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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)56 河豚太鼓

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:59:25  点击:  切换到繁體中文


     五

 太鼓に張るのは河豚の皮だけで、その肉はどうするか判らなかったが、むなしく捨ててしまうばかりでもあるまい、命がけで食う者にやすく売るのかも知れない。玉太郎の一件に係り合いのある白雲堂が河豚で死んだとあれば、その河豚は魚八の店から出たのではあるまいか。廉く買ったか、貰ったか、その河豚に祟られて彼は身を滅ぼしたのではあるまいか。
 そうなると、白雲堂と魚八とは何かの関係が無ければならない。正直そうに見えた魚八の女房も当てにはならないで、やはりこの一件に係り合いがあるのか。そんなことを考えながら、半七は二人と共に浅草へ急いだ。
 馬道の白雲堂の店は、けさに限っていつまでも戸を明けないので、両隣りの者が不審をいだいて表の戸を叩いたが、内にはなんの返事もないので、いよいよ不審が重なって、裏口の雨戸をこじ明けてはいると、売卜者はっけみの白雲堂幸斎は台所に倒れて死んでいた。彼は水を飲もうとして台所まで這い出して、そこで息が絶えてしまったらしく、その肌の色は赤味を帯びた紫にかわっている。それが明らかに変死の姿であると判って、近所の人々はおどろいた。家主いえぬしちょう役人も立ち会いの上で型のごとくに訴え出た。
 やがて検視の役人も出張ったが、医者の診断や家内の状況によって、幸斎の死は河豚の中毒と判った。河豚で死ぬのは珍らしくない。それが他殺でない以上、検視は至極簡単に片付いた。半七らが行き着いた頃には、役人らはもう引き揚げて、白雲堂には近所の人達がごたごたしているばかりであった。幸斎はひとり者であるから、近所の者が寄り合って葬式とむらいを営むのほかは無かった。
 半七は家主に逢って、売卜者のふだんの行状などに就いて問い合わせたが、庄太からきのう聞いた通りで、別に怪しいようなふしもなかった。隣りの古道具屋の亭主の話によると、幸斎はきのうのひる過ぎから店をしめて出たとの事であった。
「そうして、いつごろ帰って来た」と、半七は訊いた。「どこへ行ったとも云わなかったか」
「出るときには、ちょいと出て来るから頼むと云いましたが、別にどこへ行くという話もありませんでした」と、亭主は答えた。「日が暮れてから帰って来て、それから※(「日+向」、第3水準1-85-25)いっときほども経つと、ひとりの女が来たようでした」
「どんな女が来た……」
頭巾ずきんをかぶって居りましたので……」
 商売が商売であるから、白雲堂へは占いを頼みに来る男や女が毎日出入りをする。殊に女の客が多い。したがって、隣りの古道具屋でも出入りの客について一々注意していないのであった。暗い宵ではあり、女は頭巾を深くかぶっていたので、その人相も年頃もまったく知らないと、亭主は云った。それも無理のない事だとは思ったが、ゆうべたずねて来た女があると云うのが半七の気にかかったので、彼はかさねていた。
「それから、その女はどうした」
「さあ、なにぶん気をつけて居りませんので、確かには申し上げられませんが、小さい声で何か暫く話して居りまして、それから帰ったようでございました」
「どっちの方角へ帰った……」
