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地球発狂事件(ちきゅうはっきょうじけん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 6:34:21  点击:  切换到繁體中文


  承前・登山事件

 さすがの水戸も、いきなり門口から飛び込んで来たドレゴから、あと十分間に登山の用意をして車の中に乗り込めと命令同様にいわれた時には、何のことやら訳が分らず、しばらくは友の顔を穴のあくほど眺めるだけであった。
「水戸、そうしてぼんやりしている一分間というものが、全世界にとって如何に尊い浪費であるか、今に分るだろう。さあ、すぐ仕度に取(と)り懸(かか)るんだ、早くしろ水戸」
「ドレゴよ。何故……」
「それは車の中で詳しく話をするよ。前代未聞の大事件発生だ」
「なに、前代未聞の大事件」
「そうだとも。そうしてわれわれは、一生涯の中に、二度とない機会を与えられているんだ。いや、君のように泰然と構えていては、その絶好の機会も掌の中からどんどん逃げ出しそうだ。早くせんか、この黄色い南瓜(かぼちゃ)の君よ」
「これは済まぬことをした。待っていてくれ、急いで支度をするから……」
 水戸は何事とも知らないが、やっと事態の重大性を呑み込めたと見え、それからは室内をこま鼠のようにくるくる走りまわって登山の支度に取り懸った。
「食糧はある。君の大切にしている君の国の酒の壜だけは忘れないように」
「おう、合点(がてん)だ」
 猶予時間(ゆうよじかん)を十分間まで使わないで水戸はドレゴの操縦する車の中へ乗りこんで、彼と肩を並べた。車は走りだした。こんどは猛烈な速度で、ヘルナーの登山道をどんどん飛ばした。何にも知らない漁師や農夫が、危くはねとばされそうになって、車のあとへ呪いの言葉を投げつけた。
「一体どうしたのか。前代未聞の大事件というのは……」
 水戸はドレゴの脇腹(わきばら)を小突(こづ)いた。
「おお、そのことだ。言葉で説明する前に、まず君の目で見て貰った方がいいだろう。ヘルナーの頂(いただき)に注意して見給え」
「なに、ヘルナーの峰を見ろというのか」
 水戸は、きっとなって、顔を風よけの硝子(ガラス)の方へ近づけると、首をねじ曲げてヘルナーの峰を探した。
「ここらの連中と来たら呑気(のんき)すぎるよ。僕が発見してからもうかれこれ三十分になるのに、誰も気がついていないのだから……」
「おう、あれか」と水戸の声は慄(ふる)えた。
「なるほど不思議だ。雪のあるヘルナーの峰が盛んにもえている……」
 そういった水戸の言葉を、今度は逆にドレゴが愕く番となった。
「なに、ヘルナーの峰が燃えているって。そんなはずはない」
「そんなはずはないといっても、確かに燃えているよ。炎々たる火焔が空を焦がしている」
「え、それは本当か」
 ドレゴはさっと顔色をかえて、車を停めた。そして扉をあけて下へ立った。
 おお、なるほどヘルナー山頂は火焔と煙に包まれていた。例の汽船の姿はその煙の中に殆んど没入していた。さっきまでは煙一筋もあがっていなかったのに、これはどうしたことであろうか。
 友はしきりに感歎の声を漏らしていた。そして滅多に興奮しない彼が日頃にもなく顔を赤く染めて、激しい間投詞[#「間投詞」は底本では「感投詞」、14-上段-1]を口にした。
「これが僕の知っていることすべてだよ。後は、すっかり君の知識と同一さ」
 ドレゴは言葉の終りをそう結んだ。
 しかし正確にいうと、彼のこの言葉は完全だとはいい切れなかった。なぜならば彼はもう一つ水戸に語るべき事柄を忘れたのであった。尤(もっと)もそのときドレゴ自身が、その事柄をすっかり忘却していたのだから、彼を責める訳にも行かないだろう。それは、昨夜ドレゴが熟睡中、彼の寝室における異様な物音によって目覚めたという一事であった。この事柄こそ、事件判定の有力なる手懸りの一つであるわけだが、ドレゴはそれから程経つまでこの重要な事項を忘れていたのである。
 現場は惨憺[#「惨憺」は底本では「惨怛」、14-上段-15]たるものであった、荒涼目をそむけたいものがあった。
 巨船は人を莫迦(ばか)にしたように山頂に横たわり、そしてあいかわらず燃えさかっていた。
 町中の人が、皆戸外に立って、燃えさかる山頂を恐怖の面持で見守っていた。今や事件は、この町中にすっかり知れ亙ったのである。

