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世界怪談名作集(せかいかいだんめいさくしゅう)十六

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 10:30:27  点击:  切换到繁體中文


       三

 コスモはその夜は眠られなかった。
 彼は戸外の夜風に吹かれ、夜の空を仰いで心を慰めるために外出した。外から帰って、心はいくらか落ち着いたが、寝床に横になる気にはなれなかった。その寝台にはまだ彼女が横たわっているように思われて、自分がそこに寝ころぶのは、なんだか神聖をけがすように感じられてならなかった。しかし、だんだんに疲労をおぼえて、着物を着かえもせずにそのまま寝台に横たわって、次の日の昼ごろまで寝てしまったのであった。
 翌日の夕方、彼は息づまるほどに胸の動悸を感じながら、ひそかに希望をいだいて鏡の前に立ったのである。見るとまたもや鏡にうつる影は、たそがれの光りをあつめた紫色のかすみを透して光っていた。すべてのものは彼と同じように、天来の喜びがあらわれてきて、この貧しい地上に光明を与えるのを待っているようであった。近くの寺院からゆうべの鐘がひびいてきて六時の時刻を示すと、ふたたび青白い美女は現われて来て、寝台の上に腰を掛けたのであった。
 コスモはそれを見ると、嬉しさのあまり夢中になった。彼女が再び出て来たのである。彼女はあたりを見まわして、骸骨がいないのを見ると、かすかに満足のおももちを見せた。その憂わしい顔色はまだ残っていたが、ゆうべほどではない。彼女は更にまわりのものに気をつけて、部屋のそこやここにある変わった器具などを物めずらしそうに見ていたが、それにもやがていたらしく、睡気に誘われたように寝入ってしまった。
 今度こそは彼女の姿を見失うまいとコスモは決心して、その寝姿に眼を離さなかった。彼女の深いねむりを見つめていると、その睡りが心をとろかすように、彼女からコスモに移って来るように思われた。しかも彼女が起きあがって、眼をとじたままで無遊病者のような足どりで部屋から歩み去った時には、コスモも夢からさめたように驚いた。
 コスモはもうたとえようのない嬉しさであった。たいていの人間は秘密な宝をかくし持っているものである。吝嗇りんしょくの人間は金をかくしている。骨董家こっとうかは指環を、学生は珍書を、詩人は気に入った住居を、恋びとは秘密のひきだしを、みなそれぞれに持っている。コスモは愛すべき女のうつる鏡を持っているのである。
 コスモは骸骨がなくなったのち、彼女が周囲に置いてあるものに興味を持ち始めたのを知って、人生に対する新しい対象物を考えた。彼は鏡にうつっている無一物のこの一室を、どの婦人が見ても軽蔑しないように作り変えようと思った。そうするには部屋を装飾して、家具を備えればいいのである。たとい貧しいとはいえ、彼はこの考えを果たし得る手腕を持っていた。これまでは財産がないために身分相応の面目を保つことが出来ないのをじて、その財産を作るために努めて細ぼそと暮らしてきていたのであるが、いっぽう彼は大学における剣術の達人であったので、剣術その他の練習の教授を申しいでて、自分の思惑を果たすほどの報酬を要求したのであった。その申しいでには学生たちも驚いた。しかし、また熱心にこれを迎える連中も多かったので、結局は熱心なプラーグの若い貴族たちの仲間ばかりでなく、金持の学生や、近在の人たちにもそれを教授することになった。それがために彼は間もなくたくさんの金を得たのである。
 彼はまず器具類や風変わりの置物を、部屋の押入れの中にしまい込んだ。それから彼の寝台その他の必要品を煖炉だんろの両側に置いて、そこと他とを仕切るために、印度の織物で二つのスクリーンを張った。それから今まで自分の寝台のあった隅の方に、彼女のために優美な新しい寝台を備えた。そんなふうに贅沢な品物が日ごとにふえて、後には立派な婦人室が出来たのであった。
 毎夜、同じ時刻に女はこの部屋にはいって来た。彼女は初めてこの新しい寝台を見たとき、なかば微笑を浮かべて驚いたらしかった。それでもその顔色はまただんだんに悲しみの色になり、眼には涙を宿して、のちには寝台の上に身を投げ出してシルクのクッションに身を隠すように俯伏うつぶした。
 彼女は部屋の中のものが増したり、変わったりするたびにそれに気がついて、それを喜んでいた。それでもやはり絶えず何か思い悩んでいるのであったが、ある夜ついに次のようなことが起こった。いつものように彼女が寝台に腰をおろすと、コスモがいま壁に飾ったばかりの絵画に彼女は目をつけたのである。コスモにとって嬉しかったのは、彼女はちあがって絵画の方に進みよって、注意ぶかくそれを眺め、いかにも嬉しそうな顔色を表わしたことであった。しかもそれがまた悲しい、涙ぐんだような表情に変わって、寝台の枕に俯伏してしまったかと思うと、またその顔色もだんだんに鎮まって、思い悩んでいる様子も消えていって、さらに平静な、希望ある表情が浮かんできたのであった。
