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鍵から抜け出した女(かぎからぬけだしたおんな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:11:39  点击:  切换到繁體中文


 ラランラ、ララ……。
 シャットシャット、ヨイヨイヨイ。
 ヒョウヒョウヒョウヒョウ。
 いろんな掛け声が、舗道から屋根の上へと狂喜乱舞[#「狂喜乱舞」は底本では「狂気乱舞」、410-上段-3]する。僕の心は脱走者であることさえ一時忘れ、群衆の熱狂にあおられ、だんだんと愉快な気持になっていった。
 そんな好い気持になってきたのも、あまり長い間のことではなかった。
 この歓楽の巷に、突如として響いて来たサイレンの音、――人々は回転の停った活動写真のように踊りの手をやめて、其の場に棒立ちになった。向うの大通りから、ヘッドライトをらんらんと輝かして自動車隊が闖入(ちんにゅう)してきた。僕はツと壁ぎわに身を隠した。
「ああ――、静まれ、静まれ。いま重大な布告があるぞオ」
 車上の男は、各国語で、同じことをペラペラと叫んだ。その車の奥を見ると、僕はギクリとした。そこには着飾った森おじ――ではない森虎造が落ちつかぬ顔をしながら、強いて反(そ)り身(み)になって威厳を保とうとしているのだった。
「布告を読みあげる。――」と、森虎造の横に掛けていた金ピカの警務署長らしいのが立ち上った。
「先刻、精神病院から、凶悪な患者が脱走した。年齢は二十四歳、日本人で北川準一(きたがわじゅんいち)という男だ。背丈は一メートル六十、色の白い青年で、額の生え際に小さい傷跡がある。服装は、鼠色の寝衣風のズボンと上衣とをつけている。非常に凶悪な青年だから、放置しておいては危険千万である。注意を払って、見つけ次第逮捕するように。場合によっては、射殺するも已(や)むを得ない。逮捕又は射殺者には銀二千ドルの賞金を与える。……」
 僕は、自分で自分の逮捕布告を聞いた。銀二千ドルの生命か! その価値は高いとは云えなかったけれど、そんな賞金を出してまで逮捕――いや射殺までしようというのは何ごとか。僕はそんな恐ろしい人間なのだろうか。見ていると、これはどうやら、森虎造が賞金を出すのじゃないかと思われた。森虎は、亡き父の親友だと聞いていた。父が米国で死んだとき、それを当時東京に住んでいた僕たちに詳しく知らせてくれたのは、森のおじさんだった。またこの地へ、母のお鳥と僕とを心よく迎えてくれ、室まで僕たちに貸し与えてくれて好意を見せた森のおじさんだった。それが間もなく僕を苛酷(かこく)に扱い、精神病院に入れたり、揚句(あげく)の果は、僕を射殺しろとまで薦(すす)めている。……なんという恐ろしい変り方だ。……僕にはサッパリ理解ができないことだった。
 賞金として銀二千ドル!
 群衆は踊りのことも歌のことも、一時忘れてドッと歓声をあげた。
「畜生! お前らに掴まってたまるかい」
 僕は建物の陰で拳をにぎり、ブルブルと身体を震わした。
 そのときのことだった。
 何者とも知れず、突然横合いから腕をグッと捉えた者があった。
「北川準一!」
 失敗(しま)った! ハッと振りかえってみると、そこには結いたての島田髷(しまだまげ)に美しい振袖を着た美しい女が立っていて、僕の両腕の急所を、女とは思えぬ力でもってグッと締めつけているのだった。
 絶体絶命! 僕はこの女のため、金に変えられて仕舞う運命なのだろうか?

 秀蓮尼(しゅうれんに)庵室(あんしつ)

