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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)66 地蔵は踊る

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:11:05  点击:  切换到繁體中文


     二

 寺門前の出来事であるから、高源寺から寺社方へ訴え出て、係り役人の検視を受けたのは云うまでもない。女はくびられて死んだのである。その死体は石地蔵をうしろにして、両足を前に投げ出し、あたかも地蔵を背負ったような形で、荒縄を幾重にも捲き付けてあった。その縄が彼女の首にもかかっていたが、それで絞め殺されたのではなく、すでに絞め殺した死体を運んで来て、縛られ地蔵に縛り付けたものであることは、検視の役人にも推定された。
 この場合、女の身もと詮議が第一であるが、高源寺ではそんな女をいっさい知らないと答えた。近所の者もそれらしい女の姿を見かけた事はないと申し立てた。その風俗をみても、江戸の者でないらしい事は判っていた。女は木綿の巾着きんちゃくにちっとばかり小銭こぜにを入れているだけで、ほかに証拠となるような品物を身に着けていなかった。死体はひとまず高源寺に預けられて、心あたりの者の申し出を待つほかは無かった。
 しかしそれが他殺である以上、唯そのままに捨て置くわけには行かない。八丁堀同心の高見源四郎は半七を呼び付けた。
「高源寺の一件はおめえも薄々聞いているだろうが、寺社の頼みだ。一つ働いてくれ」
「女が殺されたそうですね」と、半七は眉をよせた。
「うむ。寺社がそもそも手ぬるいからよ。地蔵が踊るなんてばかばかしい。早く差し止めてしまえばいいのだ」
「わたしは見ませんが、子分の亀吉は話の種に、地蔵の踊るのを見に行ったそうですから、あいつと相談して何とか致しましょう」
 半七は請け合って帰った。彼はすぐに亀吉を呼んで相談にかかった。
「その地蔵の踊りをおめえは見たのだな」
「見ましたよ」と、亀吉は笑いながら云った。「世間にゃあどうしてめくらが多いのかと、わっしも実に呆れましたね。地蔵が踊るのじゃあねえ、踊らせるのですよ」
「そうだろうな」
「あの寺はね、林泉寺の向うを張って、縛られ地蔵を流行らせたが、長いことは続かねえ。そこで今度はその地蔵を踊らせて、それを拝んだ者はコロリに執り着かれねえなんて、いい加減なことを云い触らして、つまりはお賽銭かせぎの山仕事ですよ。なにしろ寺でやる仕事で、町方まちかたが迂闊に立ち入るわけにも行かねえから、わっしも指をくわえて見物していましたが、今に何事か出来しゅったいするだろうと内々睨んでいると、案の通り、こんな事になりました。こうなったら遠慮はねえ、山師坊主を片っぱしから引き挙げて泥を吐かせましょうか」
「そう手っ取り早くも行かねえ」と、半七はすこし考えていた。「まあひと通りは順序を踏んで、こっちでも調べるだけの事は調べて置かなけりゃあならねえ。相手に悪強情を張られると面倒だ。そこで、その地蔵が十四日から踊らなくなったと云う……。おめえは其の訳を知っているか」
「コロリもだんだん下火したびになったのと、寺社の方から何だかいやなことを云われそうにもなって来たので、ここらがもう見切り時だと諦めて、踊らせないことにしたのでしょう」
「そうかな」と、半七は又かんがえた。「それにしても、殺された女が高源寺に係り合いがあるかどうだか、そこはまだ確かに判らねえ。地蔵を踊らせたのは坊主どもの機関からくりにしても、女の死体は誰が運んで来たのか判らねえ。寺の坊主が殺したのなら、わざわざ人の眼に付くように、地蔵に縛り付けて置く筈はあるめえと思うが……」
「山師坊主め、それを種にして又なにか云い触らすつもりじゃあありませんかね」
「そんな事がねえとも云えず、あるとも云えねえ。ともかくも念のために、小石川へ踏み出してみよう。現場を見届けてからの分別だ」
 半七が子分と二人づれで、神田三河町の家を出たのは、二十四日の七ツ(午後四時)過ぎであったが、日が詰まったと云っても八月である。足の早い二人が江戸川端をつたって小石川へ登った頃にも、秋の夕日はまだ紅く残っていた。高源寺は相当に広い寺で、花盛りの頃には定めし見事であったろうと思われる百日紅さるすべりの大樹が門をおおっていた。
 往来の人や近所の者が五、六人たたずんで内を覗いていたが、寺中はひっそりと鎮まっていた。門前の左手にある地蔵堂は、寺社方の注意か、寺の遠慮か、板戸や葭簀よしずのような物を入口に立て廻して、堂内に立ち入ること無用の札を立ててあった。二人は立ち寄って戸の隙間すきまから覗くと、石の地蔵はやはり薄暗いなかに立っていて、その足もとにはこおろぎの声が切れ切れにきこえた。
「はいって見ましょうか」と、亀吉は云った。
「ことわらねえでも構わねえ。はいってみよう。おめえは外に見張っていろ」
