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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)53 新カチカチ山

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:55:44  点击:  切换到繁體中文


     五

 その明くる日の朝、幸次郎が半七のうちへ忙がしそうにはいって来た。
「お早うございます[#「ございます」は底本では「こざいます」]。早速ですが、ゆうべちっと変なことがありましてね」
「なんだ。馬鹿に早えな」
 顔を洗ったばかりの半七が茶の間の長火鉢の前に坐り直すと、幸次郎は直ぐに話し始めた。
「実は庄太と手分けをして、わっしは築地の三河屋の近所に張り込んでいると、ゆうべのかれこれ四ツ(午後十時)頃でしたろう。あの船宿から頬かむりをして出て行く奴がある。小半町ばかりけて行って、本願寺橋の袂でだしぬけに『おい、あにい』と声をかけると、そいつはびっくりしたように振り返る。よく見ると、まんざら知らねえ奴でもねえ、深川の寅という野郎で……」
「深川の寅……。どんな奴だ」
「やっぱり船頭で、大島ちょうの石置場の傍にいる寅吉という奴です。船頭といっても、博奕が半商売で、一つ間違えば伝馬町てんまちょう[#「伝馬町てんまちょう」は底本では「伝馬町でんまちょう」]へくらい込むような奴で……。そいつが三河屋から出て来たから、こりゃあ詮議物だと思って、いろいろにあぶらを絞ってみたのですが、友達の千太をたずねて来たと云うばかりで、ほかにはなんにも云わねえのです。千太は居たかと訊くと、このあいだから姿を隠しているので、三河屋でも探していると云うのです。なんの用で千太をたずねて来たと云うと、例の一件以来、大島町の方へも顔も見せねえので、どうしているのかと案じて来たと云うのです。いつまで押し問答をしていても果てしがねえから、一旦はそのまま放してやりましたが、あとでよくよく考えると、千太をたずねて来たと云うのは嘘で、実は千太の使に来たのじゃあねえかとも思うのですが……」
「そうすると、寅という奴は千太の居所いどこを知っているわけだな」
「そうです。いっそ挙げてしまいましょうか」
「まあ、くな」と、半七は制した。「迂濶に寅の野郎を引き挙げると、肝腎の千太が風をくらって、どこかへ飛ばねえとも限らねえ。まあ、当分はそのままにして置いて、出這入りを見張っていろ」
「ようがす」
 幸次郎は引き受けて帰った。半七はそれから牛込の堀田、京橋の須藤、深川の菅野の屋敷をまわって用人らに内密の面会を求めたが、或いは用人が留守だといい、或いは面会は出来ぬといい、この事は八丁堀役人の方へ申し入れてあるから、訊きたい事があるならばそれに訊いてくれ、当屋敷で直接の対談は断わると云い、いずれも申し合わせたように門前払いである。それでは取り付く島がない。自分の方から頼んで置きながら何のことだと、半七ははらのうちで舌打ちしたが、武家屋敷の仕事は大抵こんなものだと覚悟しているので、小梅の長五郎から聞き出した一種の秘密を唯一ゆいいつの材料にして、ひそかに探索を進めて行くのほかは無かった。
 こんなわけで、とかくに仕事が捗取はかどらず、半七らを苛々いらいらさせていると、それから十日ばかりの間に、二つの事件が出来しゅったいして、更に彼等を苛立たせた。その一つは二月二十三日の朝、かの深川の寅吉という船頭が何者にか殺害されたことである。浄心寺のうしろは山本町で、その山本町から三好町の材木置場へ通うところに小さな橋がある。寅吉の死骸はその橋の下に浮かんでいたが、右の肩先からうしろ袈裟げさに斬られているのを見ると、その相手は恐らく武士さむらいで、うしろから一刀に斬り倒して、死骸を河へ投げ落としたのであろうと察せられた。
 検視の上、このごろ流行る辻斬りの仕業しわざであろうということになったが、辻斬りをする者がその死骸をわざわざ河のなかへ投げ込んでゆく筈がない。幸次郎の報告によって、その下手人が誰であるかを半七は大かた推量していた。寅吉の出入りを尾けていた幸次郎は、彼が何処をどう歩いて、何者に斬られたかをひそかに見とどけたのであった。下手人は物蔭に窺っている幸次郎のすがたを見て、一目散に逃げてしまった。
 次は二月二十八日の朝、築地南小田原町の河岸かしに心中の男女の死骸が発見された。それはの三河屋の前の河岸につないである屋根船のなかの出来事で、その船は浅井の屋敷の人々を沈めたという因縁つきの物である。浅井の一件が落着らくぢゃく次第、当然焼き捨てらるべき船のなかで、更に第二の悲劇が演ぜられたのは、いわゆる呪いの船とでも云うべきであろうか。