「それはどうも判りませんので……」
「白雲堂はどうした」
「幸斎さんはそれから間もなく出たようでしたが、それっきり帰って参りません。そのうちに四ツ(午後十時)になりましたので、わたくしの店では戸を閉めましたが、それから少し経って帰って来たようで、戸をあける音がきこえました。わたくし共でもみんな寝てしまいましたので、それから先のことは一向に存じません」
「その女と一緒に帰って来た様子はねえか」
「さあ、それも判りませんので……」
 まったく知らないのか、或いはなにかの係り合いを恐れるのか、亭主はとかく曖昧に言葉を濁しているので、それ以上の詮議も出来なかった。この時、だしぬけに頭の上で猫の啼き声がきこえたので、半七は思わず見あげると、猫は普通の三毛猫で、北から吹く風にさからいながら、白雲堂の屋根のひさしを渡って通り過ぎた。
 その猫のゆくえを見送っているうちに、ふと眼についたのは白雲堂の二階である。床店同様ではあるが、ともかくも小さい二階があるので、万一そこに玉太郎を隠してあるかも知れないと思い付いて、半七はすぐに家主に訊いた。
「お家主に伺いますが、検視のお役人衆は二階をあらためましたか」
「いえ、別に……」
 河豚の中毒と判っては、家探しなどをする筈もない。検視の役人らは早々に立ち去ったのであろう。家主に一応ことわった上で、半七は庄太を先に立てて二階へあがろうとすると、そこには梯子はしごがなかった。ここらの小さい家では梯子段を取り付けてあるのではなく、普通の梯子をかけて昇り降りをするのであるが、その梯子をはずしてあるので、上と下との通路が絶えている。二人はそこらを見まわしたが、どこにも梯子らしい物は見付からなかった。
「おかしいな」と、半七は訊いた。「なんで梯子を引いたのだろう」
「変ですね。なんとかして登りましょう」
 庄太は二階の下にある押入れの棚を足がかりにして、柱をつたって登って行った。半七もつづいて登ってゆくと、二階は狭い三畳ひと間で、殆ど物置も同様であったが、それでも唐紙からかみのぼろぼろに破れた一間の押入れが付いていた。隠れ家はこの押入れのほかに無い。半七に眼配めくばせをされて、庄太はその唐紙を明けようとすると、建て付けが悪いのできしんでいる。力任せにこじ明けると、唐紙は溝をはずれてばたりと倒れた。それと同時に、二人は口のうちであっと叫んだ。
 押入れの上の棚には、古びた湿しめっぽい寝道具が押し込んであったが、棚の下には一人の女がころげていた。女は二十五六の年増で、引窓の綱らしい古い麻縄で手足を厳重にくくられて、口には古手拭を固く捻じ込まれていた。帯は解かれて、そのそばに引ん丸められ、肌もあらわに横たわっている姿は、死んでいるか生きているか判らなかった。彼女は丸髷を掻きむしったように振り乱して、真っ蒼な顔の両眼を瞑じていた。
 半七はこの鼻に手を当ててみた。
「息はある。早く解いてやれ」
 庄太は手足の縄を解き、口の手拭をはずしてやったが、女はやはり半死半生で身動きもしなかった。
 二階から半七に声をかけられて、下にあつまっている人達も俄かに騒ぎ立った。なにしろ梯子がなくては困ると、あわてて家内を探しまわると、台所の隅に立てかけてあるのが見付け出された。
 梯子をかけて、女をかかえおろして、ひと先ずそれを自身番へ送り込ませた後に、半七は更に二階の押入れをあらためると、丸められた帯のそばに小さい風呂敷包みがある。あけて見ると、菓子の袋と小さい河豚太鼓があらわれた。
 二階のひさしでは猫の啼く声が又きこえた。

