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源氏物語(げんじものがたり)24 胡蝶

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-6 9:41:41 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

源氏物語

胡蝶

紫式部

與謝野晶子訳




盛りなる御代みよきさきに金のてふしろがねの
鳥花たてまつる      (晶子)

 三月の二十日はつか過ぎ、六条院の春の御殿の庭は平生にもまして多くの花が咲き、多くさえずる小鳥が来て、春はここにばかり好意を見せていると思われるほどの自然の美に満たされていた。築山つきやまの木立ち、池の中島のほとり、広く青み渡ったこけの色などを、ただ遠く見ているだけでは飽き足らぬものがあろうと思われる若い女房たちのために、源氏は、前から造らせてあった唐風の船へ急に装飾などをさせて池へ浮かべることにした。船ろしの最初の日は御所の雅楽寮の伶人れいじんを呼んで、船楽を奏させた。親王がた高官たちの多くが参会された。このごろ中宮は御所から帰っておいでになった。去年の秋「心から春待つ園」の挑戦ちょうせん的な歌をお送りになったお返しをするのに適した時期であると紫の女王にょおうも思うし、源氏もそう考えたが、尊貴なお身の上では、ちょっとこちらへ招待申し上げて花見をおさせするというようなことが不可能であるから、何にも興味を持つ年齢の若い宮の女房を船に乗せて、西東続いた南庭の池の間に中島のみさきの小山が隔てになっているのをぎ回らせて来るのであった。東の釣殿つりどのへはこちらの若い女房が集められてあった。竜頭鷁首りゅうとうげきしゅの船はすっかり唐風に装われてあって、梶取かじとり、棹取さおとりの童侍わらわざむらいは髪を耳の上でみずらに結わせて、これも支那しな風の小童に仕立ててあった。大きい池の中心へ船が出て行った時に、女房たちは外国の旅をしている気がして、こんな経験のかつてない人たちであるから非常におもしろく思った。中島の入り江になった所へ船を差し寄せて眺望ちょうぼうをするのであったが、ちょっとした岩の形なども皆絵の中の物のようであった。あちらにもそちらにもかすみと同化したような花の木のこずえにしきを引き渡していて、御殿のほうははるばると見渡され、そちらの岸には枝をたれて柳が立ち、ことに派手はでに咲いた花の木が並んでいた。よそでは盛りの少し過ぎた桜もここばかりは真盛まさかりの美しさがあった。廊を廻ったふじも船が近づくにしたがって鮮明な紫になっていく。池に影を映した山吹やまぶきもまた盛りに咲き乱れているのである。水鳥の雌雄の組みが幾つも遊んでいて、あるものは細い枝などをくわえて低く飛びったりしていた。鴛鴦おしどりが波のあやの目に紋を描いている。写生しておきたい気のする風景ばかりが次々に目の前へ現われてくるのであったから、仙人せんにんの遊戯を見ているうちにおのの木の柄が朽ちた話と同じような恍惚こうこつ状態になって女房たちは長い時間水上にいた。

風吹けばなみの花さへ色見えてこや名に立てる山吹のさき
春の池や井手の河瀬かはせに通ふらん岸の山吹底もにほへり
かめの上の山もたづねじ船の中に老いせぬ名をばここに残さん
春の日のうららにさして行く船は竿さをしづくも花と散りける