  到着

 ドレゴと水戸が、やっぱり一番乗りだった。ヘルナー山に登るには相当の用意が必要だったので、誰でも直ぐ駆けあがるというわけに行かなかった。
 また自動車をこんなに速く山麓へ飛ばす芸も、この呑気(のんき)な町の人々には真似の出来ることではなかった。
 それでも両人が現場に辿りつくまでには、かなりの時間がかかった。両人は全力をあげて能率的に互いを助け合ったつもりだったが、現場についたのは、もう夕刻であった。
 その長い忍耐苦難の連続の道程に、ドレゴは彼の事件発見の顛末の一切を水戸に語って聞かせたのであった。そしてドレゴと水戸の両人は、船体から約二十米(メートル)以内に近づくことを許されなかった。もしそれを犯そうとすると、熱気のために気が遠くなるばかりであった。
「残念だなあ。一番乗りはしたけれど……」
 とドレゴは口惜しそうな声を出した。
「まあ我慢するさ。それより早いところ第一報を出そうではないか」
 水戸はそういって、リュックの中から携帯用の超短波送受信機を取出して組立始めた。ドレゴはぎょッとした。そうだ、自分は非常に大きい不用意をやってのけたのであった。新聞記者でありながら、この山頂からの通信をどうするかを考えなかったのだ。いつもの調子で町から容易に通信が出来るように思っていた。そこへ行くと水戸は咄嗟(とっさ)[#「咄嗟」は底本では「咄差」、15-上段-7]の場合にも用意周到だ。やっぱり、よかった。協力者として水戸を誘ってよかったのだ。もしドレゴ自身ひとりで出懸けて来ようものなら、通信機を持たぬ彼は今頃地団太(じだんだ)踏んで口惜涙(くやしなみだ)に暮れていたことであろう。
「あの汽船の名前だけでも知りたいものだ。ドレゴ君、見て来てくれないか」
 水戸は通信機の組立の手を休めないで、そういった。
「よし、見て来よう」
「それからこの事件の名称だ。ドレゴ君は名誉あるこの事件の発見者だから、君がいい名称を択ぶんだよ」
「うん、すばらしい名称を考え出すよ」
 ドレゴは、すっかり機嫌を直して、燃える巨船の船尾の方へ駆け出して行った。
 煙が、意地悪く船尾の方へなびいているので、そこについているはずの船名は、そのままで読みとれなかった。これには困ってしまった。
 が、彼はこのままで引下がることは出来なかった。何かよい工夫はないかと、頭脳を絞ってみたが、不図(ふと)思付いて、彼はすこし後退すると雪塊を掘っては岩陰へ搬(はこ)んだ。そしてかなり溜った上で、今度はそれを掴(つか)んで矢つぎ早に船尾を蔽う煙に向って投げつけた。
 これは思い懸けなくいい方法だった。煙はこの雪礫(ゆきつぶて)に遭って、動揺を始め、或る箇所では薄れた。それに力を得て、ドレゴは更にその方法をつづけ、そして遂に朧(おぼろ)なる船名を判定することに成功したのであった。
 ゼムリヤ号。
 これがこの怪しき巨船の名であった。一体どこの国の船であろうか。それを知りたいと思って、なおもしばらく雪礫で煙を払ってみたが、それは成功しなかった。船腹には国籍の文字もなく、船旗も信号旗も悉く焼け落ちていたからである。
 それからこの事件の名称だ。
 ドレゴは、水戸の待っている場所まで戻る間に、この事件のためにすばらしい名称を思付くことを祈念した。そしてその結果、不図(ふと)一つの驚異的な名称を思付いたのである。
「巨船ゼムリヤ号発狂事件」
 この名称では少々奇抜すぎるかなと思った。しかし後々になってこの事件の内容がだんだん明白になるにつれ、最初にドレゴが考えたこの奇抜過ぎる事件の名称も、案外この事件に相応しい魅力を備えてはいないことに気がつくに至った。それは後の話として、彼ドレゴが何故このような名をつけたかというと、海を渡るべき巨船が山の上の航行を企てたところは、このゼムリヤ号が発狂したものとしか考えられないという着想から来ていた。嘴(くちばし)の黄色い[#「黄色い」は底本では「青い」、16-上段-7]ドレゴ記者にしてはまことに大出来であったといえる。
 それはそれとして、本当に巨船ゼムリヤ号は発狂したのであろうか。発狂したとしたら、何故発狂したのか。そして何故にこんな雪山の上に巨体を横たえるようなことになったのであろうか。不思議である。奇抜すぎる。本当のことと思われない。しかしこれは飽(あ)くまで事実であった。ではこの事実をどう説き明かすか。それはゼムリヤ号の煙が、もう少し治るのを待たねばならない。

