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世界怪談名作集(せかいかいだんめいさくしゅう)二

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 10:11:57  点击:  切换到繁體中文


       二

 私はここに初めて一種の言い知れない恐怖のきざして来るのを覚えたが、Fはそうではなかった。
「われわれをわなに掛けようなどとは駄目だめなことです。こんな薄っぺらなドアなどは、わたしの足で一度蹴ればすぐにこわれます」
「おまえの手であくかどうだか、まずためしてみろ」と、わたしも勇気を振るい起こして言った。「その間におれは鎧戸をあけて、外に何があるか見とどけるから」
 わたしは鎧戸の貫木かんぬきをはずすと、窓は前にいった裏庭にむかっているが、そこには張り出しも何もないので、切っ立てになっている壁を降りる便宜よすがもなく、庭の敷石の上へ落ちるまでのあいだに足がかりとするような物は見あたらなかった。
 Fはしばらくドアをあけようと試みていたが、それがどうにもならないので、わたしの方へ振りむいて、もうこの上は暴力を用いてもいいかと聞いた。
 彼が迷信的の恐怖に打ちって、こういう非常の場合にも沈着で快活であることは、実にあっぱれとも言うべきで、わたしはいろいろの意味において、いい味方を連れて来たことを祝さなければならなかった。そこで、わたしは喜んで彼の申しいでを許可したが、いかに彼が勇者であってもその力は弱いものと見えて、どんなに蹴ってもドアはびくともしなかった。
 彼はしまいには息が切れて、蹴ることをあきらめたので、わたしが立ち代ってむかったが、やはりなんの効もなかった。それをやめると、ふたたび一種の恐怖がわたしの胸にきざして来たが、今度はそれが以前よりもぞっとするような、根強いものであった。
 そのとき私は、ささくれ立ったゆかの裂け目から何だか奇怪な物凄いような煙りが立ち昇って来て、人間には有害でありそうな毒気が次第に充満するのを見たかと思うと、ドアはさながら我が意思をもって働くように、またもやしずかにあいたので、監禁をゆるされた二人はそうそうに階段のあがり場へ逃げ出した。
 一つの大きい青ざめた光り――人間の形ぐらいの大きさであるが、形もなくて、ただふわふわしているのである。それが私たちの方へ動いて来て、あがり場から屋根裏の部屋へつづいている階段を昇ってゆくので、私はその光りを追って行った。Fもつづいた。
 光りは階段の右にある小さい部屋にはいったが、その入り口のドアはあいていたので、私もすぐあとからはいると、その光りはうず巻いて、小さい玉になって、非常に明かるく、あたかも生けるがごとくに輝いて、部屋の隅にある寝台の上にとどまっていたが、やがてふるえるように消えてしまったので、私たちはすぐにその寝台をあらためると、それは奉公人などの住む屋根裏の部屋には珍らしくない半天蓋はんてんがいの寝台であった。
 寝台のそばに立っている抽斗ひきだし戸棚の上には絹の古いハンカチーフがあって、そのほころびを縫いかけの針が残っていた。ハンカチーフはほこりだらけになっていたが、それは恐らく先日ここで死んだという婆さんの物で、婆さんはここを自分の寝床にしていたのであろう。
 わたしは多大の好奇心をもって抽斗をいちいちあけてみると、そのなかには女の着物の切れっぱしと二通の手紙があって、手紙には色のさめた細い黄いろいリボンをまきつけて結んであった。わたしは勝手にその手紙を取りあげて自分の物にしたが、ほかには何も注意をひくような物は発見されなかった。
 かの光りは再び現われなかったが、二人が引っ返してここを出るときに、ちょうどわたしたちの前にあたって、床をぱたぱたと踏んでゆくような跫音あしおとがきこえた。私たちはそれから都合四間よまの部屋を通りぬけてみたが、かの跫音はいつも二人のさきに立って行く。しかもその形はなんにも見えないで、ただその跫音が聞こえるばかりであった。
 わたしはかの二通の手紙を手に持っていたが、あたかも階段を降りようとする時に、何ものかが私のひじをとらえたのを明らかに感じた。そうして、わたしの手から手紙を取ろうとするらしいのを軽く感じたが、私はしっかりとつかんで放さなかったので、それはそのままになってしまった。