 こんな歌などを各自がんで、行く先をも帰る所をも忘れるほど若い人たちのおもしろがって遊ぶのに適した水の上であった。暮れかかるころに「※(「鹿/章」、第3水準1-94-75)こうじょう」という楽の吹奏が波を渡ってきて、人々の船は歓楽陶酔の中に岸へ着き、設けられた釣殿つりどのの休息所へはいった。ここの室内の装飾は簡単なふうにしてあって、しかもえんなものであった。各夫人の若いきれいな女房たちが、競って華美な姿をして待ち受けていたのは、花の飾りにも劣らず美しかった。曲のありふれたものでない楽が幾つか奏されて、舞い手にも特に選抜された公達きんだちが出され、若い女に十分の満足を与えた。夜になってしまったことを源氏は残念に思って、前の庭にかがりをとぼさせ、階段の下のこけの上へ音楽者を近く招いて、堂上の親王がた、高官たちと堂下の伶人れいじんとで大合奏が行なわれるのであった。専門家の中の優美な者だけが選ばれて、双調そうちょうを笛で吹き出したのをはじめに、その音を待ち取った絃楽げんがくが上で起こったのである。絃楽の人ははなやかな音をかき立てて、歌手は「安名尊あなとうと」を歌った。生きがいのあることを感じながら庶民たちまでも六条院の門前の馬や車の立てられたかげへはいってこれらを聞いていた。春の空に春の調子の楽音の響く効果というものを、こうした大管絃楽を行なって堂上の人々は知ったであろうと思われた。終夜音楽はあった。の楽を律へ移すのに「喜春楽きしゅんらく」が奏されて、兵部卿ひょうぶきょうの宮は「青柳あおやぎ」を二度繰り返してお歌いになった。それには源氏も声を添えた。夜が明け放れた。この朝ぼらけの鳥のさえずりを、中宮は物を隔ててうらやましくお聞きになったのであった。常に春光の満ちた六条院ではあるが、外来者の若い興奮をそそる対象のないことをこれまで物足らず思った人もあったが、西の対の姫君なる人が出現して、これという欠点のない人であること、源氏が愛して大事にかしずくことが世間に知れた今日では、源氏の予期したとおりに思慕を寄せる者、求婚者になる者が多かった。わが地位に自信のある人たちは、女房などの中へ手蔓てづるを求めて姫君へ手紙を送る方法もあるし、直接に意志を源氏へ表明することも可能であるが、そうした大胆なことはできずに、心だけを悩ましている若い公達きんだちなどもあることと思われる。その中にはほんとうのことを知らずに、内大臣家の中将などもあるようである。兵部卿の宮も長く同棲どうせいしておいでになった夫人をくしておしまいになって、もう三年余りも寂しい独身生活をしておいでになるのであったから、最も熱心な求婚者であった。今朝けさもずいぶん酔ったふうをお作りになって、ふじの花などをかざしにさして、風流な乱れ姿を見せておいでになるのである。源氏も計画どおりになっていくと、心では思うのであるが、つとめて素知らぬ顔をしていた。酒杯のまわって来た時、迷惑な色をお見せになって宮は、
「私がある望みを持っていないのでしたら、逃げ出してしまう所ですよ。もういけません」
 と言って、手をお出しになろうとしない。

紫のゆゑに心をしめたればふちに身投げんことや惜しけき

 とお言いになってから、源氏に、
「あなたはお兄様なのですからお助けください」
 と源氏にその杯をお譲りになるのであった。源氏は満面にみを見せながら言う。

淵に身を投げつべしやとこの春は花のあたりを立ちさらで見ん

 源氏がぜひと引きとめるので、宮もお帰りになることができなかった。
 今朝けさの管絃楽はまたいっそうおもしろかった。この日は中宮が僧に行なわせられる読経どきょうの初めの日であったから、夜を明かした人たちは、ある部屋部屋へやべやで休息を取ってから、正装に着かえてそちらへ出るのも多かった。さわりのある人はここから家へ帰った。正午ごろに皆中宮の御殿へ参った。殿上役人などは残らずそのほうへ行った。源氏の盛んな権勢に助けられて、中宮は百官のまったい尊敬を得ておいでになる形である。春の女王にょおうの好意で、仏前へ花が供せられるのであったが、それはことに美しい子が選ばれた童女八人に、ちょうと鳥を形どった服装をさせ、鳥は銀の花瓶かびんに桜のさしたのを持たせ、蝶には金の花瓶に山吹をさしたのを持たせてあった。桜も山吹も並み並みでなくすぐれた花房はなぶさのものがそろえられてあった。南の御殿の山ぎわの所から、船が中宮の御殿の前へ来るころに、微風が出て瓶の桜が少し水の上へ散っていた。うららかに晴れたその霞の中から、この花の使者を乗せた船の出て来た形はえんであった。天幕をこちらの庭へ移すことはせずに、左へ出た廊を楽舎のようにして、腰掛けを並べて楽は吹奏されていたのである。童女たちは階梯きざはしの下へ行って花を差し上げた。香炉を持って仏事の席を練っていた公達きんだちがそれを取り次いで仏前へ供えた。紫の女王の手紙は子息の源中将が持って来た。