  第一報飛ぶ

 若きハリ・ドレゴは、折角こうして怪奇きわまるゼムリヤ号の狂態現場に駆付けながら、これ以上手をつけ得ないことをたいへん口惜(くや)しがった。
 断崖の上で超短波の通信装置の組立に従っていた水戸宗一は、ドレゴの方に思いやりのある眸(ひとみ)を送って、彼を元気づけた。
「ねえハリ。口惜しがったり、くさったりする前に、君が是非とも果さなければならない義務があるじゃないか」
「なに、義務というと……」
「困るなあ、君は……。君は、この大事件の名誉ある発見者でありながら、まだその義務を世界に向かって果していないではないか。つまり君は、まだこの大事件について、一本の通信も送っていない」
 水戸にそういわれると、ドレゴはおおと呻(うめ)いて顔色を変えた。
「そ、そうだった。自分だけで愕いて、興奮して、騒ぎたてるばかりだった。そうだ。早く第一報を送らないと、誰かにだしぬかれてしまう。水戸、今からではもう遅すぎるかなあ」
 ドレゴは、水戸の腕をゆすぶった。そのとき水戸は、通信装置の試験をようやく終ったところだった。
「その心配は無用だ。このヘルナー山頂の見える区域で、超短波の通信機を持っているのは、今のところ僕たちばかりだからね。村人も、もちろん今ではこの怪事件に気がついてはいるが、彼らは通信機関を持っていない。だから僕たちは依然として、第一報を送り得る恵まれた立場にあるのだ。なるべく早い方がいいが、しかしまだ周章(あわ)てることはない」
「ふうむ、それもそうだな」とドレゴは、ようやく気を取直した。
「無線機の用意はすっかり出来ているよ。さあ、今こそ君は光栄ある報道者として、この驚天動地の怪事件の第一報を、最も十分なる表現をもって全世界に放送するのだ。ハリ、原稿を書くがいい」
「うむ。よし。書くぞ」
 ドレゴは、紙を出して、その上に鉛筆を走らせ始めた。彼の額には血管が太く怒漲(どちょう)し、そして彼の唇は絶えずぶるぶると痙攣していた。
「第一報は、簡潔なのがいいぞ。しかし驚天地異の大報道であることについて遺憾(いかん)なく表現すべきだ」
 水戸は傍から友誼(ゆうぎ)に篤(あつ)い忠言を送った。ドレゴは、無言で肯(うなず)いた。
「これでどうだい」
 ドレゴは紙片を水戸の方へ差出した。彼の声は明るく、そして大興奮に震えていた。
「やっ、これは書いたね。“汽船ゼムリヤ号は突然発狂した。何月何日の深夜、この汽船は発狂の極、アイスランド島ヘルナー山頂に坐礁した。そして目下火災を起し、炎々たる焔に包まれ、記者はあらゆる努力をしたが、船体から十メートル以内に近づくことが出来ない。この前代未聞の怪事件は、本記者の如く、自らの目をもって見た者でなければ到底信じられないであろう。このゼムリヤ号発狂の謎を、解き得る者が果たしてこの世界に一人でもいるであろうかと、疑わしく思う。もちろん本記者も決してその一人でないと、敢えて断言する。それほどこの事件は常識を超越しているのだ。だが本記者は、同業水戸記者の協力を得て、これより最大の努力を払って本事件の実相を掘りあて、刻々報道したいと思う”なるほど、これは上出来だ」
「ほめるのは後にして、大いにこき下ろして貰おう」
 ドレゴは、洟(はな)をすすった。
「そうだなあ。敢えて、こき下ろすとすれば、この記事は長すぎる。前半だけで沢山だ。それに……」
「それに?」
「ねえ、ハリ。君は“ゼムリヤ号発狂事件”という名称が大いに気に入っているのだと思う。いや、全くのところ、僕も君の鋭い感覚と、そして大胆なるこの表現とに萬腔(まんこう)の敬意を表するものだ。しかし、欲をいうならば、この驚天動地の大怪奇事件を“ゼムリヤ号発狂事件”という名称で呼ぶには小さすぎると思うんだ」
「ほう。そのわけは……」
「つまり、ゼムリヤ号が発狂してこんな山頂にとびあがった――というよりも、もっとスケールの偉大な物凄い事件だよ。発狂した者がありとすれば、その当人は一ゼムリヤ号ではなく、もっとでかいものだよ」
「ふふん。じゃあ、一体何が発狂したというのかね」
「そのことだが、僕なら、こう命名するね。“地球発狂事件”とね」
「なに、“地球発狂事件”? 君は、地球が発狂したというのかい、この巨大なる地球が……」
「そうなんだ。地球が発狂したのでもなければ、この一万数千トンもある巨船が、標高五千十七メートルのヘルナー山頂に噴きあげられた理由が説明できんじゃないか。もちろん地球が発狂したといっただけでは完全なる説明にはなっていないが、とにかく常識破りのこの怪事件のばかばかしさというものは、地球が発狂したとでもいわないかぎり、そのばかばかしさを伝える表現法が見付からない。そうは思わんかね、君は……」
「それは大いに思う。しかし……しかし、何だか僕の頭が変になって来るよ。地球発狂の次に、ハリ・ドレゴの発狂が起りそうだ」
「ははは、世界第一の報道記者がそんな気の弱いことでどうする、さあ、そのへんで、とにかくその第一報を全世界へ向かって送ろうや」

