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世界怪談名作集(せかいかいだんめいさくしゅう)二

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 10:11:57  点击:  切换到繁體中文


       三

 の右手にある化粧室のドアがあいて、その口からさらに老婆の形があらわれた。老婆はその手に二通の手紙を持っていた。また、そのうしろに跫音あしおとが聞こえるようであった。老婆は耳を傾けるように振り返ったが、やがてかの手紙をひらいて読みはじめると、その肩越しにあおざめた顔がみえた。それは水中に長く沈んでいた男の顔で、ふくれて、白ちゃけて、その濡れしおれた髪には海藻かいそうがからみついていた。そのほかにも、老婆の足もとには死骸のような物が一つ横たわっていて、その死骸のそばには、またひとりの子供がうずくまっていた。子供はみじめなきたない姿で、その頬には饑餓きがの色がただよい、その眼には恐怖の色が浮かんでいた。
 老婆は手紙を読んでいるうちに、顔の皺が次第に消えて、若い女の顔になった。けわしい眼をした残忍ざんにんそうではあるが、ともかくも若い顔になったのである。するとまたここへ、かの黒い影がおおって来て、前のごとくにかれらを暗いなかへ包み去った。
 今はかの黒い影のほかには、この室内になんにも怪しい物はないので、わたしは眼を据えて、じっとそれを見つめていると、その影の頭にある二つの眼は、毒どくしい蟒蛇うわばみの眼のように大きく飛び出して来た。火の玉は不規則に混乱して、あるいは舞いあがり、あるいは舞いさがり、その光りは窓から流れ込む淡い月の光りにまじりながら狂い騒いでいた。
 そのうちに鶏卵たまごからから出るように、火の玉の一つ一つから驚くべき物が爆発して、空中に充満した。それは血のない醜悪な幼虫のたぐいで、わたしには到底とうていなんとも説明のしようがない。一滴の水を顕微鏡でのぞくと、無数の透明な、柔軟な、敏捷な物がたがいに追いまわし、たがいに喰い合っているのが見える。今ここにあらわれた物もまずそんな種類で、肉眼ではほとんど見分け難いものであると思ってもらいたい。その形になんの均一きんいつがあるわけでもなく、その行動になんの規律があるわけでもなく、居どころも定めずに飛びまわって、私のまわりをくるくると舞いはじめた。
 その集団はだんだんに濃密になって、その廻転はだんだんに急激になって、わたしの頭の上にもむらがって来た。何かの用心に突き出している私の右手の上にも這いあがって来た。時どきに何かさわるように感じたが、それはかれらの仕業しわざでなく、眼にみえない手が私にさわるのであった。またある時には、冷たい柔らかい手がわたしののどをなでるように感じたこともあった。
 ここで恐れをいだいて降参すると、わたしのからだに危険があると思ったので、私はかれらに対抗するという一点にわたしの心力を集中して、かの蟒蛇うわばみのような眼――それはだんだんにはっきりと見えて来た――から私の眼をそむけた。わたしの周囲にはもう何物もいないのであるが、ここになお一つの「意志」がある。それは力強く、創造的で、かつ活動力に富むところの「悪」の意志であって、その力はよく私を圧伏あっぷくし得るのであった。
 部屋のなかの青白い空気は、今や近火でもあるようにあかくなって、かの幼虫の群れは火のなかにむ物のようにきらきらと光って来た。月のひかりはふるえて動いた。物を撃つような音がまたもや三度きこえたかと思うと、すべての物がかの黒い影に呑まれて、さらにまた大いなる暗黒くらやみのうちに隠れてしまったが、やがてその暗黒が退くと共に、黒い影もまったく消え失せて、今まで光りを奪われていたテーブルの上の蝋燭の火は再びしずかに明かるくなった。爐の火も再び燃えはじめた。この室内は再びもとの平穏の姿に立ちかえった。
