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柿色の紙風船(かきいろのかみふうせん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:10:08  点击:  切换到繁體中文


 そこで私は、トコトコ歩き出した。
 訪ねる先は、七軒町しちけんちょう玩具問屋おもちゃどんや丸福商店まるふくしょうてんだった。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、相当まごついたが、やっと思う店を探しあてた。店頭にはにぎやかにたこ羽根はねがぶら下り、セルロイドのラッパだの、サーベルだの、紙でこしらえた鉄兜てつかぶとだの、それからそれへと、さまざまなものが所も狭く、天井から下っていた。――私は臆面おくめんもなく、店先へ腰を下した。
「いらっしゃいまし。何、あげます?」
 と小僧さんがたずねた。
「ああ、紙風船が欲しいのですがネ、すこし注文があるので、一ついろいろ見せて下さい」
「よろしゅうございます。――紙風船といいますと、こんなところで……」
 と小僧さんは指さした。なんのことだ、私の坐った膝の前、あの懐しい紙風船が山と積まれているのだ。
(おお。――)
 私の胸は早鐘のように鳴りだした。風船を両手でかき集め、しっかりおさえたい衝動に駆られた。だが私も、刑務所生活をして、いやにキョトキョトして来たものである。
「そうですネ。――」
 と私は無理に気を落ち着けて、風船の山を上から下へと調べていった。
(柿色の風船は?)
 無い、無い。無いことはないのだが……。およそ私の居た刑務所の紙風船は、一つのこらずこの丸福商店に買われることになっているのだ。それは刑務所で入札にゅうさつの結果、本年も紙風船は丸福に落ちていたのだった。だから柿色の紙風船は、この店にあるより外に、行く先がなかった。売れたのかしら?
「……もう風船はないのですか」
唯今ただいま、これだけで……」
「そうですか。どこかにしまってあるんじゃないですか」
「いいえ」
 小僧さんは悲しいことを云った。
 私はガッカリして、立ち上る元気もなかった。そのとき奥から番頭らしいのが、声をかけた。
「吉松。さっき、あすこから来たのがあるじゃないか。あれを御覧に入れなさい」
「ああ、そうでしたネ。……少々お待ち下さい。今日入った分がございましたから」
「今日入ったのですか。ああ、そうですか」
 私はよろこびにあめのようにくずれてくる顔の形を、どうすることも出来なかった。小僧さんは、大きいハトロンの包みをベリベリといた。
「これは如何いかがさまで……」
「ああ――。」
 私は一と目で、柿色の紙風船がかさなっているところを見付けた。
「あ、こいつはおあつらきだ。こいつを買いましょう。」
 私は十円紙幣さつほうり出して、沢山の風船を買った。小僧さんが包んでくれる間も、誰かが邪魔じゃまにやって来ないかと、気が気じゃなかった。だがそれは杞憂きゆうにすぎなかった。
 私は風船の入った包みをぶら下げて、店を出た。ところが店の前を五六間行くか行かないところで、私はギョッとした。私の顔見知りの男が、向うから歩いて来るのである。それは帆村という探偵に違いなかった。
(これは――)と咄嗟とっさに私は決心を固めたが、幸いにも帆村探偵は、並び並んだ玩具問屋おもちゃどんやの看板にばかり気をとられて歩いているらしかった。私はスルリと電柱の蔭に隠れて、とうとうこの間抜け探偵をやりすごした。
 私はすぐに円タクを雇うと、両国りょうごくへ走らせた。国技館前で降りて、横丁を入ってゆくと、幸楽館こうらくかんという円宿えんしゅくホテルがあった。私はそこのドアを押した。
 三階へ上り、部屋からお手伝いさんを追い出すのももどかしかった。宿泊料とチップを受けとって、ふくらすずめのようなお手伝いさんが出てゆくと、私は外套がいとうを脱ぎ、上衣うわぎを脱いだ。そして持ってきた包みをベリベリと剥がした。ナイフなんか使ういとまがない。すべて爪の先で破った。
 出て来た出て来た。
「柿色の紙風船だァ!」
 ほかの紙風船は、室内にカーニヴァルの花吹雪はなふぶきのように散った。
「これだ、これだッ」
 とうとう探しあてた柿色の紙風船だった。私の眼は感きわまって、にわかに曇った。そのなみだ襯衣シャツの袖で横なぐりにこすりながら、私は紙風船の丸い尻あてのところを指先で探った。
「オヤ?」
 どうしたのだろう。尻あてのところに確かに手に触れなければならない硬いものが、どうしても触れないのだ。そこはスケートリンクのように平坦だった。
「そんな筈はない!」
 こらえきれなくなった私は、尻あてに指先をかけると、ベリベリと引っぺがした。すっかり裏をかえして調べてみた。ところが、やっぱり何も見当らない。これは尻あてと、呼吸いきを吹きこむ口紙の方と間違ったかナと思って、今度はそっちの方をひき※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)むしってみた。が、やっぱり無い。そんな筈はない。そんな筈はない。が、どうしても見当らないのだった。
「ああーッ」
 私の腰はヘナヘナと床の上に崩れてしまった。夢ならばめよと思った。神様、もう冗談はよしましょうと叫んだ。時間よ、紙風船を破く前に帰れよとわめきたてた。だが、そんなことが何の役に立つというのだ。絶望、絶望、大絶望だった。数万の毛穴から、身体中のエネルギーが水蒸気のように放散ほうさんしてしまった。私は脱ぎ捨てられた着物のようになって、いつまでも床の上にたおれていた。

