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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)56 河豚太鼓

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:59:25  点击:  切换到繁體中文


「魚八の一家はみんな悪い人間じゃあないが、白雲堂の売卜者はっけみはよくない奴です。なにしろ当人が死んでしまったので、はっきりした事は判りませんが、菊園の子供を誘い出させたのは、何かの企らみがあったに相違ありません。心柄とは云いながら、可哀そうなのは乳母のお福で、可愛い坊ちゃんを連れ出させたものの、どうも気になってたまらない。今頃はどうしているかと案じられてならない。明くる日は一日ぼんやりしていたんですが、とうとう我慢が出来なくなって、日の暮れるのを待って根岸の家へ出て行くと、白雲堂がたった今帰ったというところでした。
 白雲堂は玉太郎を自分の家へ隠まって置くのはあぶないから、更に又ほかの家へ預けようかと云っていたという話を聞かされて、お福はいよいよ不安心になって、すぐに浅草へ廻ったんですが、その時に根岸の家で河豚太鼓を貰い、雷門で菓子を買って、坊ちゃんのおみやげに持って行った……。よくよく坊ちゃんが可愛かったと見えます。
 さてそれからが災難で、お福が白雲堂へたずねて行くと、実はもう玉太郎はほかへ預けたというんです。それじゃあ其処へ連れて行ってくれと云うと、一緒に出ては近所の眼に付くからと、ひと足さきへお福を出して置いて、自分もあとから出て来た。そうして、連れ込んだ先は山谷さんやの勝次郎という奴の家です。勝次郎はよし原の妓夫ぎゅうで、夜は家にいない。六十幾つになる半聾のおふくろ一人が留守番をしている。その二階へ引っ張りあげて、白雲堂はそろそろ嚇し文句をならべ始めました。
 誘拐は重罪であるが、主人の子供をかどわかすのは、その罪がいよいよ重い。おまえは勿論だが、ぐるになって悪事を働いた親達も弟も死罪を免かれないから覚悟しろと、まあこう云って嚇し文句をならべ立てて、お福の持っている巾着銭きんちゃくぜにをまき上げたばかりか、無理無体にお福を手籠めにしてしまったんです。それから又、お福を引き摺るようにして馬道の家へ帰ったんですが、お福は驚いたのか恐ろしいのか、もう半分は死んだようになって、逃げることも出来ず、声を出すことも出来ず、そのままぼんやりと連れられて来ると、幸斎はその手足を縛って、口へは手拭を捻じ込んで、二階の押入れのなかへほうり込んで置いて、下から梯子を引いてしまった。五十を越していながら、ひどい奴です。
 幸斎はそれから茶の間に坐り込んで、ふぐ鍋で一杯飲み始めました。その河豚は魚八から貰って来たもので、これから一杯飲もうとする処へお福がたずねて来たので、その儘になっていたんです。これで幸斎が無事ならば、お福は又どんな目に逢ったか知れなかったんですが、幸斎は一旦酔って寝てしまったらしい。それが夜なかに眼を醒ますと、いわゆる鉄砲の中毒、ふぐの祟りで苦しみ死にをしたのは、天罰贖面てきめんとでも云うのでしょう」
「玉太郎はどこに隠してあったんです」
「白雲堂が死んでしまったので、手がかりがありません。山谷の勝次郎は、白雲堂と知り合いではあるが、この一件に就いてはなんにも知らないと云う。そうなると、次郎吉を調べるのほかは無いので、庄太に案内させて聖天下しょうでんしたへ出かけて行く途中、二十七八の垢抜けのした女に逢いました。丁度にそこへ河豚太鼓を売る商人あきんどが通りかかると、女は呼びとめて小さい太鼓を一つ買ったんです。唯それだけなら不思議もないんですが、時が時だけに、その太鼓がなんだか気になるので、けるとも無しに其のあとに付いて行くと、女もおなじ方角にむかって聖天下の裏長屋へはいる。はてなと思って見ていると、それがまた次郎吉の家へはいる。いよいよおかしいと、露路の外から窺っていると、次郎吉は留守で、女はそのまま引っ返して行く。近所の者にくと、あれが時々に次郎吉をたずねて来る女だということが判りました。
 今まではお福だとばかり思っていたんですが、それが別の女だと知れて、わたくしも少し案外に思ったんです。そこで、見え隠れに又その後を尾けて行くと、女は今戸橋を渡って、八幡さまの先を曲がって、称福寺という寺の近所の小じんまりした二階家へはいる。隣りの家で訊いてみると、元はよし原に勤めていたお京という女で、年明ねんあきの後に槌屋という質屋の隠居の世話になって、囲い者のように暮らしているんです。それからはいって行って調べました。
