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こま犬(こまいぬ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 9:21:09  点击:  切换到繁體中文


「あなたも御探険ですか」と、僕は訊いた。
「探険というわけでもないのですが……。」と、男は微笑した。「あまり評判が大きいので、実地を見に来たのです。」
「なにか御発見がありましたか。」と、僕も笑いながらまた訊いた。
「いや、どうしまして……。まるで見当が付きません。」
「いったい、ほんとうでしょうか。」
「ほんとうかも知れません。」
 その声が案外厳格にきこえたので、僕は思わず彼の顔をみつめると、かれは神経質らしい眼を皺めながら言った。
「わたくしも最初は全然問題にしていなかったのですが、ここへ来てみると、なんだかそんな事もありそうに思われて来ました。」
「あなたの御鑑定では、その啼声はなんだろうとお思いですか。」
「それはわかりません。なにしろその声を一度も聞いたことがないのですから。」
「なるほど。」と、僕もうなずいた。「実はわたくしも聞いたことがないのです。」
「そうですか。わたくしも先刻さっきから見てあるいているのですが、もし果して石が啼くとすれば、あの石らしいのです。」
 かれはステッキで草むらの一方を指し示した。それは社殿の土台石よりもよほど前の方に横たわっている四角形の大きい石で、すこしく傾いたように土に埋められて、青すすきのかげに沈んでいた。
「どうしてそれと御鑑定が付きました。」
 僕はうたがうように訊いた。最初はちっとも見当が付かないと言いながら、今になってはあの石らしいという。最初のが謙遜か、今のがでたらめか、僕にはよく判らなかった。
「どうという理屈はありません。」と、彼はまじめに答えた。「ただ、なんとなくそういう気がしたのです。いずれ近いうちに再び来て、ほんとうに調査してみたいと思っています。いや、どうも失礼をしました。御免ください。」
 かれは会釈えしゃくして、しずかに岡を降って行った。

     三

 僕が家へ帰った頃には、空はすっかり青くなって、あかるい夏らしい日のひかりが庭の青葉を輝くばかりに照らしていた。法事がすむまでは毎日降りつづいて、その翌日から晴れるとは随分意地のわるい天気だ。親父の後生ごしょうが悪いのか、僕たちが悪いのかと、兄もまぶしい空をながめながら笑っていた。それから兄はまたこんなことを言った。
「きょうは天気になったので、村の青年団は大挙して探険に繰出すそうだ。おまえも一緒に出かけちゃあどうだ。」
「いや、もう行って来ましたよ。明神跡もひどく荒れましたね。」
「荒れるはずだよ。ほかに仕様のないところだからね。なにしろ明神跡という名が付いているのだから、めったに手を着けるわけにもいかず、まあ当分は藪にして置くよりほかはあるまいよ。」と、兄はあくまでも無頓着であった。
 その晩の九時ごろから果して青年団が繰出して行くらしかった。地方によっては養蚕ようさんの忙がしい時期だが、僕らの村にはあまり養蚕がはやらないので、にわか天気を幸いに大挙することになったらしい。月はないが、星の明るい夜で、田圃たんぼを縫って大勢が振り照らしてゆく角燈かくとうのひかりが狐火のように乱れて見えた。ゆうべの疲れがあるので、僕の家ではみんな早く寝てしまった。
 さて、話はこれからだ。
 あくる朝、僕は寝坊をして――ふだんでも寝坊だが、この朝は取分けて寝坊をしてしまって、床を離れたのは午前八時過ぎで、裏手の井戸端へ行って顔を洗っていると、兄が裏口の木戸からはいって来た。
「妙な噂を聞いたから、駐在所へ行って聞き合せてみたら、まったく本当だそうだ。」
「妙な噂……。なんですか。」と、僕は顔をふきながら訊いた。
「どうも驚いたよ。町の中学のMという教員が小袋ヶ岡で死んでいたそうだ。」と、兄もさすがに顔の色を陰らせていた。
「どうして死んだのですか。」
「それが判らない。ゆうべの九時過ぎに、青年団が小袋ヶ岡へ登って行くと、明神跡の石の上に腰をかけている男がある。洋服を着て、ただ黙って俯向うつむいているので、だんだん近寄って調べてみると、それはかの中学教員で、からだはもう冷たくなっている。それから大騒ぎになっていろいろ介抱してみたが、どうしても生き返らないので、もう探険どころじゃあない。その死骸を町へ運ぶやら、医師を呼ぶやら、なかなかの騒ぎであったそうだが、おれの家では前夜の疲れでよく寝込んでしまって、そんなことはちっとも知らなかった。」
