気でいるのでは、ものにならない。
 桃太郎は貧乏な小作人の子で、鬼は悪地主だ。三人の仲間を中心として悪地主をやっつけて、村の農民みんなのために働いたという風に、かえられる。
 これはアレゴリーだろうか? そうではない。従来の意味でアレゴリーの形式はこわれている。
 階級闘争の実践の過程で階級的基準をぬいた善行というものはあり得ない。まず第一にこれがアレゴリーの性質とブツかる。
 第二に、アレゴリーは、静的だ。静思的だ。それだから、たとえそれが反抗的な要素によってつくられていても、直接に、大胆に暴露や批判はしない。消極性を少なからずもっている。
 今日、世界唯一のプロレタリアートの国ソヴェト・ロシアは昔から、革命的経験をどの国より豊富に、歴史的発展につれてもって来た国である。
 文学は、ブルジョア・インテリゲンチアの革命運動のはじまりから、多くその影響のもとに生れた。
 では、古典ロシア革命文学の中に、どんな傑出した階級的アレゴリーがあったか?
 ほとんどない。
 ソヴェト文学の中にあるか?
 ない。
 盛りあがった力あるプロレタリアートが階級的立場に立ってものをいうとき、遠慮して、兎だの亀だのに代弁させる必要はないのである。
 これは、日本の闘争的プロレタリアートの心持にしろ同じである。
 その代り、諷刺は昔のロシア文学の中に重大な社会的役割を果した。
 現代のソヴェト同盟でも、諷刺は新しい立場から研究され、絵画の領域では漫画といっしょに、大いに階級的活動に利用されている。

          二

 諷刺は、極めて現実的である。
 対象と主体との相異対立がはっきり認識され、それを積極的に批評し、評価結論を下したところに、諷刺が現れる。対象を批評するときには、当然暴露がついて来る。
 しかも、暴露の材料一々の具体性が分析される。従って対象と主体の置かれている一定の時代、階級というものを無視することは絶対に不可能である。
 諷刺は攻撃的だ。率直だ。動的で、生活的だ。
 活溌な闘争にしたがう世界のプロレタリアートは、だから一方にはブルジョア社会への攻撃の武器として、他方には自己批判の武器として、諷刺をアレゴリーとはくらべものにならない効果で利用しているわけなのである。
 プロレタリア文学の形式の多様化の一つとして、われわれに求められているのは、愉快な階級的哄笑を爆発させるプロレタリア諷刺劇、又は諷刺小説、詩である。
 例えば、左翼劇場で上演した「銅像」を、みんなどんなによろこんで観、あとまでその印象をもっているか。
 ところが、諷刺は元来非常に活々した社会性をもっているものだけに、諷刺の対象が時代の影響をうけて変遷するばかりではない。諷刺するもの、そのものの属している階級の力のもりあがりと密接な関係をもって、諷刺の態度が時代によって違う。
 よく例にとられるチェホフの諷刺的短篇を見よう。
 チェホフは小市民的卑俗さ、愚劣な伝習というようなものを常に鋭く諷刺し、その下らなさ加減を興味深い短篇の中へ素敵な技術でもり込んでいる。然し、チェホフの諷刺は、どこまでも、自由主義人道主義的インテリゲンチアの諷刺だ。というのは、チェホフは、しまいにはいつだって、高みから見下したような憫笑で、諷刺の対象を許してしまっている。
 下らぬもの、卑しいものに対して、勝利する新しい世界観というものを明瞭に把握してわれわれに示してはくれない。
 そこに、彼の生きたロシアの革命的沈滞期の社会が明かに反映しているのである。
 もっと後の時代でも、例えばドイツの漫画家グロッスの仕事を見ると、彼の諷刺家としての階級性がよく分る。グロッスの貪婪なブルジョア、冷酷な淫猥なブルジョア女、圧迫されながらしばられ不具にされたプロレタリアートの描写は、その辛辣な暴露で漫画界に一つのスタイルを創った。
 ぞろぞろ手法の模倣者が出た位鋭いものを持ってはいたが、本当に闘争するボルシェビックなプロレタリアートはしんからグロッスの漫画を好きになれなかった。
 グロッスはアナーキスト的な世界観で、階級的醜と悪とを暴露したのはいいが、暴露しっぱなしだ。このざまは何だ? それっきりでつっぱなしている。
 現実に新社会を建設しようとしているプロレタリアの意志、プロレタリアートの情熱の輝きは、グロッス漫画のどこにも光っていない。
 世界の階級闘争がひろい文化戦線にわたって激化されるようになってから、敵の陣営=ブルジョアを攻撃し、笑殺する武器としてのプロレタリア諷刺は、弁証法的な形で扱われるようになって来た。
 対手の悪と醜とを暴露し、やっつけるぎりの消極的諷刺から、諷刺する主体、プロレタリアートの逆襲的勝利、社会的価値の再認識ということまでを含めて扱うところまで進歩して来た。
 日本でも、まだ数こそ少ないが、この方面で面白いプロレタリア漫画、諷刺文学は出はじめているのである。