 お京が奥から出て来ると、わたくしはその顔を見るや否や、いきなりに『菊園の玉太郎を連れに来たから、すぐに出せ』と云うと、女は顔の色をちょっと変えましたが、そんな者は居りませんと云う。わたくしは畳みかけて『なに、居ないことがあるものか、誰にやるつもりでカンカラ太鼓を買ったのだ』と一本参ると、さすがは女で、もう行き詰まってぐうのも出ません、こっちは透かさず高飛車に出て『さあ、さあ、案内しろ』と、お京を追い立てて二階へあがると、果たして玉太郎が見付かりました」
「では、そのお京という女も共謀なんですか」
「まあ、共謀といえば共謀です。お京と次郎吉はよし原にいた時からの馴染で、槌屋の隠居の世話になっていながらも、内証で次郎吉を引っ張り込んでいたんです。次郎吉の家は裏長屋で、近所の口がうるさいので、お京の方からは滅多にたずねて行かない、いつも自分の方へ呼んでいる。次郎吉はだらしのない怠け者ですが、人間が小粋に出来ているので、まあ色男になっていたわけです。勿論、白雲堂とも前から識っていました。
 白雲堂も一旦は玉太郎を自分の家へ引き取ったが、何分にも家は狭い、隣りは近い。自分はひとり者で子供の世話にも困る。おまけに菊園では岡っ引に探索を頼んだという話を聞いて、なおさら自分の家に置くのは不安だと思って、次郎吉に相談してひと先ず玉太郎をお京の二階に預けることにしました。次郎吉は自分とお京との秘密を白雲堂に知られている弱味があるのと、元来が考え無しの人間ですから、うかうかと引き受けてしまったので、お京と次郎吉には別に悪い料簡もなかったようです。
 お京も男にたのまれて、玉太郎をあずかっては見たものの、子供のことですからうちを恋しがって泣きはじめる。その始末に困って次郎吉のところへ相談に行く途中、泣く児をあやす為に河豚太鼓を買った。それが私たちの眼について、あとをけられることになったんです。お京が太鼓を買わなければ、私たちもうっかり見逃がしてしまうところでした」
「お福と次郎吉とは無関係なんですか」
「相変らず縁が繋がっているように思ったのは、わたくしの見込み違いで、お福とお京とを間違っていたんです。こういう勘違いでやり損じることがしばしばありますから、早呑み込みは出来ません。しかしこの一件に次郎吉がからんでいたというのも、自然の因縁でしょう。いや、自然といえば、白雲堂の屋根で猫が啼かなければ、二階を見上げない。二階を見なければ、あがって見る気にもならない。勿論、猫になんの料簡があったわけでも無いでしょうが、そういうことから自然に手がかりを得る例もたびたびあります。探索も自分の頭の働きばかりでなく、自然に何かに導かれて、思いもよらない掘り出し物をしないとも限りません。考えると、不思議なものですよ」
「お福はどうなりました」
「お福は手当てをして主人に預けられました。こんな騒ぎを仕出来しでかしたんですが、何分にも女のことであり、もともと悪気では無し、つまりは忠義から起こったような事ですから、主人からの嘆願もあり、かたがた叱り置くというだけで無事に済みました。しかし世間や近所の手前、そのまま菊園に奉公しているわけにも行かないので、暇を取って根岸の実家へ帰りました。
 白雲堂が河豚で死ななかったら、お福はどんなことになったか判りません。魚八でも白雲堂を殺すつもりで河豚をやったのでは無いんですが、それが自然に相手を殺して、娘の難儀を救うようになったというのは、なんだか小説にでもありそうな話です。
 菊園の玉太郎はその後に植疱瘡することになったそうです。お福は根岸へ帰ってから何処へも再縁せずに、家の手伝いなぞをしていましたが、上野の彰義隊の戦争のときに、流れだまにあたって死んだそうで、どこまでも運の悪い女でした」





底本:「時代推理小説 半七捕物帳(五)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年10月20日初版1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tat_suki
校正:小林繁雄
1999年5月11日公開
2004年3月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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