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雪(ゆき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 8:15:27  点击:  切换到繁體中文

底本: 日本幻想文学集成10 岡本かの子
出版社: 国書刊行会
初版発行日: 1992(平成4)年1月23日
入力に使用: 1992(平成4)年1月23日初版第1刷
校正に使用: 1992(平成4)年1月23日初版第1刷


底本の親本: 岡本かの子全集
出版社: 冬樹社
初版発行日: 1975(昭和49)年発行

 

遅い朝日が白み初めた。
 木琴入りの時計が午前七時を打つ。ヴァルコンのドアが開く。
「フランスの貴族でアメリカ女の金持と政策結婚をした始めての人間はわしだつたのさ。」
 さう云ひながらボニ侯爵は軽騎兵の服を型取つた古い部屋着のまま中庭の雪へ下りて行つた。雪は深かつた。もう止んでゐた。
「それからアメリカとフランスとの間にそれが流行となつて活動女優のグロリア・スワンソンまでがラ・ファレイズ侯爵と結婚するやうになつたのさ。」
 侯爵はそこで体をかがめた。指で雪をすくひ上げてぢつと見詰めた。それから手首を外側へしなはせると雪片は払ふまでもなく落ちた。
「実際フランスの貴族といふものは世界中で一番完成した人間だらう。その証拠にはあらゆる理解と才能を備へてゐてたつた一つ働くことが出来ないことだ。歴史を見ても判る。その階級として最高の完成に達した人間はみなこの通りだ。」
 そこにロココ風の隠れ家式の小亭がある。侯爵は枯蔦かれつたをひいてひさしの雪を落した。家のなかに寝てゐた薄闇が匂ひもののやうに大気へ潤染にじんで散る。腰めの葡萄蔓ぶどうづるの金唐草に朝の光がまぶしく射す。侯爵は座板に腰掛けずにそのまま入口の柱にもたれた。背中が羅紗ラシャ地をへだててニンフの浮彫うきぼりにさはる。
「その人間は美しく滅びるよりほかあるまい。完成をあじわひつつ消去きえさるよりほかはあるまい。Le monde se meurt. Le monde est mort.(地球は自殺する。地球は死である。)まつたくわたし達にはうつてつけの言葉だ。だが、世間にはまた働く貴族といふ者があるにはある。五ヶ国語を話してトーマス・クックの案内人を勤める伊太利イタリー男爵もあれば刺繍ししゅうとピアノを教へる嫁入学校をこしらへて一儲ひともうけする波蘭ポーランド伯爵もある。しかし、それは地球の自殺の仕損じと同じものだ。結局灰滅は時期の問題だ。」
 侯爵はここで少し笑つた。フォウブルグ・サン・ジ※[#「小書き片仮名ヱ」、203-14]ルマンのたけの高い屋敷町に取籠とりこめられたこの庭でたつた一人がどんなに笑ふとしたところで周囲の朝寝を妨げはしない。まして侯爵の笑ひは淡々として水に落ちるしずくのやうだ。波紋もさう遠くへ送る力は無い。
「そこで金だ。滅びる支度の金だ。いのちを享楽のしめ木にかけ、いのちを消費の火に燃す支度の金だ。アンナは金持だつた。瑪瑙めのうの万年筆で小切手を落書のやうに書いた。アンナのほかのことには心をかれなかつたが小切手を書く速さに心を惹かれた。結婚期限は五年ではいかゞ。『侯爵夫人』をあなたの帽子の鳥毛に使つてみてはいかが。この申出が果してフランス貴族の恥辱であらうか。働くことはフランス貴族の恥辱だが貸すことは名誉だ。わたしはわたしのタイトルを五年期限で賃貸することを申出た。
 それはフォンテンブローの森へ団体で遠乗りした帰りだつた。二人が仲間から遅れて別荘町を外れかかつた時だつた。道端の垣にリラの花が枝垂しだれてゐた。わたしの申出を聴いた時の彼女の返事を今でも覚えてゐる。彼女は右手を後鞍に廻してまともにわたしを振り向いて云つた。『承知よ。そしてしあはせにもあなたは様子もよし――』
