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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)19 お照の父

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 9:48:43  点击:  切换到繁體中文


     三

 半七の商売を知っている六助は、訊かれるに従ってすべてのことをしゃべった。六部は四十近い、痩せて背の高い、眼つきの少し恐ろしい男で、長吉の叔父だという話であった。顔立ちの幾らかているのを見ると、それは嘘ではないらしいと六助は云った。その六部がきのう普通の浴衣ゆかたを着て、楽屋へふらりとたずねて来て、鰻を食わしてやるからと云って長吉をどこへか連れ出した。
「その六部は何処にいるのか知らねえか」
「なんでも下谷の方にいるということですが、宿の名は存じません」
 その以上のことは六助はまったく知らないらしいので、半七はここらで打ち切って小屋を出た。それにしても幸次郎はどこへ河童を連れて行ったか。大方そこらの番屋へ引き挙げたのであろうと、半七はその足で近所の自身番へ行ってみると、そこには幸次郎の姿も見えなかった。それでも念のために店へはいって訊くと、自身番の親方は面目ないような顔をして答えた。
「実はそのことで幸次郎さんに大変怒られまして……。なんとも申し訳がございません」
「どうしたんですね」
「河童に逃げられました」と、親方はひたいの汗を拭いた。そこに居あわせた番太郎も小さくなって俯向いた。
 河童を取り逃がした事情はこうであった。さっき幸次郎が観世物小屋から河童を引っ張って来て、この自身番へあずけて行った。自身番には店の側に一種の留置場ともいうべき六畳ほどの板の間があって、その太い柱に罪人を縄でつないで置くのが例であった。河童もそこに繋がれていると、俄かに大夕立が降り出したので、番太郎はあわてて自分の家へ帰った。自身番の者共もおどろいて其処らを片付けた。店先の履き物を取り込む者もあった。裏口の戸を閉めにゆく者もあった。そのどさくさまぎれに河童は縄をぬけて逃げ出した。勿論、その逃げてゆくうしろ姿を見つけた者はあったが、人間の河童はおかでも身が軽いので、あれあれといううちに吾妻あずま橋の方へ飛んで行ってしまった。そこへ幸次郎が帰って来た。
 彼は柳橋へ半七を迎えに出たのであるが、途中で夕立にふりめられて、そこらの軒下に雨宿りをして、小降りになるのを待ってお照の家へゆくと、どこで行き違ったか半七はもう出てしまった後であったので、また引っ返して自身番へくると、この始末である。幸次郎の怒るのも無理はなかった。彼は腹立ちまぎれに居あわせた者どもを頭ごなしに叱り付けた。そうして、すぐ河童のあとを追って行った。
「そりゃあまずいことをやったもんだ。おめえ達の不行き届きで、なんと云われても仕方がねえ」と、半七はその話を聴いて眉をよせた。
「親分さん、実に申し訳がございません」
 あやまっても詫びても今更取り返しは付かない。ここでぐずぐず云っているよりも、幸次郎に加勢して河童のゆくえを早く探し出す方がましだと思ったので、半七は草履を自身番にぬいで置いて、跣足はだしになって駈け出した。どこというあてもないが、吾妻橋の方角へ逃げたというのを手がかりに、彼は岸づたいに急いで行った。
 むやみに駈け出しても仕方がないので、彼はこんな小僧を見なかったかと途中で訊きながら歩いた。すると、一軒の荒物屋へ此の夕立の最中に一人の真っ黒な小僧が飛び込んで来て、店先にかけてあった菅笠すげがさを掻っさらって逃げたということが判った。その小僧は笠をかぶって小梅の方角へ行ったというのを頼りに、半七は向島の方へまた急いだ。
 雨はもう止んだが、葉桜のどては暗かった。水戸の屋敷の門前で、幸次郎のぼんやりと引っ返して来るのに出逢った。
「どうした。いけねえか」