花園の胡蝶こてふをさへや下草に秋まつ虫はうとく見るらん

 というのである。中宮はあの紅葉もみじに対しての歌であると微笑して見ておいでになった。昨日きのう招かれて行った女房たちも春をおけなしになることはできますまいと、すっかり春に降参して言っていた。うららかなうぐいすの声と鳥の楽が混じり、池の水鳥も自由に場所を変えてさえずる時に、吹奏楽が終わりの急なになったのがおもしろかった。ちょうははかないふうに飛びって、山吹がかきの下に咲きこぼれている中へ舞って入る。中宮のすけをはじめとしてお手伝いの殿上役人が手に手に宮の纏頭てんとうを持って童女へ賜わった。鳥には桜の色の細長、蝶へは山吹襲やまぶきがさねをお出しになったのである。偶然ではあったがかねて用意もされていたほど適当な賜物たまものであった。伶人れいじんへの物は白の一襲ひとかさね、あるいは巻き絹などと差があった。中将へはふじの細長を添えた女の装束をお贈りになった。中宮のお返事は、
昨日は泣き出したくなりますほどうらやましく思われました。

こてふにも誘はれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば

 というのであった。すぐれた貴女きじょがたであるが歌はお上手じょうずでなかったのか、ほかのことに比べて遜色そんしょくがあるとこの御贈答などでは思われる。昨日のことであるが、招かれて行った女房たちの、中宮のほうから来た人たちには意匠のおもしろい贈り物がされたのであった。そんなことをあまりこまごまと記述することは読者にうるさいことであるから省略する。毎日のようにこうした遊びをして暮らしている六条院の人たちであったから、女房たちもまた幸福であった。各夫人、姫君の間にも手紙の行きかいが多かった。
 玉鬘たまかずらの姫君はあの踏歌とうかの日以来、紫夫人の所へも手紙を書いて送るようになった。人柄の深さ浅さはそれだけで判断されることでもないが、落ち着いたなつかしい気持ちの人であることだけは認められて、花散里はなちるさとからも、紫の女王からも玉鬘は好意を持たれた。結婚を申し込む人は多かった。いいかげんに自分だけでこのことはだれにと決めてしまうことのできないことであると源氏は思っているのであった。自身でも親の心になりきってしまうことが不可能な気がするのか、実父に玉鬘たまかずらの存在を報ぜようかという考えの起こることも間々あった。源中将は親しい気持ちで玉鬘の居間の御簾みすに近く来て話すこともある。玉鬘もそれに対して、自身が直接話をしなければならないことになっているのを女は恥ずかしく思ったが、兄弟ということになっているのであるからといって、右近たちはむつまじくすることを勧めていた。中将はいつもまじめで、よけいな想像などはしないふうで、姉と信じていた。内大臣家の公達きんだちも中将に伴われてこちらの御殿へ、下心をほのめかすふうに来たりもするのであるが、そうした問題ではなしに、なつかしい気持ちでほんとうの兄弟たちを玉鬘はながめていた。実父にいたいと常に人知れず思うのであるが、その素振りは見せずに、信頼しきった様子だけが源氏に見えるのも、いっそう可憐かれんに、いっそう処女らしくこの人を思わせた。似ているというのではないがやはり母の夕顔のよさがそのままこの人にもあって、その上に才女らしいところが添っていた。
 衣がえをする初夏は、空の気持ちなども理由なしに感じのよい季節であるが、閑暇ひまの多い源氏はいろいろな遊び事に時を使っていた。玉鬘のほうへ男性から送って来る手紙の多くなることに興味を持って、またしても西の対へ出かけてはそれらの懸想文けそうぶみを源氏は読むのであった。あるものは返事を書けと源氏が勧めたりするのを玉鬘は苦しく思った。兵部卿ひょうぶきょうの宮がまだ何ほどの時間が経過しているのでもないのに、もうあせって恨みらしいことをたくさんお書きになった手紙を、ほかの手紙の中から見いだして心からおかしそうに源氏は笑った。
「私は若い時からおおぜいの兄弟たちの中で、この宮とだけは最も親密な交際ができたのだが、恋愛問題については私に話されたことがなかったし、私もその方面のことは別にしてあったものだが、今になって宮の恋のお悩みに触れるということで、私は満足もでき、また物哀れな気にもなる。ぜひこのかたなどにはお返事をお書きなさい。少し見識を備えた女が、交際を始める価値のある男と言ってはこの宮以外にあるとも思えないかたなのですからね」
 などと若い女の心をきそうなことを源氏は言うのであるが、玉鬘はただ恥ずかしくばかり聞いていた。右大将が高官の典型のようなまじめな風采ふうさいをしながら、恋の山には孔子も倒れるということわざをほんとうにして見せようとするふうな熱意のある手紙を書いているのも源氏にはおもしろく思われた。そうした幾通かの中に、薄青色の唐紙の薫物たきものの香を深くませたのを、細く小さく結んだのがあった。あけて見るときれいな字で、