  渦巻く山頂

 ハリ・ドレゴの発した“巨船ゼムリヤ号発狂事件”の第一報は、果して全世界に予期以上の一大衝撃を与えた。
 この報道を受け取った新聞通信社の約半数は、この報道内容の常識逸脱ぶりを指摘して、報道者ドレゴの精神状態が正しいかどうかにつき疑問を持ち、報道をさしひかえた。これはこの事件が桁(けた)はずれの怪奇内容を持っているところから考えて、当然のことであったろうが、その代わりそういう新聞社は、遅くとも三十六時間後には非常な後悔に襲われると共に、睡りから覚めたように“巨船ゼムリヤ号発狂事件”について広い紙面を割(さ)かざるを得なかった。
 世界各地の通信機関と調査団とが、ヘルナー山頂に続々と集まってきた。そういう人々の手によってやたらにキャンプが張られ、郵便所が出来、テレビジョンやラジオの放送塔が建てられた。それから簡易食堂や酒場や娯楽場までが出来て、あまり広くもない山頂一帯は、まだ火の手をおさめないゼムリヤ号を中心として、急設文化都市の出現に、もうキャンプ一戸分の余地も残さないようになってしまった。
 どの通信社も、始めに派遣した団体のスケールでは、この大事件の報道には十分でないことが判った。そのことが判ると、彼らは本社へ向って、もっと強力な調査機関を備えた第二班の出動を請求した。しかし第二班が到着してみると、そのときには更に一層強力なる第三班の急派を打電しなければならない有様だった。それというのも、発狂したゼムリヤ号の火災は一向下火になる様子がなく、反(かえ)って燃えさかる模様が見えるばかりか、近き将来大爆発を起すのではないかとも思われたし、そうかといってこれだけの大掛かりの出張員たちがいつ消えるとも分らぬ火災を傍観しているばかりでも済ましていられず遂(つい)に防火服や防圧服に身を固め、船腹の一部へ突進して溶接器で穴を穿(うが)ち、たちまち噴き出す火焔と闘って懸命の消火作業を続け、ようやく火焔を内部へ追いやると共に、防火服の冒険記者が船体の中へ匍(は)い込(こ)むなどという、はらはらする光景も展開するようになった。しかも、こういう努力に対して酬(むく)いられるところは一向大きくはなかった。たとえば、このゼムリヤ号の航海日記などはどの通信社でも第一番に狙ったものであったけれど、それは誰も手に入れることが出来なかった。というのは、船橋などはもう既に完全に焼け尽し、真黒な灰の堆積(たいせき)の外(ほか)に何も残っていなかったのである。その他のものも、呆(あき)れるほどよく焼けており、この数日ゼムリヤ号の火災が普通以上に高熱を発して燃え続けたことが、誰の目にもはっきり承認された。
 そうなると、調査方針は自然変更されねばならなかった。今度は積極的に消火することに狙いが置かれた。今盛んに燃焼している部分を完全に消し留めることによって、これから先燃焼するであろう物件を助け出し、それによってゼムリヤ号の搭載荷物とか遺留物品を点検して何かの新しい手懸りを得ようとするのであった。そのためには、更に大掛りな機械類の現場到達を本社へ向けて要請しなければならなかった。
 このような大掛りな調査競争となったために、ハリ・ドレゴや水戸宗一の役割は、すこぶる貧弱なものに墜(お)ちてしまった。彼ら両人には、完全な耐熱耐圧服の一着すら手に入れることは出来なかった。従って両人は甚だ残念ながら報道の第一線から退(しりぞ)く外なかった。そして、“有名なる第一報者のハリ・ドレゴ”という博物館的栄誉だけが残されているだけであった。
「これから、どうするかね、水戸」