「自身番の疝気野郎、飛んでもねえどじみやがって、お話にもならねえ」と、幸次郎は忌々いまいましそうに云った。「なんでもこっちの方角へ来たらしいんですが、どうしても当りが付かねえには困りました。どうしましょう」
「仕方がねえ」と、半七も溜息をついた。「だが、餓鬼のこった。まさかに草鞋を穿くようなこともあるめえ。いずれ何処からか這い出して来るだろう。なにしろ、腹がって来た。そこらで蕎麦でも手繰たぐろう」
 二人は堤下へ降りて食い物屋をさがした。しじみの看板をかけた小料理屋を見つけて、奥の小座敷へ通されて夕飯を食っているうちに、萩を一ぱいに植え込んであるらしい庭先もすっかり暗くなって、庭も座敷も藪蚊の声に占領されてしまった。
「日が暮れたのに蚊いぶしを持って来やあがらねえ。この村で商売をしていながら、気のきかねえべらぼうだ。これだから流行らねえ筈だ」
 むしゃくしゃ腹の幸次郎は無暗にぽんぽんと手を鳴らして、早く蚊いぶしをしろと呶鳴った。女中は蚊いぶしの道具を運んで来て、頻りにあやまった。
「相済みません。店でお化けの話を聴いていたもんですから、ついうっかりして居りました」
「へえ、お化けの話……。そりゃあおめえの親類の話じゃあねえか」
「よせよ」と、半七は笑った。「ねえさん、堪忍してくんねえ。この野郎少し酔っているんだから。そこで、そのお化けがどうしたんだ。ここの家へ出るわけじゃあるめえ」
「あら、御冗談を……。たった今、うちの旦那が堤で見て来たんですって。嘘じゃない、ほんとうに出たんですって、河童のようなものが……」
「え、河童だ」と、幸次郎もまじめになった。
 半七はその主人をちょいと呼んでくれと云った。呼ばれて出て来たのは四十五六の男で、閾越しきいごしで縁側に手をついた。
「御用でございますか」
「いや、ほかじゃあねえが、おまえさんはたった今、堤で何か変なものを見たそうだね。なんですえ」
「なんでございましょうか。わたくしもぞっとしました。相手がお武家ですから好うござんしたが、わたくし共のような臆病な者でしたら、すぐに眼をまわしてしまったかも知れません」
「河童だというが、そうですかえ」と、半七はまた訊いた。
「お武家は河童だろうと仰しゃいました。まあ、こうでございます。わたくしが業平なりひらの方までまいりまして、その帰りに水戸様前からもう少しこっちへまいりますと、堤の上は薄暗くなって居りました。わたくしの少し先を一人のお武家さんが歩いておいででございまして、その又すこし先に、十四五ぐらいかと思うような小僧が菅笠をかぶって歩いて居りました」
「その小僧は着物をきていましたかえ」
「暗いのでよく判りませんでしたが、黒っぽいような単衣ひとえを着ていたようです。それが雨あがりの路悪みちわるの上に着物のすそを引き摺って、跣足はだしびちょびちょ歩いているので、あとから行くお武家さんが声をかけて……お武家さんは少し酔っていらっしゃるようでした……おい、おい、小僧。なぜそんなだらしのないなりをしているんだ。着物の裳をぐいとまくって、威勢よく歩けと、うしろから声をかけましたが、小僧には聞えなかったのか、やはり黙ってびちょびちょ歩いているので、お武家はちっとれったくなったと見えまして、三足ばかりつかつかと寄って、おい小僧、こうして歩くんだと云いながら、着物の裳をまくってやりますと……。その小僧のお尻の両方に銀のような二つの眼玉がぴかりと……。わたくしはぎょっとして立ちすくみますと、お武家はすぐにその小僧の襟首を引っ掴んで堤下どてしたへほうり出してしまいました。そうして、ははあ、河童だと笑いながらすたすたと行っておしまいなさいました。わたくしは急に怖くなって、急いで家へ逃げて帰ってまいりました」
 半七は幸次郎と眼をみあわせた。
「そうして、その化け物はどっちの堤下へ投げられたんですえ」
「川寄りの方でございます」
「なるほど不思議なことがあるもんですね」
 勘定を払って、二人は怱々にそこを出た。

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