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木曽の旅人(きそのたびびと)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 9:04:53  点击:  切换到繁體中文


     三

 今まではなんの気もつかなかったが、弥七におどされてから重兵衛もなんだか薄気味悪くなって来た。まさかにえてものでもあるまい――こう思いながらも、彼はかの旅人に対して今までのような親しみをもつことが出来なくなった。かれは黙って中へ引っ返すと、旅人はかれに訊いた。
「今の鉄砲の音はなんですか。」
「猟師がおどしに撃ったんですよ。」
「嚇しに……。」
「ここらへは時々にえてものが出ますからね。畜生の分際で人間を馬鹿にしようとしたって、そりゃ駄目ですよ。」と、重兵衛は探るように相手の顔をみると、かれは平気で聞いていた。
「えてものとは何です。猿ですか。」
「そうでしょうよ。いくら甲羅経たって人間にゃかないませんや。」
 こう言っているうちにも、重兵衛はそこにある大きいなたに眼をやった。すわといったらその大鉈で相手のまっこうをくらわしてやろうと、ひそかに身構えをしたが、それが相手にはちっとも感じないらしいので、重兵衛もすこし張合い抜けがした。えてものの疑いもだんだんに薄れて来て、彼はやはり普通の旅人であろうと重兵衛は思い返した。しかしそれもつかの間で、旅人はまたこんなことを言い出した。
「これから山越しをするのも難儀ですから、どうでしょう、今夜はここに泊めて下さるわけにはいきますまいか。」
 重兵衛は返事に困った。一時間前の彼であったらば、無論にこころよく承知したに相違なかったが、今となってはその返事に躊躇した。よもやとは思うものの、なんだか暗い影を帯びているようなこの旅人を、自分の小屋にあしたまで止めて置く気にはなれなかった。
 かれは気の毒そうに断った。
「折角ですが、それはどうも……。」
「いけませんか。」
 思いなしか、旅人のひとみは鋭くひかった。愛嬌に富んでいる彼の眼がにわかにけもののようにけわしく変った。重兵衛はぞっとしながらも、重ねて断った。
「なにぶん知らない人を泊めると、警察でやかましゅうございますから。」
「そうですか。」と、旅人はあざけるように笑いながらうなずいた。その顔がまた何となく薄気味悪かった。
 焚火がだんだんに弱くなって来たが、重兵衛はもう新しい枝をくべようとはしなかった。暗い峰から吹きおろす山風が小屋の戸をぐらぐらと揺すって、どこやらで猿の声がきこえた。太吉はさっきからむしろをかぶって隅の方にすくんでいた。重兵衛も言い知れない恐怖にとらわれて、再びこの旅人を疑うようになって来た。かれは努めて勇気を振り興して、この不気味な旅人を追い出そうとした。
「なにしろ何時までもこうしていちゃあ夜がふけるばかりですから、福島の方へ引っ返すか、それとも黒沢口から夜通しで登るか、早くどっちかにした方がいいでしょう。」
「そうですか。」と、旅人はまた笑った。
 消えかかった焚火の光りに薄あかるく照らされている彼の蒼ざめた顔は、どうしてもこの世の人間とは思われなかったので、重兵衛はいよいよ堪らなくなった。しかしそれは自分の臆病な眼がそうした不思議を見せるのかも知れないと、彼はそこにある鉈に手をかけようとして幾たびか躊躇しているうちに、旅人は思い切ったようにちあがった。
「では、福島の方へ引っ返しましょう。そしてあしたは強力ごうりきを雇って登りましょう。」
「そうなさい。それが無事ですよ。」
「どうもお邪魔をしました。」
「いえ、わたくしこそ御馳走になりました。」と、重兵衛は気の毒が半分と、憎いが半分とで、丁寧に挨拶しながら、入口まで送り出した。ほんとうの旅人ならば気の毒である。人をだまそうとするえてものならば憎い奴である。どっちにも片付かない不安な心持で、かれは旅人のうしろ影が大きい闇につつまれて行くのを見送っていた。
「おとっさん。あの人は何処へか行ってしまったかい。」と、太吉は生き返ったように這い起きて来た。「怖い人が行ってしまって、いいねえ。」
「なぜあの人がそんなに怖かった。」と、重兵衛はわが子に訊いた。
「あの人、きっとお化けだよ。人間じゃないよ。」
「どうしてお化けだと判った。」
 それに対してくわしい説明をあたえるほどの知識を太吉はもっていなかったが、彼はしきりにかの旅人はお化けであると顫えながら主張していた。重兵衛はまだ半信半疑であった。
「なにしろ、もう寝よう。」
 重兵衛は表の戸を閉めようとするところへ、袷の筒袖で草鞋がけの男がまたはいって来た。
「今ここへ二十四五の洋服を着た男は来なかったかね。」
「まいりました。」
「どっちへ行った。」
 教えられた方角をさして、その男は急いで出て行ったかと思うと、二、三町さきの森の中でたちまち鉄砲の音がつづいて聞えた。重兵衛はすぐに出て見たが、その音は二、三発でやんでしまった。前の旅人と今の男とのあいだに何かの争闘が起ったのではあるまいかと、かれは不安ながらに立っていると、やがて筒袖の男があわただしく引っ返して来た。
「ちょいと手を貸してくれ、怪我人がある。」
 男と一緒に駈けて行くと、森のなかにはかの旅人が倒れていた。かれは片手にピストルを掴んでいた。