 しかもこの心中は噂ばかりで、その実際を見とどけた者は少なかった。その噂を聞き伝えて見物人が寄り集まって来る頃には、二つの死骸はすでに取り片付けられて、形見の船が春雨はるさめに濡れているばかりであった。
「心中は綺麗な若いお武家と、若い女だ」
 それを見た者は云い触らした。男は十七八の美しい武士で、女は二十歳はたち前後の、武家奉公でもしていたらしい風俗である。二人は船のなかに座を占めて、男は脇差で先ず女を刺し殺し、自分も咽喉のどを掻き切って死んでいた。
 そのうちに、又こんな噂をする者もあらわれた。
「男は近所の浅井さまの御子息らしい。女は三河屋のお信だ」
 前にも云う通り、二つの死骸は早くも取り片付けられてしまったので、それらの事も結局は噂ばかりに留まったが、その噂の嘘でないことを半七は知っていた。
「おい、幸。飛んでもねえ事になってしまったな」
「まったく驚きました。お信を早く探し出せば、こんな事にゃあならなかったのですが……」と、幸次郎も残念そうに云った。
「それに浅井の屋敷もよくねえ。今じゃあ家督を相続している小太郎という人が、二、三日前から家出しているのを黙っていることはねえ。八丁堀の旦那衆の方へ内々で沙汰をして置いてくれりゃあ、なんとか用心の仕様もあったものを……。そうは云うものの、それからそれへと悪い事つづきで、屋敷の方でも面目ねえから、旦那方へは沙汰無しで、内々そのゆくえを探していたのだろうが……。もうこの上は仕方がねえ。三千石の屋敷もつぶれる」
「潰れるでしょうね」
「先代の主人の水死は不時の災難としても、又ぞろこの始末だ。所詮しょせん助かる見込みはあるめえよ」と、半七は嘆息した。「考えてみると、おれも悪かった。このあいだ小梅の長五郎の話を聴いた時に、すぐに旦那に知らせて置けばよかった。そうしたら、旦那の方から浅井の屋敷へ内通して、若主人の出入りを厳重に見張らせたかも知れねえ。お屋敷のお名前にもかかわる事だから、決して他言してくれるなと長五郎に泣いて頼まれたので、おれもなんだか可哀そうになって、今まで口を結んでいたのが却っていけなかったようだ。この商売は涙もろくちゃあいけねえな」
「近頃こんなドジを組んだことはありません。そこで、親分。これからどうします」
「まだこれで幕にゃあならねえ。お信が生きていた以上は、千太もどこから這い出して来るか判らねえ」
「それじゃあ、やっぱり深川を見張っていますか」
「まあ、そうだ。寅吉のうちの近所を見張っているほかはあるめえ」
 寅吉は独り者であるから、家族について調べるというすべもない。近所の者が集まって投げ込み同様の葬式を済ませたので、その家は空店あきだなになったままである。それを知らずに、千太が忍んで来ることが無いとも云えない。それを目あてに張り込んでいるのである。
「おめえと庄太は気長に深川の番をしていてくれ」と、半七は云った。「あいつも亦ばっさりやられてしまった日にゃあ玉無しだ」
 幸次郎を出してやった後、半七は又しばらく考えていた。武家屋敷に係り合いの仕事は元来面倒であるとは云いながら、今度の一件は万事が喰い違いの形で、とかくに後手ごてになったのは残念でならない。浅井の屋敷に瑕が付いても構わないから、事件の正体を突きとめてくれと、奥さまは半気ちがいになって頼んだそうであるが、その屋敷も所詮潰れるのであろう。思えば奥さまは気の毒である。せめてはその望み通りに、この事件の顛末を明らかにして、奥さまに一種の満足をあたえるのが自分の役目であると、半七は思った。
 そのうちに、彼は何事かを思いついて、ふらりと神田の家を出た。二十八日の宵である。きょうの春雨も其の頃には晴れたが、しゃのような薄いもや朦朧もうろうと立ち籠めて、行く先は暗かった。大通りの店のも水のなかに沈んでいるように見えた。半七はその靄に包まれながら、築地の方角にむかった。
 南小田原町へ辿り着いて、船宿の三河屋を表から覗くと、今夜は軒の行燈をおろして、商売を休んでいるらしかった。隣りの竹倉という船宿で訊くと、お信の死骸は検視が済むや否や、すぐに下谷稲荷町いなりちょうの女房の里方へ運んで、今夜はそこで内々の通夜つやをするらしく、三河屋の家内はみな下谷へ出て行って、亭主の清吉ひとりが留守番をしているとの事であった。
 半七は再び三河屋の店さきに立って声をかけると、奥から亭主が出て来た。清吉はもう四十以上の頑丈そうな男で、半七を見て、仔細らしく顔をしかめたが、又すぐに打ち解けて挨拶した。
「親分でございましたか。まあ、どうぞこちらへ……」
「どうも悪いことが続いて、お気の毒だね」と、半七は店さきに腰をおろした。「そこで清吉。今夜は御用で来たのだから、そのつもりで返事をしてくれ」
