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かんかん虫(かんかんむし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 11:13:20  点击:  切换到繁體中文

底本: 日本プロレタリア文学大系 序
出版社: 三一書房
初版発行日: 1955(昭和30)年3月31日第1版発行
入力に使用: 1961(昭和36)年6月20日第2刷
校正に使用: 1968(昭和43)年12月5日第3刷

 

ドゥニパー湾の水は、照り続く八月の熱で煮え立って、総ての濁った複色のいろは影を潜め、モネーの画に見る様な、強烈な単色ばかりが、海と空と船と人とを、めまぐるしい迄にあざやかに染めて、其の総てを真夏の光が、押し包む様に射して居る。丁度昼弁当時で太陽は最頂、物の影が煎りつく様に小さく濃く、それを見てすらぎらぎらと眼が痛む程の暑さであった。
 私は弁当を仕舞ってから、荷船オデッサ丸の舷にぴったりと繋ってある大運搬船おおだるまの舷に、一人の仲間と竝んで、海に向って坐って居た。仲間と云おうか親分と云おうか、兎に角私が一週間前此処に来てからの知合いである。彼の名はヤコフ・イリイッチと云って、身体の出来が人竝外れて大きい、容貌は謂わばカザン寺院の縁日で売る火難盗賊除けのペテロの画像見た様で、太い眉の下に上睫の一直線になった大きな眼が二つ。それに挾まれて、不規則な小亜細亜特有な鋭からぬ鼻。大きな稍々しまりのない口の周囲には、小児の産毛の様な髯が生い茂って居る。下※(「鍔」の「金」に代えて「月」、第3水準1-90-51)の大きな、顴骨の高い、耳と額との勝れて小さい、譬えて見れば、古道具屋の店頭の様な感じのする、調和の外ずれた面構えであるが、それが不思議にも一種の吸引力を持って居る。
 丁度私が其の不調和なヤコフ・イリイッチの面構えから眼を外らして、手近な海を見下しながら、草の緑の水が徐ろに高くなり低くなり、黒ペンキの半分剥げた吃水を嘗めて、ちゃぶりちゃぶりとやるのが、何かエジプト人でも奏で相な、階律リズムの単調な音楽を聞く様だと思って居ると、

睡いのか。

 とヤコフ・イリイッチが呼びかけたので、顔を上げる調子に見交わした。彼に見られる度に、私は反抗心が刺戟される様な、それで居て如何にも抵抗の出来ない様な、一種の圧迫を感じて、厭な気になるが、其の眼には確かに強く人を牽きつける力を籠めて居る。「豹の眼だ」と此の時も思ったのである。
 私が向き直ると、ヤコフ・イリイッチは一寸苦がい顔をして、汗ばんだだぶだぶな印度藍のズボンを摘まんで、膝頭をはじきながら、突然こう云い出した。
 おい、船の胴腹にたかって、かんかんと敲くからかんかんよ、それはせる、それは解せるがかんかん虫、虫たあ何んだ……出来損なったって人間様は人間様だろう、人面白くも無えけちをつけやがって。
而して又連絡とてつもなく、

