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近松半二の死(ちかまつはんじのし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 10:39:01  点击:  切换到繁體中文

底本: 日本現代文學全集34 岡本綺堂・小山内薫・眞山青果集
出版社: 講談社
初版発行日: 1968(昭和43)年6月19日
入力に使用: 1968(昭和43)年6月19日
校正に使用: 1968(昭和43)年6月19日

 

登場人物

近松半二ちかまつはんじ
竹本染太夫たけもとそめだいふ
鶴澤吉治
竹本座の手代てだい 庄吉
祇園町ぎをんまちの娘 お作
女中 おきよ
醫者
供の男

天明てんめい三年、二月下旬の午後。
きやう山科やましな、近松半二の家。さのみ廣からねど、風雅なる家の作りにて、かみかたに床の間、それに近松門左衞門もんざゑもんの畫像の一軸をかけてあり。つゞいて違ひ棚、上には古き雛人形をかざり、下には淨瑠璃本その他を乘せてあり。しものかたには出入りのふすまあり。中央のよきところに半二の病床のある心にて、屏風を立てまはしてあり。上のかたは廻り縁にてあとへ下げて障子をしめたる小座敷あり。庭の上のかたは一面の竹藪。縁に近きところに木ぶりの好き櫻ありて、花はまばらに咲きかゝりゐる。下のかたには出入り口の低き枝折戸しをりどあり。枝折戸の外は、上の方より下の方へかけて小さき流れありて、一二枚の板をわたし、芽出し柳の立木あり。薄く水の音。鶯の聲きこゆ。
(下の方よりは板橋をわたりて、醫者が供の男を連れて出づ。)
供の男 (枝折戸の外にて呼ぶ)頼まう。
おきよ はい、はい。
(奧の襖をあけて、女中おきよ出で、すぐに庭に降りて枝折戸をあけ、醫者を見て會釋ゑしやくする。)
醫者 御病人はどうだな。
おきよ けふもやはり机に向つてゐられます。
醫者 けふも机に……。(顏をしかめる)て/\不養生なお人だ。兎もかくもお見舞申さう。(内に入る)
おきよ (屏風の外にて)お醫者樣がおいでなされました。
(半二はだまつてゐる。)
おきよ もし、お醫者樣のお見舞でござります。
半二 (うるささうに)今はすこし忙がしいところだ。又お出で下さいと云つてくれ。
醫者 はゝ、相變らず我儘な病人だ。(おきよに)まあ、屏風をあけなさい。
(おきよは屏風をあけると、近松半二、五十九歳、寢床の上に坐りて机にむかひ、病中ながら淨瑠璃をかきつゞけてゐる。)
醫者 あいにくお天氣はすこし曇つたが、陽氣は大分春めいて來ましたな。
半二 (よんどころなく筆をく)二月ももう末になりましたから一日増しに春めいて來るやうです。
(おきよは奧に入る。)
醫者 今年はいつもよりも餘寒が長かつたから、急に又、暖かになるかも知れません。(云ひながら半二の顏を見る)そこで、どうです。ちつとは良いやうですな。
半二 (笑ふ)良いか惡いか自分にも判りませんが、なにしろ書きかけてゐる物が氣になるので、けふも朝から起きてゐました。
醫者 それがどうもよろしくない。この間からもたび/\云ふ通りここ十日か半月が大事の所だから、なるべく無理をしないで下さい。去年の秋頃からお前さんのからだは餘ほど弱つてゐるところへ、今年の餘寒が身にこたへたのだから、だん/\に時候が好くなつて、花でも咲くやうになれば、自然に癒る。(笑ひながら)それまではまあ醫者の云ふことをいて、おとなしく寢てゐて下さらなければ困るな。
半二 おとなしくしてゐれば癒りませうか。
醫者 癒る、癒る。きつと癒ります。
半二 わたしも癒りたいのは山々だが……。それがどうもむづかしさうに思はれるので、せめて書きかけてゐる物だけをしまひまで仕上げて置きたいと、かうして床の上に起きてゐるのですから、我儘な奴だと叱らないで下さい。
醫者 どうも困るな、まあ、まあ、お脈を拜見。
