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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)66 地蔵は踊る

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:11:05  点击:  切换到繁體中文


     五

「月に一度という約束でありながら、お歌は二度も三度もまいりました」と、祥慶は又云った。「俊乗がやがて堕落することは眼にみえて居りましたが、わたくしにはそれをさえぎる力がありません。お歌もさすがに昼間はまいりませんので、幸いに近所の眼には立ちませんでしたが、仕舞いには俊乗をどこへか連れ出すようになりました。可哀そうなのは俊乗で、縛られ地蔵のことも本人の発意ほついでは無し、いわば師匠のわたくしを救うが為に、こんな難儀をして居るのでござります。ある時、本人がわたくしの前に手をついて、涙を流して自分の堕落を白状いたしました時には、わたくしも思わず泣かされました。お歌のような悪魔に付きまとわれて、それを振り払うことの出来なかったのは、俊乗の罪ではなく、師匠のわたくしの罪でござります。
 その罪の恐ろしさを知りながら、いやが上にも罪をかさねましたのは、地蔵の踊りでござります。松蔵が執念深く、無心にまいりますので、俊乗も断わりました。地蔵尊の参詣人もこの頃はだんだんに遠ざかって、賽銭その他も昔とは大きな相違であるから、毎々の無心はかれないと申し聞かせますと、それならばいい工夫がある……と云うのが地蔵の踊りで、コロリけと云い触らせば、きっと繁昌すると云うのでござります。いやだと云えば、縛られ地蔵の秘密をあばくと云う。俊乗も気が弱く、わたくしも気が弱く、どうで地獄へちる以上、毒食わば皿と云ったような、出家にあるまじき度胸を据えて……。いや、よんどころなく度胸を据えることになりまして……」
 松蔵は石屋であるから、地蔵を動かす仕掛けは彼が引き受けた。墓地にある無縁の石塔を倒して、その下から門前の地蔵堂へかよう横穴の抜け道を作った。その穴掘り役は寺男の源右衛門と納所の了哲に云い付けられたが、寺男も納所も愚直一方の人間であるので、師匠と俊乗の指図を素直に引き受けた。その設計はとどこおりなく成就して、地面の下の抜け道を松蔵が最初にくぐって見た。
「穴熊がうまく行ったと、本人は申して居りました」と、祥慶は云った。
「むむ。穴熊か」と、半七は思わずほほえんだ。
 穴熊というのは、いかさま博突などをする場合、その同類が床下に忍んで、細い針を畳越しに突きあげ、むしろの上に投げられた賽を自由に踊らせるのである。松蔵は穴熊の手だてを応用して、土の下から地蔵を踊らせようとしたのてある。
 最初の試みに成功したので、地蔵を踊らせるのは源右衛門の役になった。小坊主の智心も時時は面白半分に手伝った。それが又、図にあたって、一旦は繁昌したが、地蔵が踊るなどは奇怪であるというので、寺社方から何かの沙汰がありそうな噂もきこえた。その詮議がむずかしくなっては面倒であるから、もうそろそろ見切りを付けようかと云っている時、八月十二日から十三日にかけて大風雨おおあらしがつづいた。
 十四日はぬぐったような快晴であったので、月の昇る頃から源右衛門はいつものように抜け道へくぐり込んだ。しかも地蔵は踊らないで、今夜の参詣人を失望させた。源右衛門も再び出て来なかった。不思議に思って、智心をくぐらせてやると、抜け道は途中で行き止まりになっていた。二日つづきの風雨に地面の土がゆるんで、あたかも源右衛門の上に落ちかかったらしく、彼はそのまま生き埋めの最期さいごを遂げたのであった。
 その報告におどろかされて、寺中の者共は駈け付けた。了哲と定吉が手伝って、ともかくも源右衛門を穴から引き出したが、彼はもう窒息していた。もちろん表向きにすべき事ではないので、世間へは駈け落ちと披露して、その死骸は墓地の奥に埋葬した。さなきだに見切り時と思っているところへ、こんな椿事が出来しゅったいしたのであるから、地蔵は再び踊らなくなった。
 抜け道は何とか始末しなければならないと思いながら、まだそのままになっていると、けさの大雨で地面の土がまたもや崩れ落ちた。今度はその道筋のところどころに窪みを生じて、あたかも抜け道の通路を示すように見えて来たので、もう打ち捨てて置かれなくなった。他人に覚られては大事であると、了哲らがその穴埋めに取りかかっている処へ、半七と亀吉が再び乗り込んで来たのであった。
 これで地蔵の問題はひと通り解決したが、お歌の一件がまだ残っている。半七は更に訊いた。
「地蔵さまに縛られていた女はお歌で、その下手人をお前さんは御承知なのでしょうね」