 腕を締めつけた女は、あまりに美しかった。僕はまるで魂を盗まれたような気がした。僕は死刑から脱がれるためにその女を蹴倒して逃げねばならぬ。しかもそれを決行しなかった訳は、その女があまりにも僕がいつも胸に抱いていた幻の女に似た感じをもっていたからだった。たった一つしかない生命よりも尊いものが、他にもあったのだった。
 いや蹴倒すどころか、僕は捉えられたまま、大声すら発しようとしなかった。――もっともそのとき女の涼しい眼眸の中に、なにか僕に対する好意のようなものを感じたからでもあった。
「北川さんでしょ。……」
「し、縛って……突き出して下さい」
叱(し)ッ。――」と女は目顔で叱って、「……誰かに悟られると、大変なことになってよ」
「えッ。――」
 僕は女の方をふりかえった。
「さあ、ここにいては危い――早くお逃げなさい」
「ああ、貴女は僕の敵ではなかったのですか」
「もちろんよ」と女はニッコリと笑い「でもこの島のどこへ逃げても危いわネ。じゃあ隠れるのに一番いいところを教えてあげるわネ」
「え、隠れどころ?」
「この向うの道をドンドン南へとってゆくと、山の上に昇っちまうのよ。そこに大きなお寺があるの。そこは蓮照寺(れんしょうじ)という尼寺(あまでら)なのよ。そこは女人の外は禁制なんだけれど、裏門から忍びこんでごらんなさい。そして鐘つき堂のある丘をのぼると、そこに小さな庵室(あんしつ)があってよ。そこに秀蓮尼(しゅうれんに)という尼(あま)さんが棲(す)んでいるから、その人にわけを言って匿(かく)まってもらうといいわ。分って?」
「ああ、分りました。ありがとう、ありがとう、僕はどんなにして貴方にお礼をしたらいいでしょう」
「お礼ですって? ホホホホ。生命をとられかけていて、お礼はないわよ。……それよりこの手拭で鉢巻をなさいよ。貴方の目印のその額の傷を隠すんだわ。そして一刻も早く、教えてあげたところへ行ったらいいじゃないの」
「じゃあ行きます。……最後に、ぜひ聞かせて下さい。生命の恩人である貴方のお名前を……」
「あたしの名前? 名前なんか聞いてどうするの……でも教えてあげましょうか。島田髷(しまだまげ)の女――よ」
 女は自ら、つと軒下を出ていった。
 僕は呆然(ぼうぜん)とその不思議な若い女のあとを見送っていたが、やがて吾れにかえると島田髷の女から貰った手拭で鉢巻をし、生命をかけた危ない目印を隠した。そして続いてその軒下を出ると、スルリと裏通へ滑りこんだ。
 裏通は島の人たちで異様な賑いを呈していた。しかしあっちで一団、こっちで一団と、彼等はなにかヒソヒソと話しあっていた。それは脱走者である僕に懸けられた莫大な賞金のことに違いなかった。
 住民の中には、僕の方を胡散(うさん)くさそうに、ふりかえる者もあった。しかし僕は逸早(いちはや)く病院の寝衣を脱ぎすて、学生服に向う鉢巻という扮装になっていたので、そんなに深く咎(とが)められずにすんだ。
「蓮照寺へ――」
 僕は前後左右きびしく警戒しながら、おおよその見当をつけて、南の方へズンズン歩いていった。
 隆魔山(こうまさん)――という、島で有名な山のことは僕は一度来て知っていた。見覚えのある蓮照寺の垣根の前にヒョックリ出たときは、夢のように嬉しかった。
「裏門は何処だろう?」
 尼寺の垣根は、まるで小型の万里の長城のように、どこまでも続いていた。どこが裏門やら探すのに骨が折れたが、とにかく門が見つかったものだから、そこへ飛びこんだ。
 尼寺の庭は文字どおり闇黒だった。どこに鐘楼(しょうろう)があるのやら、径(みち)があるのやら、見当がつかなかった。――僕は棒切れを一本拾って、それを振りまわしながら、寺院の庭を歩きまわった。三十分ぐらいもグルグル歩きまわった末、祭りの灯でほの明るい空を大きな鐘楼の甍(いらか)が抜き絵のようにクッキリ浮かんでいるのを発見して、僕は歓喜した。
 鐘楼のかげの庵室を探しあてることなどは、もはやさしたる苦労ではなかった。庵室の障子には熟しきった梅の実のように、真黄色な灯がうつっていた。
 庵室の扉に、ソッと手をかけたとき、
誰方(どなた)?」
 という低い声が、うちから聞こえた。
「……」僕は思わず手を放して黙したが、
「これは街で、庵主(あんじゅ)さまのお名前を教えられてきたものでございます」
「いま明けて進ぜます。しばらく……」
 うちらに微(かす)かな衣ずれの音があって、やがて扉のかけがねがコトリと音をたて、そして入口が静かに開かれた。
「わが名を教えられた、と。まずお入りになって事情を話してきかせて下さい」
 尼僧は僕が男子であるのに気がつかないような様子で、なんの逡巡(しゅんじゅん)もなく上へ招じ入れたのだった。
 土間の内に、四畳半ほどの庵室が二つあり、その奥まった室には、床に弥陀如来(みだにょらい)が安置されてあって油入りの燭台が二基。杏色の灯がチロチロと燃えていた。その微かな光の前に秀蓮尼と僕とは向いあった。――尼僧というが、低い声音に似ず、庵主は意外にもまだ年齢若い女だった。剃(そ)りたての綺麗な頭に、燭台の灯がうつって、チラチラと動いた。
「実は僕は、さきほど病院を脱走した者でございまして……」と、僕は額に巻いた手拭を解きながら、身の上に関するすべての物語を喋り、そしてサイレン鳴る街の軒下で、一人の美しい島田髷に振袖の着物をきた女に庵主さんのことを教えられきた旨を告げたのだった。そして、
「……どうか、この暴虐[#「暴虐」は底本では「暴逆」、413-下段-7]なる手より、しばらくお匿(かく)まい下さいまし」
 と、両手をついて頭を下げた。
「それはまことにお気の毒なお身の上」と尼僧は水のように静かに云った。「おもとめによりお匿まい申しましょうから、お気強く遊ばせ。しかしながら、わたくしにも迷惑のかかることゆえ、いかなることがありましょうとも、わが許しなくてはこの庵室より外に出ることは愚(おろ)か、お顔を出すことも罷(まか)りなりませぬぞ」
「ああ、忝(かたじ)けのうございます。匿まって下さるのだったら、なんで庵主さまのおいいつけに背きましょうか、どうも有難うございます」
 僕は感激のあまり、畳の上へほろほろ泪(なみだ)を落した。
 尼僧は僕に一杯の白湯をふるまったあとで、
「ではもうお疲れでしょうから、お睡りなさいませ。但し他所から衾をとってくることもなりませぬからわたくしと一つ寝となりますが、よろしゅうございますか」
「一つ寝?」僕は愕(おどろ)いて聞きかえした。「いえ、僕は寝なくてもいいのです」
 尼僧はそれには返事もせず、しとやかに立ちあがると、戸棚の中をあけて、次の部屋に床をのべると枕を一つ、左によせて置いた。それからなおも戸棚の中を探していたが、一つの風呂敷を取出し、それに何物かを包んで、枕の形に作りあげた。そして寝床の右に、急造の枕を置いた。一つ臥床に並んだ二つの枕をみると、僕はなんだか顔が火のように熱くなった。

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