 二人は私のために設けられている以前の寝室に戻ったが、ここで私は自分の犬が私たちのあとについて来なかったことに気がついた。犬は火のそばにり付いてふるえているのであった。
 私はすぐにかの手紙をよみ始めると、Fはわたしが命令した通りの武器を入れて来た小さい箱をあけて、短銃ピストル匕首あいくちを取り出して、わたしの寝台の頭のほうに近いテーブルの上に置いた。そうして、かの犬をいたわるようにでていたが、犬は一向にその相手にならないようであった。
 手紙は短いもので、その日付けによると、あたかも三十五年前のものであった。それは明らかに情人がその情婦に送ったものか、あるいは夫が若い妻に宛てたものと見られた。文章の調子ばかりでなく、以前の旅行のことなどが書いてあるのを参酌さんしゃくしてみると、この手紙の書き手は船乗りであって、その文字の綴り方や書き方をみると、彼はあまり教育のある人物とは思われなかったが、しかも言葉そのものには力がこもっていて、あらっぽい強烈な愛情が満ちていた。しかし、そのうちのそこここに何らかの暗い不可解の点があって、それは愛情の問題ではなく、ある犯罪の秘密を暗示しているように思われた。すなわち、その一節にこんなことが書いてあったのを、私は記憶していた。
――すべてのことが発覚して、すべての人がわれわれをののしり憎んでも、たがいの心は変わらないはずだ――
――けっして他人をおまえと同じ部屋に寝かしてはならないぞ。夜なかにおまえがどんな寝言を言わないとも限らない――
――どんなことがあっても、われわれの破滅にはならない。死ぬ時が来れば格別、それまではなんにも恐れることはない――
 それらの文句の下に、それよりも上手な女文字で「その通りに」と書き入れてあった。そうして、最後の日付けの手紙の終わりには、やはり同じ女文字で「六月四日、海に死す。その同じ日に――」と書き入れてあった。わたしは二通の手紙を下に置いて、それらの内容について考え始めた。
 そういうことを考えるのは、神経を不安定にするものだとは思いながら、わたしは今夜これからいかなる不思議に出逢おうとも、それに対抗するだけの決心は十分に固めていた。
 わたしはちあがって、かの手紙をテーブルの上に置いて、まださかんに輝いている火をかきおこして、それにむかってマコーレーの論文集をひらいて、十一時半頃まで読んだ。それから着物のままで寝台へのぼって、Fにも自分の部屋へさがってもよいと言い聞かせた。ただし、今夜は起きていろ、そうして私の部屋との間のドアをあけておけと命じた。
 それから私は一人になって、寝台の枕もとのテーブルに二本の蝋燭をともした。二つの武器のそばに懐中時計を置いて、ふたたびマコーレーを読み始めると、わたしの前の火は明かるく燃えて、犬はの前の敷物の上に眠っているらしく寝ころんでいた。二十分ほど過ぎたころに、すきもる風が不意に吹き込んで来たように、ひどく冷たい空気がわたしの頬を撫でたので、もしやあがり場に通じている右手のドアがあいているのではないかと見返ると、ドアはちゃんとしまっていた。さらに左手をみかえると、蝋燭の火は風に吹かれたように揺れていた。それと同時に、テーブルの上にある時計がしずかに、眼にみえない手につかみ去られるように消え失せてしまった。
 わたしは片手に短銃、かた手に匕首を持ってび起きた。時計とおなじように、この二つの武器をも奪われてはならないと思ったからである。こう用心して床の上を見まわしたが、どこにも時計は見えなかった。このとき枕もとでしずかに、しかも大きく叩く音が三つ聞こえた。
「旦那。あなたですか」と、次の部屋でFが呼びかけた。
「いや、おれではない。おまえも用心しろ」
 犬は今起きあがって、からだを立てて坐った。その耳を左右に早く動かしながら、不思議な眼をして私を見つめているのが、わたしの注意をひいた。犬はやがてしずかに身を起こしたが、なおまっすぐに立ったままで、総身そうみの毛を逆立さかだたせながら、やはりあらあらしい眼をして私をじっと見つめていた。しかも、私は犬のほうなどを詳しく検査しているひまはなかった。Fがたちまちに自分の部屋からころげ出して来たのである。
 人間の顔にあらわれた恐怖の色というものを、私はこのときに見た。もし往来で突然出逢ったならば、おそらく自分の雇い人とは認められないであろうと思われるほどに、Fの相好そうごうはまったく変わっていた。彼はわたしのそばを足早に通り過ぎながら、あるかないかの低い声で言った。
「早くお逃げなさい、お逃げなさい。わたしのあとからついて来ます」
