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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)19 お照の父

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 9:48:43  点击:  切换到繁體中文


     四

「親分。そのお化けというのは河童ですね」と、幸次郎はささやいた。
「ちげえねえ。たしかに河童だ」
 粗忽そそっかしい武士はほんとうの河童だと思ったかも知れないが、それは河童の長吉に相違ないと半七は思った。両国の河童は真っ黒に塗った尻の右と左に金紙や銀紙を丸く貼りつけて、大きい眼玉と見せかけ、その尻を無造作に観客の方へむけて、四つン這いに這いまわるのを一つの芸当としている。酔っている武士と、臆病な亭主とは、ゆう闇の薄暗がりでその尻の眼玉におどろかされたのであろうが、半七から観れば、その尻の光ったというのが却ってほんとうの化け物でない証拠であった。
「なにしろ、早く堤下へ行ってみようぜ」
 亭主の教えてくれたのは此処らであろうと見当をつけて、二人は隅田川に沿うた堤下に降りると、岸とくいとのあいだに挟まって何か黒いものが横たわっているらしかった。幸次郎はすぐに引き摺りあげて見ると、果たしてそれは河童の長吉であった。かれは武士に手ひどく投げつけられたはずみに、樹の根か杭かで脾腹ひばらを打たれたのであろう、片足を水にひたして息が絶えていた。杭に挟まれたのがこっちに取って勿怪もっけの幸いで、さもなければ下流しもての方へ遠く押し流されてしまったかも知れなかった。
「ほんとうに死んだのじゃあるめえ。そこらまで負って行ってやれ」と、半七は云った。
 河童を負って幸次郎は堤へあがった。半七は先へ立って元の料理屋へ引っ返すと、うちじゅうの者はおどろいて騒いだ。怖いもの見たさで女中たちもそっと覗きに来た。
「おい、御亭主。気の毒だがこの河童の始末をして貰いてえ。泥だらけのこの姿じゃあ座敷へ入れることができねえ」
 半七の指図で、店の者は手桶に水を汲んで来た。河童の正体は大抵わかったので、亭主も急に強くなった。彼は家内のものと一緒になって河童の顔や手足を洗ってやった。尻の銀紙を発見したときに亭主も思わず噴き出した。こうした手当てには馴れているので、半七は河童を奥の小座敷へかつぎ込んで介抱すると、長吉はやがて息を吹き返した。半七は更に用意の薬を飲ませた。水を飲ませた。
「やい、河童。しっかりしろ。もう人間らしくなったか。ここは料理屋の座敷だが、てめえを調べるのは御用聞きの半七という者だ。楽屋番を相手に微塵棒みじんぼうをしゃぶっている時とは訳が違うから、そのつもりで返事をしろ。てめえは今朝、柳橋の芸妓屋へ這い込んで、親父を剃刀で殺したろう。覚えがねえとは云わせねえ。台所の柱にてめえの手のあとが確かに残っていた。さあ、ありていに申し立てろ。第一、てめえにうしろ暗いことがねえならば、なぜ番屋を逃げ出した。おまけに途中で笠を盗んで逃げやがったろう。さあ、証拠はみんな揃っているんだ。これでも恐れ入らねえか」
 相手は子供である。半七に鋭く睨みつけられて、河童はもろく恐れ入った。彼は叔父の長平にそそのかされて、お照の父の新兵衛を殺したに相違ないと素直に白状した。
「それにしても、なぜその新兵衛を殺す気になったんだ。てめえの叔父さんは新兵衛に遺恨があるのか」
「新兵衛という奴はおいらのお父っさんの仇なんだ。おいらあ其の仇討を立派にしたんだ」と、河童は鍋墨のまだ消え切らない顔に大きい眼をひらかせ、俄かに肩をそびやかした。
「仇討……。ほんとうか」と、半七は少し案外に思った。しかしだんだんその話を聴いてみると、これも一種の復讐には相違なかった。
 長吉の父は長左衛門といって、信州善光寺のざいに住んでいた。お照の父の新兵衛はむかしは新吉といって、やはり同じ村に生まれた者であった。長左衛門も新兵衛も土地では札付きの悪党であったらしい。今から十三年前に二人は共謀して隣り村の或る大尽だいじんの家へ押し込みにはいって、主人夫婦と娘とをむごたらしく斬り殺した。その詮議があまり厳重になったので、新兵衛は土地の御用聞きのところへ駈け込んで、その罪人は長左衛門であると密告した。かれも共犯者であるらしいことは御用聞きも薄々察したであろうが、密告の功によって彼は自由に土地を立ち退くことが黙許された。彼はすぐに何処へか逃げてしまった。長左衛門は召捕られて磔刑はりつけになった。
 新兵衛は友を売って自分の身を全うしたのである。その事情が長左衛門の遺族の耳にも洩れたが、御用聞きも黙許で彼を逃がしたのであるから、今更どうすることも出来なかった。長左衛門の女房は非常にそれを口惜しがって、死ぬきわまでも不実の友を呪っていた。長左衛門には長平という弟があって、これも兄とおなじ血をわけた悪党で、兄が仕置になった当時は隣国の越後の方にさまよっていたが、これを聞き伝えて故郷へ帰って来た。新兵衛の裏切りを聞いて彼もひどく憤ったが、自分もうしろ暗い身のうえで、表向きには立派な口を利けないので、恨みを呑んで再びどこへか立ち去ってしまった。
 それから十年ほど経って、長平は久し振りで故郷へ又帰ってくると、あねはもう死んでいた。甥の長吉は両国の河童に売られたという噂も聞いた。かさねがさねの一家の悲運を見て、長平もさすがに心さびしくなった。ここらでもう料簡を入れ替えて、兄や自分の罪ほろぼしに六十六部となって廻国修行の旅に出ようと思い立った。彼は仏の像を入れた重いおいを背負って、錫杖しゃくじょうをついて、信州の雪を踏みわけて中仙道へ出た。それから諸国をめぐりあるいて江戸へはいって来たのは、ことしの花ももう散りかかる三月のなかばであった。彼は下谷辺のある安宿をかりの宿として、江戸市中を毎日遍歴した。
 彼がふた月あまり江戸に足をとどめている間に、殆ど同時に敵と味方とにめぐりあったのであった。かたきはのお照の父で、新吉の名を今は新兵衛と呼びかえて、柳橋に芸妓屋を開いていることが判った。甥の長吉はやはり河童になって、両国の観世物小屋にさらされていることが判った。長平は甥にも逢った。偶然の機会から新兵衛にも出逢った。
 新兵衛はもう生まれ変ったような善人になっているので、むかしの友達の弟に逢ってしきりに過去の罪を謝した。自分たちが手にかけた大尽一家の菩提ぼだいを弔うばかりでなく、長左衛門が仕置に逢ったのは二月四日で、その命日に毎月かならず放し鰻の供養を怠らないと云った。彼はある寺から長左衛門の戒名を貰って来て、仏壇にまつってあることも話した。長平もむかしとは人間が違っているので、悔い改めているこの善人を執念ぶかく責めることも出来なくなった。かれは新兵衛の罪をゆるすと云った。新兵衛はよろこんで、御報捨のしるしだと云って彼に二十両の金を贈った。
 その金が二人の禍いであった。久し振りで二十両の大金を受け取った六十六部は、その晩すぐに服装みなりをこしらえて吉原へ遊びに行った。それが口火くちびになって彼の殊勝らしい性根はだんだんに溶けてしまった。六十六部は再び昔の長平に立ちかえって、新兵衛のところへ度々無心に行った。しまいには金の無心ばかりでなく、彼は新兵衛の貰いのお照の美しいのを見て、飛んでもない無心までも云い出すようになった。相手の飽くことのない誅求ちゅうきゅうには、新兵衛もさすがにもう堪えられなくなって、終には手きびしくそれを拒絶すると、長平はいよいよ羊の皮裘かわごろもをぬいで狼の本性をあらわした。彼は甥の河童をそそのかして親のかたきを討たせたのであった。