(半二は澁々ながらに手を出せば、醫者は脈をみる。おきよは銅盥と手拭を持つて出で、醫者のそばに置きて奧に入る。鶯の聲。)
半二 どうです。きのふよりも惡くなりましたか。
醫者 さあ。(躊躇して)別に惡くなつたと云ふ程でもないが、なにしろ病人が床の上に起き直つて、よるも晝も書きづめでは、耆婆扁鵲きばへんじやくも匙を投げなければならない。お前さんはあやつりの爲には無くてならない大事のお人だ。せい/″\養生をして早く癒つて面白いものを見せて下さい。
(醫者は手を洗つてゐると、おきよは奧より茶を持つて出づ。)
醫者 いや、もうお構ひなさるな。くどいやうだが、半二どの。十日の辛抱が出來なければ、せめて三日か五日のあひだは、仕事を休んで寢てゐて下さい。かならず無理をしてはなりませんぞ。
半二 (うるさゝうに)はい、はい。
醫者 では、どうぞお大事に……。
(醫者はおきよに送られて、供の男と共に枝折戸の外へ出づ。半二はすぐに机の方へむき直りて筆をる。おきよは銅盥と手拭を持ちて奧に入る。)
供の男 これからどちらへ參ります。
醫者 やはり昨日の通りだ。
(二人は向うへ行きかゝる時、下のかたよりお作、十八九歳、祇園町の揚屋あげやの娘、派手なこしらへにて、手に桃の花を持ちて出づ。)
お作 (呼びとめる)もし、もし……。
醫者 (みかへる)おゝ、お作どのか。
お作 (進みよる)早速でござりますが……。(内をうかゞひて)病人の容態は如何いかゞでござりませうか。
醫者 (嘆息して)お氣の毒だが、どうも宜しくない。
お作 (愁はしげに)惡うござりますか。
醫者 一日ましに惡くなるばかりだ。あれほどの大病人が起きてゐては、どうにもしやうがない。あんな無理をしてゐては、所詮長くは持つまいと思はれる。
お作 さうでござりませうな。
醫者 今殺すのは惜しい人だから、わたしも色々心配してゐるのだが。なにしろ強情だからな。まま、お前からもよく意見をして下さい。
お作 はい。
(醫者は供の男と共に向うへ去る。お作はそのあとを見送り、更に枝折戸の外より内をうかゞふ。鶯の聲。)
お作 御免下さりませ。
(半二は見返らず、一心に書きつづけてゐる。)
お作 (再び呼ぶ)御免くださりませ。
おきよ (奧より出づ)おゝ、お出でなされましたか。どうぞこちらへ……。 
(お作は内に入る。)
おきよ (半二に)お作さんがお出でなされました。
(半二はやはり默つてゐる。お作は打つちやつて置けと眼で知らすれば、おきよはそこにある茶碗を片附けて奧に入る。お作は無言にて持參の桃の花を床の間に生ける。)
半二 (初めて氣がつく)おゝ、お作どの……いつの間にか來てゐたな。
お作 御氣分は如何でござります。
半二 どうも良くないやうだ。いや、良くないのが本當らしい。(床の間をみる)桃の花を持つて來てくれたか。おゝ、見事に咲いてゐる。(違ひ棚を指す)やがて三月の節句が來るので、子供のない家でも雛を飾つた。
お作 (雛を見る)よほど古いお雛樣のやうでござりますな。
半二 それは十二三年前に染太夫から貰つたのだが……。いや、それで可笑をかしい話がある。染太夫がその雛人形をくれると、それから間もなく私が「妹脊山いもせやま」を書いて、染太夫は春太夫と掛合ひで三のきりの吉野川を語ることになつた。妹脊山の屋形やかたは三月の雛祭で雛鳥が人形の首を打ち落す。その本讀みが濟むと、染太夫め、わたしの傍へ來て、にや/\笑ひながら、先生、わたしが雛人形を差上げたばつかりに、飛んだ御返禮を頂戴しました。これは實にむづかしい語り場ですと、しきりに頭をおさへてゐたよ。はゝゝはゝゝ。
お作 あの「妹脊山」の淨瑠璃は近年の大當りであつたと、わたしも子供のときから聽いて居りました。去年も竹田の芝居で「妹脊山」が又出るといふので、わざ/\大阪まで見物にまゐりましたが、今度もやはり大層な評判でござりました。