 二つのドアはなおしまったままで、Fの部屋へ通ずるドアにも錠をおろしてあった。壁の隅には、かの犬が追い込まれて、痙攣けいれんしたように横たわっているので、わたしは試みに呼んでみたが、犬はなんの答えもなかった。さらに近寄ってよく観ると、眼のたまは飛び出して、口からは舌を吐いて、あごからは泡をふいて、犬はもう死んでいるのであった。
 わたしはかれを抱きあげて火のそばへ連れて来たが、哀れなる愛犬の死について、強い悲哀と強い自責とを感ぜずにはいられなかった。私がかれを死地へ連れ込んだのである。最初は恐怖のために死んだのであろうと想像していたが、そのくびの骨が実際にくだかれているのを発見して、わたしはまた驚いた。それが暗中になされたとすれば、それは私のような人間の手によってなされなければなるまい。して見ると、最初から終わりまでこの室内に人間が働いていたのであろうか。それについて何か疑わしい形跡があるであろうか。私はこの以上に何事をも詳しく語ることが出来ないのであるから、よろしく読者の推断に任せるのほかはない。
 もう一つ驚くべきは、さっき不思議に紛失した私の懐中時計がテーブルの上に戻っていた。ただし、あたかもそれが紛失した時刻のところで、時計の針は止まっているのである。その後、上手な時計屋へ持って行って幾度も修繕してもらったが、いつも数時間の後には針の廻転が妙に不規則になって、結局は止まってしまうことになるので、その時計はとうとう廃物になった。
 その後はもう変わったことはなかった。わたしは夜のあけるまで待っていたが、何事もなかった。日が出て、世間が昼になって、わたしがこの家を立ち去るまで、もう何事もなかったのである。
 いよいよここを立ち去る前に、わたしとFとが監禁された部屋、窓のない部屋へ再びはいってみた。奇異なる事件の機械的作用――もしこんな言葉があるならば――を作り出したこの部屋へ今や白昼に踏み込んで、ゆうべの怖ろしさを再び思い出すと、わたしは一刻もここに立っているにえられないので、早そうに階段を降りかかると、またもやわたしのさきに立ってゆく跫音あしおとがきこえた。そうして、表の入り口のドアをあけた時に、うしろでかすかな笑い声がきこえたようにも思われた。
 わたしは自分の家へ帰った。ゆうべ逃亡した雇い人は定めて顔を見せるだろうと思いのほか、Fはどこへ行ってしまったか、一向にその消息が分からないのであった。三日の後にリヴァプールからの手紙が来た。
先夜はご覧の通りの始末で、なんとも申しわけがございません。わたくしが本当に回復するにはこれから一年以上もかかるだろうと存じますから、もちろん今後のご奉公は出来ません。わたくしはこれからメルボルンにいる義兄弟のところへ尋ねて行くつもりで、その船は明日出帆いたします。長い航海をつづけているうちには、わたくしも気がしっかりして来るであろうと存じます。なにしろ唯今ただいまのところでは恐怖と戦慄があるばかりで、怖ろしい物が常に自分のうしろに付きまとっているように思われてなりません。それからはなはだ恐れ入りますが、わたくしの衣類や荷物のたぐいは、ウォルウォースにいるわたくしの母のところへお届けを願います。母の住所はジョンが知っております。――
 手紙の終わりには、なおいろいろの弁解が付け加えてあって、やや辻褄つじつまの合わない点もあるが、筆者はすこぶる注意して書いたらしく、くどくどとならべ立ててあった。本人はかねて濠州ごうしゅうへ行きたい希望があったので、それをゆうべの事件に結び付けて、こんなこしらえ事をしたのではないかとも疑われるが、私はそれについてなんにも言わない。むしろ世間には信ずべからざることを信ずる人がたくさんあって、彼もその一人であろうと思った。いずれにしても、この事件に対するわたしの信念と推理は動かないのである。
 夕方になって、わたしは貸馬車を雇って再びかの化け物屋敷へ行った。そこへ置いて来たわたしの物と、死んだ犬の亡骸なきがらとを引き取るためであったが、今度は別になんの邪魔もなかった。ただその階段を昇り降りするときに、例の跫音を聞いたほかには、わたしの注意にあたいするような出来事もなかった。
