「月をながめる夜というものにいつでも寂しくないことはないものだが、この中秋の月に向かっていると、この世以外の世界のことまでもいろいろと思われる。
とお言いになった院は、御自身の音楽からも
「今夜は鈴虫の宴で明かそう」
こう六条院は言っておいでになった。杯が二回ほどめぐった時に、
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源氏物語(げんじものがたり)38 鈴虫
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/11/6 9:59:31 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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「月をながめる夜というものにいつでも寂しくないことはないものだが、この中秋の月に向かっていると、この世以外の世界のことまでもいろいろと思われる。 とお言いになった院は、御自身の音楽からも 「今夜は鈴虫の宴で明かそう」 こう六条院は言っておいでになった。杯が二回ほどめぐった時に、 雲の上をかけはなれたる
「おなじくは」(あたら夜の月と花とを同じくは心知られん人に見せばや)
とあった。
「自分はたいそうにせずともよい身分でいて、閑散な御境遇でいらっしゃる院の御 と六条院はお言いになって、にわかなことではあるが冷泉院へ参られることになった。 月影は同じ雲井に見えながらわが宿からの秋ぞ変はれる
このお歌は文学的の価値はともかくも、冷泉院の御在位当時と今日とをお思い比べになって、寂しくお思いになる六条院の御実感と見えた。御使いは杯を賜わり、御 参っていた人々の車を出て行く順序どおりに直したり、そちらこちらの前駆を勤める人たちが門内を右往左往するのとで、静かであった音楽の夜も乱れてしまった。六条院のお車に兵部卿の宮も御同乗になった。左大将、 六条院は中宮のお 「ただ今はこうして御閑散なのですから、始終お伺いして、何ということもありませんが年のいくのとさかさまにますます濃くなる昔の思い出についてお話もし、承りもしたいのを果たすことがなかなか困難です。出家をしたのでもなし、俗人でもないような身の上で、行動の窮屈な点があります。どちらにも私よりあとに志を起こして先へ進まれる求道者が多いのですから心細くて、思いきって などと六条院はまじめな御様子でお語りになった。今も若々しくおおような調子で、中宮は、 「宮中住まいをしておりましたころよりも、お目にかかります機会がだんだん少なくなってまいりますことも、予期せぬことでございましたから寂しゅうございましてね。皆様が御出家をあそばすこの世というものから私も離れてしまいたい望みを持っておりますことにつきましても、御相談が申し上げたくてそしてそれができないのでございますわ。昔からどんなことにもお力になっていただきつけて、独立心がなくなっているのでございましょうね。御意見を伺わないでは何もできません私は」 と言っておいでになった。 「そうですね。宮中にいらっしゃるころは年に幾度かの御実家帰りを楽しんでお待ち受けすることができたのですがね。ただ今では形式どおりのお暇をお取りになって御実家住まいをなさることのおできにならなくなりましたのもごもっともです。もうお と院がおとめになるのを、宮は深く自分の心が 「お母様の霊魂が罪の深いふうに苦しんでおいでになりますことを私はほかから話に聞きまして、それは確かでなくとも想像いたされることなのでございましたが、ただお死に別れしましたことだけを悲しんでおりまして、後世のことまでも幼稚な心の私は考えませんでしたのが悪いことでございました。気がついてみますと、宗教のほうの人にくわしい説明もしていただきたくなりましたし、私の力で及ぶだけの罪の炎をお消ししてお救いもしたいという望みも起こってまいったのでございます」 などとかすめたふうにしてお語りになるのであった。そういう御決心のできるのもごもっともであると哀れに院はお思いになって、 「炎ののがれたいのを知りながら、愛欲の念をだれも捨てることができないものなのです。 などとお言いになって、人生のはかなさ、いとわしさをお語り合いになっているのであるが、まだどちらも出家するには御縁が遠いような盛りのお姿と見えた。 昨夜は微行の御参院であったが、 院は東宮の御母君の 底本:「全訳源氏物語 中巻」角川文庫、角川書店 1971(昭和46)年11月30日改版初版発行 1994(平成6)年6月15日39版発行 ※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。 ※校正には、2002(平成14)年1月15日44版を使用しました。 入力:上田英代 校正:kumi 2003年9月1日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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