          三

 では、プロレタリアートの自己批判の武器としての諷刺は、どんな工合に発達しているだろうか。
 ソヴェト同盟のように、もうプロレタリア革命後十何年という建設期の特別な社会情勢では、諷刺がなかなか現実的な力でこの方面の文化活動につかわれている。
 今ソヴェト同盟で出ている、あらゆる漫画諷刺雑誌の主題は、資本主義国支配階級への攻撃、国内のブルジョア残存物への挑戦、次にプロレタリア生産、文化の自己批判が、扱われている。
 然し実際にやって見ると、階級的自己批判としての諷刺文学は、あるいは画よりも困難をもっている。
 批判、諷刺の対象を日常の些細なことから一つ一つ部分的にとりあげた場合、それは割合やさしく、笑われるものと、笑うものとの関係をこめてはっきり把握される。例えば、ソヴェト同盟の五ヵ年計画のはじめにされた職場の酔っぱらい排撃、官僚主義排撃のような主題だ。それは相当うまく行った。
 ところが、そういう社会的現象をみんなひっくるめて、プロレタリアート独裁下のソヴェト生活という風な大主題を扱おうとすると、諷刺文学はいつもプロレタリアート的成功をかち得るとはきまらない。
 ミハイル・アファナシェヴィッチ・ブルガーコフという小説家がソヴェトにいる。一八九一年キエフ生れで才能がある。一九一九年のあるさびしい秋の夜、汽車にガタクリ揺られながらふと短い小説を書いたのがはじまりなのだそうだ。
 もう七八冊の本が出ている。「トゥルビーン家の数日」という国内戦時代の中ブルジョア層を主題にした脚本などは一九二七・八年モスクワ芸術座で上演され、ひどく評判だった。
 ブルガーコフはこの他にも「赤紫の島」という脚本を書いた。これは、カーメルヌイ劇場に上演されてなかなか面白いものだった。ところが「トゥルビーン家の数日」も「赤紫の島」も上演禁止になった。
 この間何かで、ベルリンのピスカトールが、ブルガーコフのモスクワで上演禁止になった作品を演出する計画をたてているというようなうわさをよんだ。
 これはどうしたことだろうか? トロツキーが暗にほのめかすように、ソヴェトは天才を生かさない場所なのか?
 そうではない。ブルガーコフは才能ある作家で、しかもその才能がまれにしかない諷刺的なものだということは、ソヴェト・プロレタリアートにとって、この上なく結構なのだ。が、残念なことにブルガーコフのソヴェト社会に向って発動する諷刺は、小ブルジョア的な尻尾をひっぱっている。
 具体的にいうと、「赤紫の島」で、ブルガーコフは、一部の共産党員が考えている性急で単純な世界革命の希望を批判し、諷刺している。
 確に、この大仕事はそう雑作なく行きはしないのだ。(ブルガーコフは、それを逆に、ある島――赤紫の島の住民が、まるで公式的なアジでパッパッと革命を遂行しソヴェトをつくってしまうという表面の成功の形で、こんなだったらいいだろうがネ、といっているのである。)
 だが、果して、世界革命はブルガーコフのように諷刺しやゆしてしまうだけのものだろうか?
 党、それを支持するプロレタリアートの一面の誤謬は指摘され、笑われている。プロレタリア的な積極的な見通しが、全脚本を通じてない。そこで、大衆は疑問をもち始め「赤紫の島」は上演を禁じられた。
 この例でもわかるように、闘争的プロレタリアートは諷刺にしろ、自嘲は欲しない。建設的諷刺が欲しいのである。
 ハッハッハアと笑って、ようし、やるぞ! という元気のいいのがほしいのである。
 諷刺文学、朗らかで、見通しをもったプロレタリア諷刺文学をどうこしらえるかということはソヴェトでもまだ宿題だ。
 いわゆるユーモア文学の作家にはゾーシチェンコなどという人もいる。これは、古いロシアと新しいソヴェト生活のむじゅんから生ずる滑稽を、毒のない笑話という程度でまとめる。自己批判というキッとしたところのある笑いではない。
 こう書いて来て思うのだが、プロレタリアの力がのびてくるにつれ、諷刺の形式をとった文学は段々小型になって、ますます流動性せん動性をもって来るのではないだろうか。
 もうこれからはゴーゴリの作品のような型で諷刺する諷刺文学は、プロレタリア文学の領域からは出ないのが当然だ。例えば「死せる魂」は傑作だが、プロレタリア的観点から農民はああ見られただけではすまない。それを書けば、諷刺より極めて弁証法的に扱われたリアリズムの小説になってしまう。
 諷刺文学はいわばプロレタリア文学の行動隊である。
 形は小さいが、活々したモーメントを批判し、到るところで、いろんな形で、敵の攻撃と自己批判をやってゆく、独特な文化的武器となるに違いないのである。
 現に移動劇場の仕事は、よくこの諷刺文学の、小粒な活力を利用してわれわれに見せている。
 作家がそういう小粒で便利な武器をどうしてドシドシ作れるか? ほんとに大衆と職場の動きを知らなければならないということになるのである。
〔一九三一年七月〕





底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第七巻」河出書房
   1951(昭和26)年7月発行
初出:「東京朝日新聞」
   1931(昭和6)年7月1~3日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年1月16日作成
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