「これは河童の長吉の白状と、長平の白状とをつきまぜたお話で、長吉は叔父の手さきに使われて、ただ一途に親父のかたき討の料簡でやった仕事なんです」と、半七老人は説明した。「つまり新兵衛の方はすっかり善人になり切っていたんですが、長平の魂はまだほんとうの善人になり切らないもんですから、すぐにあと戻りをして、とうとうこんな事件を出来しゅったいさせてしまったんですよ」
「長平は勿論つかまったんですね」と、わたしは訊いた。
「河童の白状で大抵見当が付きましたから、それからお照の家の近所に毎晩張り込んでいますと、新兵衛の初七日しょなのかが済んだ明くる晩に、案のじょうその長平が短刀を呑んで押し込んで来て、どうする積りかお浪を嚇かしているところを、すぐに踏み込んで召捕りました。長平は無論に死罪でしたが、長吉の方はまだ子供でもあり、どこまでも親のかたきを討つつもりでやった仕事ですから、かみにも御憐愍ごれんびんの沙汰があって、遠島えんとうということで落着らくちゃくしました。これが作り話だと、娘や芸妓や其の情夫の定次郎の方にもいろいろの疑いがかかって、面白い探偵小説が出来上がるんでしょうが、実録ではそう巧く行きませんよ。ははははは。ただちっとばかりわたくしの味噌をあげれば、はじめから芸妓や情夫の色っぽい方には眼もくれないで、なんでも善人の親父の方に因縁があるらしいと、その方ばかり睨み詰めていたことですよ。腕に入墨がはいっているくらいですから、新兵衛はその前にも悪いことをたくさんやっていたんでしょうが、折角善人に生まれ変ったものを可哀そうなことをしました。河童をほうり出した武士ですか、それはどこの人だか判りません。その人は向島で河童を退治したなどと一生の手柄話にしていたかも知れませんよ。まったくその頃の向島は今とはまるで違っていて、いつかもお話し申した通り、狸も出れば狐も出る、河獺かわうそも出る、河童だって出そうな所でしたからね」
「蛇も出たんでしょう」
「蛇……。いや、謎をかけないでもいい。ついでにみんな話しますよ。しかしこの蛇の方の話は少しあいまいなところがあるんですね。まあ、そのつもりで聴いてください。場所は向島の寮で、当世のことばでいえば、その秘密のとびらをわたくしが開いたというわけです」





底本:「時代推理小説 半七捕物帳(二)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年3月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:山本奈津恵
1999年8月17日公開
2004年2月29日修正
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