 この間に、コスモはどうであったかというに、彼の性情から誰しも考え得られるるように、恋の心を起こしたのであった。恋、それは充分に熟してきた恋である。しかも悲しいことには、彼は影に恋しているのである。近づくことも、言葉を伝えることも出来ない。彼女の美しい口唇くちびるから言葉をきくことも出来ない。ただ蜜蜂が蜜壺を見るがごとくに、彼は眼で彼女を求めているばかりである。彼は絶えず独りで歌っていた。
われは死なむ処女おとめの愛に……
 コスモは愛慕の情に胸を破らるるばかりであったが、さすがに死ぬことはできなかった。彼女のために心尽くしをすればするほど、彼女への恋は弥増いやましてゆくばかりであった。たとい彼女がコスモに近づくことがないにしても、見知らぬ人間が彼女のために生命を捧ぐるまでに恋いこがれているということを、彼女が喜んでくれればそれでいいと望んでいた。コスモは自分と彼女とが今はこうして離れているが、いつかは彼女が自分を見て何かの合図をしてくれるものと思って、ひそかに自分を慰めていた。なぜといえば、「すべて恋する人の心は相手に通ずるものである」また、「実際、どれだけの愛人たちが、この鏡のうちと同じように、ただ見るばかりでそれ以上近づき得られないでいるか。知っているようで、また知っていないようで、相手の心に触れるひまもなく、ただこの宇宙のような漠然とした心持ちだけで何年もの間をさまよいあるいているか」また、「自分がもし彼女と語ることが出来さえすれば、彼女が自分の言うことを聴いてさえくれれば、それだけで自分は満足する」――コスモはそう思ったりした。あるときは、彼は壁に絵をかいて、自分の思いを伝えようかと思ったが、いざやって見ると、絵の上手な割りには手がふるえて描けなかった。彼はそれもやめてしまったのであった。
生けるものは死し、死するものまた生く。
 ある夜のことであった。コスモは自分の宝である彼女を見つめていると、彼女はコスモの熱情ある眼が自分に注がれていることを知ったらしい自覚の顔色をほのかに現わしたのを見たのであった。[#「。」は底本では「。、」]彼女もしまいには、首から頬、額にかけて赤く染めたので、コスモはもうそばに寄りつきたい心持ちで夢中になっていた。その夜、彼女はダイヤモンドの輝いている夜会服を着ていた。それは格別彼女の美しさを増してはいなかったが、また別な美しさを見せていた。彼女の美しさは無限であって、こうして違った新しい身装みなりになると、さらに別な愛らしさを示していた。すべて自然の心は、自然の美しさを見せるために限りなくさまざまな形をあらわし、この世に出て来るすべての美しき人びとは、同じ心臓の鼓動を持っていても、二人とは同じ顔の持ち主はいないのである。個人については猶更なおさらのこと、身の廻りのものを限りなく変えて、あらゆる美しさを見せなければならないのである。
 ダイヤモンドは彼女の髪の中から、暗い夜の雨雲のあいだから星が光るように、なかばその光りをかくしながら光っていた。彼女の腕環は、彼女が雪のような白い手でほてった顔をかくすたびに、虹の持つようなさまざまの色を輝かしていた。しかも彼女の美しさにくらべれば、これらの装飾は何ものでもなかった。
「一度でもいいから、もし彼女の片足にでも接吻キッスすることが出来たら、僕は満足するのだが……」
 コスモはそう思った。ああ、しかし、その熱情もむくわれないのである。彼女が美しい魔鏡の世界からこの世に出てくる二つの道があるのであるが、彼はそれを知らないのであった。たちまちある悲しみが外から湧いてきた。初めはただのなげきであったが、のちにはそれが悩みを起こして、彼の心に深く喰い入った。
「彼女はどこかに愛人がある。その愛人の言葉を思い出して彼女は顔を染めたに相違ない。彼女は僕の所から離れると、夜昼いつでも別の世界に生きている。僕の姿は彼女にはわからない。それでいながら、彼女はどうしてここへ来て、僕のような強い男が彼女をこれ以上に見あげることが出来ないくらいに恋ごころを起こさせるのだろう」
 コスモは再び彼女のほうをみると、彼女は百合リリーのような青白い顔色をして、悲しみの色が休みなき宝石の光りを妨げているように見えていた。その眼にはまたもや静かな涙がにじんでいた。その夜の彼女はいつもより早く部屋を立ち去ったので、コスモは独り取り残されて、胸のうちが急に空虚になり、全世界はその地殻を破られたように思われた。
 次の夜(彼女がこの部屋に来はじめてから最初のことである)彼女はこなかった。
 コスモはもう破滅の状態にあった。彼女との恋について、自分の敵があるという考えが浮かんでからは、一瞬時も心を落ちつけていることは出来なかった。今までよりいや増して、彼は彼女にのあたり逢いたく思った。彼は自分に言い聞かせた。もし、自分の恋が失敗であるならばそれでいい。その時はもうこのプラーグの町を去るだけである。そうして、何かの仕事に絶えず働いて、いっさいのを忘れたい。それがすべて悲しみを受けた者のゆくべき道である。
 そう思いながらも、彼は次の夜も言いがたい焦燥しょうそうの胸をいだいて、彼女のくるのを待っていた。しかし、彼女はこなかった。


 

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