お前っちは字を読むだろう。

と云って私の返事には頓着なく、

ふむ読む、明盲の眼じゃ無えと思った。乙う小ましゃっくれてけっからあ。
何をして居た、旧来もとは。

 と厳重な調子で開き直って来た。私は、ヴォルガ河で船乗りの生活をして、其の間に字を読む事を覚えた事や、カザンで麺麭パン焼の弟子になって、主人と喧嘩をして、其の細君にひどい復讐をして、とうとう此処まで落ち延びた次第を包まず物語った。ヤコフ・イリイッチの前では、彼に関した事でない限り、何もかも打明ける方が得策だと云う心持を起させられたからだ。彼は始めの中こそ一寸熱心に聴いて居たが、忽ちうるさ相な顔で、私の口の開いたり閉じたりするのを眺めて、仕舞には我慢がしきれな相に、私の言葉を奪ってこう云った。
 探偵でせえ無けりゃそれで好いんだ、馬鹿正直。
而して暫くしてから、
 だが虫かも知れ無え。こう見ねえ、斯うやって這いずって居る蠅を見て居ると、己れっちよりゃ些度計り甘めえ汁を嘗めているらしいや。暑さにもめげずにぴんぴんしたものだ。黒茶にレモン一片入れて飲め無えじゃ、人間って名は附けられ無えかも知れ無えや。
 昨夕もよ、空腹を抱えて対岸むこうぎしのアレシキに行って見るとダビドカの野郎に遇った。懐をあたるとあるから貸せと云ったら渋ってけっかる。いまいましい、腕づくでもぎ取ってくれようとすると「オオ神様泥棒が」って、殉教者の様な真似をしやあがる。擦った揉んだの最中に巡的だ、四角四面な面あしやがって「貴様は何んだ」と放言くから「虫」だと言ってくれたのよ。
 え、どうだ、すると貴様は虫で無えと云う御談義だ。あの手合はあんな事さえ云ってりゃ、飯が食えて行くんだと見えらあ。物の小半時も聞かされちゃ、噛み殺して居た欠伸の御葬いが鼻の孔から続け様に出やがらあな。業腹だから斯う云ってくれた――待てよ斯う云ったんだ。
「旦那、お前さん手合は余り虫が宜過ぎまさあ。日頃は虫あつかいに、碌々食うものも食わせ無えで置いて、そんならって虫の様に立廻れば矢張り人間だと仰しゃる。己れっちらの境涯では、四辻に突っ立って、警部が来ると手を挙げたり、娘が通ると尻を横目で睨んだりして、一日三界お目出度い顔をしてござる様な、そんな呑気な真似は出来ません。赤眼のシムソンの様に、がむしゃに働いて食う外は無え。偶にゃ少し位荒っぽく働いたって、そりゃ仕方が無えや、そうでしょう」てってやると、旦那の野郎が真赤になって怒り出しやがった。もう口じゃまどろっこしい、眼の廻る様な奴を鼻梁にがんとくれてかすんだのよ。何もさ、そう怒るがものは無えんだ。巡的だってあの大きな図体じゃ、飯もうんと食うだろうし、女もほしかろう。「お前もか。己れもやっぱりお前と同じ先祖はアダムだよ」とか何とか云って見ろ。己れだって粗忽な真似はし無えで、兄弟とか相棒とか云って、皮のひんむける位えにゃ手でも握って、祝福の一つ二つはやってやる所だったんだ。誓言そうして見せるんだった。それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったんた[#「た」はママ]。己れにゃ芝居ってやつが妙に打て無え。
 気心でかヤコフ・イリイッチの声がふと淋しくなったと思ったので、振向いて見ると彼は正面を向いて居た。波の反射が陽炎の様にてらてらと顔から半白の頭を嘗めるので、うるさ相に眼をかすめながら、向うの白く光った人造石の石垣に囲まれたセミオン会社の船渠ドックを見やって居る。自分も彼の視線を辿った。近くでは、日の黄を交えて草緑なのが、遠く見透すと、印度藍を濃く一刷毛横になすった様な海の色で、それ丈けを引き放したら、寒い感じを起すにちがいないのが、堪え切れぬ程暑く思える。殊にケルソン市の岸に立ち竝んだ例のセミオン船渠ドックや、其の外雑多な工場のこちたい赤青白等の色と、眩るしい対照を為して、突っ立った煙突から、白い細い煙が喘ぐ様に真青な空に昇るのを見て居ると、遠くが霞んで居るのか、眼が霞み始めたのかわからなくなる。
 ヤコフ・イリイッチはそうしたままで暫く黙って居たが、内部からの或る力の圧迫にでも促された様に、急に「うん、そうだ」と独言を云って、又其の奇怪な流暢な口辞を振い始めた。
 処が世の中は芝居で固めてあるんだ。右の手で金を出すてえと、屹度左の手は物をくすねて居やあがる。両手で金を出すてえ奴は居無え、両手で物を盗ねる奴も居無えや。余っ程こんがらかって出来て居やあがる。神様って獣は――獣だろうじゃ無えか。人じゃ無えって云うんだから、まさか己れっち見てえな虫でもあるめえ、全くだ。
 何、此の間スタニスラフの尼寺から二人尼っちょが来たんだ。野郎が有難い事を云ったってかんかん虫手合いは鼾をかくばかりで全然からっきし補足たしになら無えってんで、工場長開けた事を思いつきやがった、女ならよかろうてんだとよ。
 二人来やがった。例の御説教だ集まれてんで、三号の倉庫に狼が羊の檻の中に逐い込まれた様だった。其の中に小羊が二匹来やがった。一人は金縁の眼鏡が鼻の上で光らあ。狼の野郎共は何んの事はねえ、舌なめずりをして喉をぐびつかせたのよ。其の一人が、神様は獣だ……何ね、獣だとは云わ無えさ、云わ無えが人じゃ無えと云ったんだ。
 其の神様ってえのが人間を創って魂を入れたとある。魂があって見れば善と悪とは……何んとか云った、善と悪とは……何んとかだとよ。そうして見ると善はするがいいし、悪はしちゃなら無え。それが出来なけりゃ、此の娑婆に生れて来て居ても、人間じゃ無えと云うんだ。
 お前っちは字を読むからには判るだろう。人間で善をして居る奴があるかい。馬鹿野郎、ばちあたり。旨い汁を嘗めっこをして居やがって、食い余しを取っとき物の様に、お次ぎへお次ぎへと廻して居りゃ、それで人間かい。畢竟芝居上手が人間で、己れっち見たいな不器用者は虫なんだ。
 見ねえ、くたばって仕舞やがった。
 何処からか枯れた小枝が漂って、自分等の足許に来たのをヤコフ・イリイッチは話しながら、私は聞きながら共に眺めて、其の上に居る一匹の甲虫に眼をつけて居たのであったが、舷に当る波が折れ返る調子に、くるりとさらったので、彼が云う様に憐れな甲虫は水に陥って、油をかけた緑玉の様な雙の翊を無上むしやう[#ルビの「むしやう」はママ]に振い動かしながら、絶大な海の力に対して、余り悲惨な抵抗を試みて居るのであった。
 私は依然波の間に点を為して見ゆる其の甲虫を、悲惨な思いをして眺めている。ヤコフ・イリイッチは忘れた様に船渠ドックの方を見遣って居る。
 話柄が途切れてしんとすると、暑さが身に沁みて、かんかん日のあたる胴の間に、折り重なっていぎたなく寝そべった労働者の鼾が聞こえた。
 ヤコフ・イリイッチは徐ろに後ろを向いて、眠れる一群に眼をやると、振り返って私を※(「鍔」の「金」に代えて「月」、第3水準1-90-51)でしゃくった。
 見ろい、イフヒムの奴を。知ってるか、「癇癪玉」ってんだ綽名が――知ってるか彼奴を。
 さすがに声が小さくなる。

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