 野心勃々(ぼつぼつ)たるハリ・ドレゴは、まだ諦(あきら)めかねて水戸に相談をかけた。
「うむ、ジム・ホーテンスの説に傾聴するんだな」
 さっきから水戸は、巖陰(いわかげ)からオルタの町の方を見下ろしていたが、振り向いてドレゴの顔を見ながら、そういった。
「ジム・ホーテンスって、アメリカのCPの記者のことか。あの背の高いそして口から煙草を放したことのない……」
「そうだ、あの寡黙(かもく)な仙人のことだ。彼は見かけによらず、よく物を見通しているよ」
「水戸。君はホーテンスと話をしたんだな」
「うん。僕はどういうわけか、ホーテンスから話かけられてね、かなり深く本事件について意見を交換したんだが……」
「で、結論はどうだというんだ」
 ドレゴは、せきこんで聞いた。
「……ホーテンスは、さすがに烱眼(けいがん)で、いい狙いをつけているよ。彼は、燃えるソ連船ゼムリヤ号の焔の中に飛びこむ代りに、七つの海の中からその前日までのゼムリヤ号の消息を拾いあげようと努力している」
「あのゼムリヤ号はソ連船かい」
「そうだ」
「なるほど、僕はそういう大切なことを調べないでいたわけだ。そしてホーテンスは、ゼムリヤ号について目的を達したかね」
「残念ながら、今朝までのところはね」
 と水戸は応(こた)えた。それを聞いていたドレゴは、一段と顔の色を輝かすと水戸の手を取って引っ立てた。
「おい水戸、これからホーテンスに会おうじゃないか。君は僕を紹介するのだ」
 だが、水戸は首を左右にふった。
「ホーテンスは、今この山にいない」
「えっ、ここにいない。では何処にいる……」
「あそこだよ」
 水戸は下界を指した。それは彼らの古巣であるオルタの町だった。町は、ここから見ると、フライパンの上にそっくり載(の)りそうな程に小さく愛らしく見えた。
 まもなく焦(あせ)るドレゴを連れて、水戸はホーテンスの跡を追った。そしてかれは、ホーテンスとドレゴとを、自分の部屋に招待して、晩餐会(ばんさんかい)を催すことにした。
 彼は、マハン・サンノム老人の経営する素人下宿に住居しているのだった。
 サンノム老人は、神のように心の広い人で、元は船長であったそうだ。夫人も死に、子供は始めから無く、今は遠い親戚に当たるエミリーという働きざかりの婦人にこの家を切り盛りさせている。なお、この家には佐沼三平という中年の日本人がいて、手伝いの役を勤めていた。水戸がこの家へ下宿するようになったのも、この三平が薦(すす)めたものであって、どういうわけかサンノム老人を贔屓(ひいき)にしていた。
 この家における目下の下宿人は、水戸の外(ほか)に、音楽家の高田圭介と音羽子の夫妻があり、それからソ連の商人でケノフスキーという人物も滞在していた。
 水戸の計画した晩餐会は大成功であった。ドレゴが喜んだことは勿論のこと、ホーテンスもいつになくよく喋(しゃべ)った。三人の間には、盛んにコップの触れ合う儀礼が交換され、空(から)になった酒壜は殖えていった。ホーテンスはこの土地の名産であるところの一種の鱒(ます)の燻製(くんせい)をたいへんに褒めて食べた。
 すっかりいい気持ちになったところで、話題は例の巨船ゼムリヤ号の発狂事件に入っていた。
 水戸は、ドレゴがホーテンスが調査したことの詳細を知りたがっていると述べると、ホーテンスは、
「よろしい、ではこの好ましき仲間のためにもう一度それを述べよう、今日握った新しい事実も加えて……」
 といって気軽に語り出した。

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