思ふとも君は知らじなき返り岩る水に色し見えねば

 と書いてある。書き方に近代的なはかなさが見せてあるのである。
「これはどんな人のですか」
 と源氏は聞くのであるが、はかばかしい返辞を玉鬘はしない。源氏は右近を呼び出した。
「こんな手紙をよこす人たちに細心な注意を払ってね、分類をしてね、返事をすべき人には返事をさせなければいけない。近ごろの男が暴力で恋を遂げるというようなことも、必ずしも男のとがばかりではない。それは私自身も体験したことで、あまりに冷淡だ、無情だ、恨めしいと、そんな気持ちが積もり積もって、無法をしてしまうのだ。またそれが身分の低い女であれば、失敬な態度だと思っては罪を犯すことにもなるのだ。たいしたことでなしに、花や蝶につけての返事はして、この程度の交際を持続させておくことも相手を熱心にさせる効果のあるものだからね。あるいはまたそれなりに双方で忘れてしまうことになっても少しもさしつかえのないことだ。けれどまた誠意のない出来心で手紙をよこしたような場合にすぐ返事を書いてやるのもよろしくない。あとで批難されても弁解のしようがない。全体女というものは、慎み深くしていずに、動いた感情をありのままに相手へ見せることをしては、結果は必ずよくないものだが、宮や大将が謙遜けんそんな態度をとって、いいかげんな一時的な恋をされる訳はないのだからね。いつも返事をせずに自尊心を持ち過ぎた女のように思わせるのも、この人にはふさわしくないことだからね。またそれ以下の人たちのことは、忍耐力の強さ、月日の長さ短さによって、それ相応に好意的な返事をするのだね」
 と源氏が言っている間、顔を横向けていた玉鬘たまかずらの側面が美しく見えた。派手はでな薄色の小袿こうちぎ撫子なでしこ色の細長を着ている取り合わせも若々しい感じがした。身の取りなしなどに難はなかったというものの、以前は田舎の生活から移ったばかりのおおようさが見えるだけのものであった。紫夫人などの感化を受けて、今では非常に柔らかな、繊細な美が一挙一動に現われ、化粧なども上手じょうずになって、不満足な気のするようなことは一つもないはなやかな美人になっていた。人の妻にさせては後悔が残るであろうと源氏は思った。右近も二人を微笑ほほえんでながめながら、父親として見るのに不似合いな源氏の若さは、夫婦であったなら最もふさわしい配偶であろうと思っていた。
「ほかからのお手紙のお取り次ぎは決してだれもいたさないのでございます。前からも送っておいでになります方のは、三度も四度も続けてお返しばかりしてはと思いまして、ただ私たちだけでお預かりしているのでございますから、お返事は、殿様が書けとお言いになります分だけを、それも迷惑がってお書きになるだけなのでございます」
 と右近が言う。



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