 それはどれほど後だったかしらぬ。私はようやく気がついて、床の上に起き直った。
 考えてみると、随分馬鹿な話だった。あれほどうまく隠しおおせた三万五千円のラジウムが、とうとう行方不明になってしまったのだ。だが、あの日までは私の手のうちにあったラジウムである。現在も地球上の、どっかに存在しているはずであった。
 そう思うと又口惜くやなみだがポロポロ流れ落ちて来るのだった。人生の名誉を賭けたあのラジウムを、そんなに簡単に失ってなるものかと歯ぎしり噛んだ。
「一体どこで失ったんだろう?」
 私はあの日からのちのことをいろいろと思いつづって見た。いろいろと考えられはしたが、結局しっかりしたことは判らない。しかし一旦のりで紙の間に入れたラジウムが、こんな短期に脱け落ちるのはおかしい。といって風船が違ったわけでもない。この柿色の風船のように、半端な色花びらをわせたものはほかにない筈だ。
 私は同じことを、いくたびも繰り返し繰り返し考え直した。考え直しているうちに、ふと気がついたことがあった!
「おお、あれかも知れない」
 私はムクリと起き上った。
「いや、あれに違いないぞ。うん、そうだ」
 私の全身には、にわかに血潮の流れが早くなった。手足がビリビリとふるえてきた。
「よォし、畜生……」
 私は戸外こがいの暗闇に走りでた。

 さてそれから後のことを、どう皆さんに伝えたらいいだろうか。私はすこし語りつかれたので、結末を簡単に述べようと思う。その結末というのは、恐らく、もう皆さんの目にハッキリと映っていることと思う。そういって判らなければ、もっと明瞭めいりょうに云おう。
 皆さんは、二月二十日付の朝刊を見られたであろうと思う。その社会面の中で、なにが皆さんを最もおどろかしたであろうか。
 それは云うまでもあるまい。
山麓さんろく荒小屋あれごやに発見されたる怪屍体」という見出しで、「昨十九日午前八時、×大学生××は××山麓さんろくの荒れ小屋の中において休息せんとしたところ、はからずもその中に年齢四十二三歳と推定される男の素裸の怪屍体を発見した。警報をうけて警視庁の大江山おおえやま捜査課長以下は、鑑識かんしき課員を伴って現場げんじょうに急行した。現場には同人どうにんのものらしき和服と二重まわしが脱ぎ捨てられてあったが、その外に何のため使用したか長い麻縄あさなわ遺棄いきされてあった。其の他に持ちものはない。屍体は即日解剖に附せられたが、この男の死因は主として飢餓きがによるものと判明した。なお屍体の特徴として、左肋骨ろっこつの下に、いちじるしい潰瘍かいようの存することを発見した。しかしその成因其他せいいんそのたについては未詳みしょうであるが、とにかく兇行に関係のある重大なる謎として係官の注意を集めている。
 後報。――被害者の身許が判明した。彼は五十嵐庄吉(三九)であった。十日前に××刑務所を出獄した掏摸すり十二犯の悪漢である。彼は刑務所を出で、正門前に待ち合わせていた自動車に乗ったまま行方不明となったもので、同人の家族から××署へ捜索願そうさくねがいが出ていたものである。犯人はいまだ不明であるが、多分同人をうらんでいた者の復仇ふっきゅうらしい見込みである。警視庁では同人を連れ去った自動車と運転手を極力きょくりょく厳探中げんたんちゅうである云々」
 五十嵐庄吉が惨殺ざんさつされ、しかも左肋骨の下に不可解の潰瘍の存することについて、皆さんは心当りがないであろうか。
 あいつは掏摸すりの名人だった。私はそれをつい永い間忘れていた。いや私はもっと忘れていたことがあったのだ。刑務所は学校と同じことに、立派な人間ばかりいて、立派な友情があふれるほど存在しているものだとばかり誤解していたことだ。
 私が風船にラジウムを入れたとき、五十嵐の奴はそれを裏返したが、そのときおそのときはやしで、彼は、小器用こきように指先を使って、ラジウムをりとったに違いなかった。
 そのことについて今になって気がついた私は、刑務所の門前で運転手に化けると、刑務所の門前で出獄したばかりの彼をうまうまと誘拐ゆうかいしたのだった。そしてあの荒れ小屋に連れこむと、身の自由を奪っていろいろと折檻せっかんしたが、強情こうじょうな彼奴は、どうしても白状しなかった。私は怒りのあまり、遂に最後の手段をえらんだ。彼の身体をグルグルと麻縄あさなわで縛りあげると、ゴロリと床の上に転がした。そのまま幾日もほうって置いた。無論一滴の水も与えはしなかった。だから彼はつい飢餓きがと寒さのために死んでしまったのだった。
 私は彼の身体の冷くなるのを待って縄を解いた。そして素裸にすると全身をあらためた。そのときあの左肋骨ろっこつ下の潰瘍かいようを発見したのだった。
「そうら見ろ。貴様がラジウムの在所ありかしゃべらずとも、貴様の身体がハッキリ喋っているではないか。ざまァ見やがれ」
 私は早速彼の左のポケットの底を探って、とうとう目的のラジウムを引張り出したのだった。無論彼が白状せずともこのラジウムの力で、彼の身体の上に遠からずして潰瘍かいようが現われるだろうことを私は初手しょてから勘定に入れていたのだった。
 だが私もつまらんことから人殺しをしてしまった。今は後悔している。あのラジウムは、未だにそのまま持っている。それを金にえるためと、そして私の新しい世界を求めるため、今夜私は日本を去ろうとしている。多分永遠に日本には帰って来ないだろう。私はあれを金に換えた上で、赤い太陽の下に、花畑でも作って、あとの半生をノンビリと暮らすつもりである。





底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1934(昭和9)年2月号
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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