半二 さうは云つても書きおろしの時にくらべると、半分も日數が打てない。わづか十二三年の違ひだが、操りが一年ごとにすたれて來るのがあり/\と眼に見える。いつも云ふやうだが……。(床の間の畫像をみかへる)門左衞門先生が御在世の時は勿論、又そのあとを受け繼いで出雲いづも松洛しようらくが「忠臣藏ちゆうしんぐら」や「菅原すがはら」をかいた頃は、操りは繁昌の絶頂であつた。(その當時を追想するやうに、はれやかな眼をする)大阪中の贔屓ひいきや盛り場から贈つて來るので、芝居の前にのぼりは林のやうに立つてゐる、積み物は山のやうに飾つてある。見物は近郷近在からも夜の明けないうちに押掛けて來る。道頓堀だうとんぼりの人氣はみな操りにあつまつて、歌舞伎は有れども無きが如しと云ふ有樣……。(又俄に嘆息する)それがどうだ。此頃ではまるで裏表うらはらになつてしまつて、歌舞伎は一年ましに繁昌して、操りは有れども無きが如くではないか。それを思へば、出雲は好いときに死んだ。松洛は長生きをして「妹脊山」をかく頃までは私の後見をしてくれたが、それも既うこの世にはゐない。いや、そんな愚癡ぐちを云つても始まらない。自分ひとりの力でも歌舞伎の奴等を蹴散らして再びあやつりの全盛時代にひき戻さなければならないと、わたしも一生懸命に働いた。まつたく根かぎりに働いた。あらん限りの智慧を絞つて働いた。壇の浦の知盛とももり教經のりつねのやうな心持で大童おほわらはになつて戰つた。
(云ひかけて半二は咳き入る。お作は立寄つて脊を撫でさする。)
半二 この机は……。この机は門左衞門先生が形見のお机だ。先生はこの机で「國姓爺こくせんや」も書けば「天網島てんのあみじま」も書き、「博多小女郎はかたこぢよらう」も書かれたのだ。わしが讓り受けてからも三十三年になる。先生があやつり芝居を興して、その弟子のわたしが操り芝居を滅亡させては、先生に對しても申譯がない。朝に晩にその畫像を拜むたびに、あんなに柔和な先生の顏がなんだか怖ろしいやうに思はれてならない。あの優しい眼がわたしを睨んでゐるやうにも見える。(又咳き入る)
お作 御病氣のなかで、そのやうに氣をお揉みなされては惡うござります。歌舞伎が榮えて、あやつりが衰へたと申しても、廣い世間には淨瑠璃好きはまだ/\澤山ござります。
半二 淨瑠璃を聽く者はあるだらうが、操りを觀る者はだん/\に減つて來る。論より證據、竹本も豐竹もやぐらの名前ばかりで半分はつぶれたも同樣ではないか。わたしもおのづと肩身が狹くなつて、世間の人に顏を見られるのが恥かしいやうな氣もするので住み馴れた大阪を立退いて、この山科に隱れてゐるのだ。おなじ山科に隱れても、大石内藏之助おほいしくらのすけは見事にかたき討の本意ほいを遂げたが、近松半二は駄目だ、駄目だ、いくら燥つても藻掻いても歌舞伎に對してかたき討は出來ない。(又咳き入る)
(奧よりおきよは藥を持つて出づ。)
おきよ 大分お咳が出るやうでござりますな。
お作 丁度よいところへ……。(藥を受取る)さあ、お藥が出來ました。
(お作は半二に藥を飮ませる。)
おきよ (お作に)お醫者樣は少し仕事を止めてゐろと仰しやるのでござります。
お作 わたしもさう思つてゐますが……。(半二に)さつきから餘ほどお疲れのやうでござります。ちつお休みなされませ。
(お作とおきよは半二を寢かさうとすれば、半二は力なげに振拂ふ。)
半二 いや、なか/\寢てゐられない。醫者がなんと云はうとも筆を持ちながら倒れゝばわたしは本望だ。さあ、邪魔をしないで退いてくれ、退いてくれ。どうで長く生きられないのは自分にも判つてゐる。息の通つてゐるうちに、遣りかけてゐる仕事を片附けてしまはなければならないのだ。
(女ふたりは爭ひかねて、顏を見合せながら手を弛むれば、半二は机にりかゝかりて苦しさうに息をつく。お作はその脊を撫でる。下のかたより竹本染太夫、五十歳前後、鶴澤吉治、四十歳前後、竹本座の手代庄吉、三十餘歳。いづれも大阪より尋ね來たりし體にて、供の若者は、三味線と菓子折を持ちて出づ。)
若者 御免くだされ。
おきよ はい、はい。
(おきよは縁を降りて出れば、庄吉も進み出づ。)