「その旅人は何者なんです。」と、わたしは訊いた。
「なんでも甲府の人間だそうです。」と、重兵衛さんは説明してくれました。「それから一週間ほど前に、諏訪の温泉宿に泊まっていた若い男と女があって、宿の女中の話によると、女は蒼い顔をして毎日しくしく泣いているのを、男はなんだか叱ったり嚇したりしている様子が、どうしても女の方ではいやがっているのを、男が無理に連れ出して来たものらしいということでした。それでも逗留中は別に変ったこともなかったのですが、そこを出てから何処でどうされたのか、その女が顔から胸へかけてずたずたむごたらしく斬り刻まれて、路ばたにほうり出されているのを見つけ出した者がある。無論にその連れの男に疑いがかかって、警察の探偵が木曽路の方まで追い込んで来たのです。」
「すると、あとから来た筒袖の男がその探偵なんですね。」
「そうです。前の洋服がその女殺しの犯人だったのです。とうとう追いつめられて、ピストルで探偵を二発撃ったがあたらないので、もうこれまでと思ったらしく、今度は自分の喉を撃って死んでしまったのです。」
 親父とわたしとは顔を見合せてしばらく黙っていると、宿の亭主が口を出しました。
「じゃあ、その男のうしろには女の幽霊でも付いていたのかね。小児や犬がそんなに騒いだのをみると……。」
「それだからね。」と、重兵衛さんは子細らしく息をのみ込んだ。「おれも急にぞっとしたよ。いや、俺にはまったくなんにも見えなかった。弥七にも見えなかったそうだ。が、小児はふるえて怖がる。犬は気ちがいのようになって吠える。なにか変なことがあったに相違ない。」
「そりゃそうでしょう。大人に判らないことでも小児には判る。人間に判らないことでも他の動物には判るかも知れない。」と、親父は言いました。
 私もそうだろうかと思いました。しかしかれらを恐れさせたのは、その旅人の背負っている重い罪の影か、あるいは殺された女の凄惨ものすごい姿か、確かには判断がつかない。どっちにしても、私はうしろが見られるような心持がして、だんだんに親父のそばへ寄って行った。丁度かの太吉という小児が父に取り付いたように……。
「今でもあの時のことを考えると、心持がよくありませんよ。」と、重兵衛さんはまた言いました。
 外には暗い雨が降りつづけている。亭主はだまって炉に粗朶そだをくべました。――その夜の情景は今でもありありと私の頭に残っています。





底本:「異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二」原書房
   1999(平成11)年7月2日第1刷
初出:「文藝倶樂部」
   1897(明治30)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月26日作成
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