 亀吉に張り番させて、半七はそこらを見まわすと、かたばかりに立て廻してある葭簀のあいだには、くぐり込むだけの隙間が容易に見いだされたので、彼は体を小さくして堂内に忍び込むと、こおろぎは俄かに啼き止んだ。試みに石像を揺すってみると、像は三尺あまりの高さではあるが、それには石の台座も付いているので、手軽にぐらぐら動きそうもなかった。半七は更に身をかがめて足もとの土を見まわした。
「おい、亀、手を貸してくれ」
「あい、あい」
 亀吉も這い込んで来た。
「この地蔵を動かすのだ。これでも台石が付いているから、一人じゃあ自由にならねえ」と、半七は云った。
 二人は力をあわせて石像を揺り動かした。それから少しくもたげて、その位置を右へ移すと、その下は穴になっていた。周囲の土の崩れ落ちないように、穴の壁には大きい石ころや古い石塔が横たえてあった。
「そんなことだろうと思った」
 半七はその穴へ降りてみると、深さは五、六尺、それが奥にむかって横穴の抜け道を作っている。その抜け道は幅も高さも三尺に過ぎないので、大の男は這って行くのほかは無かった。半七は土竜もぐらのように這い込むと、まだ三間とは進まないうちに、道は塞がって行く手をさえぎられた。彼はよんどころなく後退あとずさりをして戻った。
「行かれませんかえ」と、亀吉は訊いた。
「抜け裏じゃあねえ」と、半七は体の泥を払いながら笑った。「途中で行き止まりだ。だが、もう判った。あいつ等は抜け道から土台下へ這い込んで、地蔵をぐらぐら踊らせていたに相違ねえ。へん、子供だましのような事をしやあがる。これで手妻てづまの種は判ったが、さてその女がこの一件に係り合いがあるかねえか、その判断がむずかしいな」
 小声で云いながら、二人は葭簀をかき分けて出ると、そこには一人の女が窺うように立っていたので、物に慣れている彼等も少しくぎょっとした。女は十六、七で、顔に薄い疱瘡ほうそうの痕をぱらぱらと残しているのをきずにして、色の小白い、容貌きりょうの悪くない娘であった。
「お前はどこの子だえ」と、半七は訊いた。
「はい。そこの……」と、娘は門内を指さした。
 門をはいると左側に花屋がある。彼女はその花屋の娘であるらしい。半七はかさねて訊いた。
今朝けさはここに女が死んでいたと云うじゃあねえか」
「ええ」と、娘はあいまいに答えた。
「その後に誰か死骸をたずねに来たかえ」
「いいえ」
「死骸は奥に置いてあるのかえ」
「ええ」と、彼女は再びあいまいに答えた。
 とかくにあいまいの返事をつづけているのが、半七らの注意をひいた。亀吉はやや嚇すように訊いた。
「おめえに両親はあるのか。おめえの名はなんと云うのだ」
 母のお金は先年病死した。父の定吉は花屋を商売にしているほかに、この寺内が広いので、寺男の手伝いをして草取りや水撒きなどもしている。自分の名はおすみ、年は十七であると彼女は答えた。
「おめえ達は門のそばに住んでいながら、ゆうべから今朝にかけて、ここへ死骸を持ち込んだことをなんにも知らなかったのかえ」と、半七は入れ代って訊いた。
「なんにも知りませんでした」
 この時、ひとりの若い僧が門内から出て来た。まだ灯を入れていないが、手には高源寺としるした提灯を持って、彼は足早に通りかかったが、半七らのすがたを見て俄かに立ちどまった。彼は仔細らしく二人を眺めていた。
 半七もすぐに眼をつけた。
「もし、お前さんはこのお寺さんですかえ」
「そうです」と、若い僧はしずかに答えた。
「実はこれからお寺へ行こうと思っているのですが、今朝このお堂で死んでいた女は、まだ其のままですかえ」
「いや、それに就いて唯今お訴えに参るところで……。女の死骸が見えなくなりました」
「死骸が見えなくなった……」と、半七と亀吉は顔をみあわせた。「誰かが持って行ったのですか。それとも生き返って逃げたのですか」
「さあ。何者にか盗み出されたのか、本人が蘇生して逃げ去ったのか。それは一向にわかりません」
「夜でもあることか、真っ昼間お預かりの死骸を紛失させるとは、飛んだことですね」と、半七は詰問するように云った。
納所なっしょの了哲に番をさせて置いたのですが……」と、僧も面目ないように云った。「その了哲がちょっとほかへ行った隙に……。どうも不思議でなりません」
 死骸のことに就いて、お住がとかくにあいまいの返事をしていたのも、死骸紛失の為であると察せられた。女の死骸紛失を発見したのは八ツ(午後二時)過ぎのことで、一応は墓地その他を詮索するやら、寺僧が集まって評議をするやら、うろたえ騒いで時刻を移した末に、所詮しょせんどうにも仕様がないから、何かのお咎めを受ける覚悟で寺社方へ訴え出ることに決着した。若い僧はその難儀な使に出て行くところで、眼鼻立ちの清らかな顔を蒼白くしていた。彼は二十一歳で、名は俊乗であると云った。

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