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木曽の旅人(きそのたびびと)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 9:04:53  点击:  切换到繁體中文

底本: 異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二
出版社: 原書房
初版発行日: 1999(平成11)年7月2日
入力に使用: 1999(平成11)年7月2日第1刷
校正に使用: 1999(平成11)年7月2日第1刷

 

   一

 T君は語る。

 そのころの軽井沢はさびれ切っていましたよ。それは明治二十四年の秋で、あの辺も衰微の絶頂であったらしい。なにしろ昔の中仙道の宿場しゅくばがすっかり寂れてしまって、土地にはなんにも産物はないし、ほとんどもう立ち行かないことになって、ほかの土地へ立退たちのく者もある。わたしも親父おやじと一緒に横川で汽車を下りて、碓氷うすい峠の旧道をがた馬車にゆられながら登って下りて、荒涼たる軽井沢の宿に着いたときには、実に心細いくらい寂しかったものです。それが今日こんにちではどうでしょう。まるで世界が変ったように開けてしまいました。その当時わたし達が泊まった宿屋はなにしろ一泊二十五銭というのだから、大抵想像が付きましょう。その宿屋も今では何とかホテルという素晴らしい大建物になっています。一体そんなところへ何しに行ったのかというと、つまり妙義から碓氷の紅葉もみじを見物しようという親父の風流心から出発したのですが、妙義でいい加減に疲れてしまったので、碓氷の方はがた馬車に乗りましたが、山路で二、三度あぶなく引っくり返されそうになったのには驚きましたよ。
 わたしは一向おもしろくなかったが、おやじは閑寂しずかでいいとかいうので、その軽井沢の大きい薄暗い部屋に四日ばかり逗留していました。考えてみると随分物好きです。すると、二日目は朝から雨がびしょびしょ降る。十月の末だから信州のここらは急に寒くなる。おやじとわたしとは宿屋の店に切ってある大きい炉の前に坐って、宿の亭主を相手に土地の話などを聞いていると、やがて日の暮れかかるころに、もう五十近い大男がずっとはいって来ました。その男の商売はそまで、五年ばかり木曽の方へ行っていたが、さびれた故郷でもやはり懐かしいとみえて、この夏の初めからここへ帰って来たのだそうです。
 われわれも退屈しているところだから、その男を炉のそばへ呼びあげて、いろいろの話を聞いたりしているうちに、杣の男が木曽の山奥にいたときの話をはじめました。
「あんな山奥にいたら、時々には怖ろしいことがありましたろうね。」と、年の若いわたしは一種の好奇心にそそられて訊きました。
「さあ。山奥だって格別に変りありませんよ。」と、かれは案外平気で答えました。「怖ろしいのは大あらしぐらいのものですよ。猟師はときどきに怪物えてものにからかわれると言いますがね。」
えてものとは何です。」
「なんだか判りません。まあ、猿の甲羅こうらを経たものだとか言いますが、誰も正体をみた者はありません。まあ、早くいうと、そこに一羽の鴨があるいている。はて珍らしいというのでそれを捕ろうとすると、鴨めは人をらすようについと逃げる。こっちはあせってまた追って行く。それが他のものには何にも見えないで、猟師はくうを追って行くんです。その時にはほかの者が大きい声で、そらえてものだぞ、気をつけろと呶鳴ってやると、猟師もはじめて気がつくんです。最初からなんにもいるのじゃないので、その猟師の眼にだけそんなものが見えるんです。
 それですから木曽の山奥へはいる猟師は決して一人で行きません。きっとふたりか三人連れて行くことにしています。ある時にはこんなこともあったそうです。山奥へはいった二人の猟師が、谷川の水を汲んで飯をたいて、もうれた時分だろうと思って、そのひとりが釜のふたをあけると釜のなかから女の大きい首がぬっと出たんです。その猟師はあわてて釜の蓋をして、上からしっかり押えながら、えてものだ、えてものだ、早くぶっ払えと呶鳴りますと、連れの猟師はすぐに鉄砲を取ってどこをあてともなしに二、三発つづけ撃ちに撃ちました。それから釜の蓋をあけると、女の首はもう見えませんでした。まあ、こういうたぐいのことをえてものの仕業しわざだというんですが、そのえてものに出逢うものは猟師仲間に限っていて、杣小屋などでは一度もそんな目に逢ったことはありませんよ。」
 彼は太い煙管きせるで煙草をすぱすぱとくゆらしながら澄まし込んでいるので、わたしは失望しました。さびしく衰えた古い宿場で、暮秋の寒い雨が小歇こやみなしに降っているゆうべ深山みやまの奥に久しく住んでいた男から何かの怪しい物がたりを聞き出そうとした、その期待は見事に裏切られてしまったのです。それでも私は強請ねだるようにしつこく訊きました。
「しかし五年もそんな山奥にいては、一度や二度はなにか変ったこともあったでしょう。いや、お前さん方は馴れているから何とも思わなくっても、ほかの者が聞いたら珍らしいことや、不思議なことが……。」
「さあ。」と、かれは粗朶そだの煙りが眼にしみたように眉を皺めました。「なるほど考えてみると、長いあいだに一度や二度は変ったこともありましたよ。そのなかでもたった一度、なんだか判らずに薄気味の悪かったことがありました。なに、その時は別になんとも思わなかったのですが、あとで考えるとなんだか気味がよくありませんでした。あれはどういうわけですかね。」
 かれは重兵衛という男で、そのころ六つの太吉という男の児と二人ぎりで、木曽の山奥の杣小屋にさびしく暮らしていました。そこは御嶽山おんたけさんにのぼる黒沢口からさらに一里ほどの奥に引っ込んでいるので、登山者も強力ごうりきもめったに姿をみせなかったそうです。さてこれからがお話の本文ほんもんと思ってください。