 そこを出て、さらに家主のJ氏をたずねると、彼はあたかも在宅であった。わたしは鍵を返した上で、わたしの好奇心は十分に満足したことを話した。そうして、ゆうべの出来事を口早に話しかけると、J氏はそれをさえぎって、しょせん誰にも解決のつかないような怪談について、自分は最早もはや興味を持たないと丁寧にことわった。しかし、かの二通の手紙の事と、またそれが不思議に消え失せたことだけは報告しておかなければならないと思ったので、わたしはJ氏にむかって、かの手紙は、かの家で死んだ老婆に宛てたものであると考えられるが、かの老婆が過去の経歴のうちには手紙にあらわれているような暗い秘密をかくしていると思われる節があるかと質問すると、J氏は驚いたように見えた。彼はしばらく考えたのちに、こう答えた。
「さきにお話し申した通り、あの婆さんがわたしのほうの知り合いであるという以外、その若いときの経歴などについては、あまりよく知らないのです。しかしあなたのお話を伺って、おぼろげな追憶を呼び起こすようにもなりましたから、わたしは更に聞き合わせて、その結果をご報告しましょう。それにしても、ここに一人の犯罪者または犯罪の犠牲者があって、その霊魂が犯罪の行なわれた場所へ再び立ち戻って来るという、世間一般の迷信を承認するとしても、あの婆さんの死ぬ前からあの家に不思議の物が見えたり、不思議な音が聞こえたりしたのはどういうわけでしょうか。……あなたは笑っていられるが、それにはどういうご意見がありますか」
「もし、われわれがこの秘密の底深くまで進んで行ったら、生きている人間の働いていることを発見するだろうと思われます」
「え、なんとおっしゃる。では、あなたはすべてのことが詐欺いかさまだと言われるのですか。どうしてそんなことが分かりました」
「いや、詐欺というのとは違います。たとえば、わたしが突然に深い睡眠状態におちいって――それはあなたが揺り起こすことの出来ないような深い睡眠状態におちいったとして、その時わたしは眼ざめた後に訴えることの出来ないほど正確に、あなたの問いに答えることが出来ます。すなわちあなたのポケットにはいくらの金を持っているとか、あなたは何を考えているとか……そういうたぐいのことは詐欺というべきではなく、むしろ無理にしいられた一種の超自然的の作用ともいうべきものです。わたしは自分の知らないあいだに、遠方からある人間に催眠術をほどこされて、その交感関係に支配されていたのだと思うのです」
「かりに催眠術師が生きた人間に対してそういう感応かんのうをあたえ得るとしても、生きていないもの……すなわち椅子やドアのような物に対して、それを動かしたり、あけたりしめたりすることが出来るでしょうか」
「実際はそうでなくして、そういうふうに思わせるのかもしれません。普通に催眠術と称せられるものでは、もちろん、そんなことは出来ませんが、催眠術師のうちにも、一種の血統があるか、あるいはその術の特に優れた者か、それらのうちには昔でいう魔術に似たような不思議の力を持っている者がないとは限りません。その力が果たしてしょうなき物にまで働き得るかどうかは知りませんが、もしそんなことがあったとしても、あえて不自然とは言われまいかと思われます。もちろん、それはこの世の中にはなはだ少ないことで、その人は特殊の体質を持って生まれ、特殊の実験を積んで、その術の最高極度に到達したものと見なければなりません。その力が死んだ者の上に……詳しくいえば、死んだ者にもまだ残っているある思想とか、ある記憶とかいうものの上に働くのです。そうして、正しくは霊魂というべきものではなく、最も地上に近い一種の霊気がわれわれの感覚にあらわれて来るようになるのです。しかし私はそれをもって、真の超自然的の力とは認めません。それを説明するために、パラセルサス(スイスの医師、博物学者、十六世紀初年の人)の著作『文学上の奇観』の一節を申し上げましょう。