 彼はあがり場のドアを押しあけて、むやみに外へ駈け出すので、わたしは待て待てと呼び戻しながら続いて出ると、Fはわたしを見返りもせずに、階段をね降りて、手摺りに取りついて、一度に幾足もばたばたさせながら、あわてて逃げ去った。わたしは立ちどまって耳を澄ましていると、表の入り口のドアがあいたかと思うと、またしまる音がきこえた。頼みのFは逃げてしまって、私はひとりでこの化け物屋敷に取り残されたのである。

 ここに踏みとどまろうか、Fのあとを追って出ようかと、わたしもちょっと考えたが、わたしの自尊心と好奇心とが卑怯に逃げるなと命じたので、わたしは再び自分の部屋へ引っ返して、寝台の方へ警戒しながら近づいた。なにぶんにも不意撃ちを食ったので、Fがいったい何を恐れたのか、私にはよく分からなかったのである。もしやそこに隠し戸でもあるかと思って、わたしは再び壁を調べてみたが、もちろんそんな形跡もないばかりか、にぶい褐色の紙には継ぎ目さえも見いだされなかった。してみると、Fをおびやかしたものは、それが何物であろうとも、わたしの寝室を通って進入したのであろうか。わたしは内部の部屋のドアに錠をおろして、何か来るかと待ち構えながら、爐の前に立っていた。
 このとき私は壁の隅に犬ののめり込んでいるのを見た。犬は無理にそこから逃げ路を見つけようとするように、からだを壁に押しつけているので、わたしは近寄って呼んだ。
 哀れなる動物はひどい恐怖に襲われているらしく、歯をむき出して、あごからよだれを垂らして、わたしが迂濶うかつにさわったらばすぐにみつきそうな様子で、主人のわたしをも知らないように見えた。動物園で大蛇だいじゃに呑まれようとする兎のふるえてすくんだ様子を見たことのある人には、誰でも想像ができるに相違ない。わたしの犬の姿はあたかもそれと同様であった。いろいろになだめてもすかしても無駄であるばかりか、恐水病にでもかかっているようなこの犬に咬みつかれて、なにかの毒にでも感じてはならないと思ったので、わたしはかれを打ち捨てて、爐のそばのテーブルの上に武器を置いて、椅子に腰をおろして再びマコーレーを読み始めた。
 やがて読んでいる書物のページと燈火あかりとのあいだへ何か邪魔にはいって来たものがあるらしく、紙の上が薄暗くなったので、わたしは仰いで見まわすと、それはなんとも説明し難いものであった。それは、はなはだ朦朧たる黒い影で、明らかに人間の形であるともいえないが、それに似た物を探せばやはり人間の形か影かというのほかはないのであった。それが周囲の空気や燈火から離れて立っているのを見ると、その面積はすこぶる大きいもので、頭は天井にとどいていた。それをじっとにらんでいると、わたしは身にしみるような寒さを感じたのである。その寒さというものがまた格別で、たとい氷山がわたしの前にあってもこうではあるまい。氷山の寒さのほうがもっと物理的であろうと思われた。しかも、それが恐怖のための寒さでないことは私にも分かっていた。
 わたしはその奇怪な物を睨みつづけていると、自分にも確かにはいえないが、二つの眼が高いところから私を見おろしているように思われた。ある一瞬間には、それがはっきりと見えるようで、次の瞬間にはまた消えてしまうのであるが、ともかくも青いような、青白いような二つの光りが暗い中からしばしばあらわれて、半信半疑のわたしを照らしていた。わたしは口をきこうと思っても、声が出ない。ただ、これが怖いか、いや怖くはないと考えるだけであった。つとめてちあがろうとしても、支え難い力におしすくめられているようで起つことが出来ない。わたしは私の意思に反抗し、人間の力を圧倒するこの大いなる力を認めないわけにはいかなかった。物理的にいえば、海上で暴風雨に出逢ったとか、あるいは大火災に出逢ったとかいうたぐいである。精神的にいえば、何か怖ろしい野獣と闘っているか、あるいは大洋中でふかに出逢ったとでもいうべきである。すなわち、わたしの意思に反抗する他の意思があって、その強い程度においては風雨あらしのごとく、火のごとく、その実力においてはかの鱶のごときものであった。
 こういう感想がだんだんにたかまると、なんともいえない恐怖が湧いて来た。それでも私は自尊心――勇気ではなくとも――をたもっていて、それは外部から自然に襲って来る怖ろしさであって、わたし自身が怖れているのではないと、心のうちで言っていた。わたしに直接危害を加えないものを恐れるはずはない。わたしの理性は妖怪などを承認しないのである。いま見るものは一種の幻影に過ぎないと思っていた。