「おとっさん、怖いよう。」
 今までおとなしく遊んでいた太吉が急に顔の色を変えて、父の膝に取りついた。親ひとり子ひとりでこの山奥に年じゅう暮らしているのであるから、寂しいのには馴れている。猿や猪を友達のように思っている。小屋を吹き飛ばすような大あらしも、山がくずれるような大雷鳴おおかみなりも、めったにこの少年を驚かすほどのことはなかった。それがきょうにかぎって顔色をかえてふるえて騒ぐ。父はその頭をなでながら優しく言い聞かせた。
「なにが怖い。お父さんはここにいるから大丈夫だ。」
「だって、怖いよ。お父さん。」
「弱虫め。なにが怖いんだ。そんな怖いものがどこにいる。」と、父の声はすこしあらくなった。
「あれ、あんな声が……。」
 太吉が指さす向うの森の奥、大きいもみつがのしげみに隠れて、なんだか唄うような悲しい声が切れ切れにきこえた。九月末の夕日はいつか遠い峰に沈んで、木の間から洩れる湖のような薄青い空には三日月の淡い影が白銀しろがねの小舟のように浮かんでいた。
「馬鹿め。」と、父はあざ笑った。「あれがなんで怖いものか。日がくれて里へ帰る樵夫きこりか猟師が唄っているんだ。」
「いいえ、そうじゃないよ。怖い、怖い。」
「ええ、うるさい野郎だ。そんな意気地なしで、こんなところに住んでいられるか。そんな弱虫で男になれるか。」
 叱りつけられて、太吉はたちまちすくんでしまったが、やはり怖ろしさはやまないとみえて、小屋の隅の方に這い込んで小さくなっていた。重兵衛も元来は子煩悩ぼんのうの男であるが、自分の頑丈に引きくらべて、わが子の臆病がひどく癪にさわった。
「やい、やい、何だってそんなに小さくなっているんだ。ここは俺たちの家だ。誰が来たって怖いことはねえ。もっと大きくなって威張っていろ。」
 太吉は黙って、相変らず小さくなっているので、父はいよいよ癪にさわったが、さすがにわが子をなぐりつけるほどの理由も見いだせないので、ただ忌々いまいましそうに舌打ちした。
「仕様のねえ馬鹿野郎だ。およそ世のなかに怖いものなんぞあるものか。さあ、天狗でも山の神でもえてものでも何でもここへ出て来てみろ。みんなおれが叩きなぐってやるから。」
 わが子の臆病を励ますためと、また二つには唯なにがなしに癪にさわってたまらないのとで、かれは焚火の太い枝をとって、火のついたままで無暗に振りまわしながら、相手があらばひと撃ちといったような剣幕で、小屋の入口へつかつかと駈け出した。出ると、外には人が立っていて、出会いがしらに重兵衛のふり廻す火の粉は、その人の顔にばらばらと飛び散った。相手も驚いたであろうが、重兵衛もおどろいた。両方が、しばらく黙って睨み合っていたが、やがて相手は高く笑った。こっちも思わず笑い出した。
「どうも飛んだ失礼をいたしました。」
「いや、どうしまして……。」と、相手に会釈えしゃくした。「わたくしこそ突然にお邪魔をして済みません。実は朝から山越しをしてくたびれ切っているもんですから。」
 少年を恐れさせた怪しい唄のぬしはこの旅人であった。夏でも寒いと唄われている木曽の御嶽の山中に行きくれて、彼はその疲れた足を休めるためにこの焚火の煙りを望んで尋ねて来たのであろう。疲労を忘れるがために唄ったのである。火を慕うがために尋ねて来たのである。これは旅人の習いで不思議はない。この小屋はここらの一軒家であるから、樵夫や猟師が煙草やすみに来ることもある。路に迷った旅人が湯をもらいに来ることもある。そんなことはさのみ珍らしくもないので、親切な重兵衛はこの旅人をもこころよく迎い入れて、生木なまきのいぶる焚火の前に坐らせた。
 旅人はまだ二十四五ぐらいの若い男で、色の少し蒼ざめた、頬の痩せて尖った、しかも円い眼は愛嬌に富んでいる優しげな人物であった。頭にはつばの広い薄茶の中折帽をかぶって、詰襟ではあるがさのみ見苦しくない縞の洋服を着て、短いズボンに脚絆草鞋という身軽のいでたちで、肩には学校生徒のような茶色の雑嚢をかけていた。見たところ、御料林を見分けんぶんに来た県庁のお役人か、悪くいえば地方行商の薬売りか、まずそんなところであろうと重兵衛はひそかに値踏みをした。
 こういう場合に、主人が旅人に対する質問は、昔からの紋切り形であった。
「お前さんはどっちの方から[#「から」は底本では「なら」]来なすった。」
「福島の方から。」
「これからどっちへ……。」
「御嶽を越して飛騨ひだの方へ……。」
 こんなことを言っているうちに、日も暮れてしまったらしい。燈火あかりのない小屋のなかは燃えあがる焚火にうすあかく照らされて、重兵衛の四角張った顔と旅人の尖った顔とが、うず巻く煙りのあいだからぼんやりと浮いてみえた。

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