「こうなれば何もかも包まずに申し上げます。お歌を絞め殺したのは智心でござります」と、祥慶は説明した。「智心は孤児みなしご十歳とおのときから当寺に養われて居りますが、生まれつきの鈍根で、経文なども能く覚えません。それでも正直に働きます。殊に俊乗によくなついて居りました。そこで智心は平生からかのお歌を憎んで居りまして、あの女は悪魔だ。俊乗さんを堕落させる夜叉羅刹やしゃらせつだなどと申して居りました」
「お歌を殺したのはいつの事です」
「二十三日の晩でござります。お歌が俊乗を裏山へ誘い出して行く。その様子がいつもと違っているので、智心もそっと後を尾けて行きますと、お歌は俊乗を森のなかへ連れ込みまして、お前がこの寺にいては思うように逢うことが出来ないから、いっそ還俗げんぞくするつもりで私と一緒に逃げてくれと云う。勿論、俊乗は得心とくしんいたしません。かれこれと云い争っているうちに、お歌はだんだんに言葉があらくなりまして、お前がどうしても云うことを肯かなければ、わたしにも料簡がある。縛られ地蔵の一件を口外すれば、おまえ達は死罪か遠島だなどと云って嚇かすのでござります。毎度のことながら、この嚇かしには俊乗も困って居りますと、お歌はいよいよ図に乗って、これからすぐに訴えにでも行くような気色を見せます。それを先刻から窺っていた智心はもう我慢が出来なくなって、不意に飛びかかって、お歌ののどを絞めました。智心は年の割に力のある奴、それが一生懸命に両手で絞め付けたので、お歌はそのままがっくり倒れてしまいました」
「成程、そんなわけでしたか」
 智心の眼つきの穏かでない仔細はそれで判った。しかもお歌の死骸をなぜ地蔵堂へ運び込んだのか、その仔細はまだ判らなかった。祥慶は重ねて説明した。
「俊乗はお歌に迫られて、余儀なく関係をつづけて居ったので……。現に今夜もお歌に苦しめられて居ったのですが、元来は気の弱い、心の優しい人間ですから、眼の前にお歌が倒れたのを見ますと、急に悲しくなって泣き出しました。といって、医者を呼ぶわけにも行きません。俊乗は女の死骸をかかえて、暫くは泣いていました。智心は唯ぼんやりと眺めていました。やがて俊乗は叱るように智心にむかって、お前はなぜこんな事をしたのだ、この女を殺してはならない、これから私と一緒に地蔵堂へ運んで行けと云ったそうです」
「それはどういう訳ですね」
「あとで俊乗自身の申すところによりますと、その時は少しくのぼせていたのかも知れません。地蔵を縛って祈っても、自分のがんが叶うのであるから、まして本人を縛って祈れば、きっと叶うに相違ないと、こう一途いちずに思いつめて、智心と二人でお歌の死骸を門前の地蔵堂へ運び込んで、地蔵尊にしっかりと縛り付けて、どうぞ再び蘇生するようにと、ふた※(「日+向」、第3水準1-85-25)ときあまりも一心不乱に祈っていたと申します」
「それで生き返りましたか」と、半七は一種の好奇心に駆られて訊いた。
「生き返りました」と、祥慶はややおごそかに云った。「すぐには生きませんでしたが、とうとう蘇生しました。俊乗は夜明け前にいったん自分の部屋に帰りましたが、宵からの疲れで、ついうとうとしているうちに、武家の中間が早朝に門前を通りかかりまして、お歌の死該を見付けられてしまいました。こうなっては隠すことも出来ませんからかたのごとく訴え出て、当寺ではいっさい知らない女だと云うことにして、ひと先ず死骸を預かりました。
 そこで、検視も済み、役人衆も引き揚げて、死骸を庫裏くりの土間へ運び込みますと、それから半※(「日+向」、第3水準1-85-25)も経たないうちに、お歌は自然に息を吹き返しましたので、わたくし共もおどろきました。俊乗は又もや泣いて喜びました。有り合わせの薬を飲ませて介抱して、ともかくも奥へ連れ込みまして、表向きは死骸紛失ということにお届けを致させました」
「お歌はそれからどうしました」
「日が暮れてから気分もくなったと申しますので、裏山づたいに帰してやりました。本人は素直に帰ろうと申しませんでしたが、わたくしからいろいろに説得しまして、今度は俊乗にも自由に逢わせてやると約束して、無理になだめてともかくも帰しましたが、所詮このままに済もうとは思われません。また出直して何かの面倒を云い込んで来ることと覚悟して居りました。そこへお前さん方が再びお乗り込みになりましたので万事の破滅と、わたくしもいよいよ覚悟を決めました。智心がお手向いを致しましたのは、お歌を殺した一件で、我が身にうしろ暗いところがある為でござりましょう。しかしお歌は確かに生きて居ります」
 ここまで話して来た時に、了哲が顔の色をかえて駈け込んだ。
「俊乗さんが死にました」
「どうして死んだ」と、半七は膝を浮かせながら訊いた。
「裏山の桜の木に首をくくって……」
 くびられたお歌は生きて、さらに俊乗が縊れたのであった。

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