 この話を聞いているあいだに、僕はきのう出会った洋服の男を思い出した。その年頃や人相をきいてみると、いよいよ彼によく似ているらしく思われた。
「それで、その教員はとうとう死んでしまったのですね。」
「むむ、どうしても助からなかったそうだ。その死因はよく判らない。おそらく脳貧血ではないかというのだが、どうも確かなことは判らないらしい。なぜ小袋ヶ岡へ行ったのか、それもはっきりとは判らないが、理科の教師だから多分探険に出かけたのだろうということだ。」
「死因はともかくも、探険に行ったのは事実でしょう。僕はきのうその人に逢いましたよ。」と、僕は言った。
 きのう彼に出逢った顛末を残らず報告すると、兄もうなずいた。
「それじゃあ夜になってまた出直して行ったのだろう。ふだんから余り健康体でもなかったそうだから、夜露に冷えてどうかしたのかも知れない。なにしろ詰まらないことを騒ぎ立てるもんだから、とうとうこんな事になってしまったのだ。昔ならば明神のたたりとでもいうのだろう。」
 兄は苦々にがにがしそうに言った。僕も気の毒に思った。殊にきのうその場所で出逢った人だけに、その感じがいっそう深かった。
 前夜の探険は教員の死体発見騒ぎで中止されてしまったので、今夜も続行されることになった。教員の死因が判明しないために、またいろいろの臆説を伝える者もあって、それがいよいよ探険隊の好奇心を煽ったらしくも見えた。僕の家からはその探険隊に加わって出た者はなかったが、ゆうべの一件が大勢の神経を刺戟して、今夜もまた何か変った出来事がありはしまいかと、年の若い雇人などは夜のふけるまで起きているといっていた。
 それらには構わずに、夜の十時ごろ兄夫婦や僕はそろそろ寝支度に取りかかっていると、表は俄かにさわがしくなった。
「おや。」
 兄夫婦と僕は眼を見あわせた。こうなると、もう落ち着いてはいられないので、僕が真っ先に飛び出すと、兄もつづいて出て来た。今夜も星の明るい夜で、入口には大勢の雇人どもが何かがやがや立ち騒いでいた。
「どうした、どうした。」と、兄は声をかけた。
「山木の娘さんが死んでいたそうです。」と、雇人のひとりが答えた。
「辰子さんが死んだ……。」と、兄もびっくりしたように叫んだ。「ど、どこで死んだのだ。」
「明神跡の石に腰かけて……。」
「むむう。」
 兄は溜息をついた。僕も驚かされた。それからだんだん訊いてみると、探険隊は今夜もまた若い女の死体を発見した。女はゆうべの中学教員とおなじ場所で、しかも、同じ石に腰をかけて死んでいた。それが山木のむすめの辰子とわかって、その騒ぎはゆうべ以上に大きくなった。しかし中学教員の場合とは違って、辰子の死因は明瞭で、彼女かれは劇薬をのんで自殺したということがすぐに判った。
 ただ判らないのは、辰子がなぜここへ来て、かの教員と同じ場所で自殺したかということで、それについてまたいろいろの想像説が伝えられた。辰子はかの教員と相思そうしの仲であったところ、その男が突然に死んでしまったので、辰子はひどく悲観して、おなじ運命を選んだのであろうという。それが一番合理的な推測で、現に僕もあの林のなかでまず辰子に逢い、それからあの教員に出逢ったのから考えても、個中こちゅうの消息が窺われるように思われる。
 しかしまた一方には教員と辰子との関係を全然否認して、いずれも個々別々の原因があるのだと主張している者もある。僕の兄なぞもその一人で、僕とてもかのふたりが密会している現状を見届けたというわけではないのだから、彼等のあいだには何の連絡もなく、みな別々に小袋ヶ岡へ踏み込んだものと認められないこともない。そんなら辰子はなぜ死んだかというと、かれは山木のひとり娘で、家には相当の資産もあり、家庭も至極円満で、病気その他の事情がない限りは自殺をはかりそうなはずがないというのだ。こうなると、何がなんだか判らなくなる。
 さらに一つの問題は、Mという中学教員が腰をかけて死んでいた石と、辰子が腰をかけて死んでいた石とが、あたかも同じ石であったということだ。そのあたりには幾つかの石が転がっているのに、なぜ二人ともに同じ石を選んだかということが疑問の種になった。