 わたしの滅びの支度は出来た。わたしの祖先伝来であつてそしてわたし一代で使ひつくすべきあらゆる才能とあらゆる教養とに点火する時が来た。わたしは躊躇ちゅうちょしなかつた。ボア・ド・ブウロニュ街の薔薇ばらいろの大理石の館、人知れぬロアル河べりのあしの中のシャトウ、ニースのなみつな快走船ヨットしま外套がいとうを着た競馬の馬、その他の数々の芸術品を彼女とわたしとはいのちを消費する享楽の道づれとして用意した。人はわたしのこれの準備を見て或ひは月並の贅沢ぜいたくであると笑ふかも知れない。だが月並の表面を行かないでこそ/\贅沢の裏へ抜けるといふことはわれ/\のらないところである。いはゆる粋人すいじんがすることである。粋人にはなりたくないものだ。粋人といふものは贅沢の情夫ではあつても贅沢の正妻ではあり得ない。彼等は贅沢と正式に結婚する費用と時間と無駄を惜しむ。われわれはおしまない。月並そのものがいかにわれわれの趣味に対して無益であり徒労であると十分承知しながら、黙つてそれをやる。月並は遊びに奉仕する人の一度は払ふべき税だ。基礎教育だ。われわれは遊びに対して速成科を望まない。速成科といふものは働いて急いで金をもうけようとする思想の人間が起した後の教育法だ。たぶんあの産業改革が発明した殺風景の中の一つだらう。」
 ふはりと隣家の破風はふかすめてかもめが一つ浮いて出た。青み初めた空から太陽がわづかに赤いうろこを振り落した。まじめな朝が若いごぜんと交代する。
 セーヌの鴎はやつぱり身体の中心を河へ置いて来たといふ格好で戻つて行くのをすねるやうに庭の池がにらみ上げる。石楠花しゃくなげの雪が一ばんさきにしずくになりかけた。
 侯爵は鴎の影がなくなつたのでまた安心してかば色の実にくちばしを入れ出した小ひよどりに眼をやりながら言葉を続ける。
「五年間はアンナの金でアンナと一緒に、そして次の六年間はわかれた後のわたしのためにアンナがわたしにくれた金で、わたしはわたしを遺憾なく燃した。れるべき女優には花束を持つて惚れに行つた。だまさるべき踊り子には指環を抜くがままに抜かした。シャンパンは葡萄ぶどう畑を買ひ取つて自園の酒をこしらへた。スヰスから生きた山鱒マウンテントラウトを運ばして客に眼の前で料理して馳走した。一度変つた象棋チェスをさしたことがある。それは象棋盤の上へ駒の代りに女を並べさしたことだ。もちろん駒が大きいから象棋盤も特別あつらへだ。わたしが首尾よく敵陣に攻め入つた時に、女達は歩調を取りながら勇んで奏楽に合せてマルセエズをうたつてくれた。わたしは涙がこぼれた。わたしの生活にはめつたにこぼさない涙だ。何の涙だらうか。わたしの涙は人が泣きさうな時にはめつたにこぼれないで何でも無いやうな時に不意にこぼれて来る。その時の駒の女の一人が今ブヱイの通りの塗物屋の女房に片づいて黒くなつて働いてゐる。ここからは近いのでわたしは何ごころなくそれを見に行く。栄華に対する未練では無い、ただ見るものとして眼に柔いからだ。」
 小ひよどりも飛んで行つて仕舞しまつた。日のあたたかみで淡雪あわゆきうわつらがつぶやく音を立てながら溶け始めた。侯爵の背中にニンフの浮彫うきぼりが喰ひ込み過ぎた。彼はそこではじめて腰板に腰を下す。
「俗謡作家のピヱール・ヴ※[#「小書き片仮名ヱ」、206-13]ベルが怒つたことがあつて劇作家のモウリス・ロスタンに決闘を申込んだ。話すほどのことでも無いつまらぬ原因でだ。しかし、ロスタンは振向きもしなかつた。――時代を間違へるな。馬鹿ばかはよせ――この返事でたちまち決闘は流れて仕舞つた。おそらく巴里パリで決闘といふものが本気に口にされたのはこれが最後になるだらうといふ評判だつた。ところがわたしはこの最後にもう一つの最後を附け加へた。しかも実行でだ。
『ピストルか、剣か、二つに一つ。そして、コーヒーは一つ。』

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