 清吉は形をあらためて、無言でうなずいた。
「早速だが、おめえに訊きてえことがある。姪のお信は先月の一件以来、小ひと月のあいだ何処に忍んでいたのだね」
「存じません」と、清吉ははっきりと答えた。「実は何処から出て来たのかと、わたくしも不思議に思っている位でございます。小ひと月も便りがありませんので、死骸は遠い沖へ流されてしまって、もう此の世にはいないものと諦めて居りましたのに、それが不意に出て来まして、しかもここの河岸であんな事を仕出来しでかしまして……。なんだか夢のようでございます」
「まったく悪い夢だ。実はおれも可怪おかしな夢を見たよ」と、半七は笑った。
「へえ」
「その夢を話して聞かそうか」
「へえ」
 なにを云うのかと、清吉は相手の顔をながめていると、半七はやはり笑いながら話しつづけた。
「なにしろ夢の話だから、辻褄つじつまは合わねえかも知れねえ。まあ、聴いてくれ。ここに大きい屋敷があって、本妻の奥さまとお部屋のお妾がある。奥さまも良い人で、お妾も良い人だ。これじゃあ御家騒動のおこりそうな筈がねえ。ところが、ここに一つ困ったことは、その奥さまの腹に生まれた嫡子の若殿さまというのが素晴らしい美男だ。どこでもいい男には女難がある。奥さまにお付きの女中がその若殿さまに惚れてしまった。昔から云う通り、恋に上下の隔てはねえ。女は夢中になって若殿さまにこすり付いて、とうとう出来合ってしまったという訳だ。どうで本妻になれる筈はねえが、こうなった以上、せめてはお部屋さまにでもなって、若殿さまのそばを一生離れまいという……。こりゃあ無理もねえことだが、さてそれがむずかしい。勿論お妾だから、身分の詮議は要らねえようなものだが、女は男よりも年上で、おまけになかなかのしっかり者で、まかり間違えば御家騒動でも起こしそうな代物しろものだ。そんな女を若殿さまに押し付けて善いか悪いか。こうなると、ちっと事面倒になるじゃあねえか。ねえ、そうだろう」
 云いかけて清吉の眼色を窺うと、彼はそれを避けるように眼を伏せた。年の割には白髪しらがの多い小鬢のおくれ毛が、薄暗い行燈のひかりの前にふるえていた。
「燈台もと暗しという譬えもある。まして大きい屋敷内だから、若殿さまと女中との一件を誰もまだ感付いた者がねえ。殿さまも奥さまも御存じ無しだ。ところが、悪いことは出来ねえもので、それをどうしてか若けえお嬢さまに見付けられた。すると、このお嬢さまが又、生みの親の奥さまよりも不思議にお妾の方になついていたので、それをそっとお妾に教えたのだ。お妾もすぐにそれを奥さまか用人にでも耳打ちして、なんとか取り計らえばよかったのだが、自分ひとりの胸に納めて置いて、誰にも知らさずに穏便に済まそうと考えた。お妾はもちろん悪意じゃあねえ、若殿さまに瑕を付けめえという忠義の料簡から出たことだが、その忠義があだとなって飛んだことになってしまった。というのが、去年の暮れに、お妾は自分の親もとへ歳暮せいぼの礼に行った。その時にかの女中を供に連れて出て、こっそりと意見をした。若殿さまのことは思い切って、来年の三月の出代りには無事にお暇を頂いて宿へ下がってくれ、と因果を含めて頼むように云い聞かせた。それも屋敷の為、当人たちの為を思ったことだが、女中の方はもう眼がくらんでいるから、そんな意見は耳にはいらねえばかりか、却って其の人を恨むようにもなった。お妾が余計な忠義立てをして、無理に自分たちの仲を裂くのだと一途いちずに思い込んで……。おい、清吉。おれの夢はここらで醒めたのだが、その先はおめえがよく知っている筈だ。今度はおめえの夢の話を聞かせて貰おうじゃあねえか。おめえの話も長そうだ。おれは一服吸いながら聞くぜ」
 半七は腰から筒ざしの煙草入れを取り出して、しずかに煙草を吸いつけると、清吉はやがて崩れるように両手をついて平伏した。
「親分、恐れ入りました。ひとりの姪が可愛いばっかりに……。お察しください」
「それはおれも察している。おめえが悪い人間でねえことは世間の評判で知っている。それにしても、仕事があんまりあらっぽいぜ。いくらおめえ達の商売でも、カチカチ山の狸の土舟のようなことをして、殿さまを始め大勢の人を沈めて……」
「仰しゃられるまでも無く、わたくしも今では後悔して居ります。どうしてあんな大胆なことをしたかと、我れながら恐ろしい位でございます。たった一人の姪が泣いて頼みますので……。ふいと魔がさして飛んでもない心得違いを致しまして……。なんとも申し訳がございません」
 汗か涙か、清吉の蒼い顔は一面に湿れていた。

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