 誰の考えも同じことで、それが腰をおろすのに最も便利であったから二人ながら無意識にそれを選んだのだろうといってしまえば、別に不思議もないことになるが、どうもそれだけでは気がすまないとみえて、村の人たちは相談して遂にその石を掘り出すことになった。石が啼くという噂もある際であるから、この石を掘り起してみたらば、あるいは何かの秘密を発見するかも知れないというので、かたがたその発掘に着手することに決まったらしい。
 当日は朝から曇っていたが、その噂を聞き伝えて町の方からも見物人が続々押出して来た。村の青年団は総出で、駐在所の巡査も立会うことになった。僕も行ってみようかと思って門口かどぐちまで出ると、あまりに混雑しては種々の妨害になるというので、岡の中途に縄張りをして、弥次馬連は現場へ近寄せないことになったと聞いたので、それでは詰まらないと引っ返した。
 いよいよ発掘に取りかかる頃には細かい雨がぱらぱらと降り出して来た。まず周囲のすすきや雑草を刈って置いて、それからあの四角の石を掘り起すと、それは思ったよりも浅かったので比較的容易に土から曳き出されたが、まだそのそばにも何かくわの先にあたるものがあるので、更にそこを掘り下げると、小さい石の狛犬こまいぬがあらわれた。それだけならば別に子細もないが、その狛犬のくびのまわりには長さ一間以上の黒い蛇がまき付いているのを見たときには、大勢も思わずあっと叫んだそうだ。
 蛇はわずかに眼を動かしているばかりで、人をみて逃げようともせず、あくまでも狛犬の頸を絞め付けているらしく見えるのを、大勢の鍬やショベルで滅茶滅茶にぶち殺してしまった。生捕りにすればよかったとあとでみんなは言っていたが、その一刹那には誰も彼もが何だか憎らしいような怖ろしいような心持になって、半分は夢中で無暗にぶち殺してしまったということだ。
 狛犬が四角の台石に乗っていたことは、その大きさを見ても判る。なにかの時に狛犬はころげ落ちて土の底に埋められ、その台石だけが残っていたのであろうが、故老の中にもその狛犬の形をみた者はないというから、遠い昔にその姿を土の底に隠してしまったらしい。蛇はいつの頃から巻き付いていたのかもわからない。中学教員も辰子もこの台石に腰をかけて、狛犬の埋められている土の上を踏みながら死んだのだ。有意か無意か、そこに何かの秘密があるのか、そんなことはやはり判らない。
 またその狛犬は小袋明神の社前に据え置かれたものであることはいうまでもない。しからば一匹ではあるまい。どうしても一対いっついであるべきはずだというので、さらに近所を掘り返してみると、ようやくにしてその台石らしい物だけを発見したが、犬の形は遂にあらわれなかった。
 この話を聞いて、僕はその翌日、兄と一緒に再び小袋ヶ岡へ登ってみると、きょうは縄張りが取れているので、大勢の見物人が群集して思い思いの噂をしていた。蛇の死骸はどこへか片付けられてしまったが、かの狛犬とその台石とは掘り返されたままで元のところに横たわっていた。
「むむ、なかなかよく出来ているな。」と、兄は狛犬の精巧に出来ているのをしきりに感心して眺めていた。
 それよりも僕の胸を強く打ったのは、かの四角形の台石であった。かのMという中学教員が――おそらくその人であったろうと思う――ステッキで僕に指示しめして、「もし果して石が啼くとすれば、あの石らしいのです」と教えたのは、確かにかの石であったのだ。Mはそれに腰をかけて死んだ。辰子という女もそれに腰をかけて死んだ。そうして、その石のそばから蛇にまき付かれた石の狛犬があらわれた。こうなると、さすがの僕もなんだか変な心持にもなって来た。
 僕はその後十日とおかほども滞在していたが、かの狛犬が掘り出されてから、小袋ヶ岡に怪しい啼声はきこえなくなったそうだ。





底本:「異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二」原書房
   1999(平成11)年7月2日第1刷
初出:「現代」
   1925(大正14)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月26日作成
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