 一生懸命の力を振るい起こして、わたしはついに自分の手を伸ばすことが出来た。そうして、テーブルの上の武器をとろうとする時、突然わたしの肩と腕に不思議の攻撃を受けて、わたしの手はぐたりとなってしまった。そればかりでなく、蝋燭の火が消えたというのでもないが、その光りは次第に衰えて来た。爐の火も同様で、焚き物のひかりは吸い取られるように薄れて来て、部屋の中はまったく暗くなった。この暗いなかで、かの「黒い物」に威力をふるわれてはたまらない。わたしの恐怖は絶頂に達して、もうこうなったら気を失うか、呶鳴どなるかのほかはなかった。わたしは呶鳴った。一種の悲鳴に近いものではあったが、ともかくも呶鳴った。
「恐れはしないぞ。おれの魂は恐れないぞ」と、こんなことを呶鳴ったように記憶している。
 それと同時に私はちあがった。真っ暗のなかを窓の方へ突進して、カーテンを引きめくって、鎧戸よろいどをはねあけた。まず第一に外部の光線を入れようと思ったのである。外には月が高く明かるく懸かっているのを見て、わたしは今までの恐怖を忘れたように嬉しく感じた。空には月がある。眠った街にはガス燈の光りがある。わたしは部屋の方を振り返ってみると、月の影はそこへもさし込んで、その光りははなはだ青白く、かつ一部分ではあったが、ともかくもそこらが明かるくなっていた。かの黒い物はなんであったか知らないが、形はもう消えてしまって、正面の壁にその幽霊かとも見えるような薄い影をとどめているのみであった。
 わたしは今、テーブルの上に眼を配ると、テーブル――それにはクロスもカヴァーもない、マホガニーの木で作られた円い古いテーブルであった――の下から一本の手がひじのあたりまでぬうと出て来た。その手は私たちの手のように血や肉の多くない、せた、しわだらけの、小さい手で、おそらく老人、ことに女の手であるらしく思われたが、そろりそろりと伸びて来て、テーブルの上にある二通の手紙に近づいたかと見るうちに、その手も手紙も共に消えうせた。
 この時さっき聴いたと同じような、物を撃つ音が大きく三度ひびいた。その音がしずかにやむと、この一室が震動するように感じられて、床の上のそこからもここからも、光りの泡のような火花と火の玉があらわれた。それは緑や黄や、火のごとくあかいのや、空のごとく薄青いのや、いろいろの色をなしているのであった。椅子は誰が動かすともなしに壁ぎわを離れて、寝台の正面に直されたかと思うと、女の形がそこにあらわれた。それは死人のように物凄いものではあったが、生きている者の形であるらしく明らかに認められた。
 それは悲しみを含んだ若い美人の顔であった。身には雲のように白いローブ(長いゆるやかな着物)をまとって、のどから肩のあたりは露出あらわになっていた。女は肩に垂れかかる長い黄いろい髪をきはじめたが、私のほうへは眼もくれずに、耳を傾けるような、注意するような、待つような態度で、ドアの方を見つめていると、うしろの壁に残っている「黒い物」の影はまた次第に濃くなって、その頭にある二つの眼のようなものが女の姿を窺っているらしくも思われた。
 ドアはしまっているのであるが、あたかもそこからはいって来たように、他の形があらわれた。それも女とおなじくはっきりしていて、同じく物凄く見えるような、若い男の顔であった。男は前世紀か、またはそれに似たような服を着ていたが、そのひだの付いた襟や、レースや、帯どめの細工さいくをこらした旧式の美しい服装が、それを着ている死人のような男と不思議の対照をなして、いかにも奇怪に、むしろ怖ろしいようにも見られた。
 男の形が女に近づくと、壁の黒い影も動き出して来て、この三つがたちまちに暗いなかに包まれてしまったが、やがて青白い光りが再び照らされると、男と女の二つの幽霊は、かれらのあいだに突っ立っている大きい黒い影につかまれているように見えた。女の胸には血のあとがにじんでいた。男は剣を杖にして、これもその胸のあたりから血がしたたっていた。黒い影はかれらをんで、いずれも皆そのままに消えてしまうと、以前の火の玉がまたあらわれて、走ったりころがったりしているうちに、だんだんにそれが濃くなって、さらに激しく入り乱れて動いた。


 

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