 ここに一つの花があって、人がそれを焼けば枯れて焼けうせる。その花の元素が何であろうとも、どこかへ消散してしまって、それを見受けることも出来ず、ふたたび集めることも出来ない。しかし化学的に研究すれば、その花の焼けた灰やごみの中からは、生きているときと同様のスペクトル(分光)を発見することが出来るのである。人間も同じことで、霊魂は花の本体または元素のごとくに離れ去っても、それにスペクトルが残っている。普通の人はそれを霊魂と信じているけれども、それをまことの霊魂と混同してはならない。それは死人の幻影ともいうべきものである。それであるから、古来の怪談に伝えられるところのものには、まことの霊魂が宿っているのではなく、よく分離したる知識のみだと思えばよい。これらの幽霊ともいうべきものは、多少の目的があって出現することもあり、またはなんの目的もなくして現われることもある。かれらは稀に口をきくこともあるが、別になんの思想を発表するわけでもない。したがって、たといその幻影がいかに驚くべきものであっても、哲学の本分としては、超自然的の不思議な物でもないとして拒否すべきである。かれらは人間の死にぎわにその頭脳から他へ運ばれたところの思想に過ぎない。
 ――まずこんな議論であろうとして、ゆうべの出来事を考えると、テーブルが自然にあるき出したのも、怪物のような形が壁に映ったのも、人間の手ばかりが出て来て、そこにある物を持ち去ったのも、または黒い物があらわれたのも、たといそれがわれわれの血を凍らせるほどの怖ろしい出来事であったとしても、そこにはある種の仲介者があって、あたかも電気の線のごとくに、他の頭脳からわたしの頭脳へ流通させたものであると信じられるのです。
 人間は体質によって自然に化学的に出来ている者がある、そうした人間は化学的の驚異を現ずることが出来ます。また、液体的(普通に電気という)の人間は発電の不思議を見せることも出来るのです。
 そこで、ゆうべ私が見たり聞いたりしたすべてのことは、人間……私とおなじように生きている人間が、遠方から何かの仕事をしているのであって、本人自身も知らないほどにいい効果を生じたのであろうと思われます。要するに、その人間がある死人の頭脳を利用しているのであって、頭脳それ自身は単に夢を見ているに過ぎないのです。しかしその力は非常に強大なもので、その物質的の力はわたしの犬を殺したほどです。わたしも恐怖のために屈伏したらば、犬とおなじように殺されたでしょう」
「あなたの犬を殺しましたか。それは怖ろしいことです」と、J氏は言った。「なるほどそう言えばあの家に動物は棲んでいません。猫一匹も見えません。鼠も見たことはありません」
「強烈なる獣性の創造力がそれらの動物を殺すほどの影響をあたえるのですが、人間は他の動物よりも更に強い抵抗力を持っているのです。まずそれはそれとして、あなたは私の理論をご諒解りょうかいになりましたか」
「まず大抵は……。失礼ながらお蔭さまで、多少の手がかりを得ました。われわれが子供部屋にいるときから沁みこんでいる幽霊や化け物に対する概念を、ただそのままに受け入れるよりも、むしろあなたのお説に従うべきでしょう。しかし議論は議論として、わたしの貸家に悪いことのあるのはどうにもなりません。そこで一体いったいあの家をどうしたらいいでしょうか」
「こうしたらどうです。わたしの泊まった寝室のドアと直角になっている、家具のない小さい部屋が怪しいように思われます。あの部屋があの家にたたりをなす一種の感動力の出発点か、または置き所だと認められますから、私はぜひあなたにお勧め申して、あすこの壁を取りのけ、あすこの床をはずしたいのです。そうでなければ、あの部屋をみな取りこわしてしまうのです。あの部屋は建物の総体から離れて、小さい裏庭の上に作られているのですから、あれを動かしたところで、建物の他の部分にはなんにも差支さしつかえはありますまい」
「そこで、わたしがその通りにしましたらば……」
「まず電信線を切りはずすのです。それをやってご覧なさい。もしその作業の指揮をわたしに任せて下さるなら、わたしがその工事費の半額を支払います」
「いや、それは私がみな負担します。その余のことは、書面で申し上げましょう」


 

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