庄吉 おゝ、女中さん。道頓堀から又おなじみのおどけ者が參りました。
おきよ (笑ひながら)ほゝ、先日は失禮を……さあ、どうぞお通り下さりませ。
(おきよは枝折戸をあける。道頓堀といふ聲に、半二もお作も見返る。)
半二 なに、道頓堀……おゝ、庄吉どのか。
庄吉 けふは山科の隱れ家へ戸南瀬となせ小浪こなみをお連れ申しました。
半二 戸南瀬と小浪……。誰だな。
染太夫 先生。わたしでござります。
半二 おゝ、染太夫……。吉治さんも一緒か。
吉治 戸南瀬と小浪よりも、九太夫くだいふ伴内ばんないかも知れませんな。
染太夫 (庄吉をみかへる)いや、伴内はこの男が本役だ。
(染太夫、吉治、庄吉は笑ひながら縁にあがる。お作とおきよはそこらを片附ける。)
半二 この通りの狹いところへ病人が寢てゐるのだ。まあ、我慢して坐つてください。
(三人は會釋して坐る。)
半二 染太夫さん。今もおまへの噂をしてゐた所だ。
染太夫 (笑ひながら)噂は善い方か、惡い方かな。
庄吉 大かた獅子しし身中しんちゆうの蟲とでも云はれたのでござりませう。
染太夫 やかましい。だまつてゐなさい。
半二 なに、いつかの「妹脊山」の雛の話をしてゐたのだ。(違ひ棚を指さす)あれ、あの人形の昔話さ。
染太夫 (うなづく)ほんにあの人形がまだ飾つてある。考へると昔のことだな。
吉治 そこで、御病氣は……。大阪でもみな案じて居りますが……。
庄吉 座元がお見舞ながら伺はなければならないのでござりますが、正月の芝居のあと始末がまだごた/\して居りますのでこの力彌りきやめが名代に參上いたしました。(形を改めて)座元からもくれぐれも宜しくと申しました。これは疎末ながらお見舞のおしるしでござります。(供の若者に指圖して、菓子の折を持ち出す)おめづらしくもござりませんが、虎屋の饅頭を少々ばかり持參いたさせました。主人の逮夜の蛸肴たこざかなとも思召して、なにとぞ御賞翫ごしやうぐわんをねがひます。
半二 おゝ、虎屋の饅頭……。それを見ると、大阪がなつかしくなる。お見舞、たしかに頂戴しました。
庄吉 御挨拶では痛み入ります。(供の若者に)わたし達は少し手間取るであらうから、この状を持つて清水きよみづまで一走り行つて來てくれ。
若者 かしこまりました。
庄吉 きつと返事を貰つて來るのだぞ。さつき云ひ聞かせた口上こうじやうも忘れるなよ。
若者 はい、はい。手負ながらもぬからぬ本藏、萬事こゝろ得て居ります。(會釋して下のかたへ立去る)
庄吉 あいつめ、おれに輪をかけたおどけ者だ。
半二 折角遠方を來て下さつたが、この通りで何もお構ひ申すことも出來ない。お持たせの饅頭でも持ち出して、お茶をあげろ。
おきよ はい、はい。
(おきよとお作は奧に入る。)
庄吉 (見送る)お女中はかねてお馴染でござりますが、あの若い美しいお人は……。
染太夫 はゝ、庄吉どのは眼が早いな。
吉治 女と見れば、いつもこの通りだ。
庄吉 力彌さんのお屋敷へ、小浪が先廻りをしてゐるには驚きましたな。
半二 (笑ひながら)あれは祇園町の揚屋の娘で、お作といふのだ。
庄吉 はゝあ、祇園町の揚屋の娘……。道理で、派手な美しい娘だと思ひました。それが先生の御看病に參るのでござりますか。
吉治 お前はひどく氣になるとみえて、根ほり葉掘りの詮議だな。
半二 おやぢは先年死んでしまつて、今は女あるじだが、おふくろも娘も揃つての、淨瑠璃好きで、娘は淨瑠璃の稽古をするひまに、自分も慰みに淨瑠璃をかいて、とき/″\私のところへ添削を頼みに來るのだ。
庄吉 あの娘が自分で淨瑠璃をかきますか。それはいよ/\頼もしいことだ。あゝいふ娘に色つぽい心中物でも書かせて見たうござりますな。して、これまでにどんな物を書きました。
染太夫 いや、この男は惡い癖で、女の話をはじめたら際限がない。それよりも肝腎の用向きを早く話したらどうだ。


 

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