「お話も先ずここらでしょうかね」と、半七老人はひと息ついた。
 白雲堂の二階で発見された女が菊園の乳母であることは私にも想像されたが、そのほかの事はなんにも判らなかった。誰が善か、誰が悪か、それさえもまだ見当が付かないので、わたしは黙って相手の顔をながめていると、老人は又しずかに話し出した。
「これが初めにお話し申した疱瘡の一件ですよ」
「疱瘡……。植疱瘡ですか」
「そうです。前にも云う通り、江戸では安政六年から種痘所というものが出来て、植疱瘡を始めました。このお話の文久二年はそれから足掛け四年目で、最初は不安心に思っていた人達も、それからそれへと聞き伝えて、物はためしだから植えてみようと云うのがぽつぽつ出て来ました。その頃にはまだ文明開化なんて言葉はありませんでしたが、まあ早く開化したような人間が種痘所に通うようになったんです。菊園の若主人夫婦は別に開化の人間でもなかったようですが、なんにしても子供が可愛い。玉太郎という児がその名の通り、玉のような綺麗な児で、七つになるまで本当の疱瘡をしない。そこへ植疱瘡の噂を聞いたので、用心のために植えさせようと云うことになりました。
 老人夫婦は最初不承知であったらしいんですが、もし本当の疱瘡をすれば、玉のような顔が鬼瓦のように化けるかも知れない。それを思うと、あくまでも反対するわけにも行かないので、つまりは孫が可愛さから、まあ渋々ながら同意することになったんです。若主人夫婦も植疱瘡をたしかに信用しているわけでも無いんですが、いけないにしても元々だぐらいの料簡で、半信半疑ながらもともかくも植えさせることにして、近いうちに玉太郎を種痘所へ連れて行く……。さあ、それが事件の発端ほったんです。と云うのは、この植疱瘡については、乳母のお福が大反対で、牛の疱瘡を植えれば牛になると信じている。大事の坊ちゃんに牛の疱瘡などを植えられては大変だというので、ずいぶん手強く反対したらしいんですが、しょせん主人には勝てない。といって、どうしても坊ちゃんに植疱瘡をさせる気にはなれない。そこで、まず相談に行ったのが浅草馬道の白雲堂です。相談じゃあない、占いを見て貰いに行ったんです」
「白雲堂は前から識っていたんですか」
「お福はお神籤みくじとか占いとかいうものを信じるたちで、田町の次郎吉のうちへ縁付いている間にも、観音さまへ行ってお神籤を取ったり、白雲堂へ寄って占ったりしていたので、前々からお馴染であったんです。今度もその白雲堂へ駈けつけて、植疱瘡の一件を占ってもらうと、幸斎という奴が仔細らしく筮竹ぜいちくをひねって、これはまさにいけない。この植疱瘡をすれば、牛になるの、ならないの論ではない。主人の子供は七日のうちに命を失うに決まっていると云う。そうでなくても不安心でいるところへ、こんな判断を聞かされて、お福は真っ蒼になってしまいました。
 それではどうしたらよかろうと相談すると、差しあたりは本人の玉太郎をどこへか隠すよりほかは無い。そのうちには自然の邪魔がはいって、植疱瘡もお流れ……。無期延期になるに相違ないと教えられたので、お福もとうとう其の気になったんです。女の浅はかとひと口に云ってしまえばそれ迄ですが、お福としては一生懸命、先代萩の政岡といったような料簡で、忠義一途いちずに坊ちゃんを守護しようと決心したんですから、今の人が笑うようなものじゃあありません。考えてみれば、可哀そうでもあります」
「根岸の親たちも味方なんですか」
「白雲堂に知恵をつけられて、その後で根岸へまわって、その一件を打ち明けると、魚八の夫婦も無論にむかし者で、やはり植疱瘡なぞには反対の組です。おまけに白雲堂から嚇かされたので、この夫婦も娘に同意して、大事の坊ちゃんを隠すことになりました。そこで、万事打ち合わせの上で、湯島の天神参詣の時を待って、玉太郎を連れ出すという段取りになったので……。その役目は弟の佐吉が勤めたんですが、都合のいいことには玉太郎はお福によくなついていて、乳母の云うことは何でもくので、素直に佐吉に連れられて行ったんです。
 しかし根岸の家に隠して置くのは剣呑けんのんで、菊園の追っ手に探し出されるおそれがあるので、すぐに玉太郎を白雲堂へ連れ込みました。当分はその二階に預けて置く約束になっていたからです。佐吉はその役目を無事に勤めおおせて、夜ふけにそっと姉のところへ知らせに行くと、菊園の番頭がわたくしの家へ探索を頼みに出たという話を聞かされて、なんだか不安心にもなったので、あとから様子を窺いに来たんです。佐吉も小利口ではあるが、年も若いし、これも悪い人間じゃあないんですから、岡っ引なぞに探索されては気味が悪い。あくる朝の早天に白雲堂へ駈け込んで、どうしたらよかろうと相談すると、幸斎の奴が又もや知恵を授けて、かの『武士の誓言』の手紙をかいて渡したのが仕損じで、さもなければ橙の龍の字もわたくしの眼には付かなかったんですが……」
 玉太郎誘拐の筋道はこれで判ったが、それから先の事情はいっさい不明である。それに就いて老人は更に説明した。

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