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三浦老人昔話(みうらろうじんむかしばなし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:07:56  点击:  切换到繁體中文


矢がすり

       一

 ある時に、三浦老人は又こんな話をして聴かせた。それは近ごろ矢場やばというものがすっかり廃れて、それが銘酒屋や新聞縦覧所に変ってしまったという噂が出たときのことである。明治以後でも矢場は各所に残っていて、いわゆる左り引きの姐さん達が白粉の匂いを売物にしていたのであるが、日清以後からだん/\に衰えて、このごろでは殆どその後を絶ったなどという話も出た。その末に、老人はこう云った。
 矢場女と一口に云いますけれど、江戸のむかしは、矢場女や水茶屋の女にもなか/\えらいのがありまして、何処の誰といえば世間にその名を知られているのが随分あったものです。これは慶応の初年のことですが、そのころ芝の神明の境内におきんという名代の矢場女がありました。店の名を忘れましたが、当人は矢がすりという綽名をつけられて、容貌きりょうのいゝのと、腕があるのとで近所は勿論、浅草あたりの矢場遊びの客までも吸いよせるという人気はすさまじいものでした。
 この女がなぜ矢飛白やがすりという綽名をつけられたかと云うと、すぐれて容貌がよく、こんな稼業にはめずらしい上品な女なのですが、玉に疵というのは全くこのことでしょう。右の頬に薄いかすり疵のあとがあるのです。当人の話では、※(「土へん+朶」、第3水準1-15-42)あずちの下へ矢を拾いに行ったときに、悪戯いたずらか粗相か、客の射出した矢がうしろから飛んで来て、なにごころなく振向いたお金の頬をかすったのでこんな疵になったと云うのでした。矢とりの女の尻を射るのは時々に遣る悪戯ですが、顔を射るのはひどい。たとい小さい擦り疵にしても、あの美しい顔に疵をつけるとはとんだ罪を作ったものだと、贔屓連はしきりに同情する。それがまた人気の一つになって、誰が云い出したともなく、矢がすりという綽名をつけられるようになったのです。
 そのうちに、当人が自分でかんがえ出したのか、それとも誰かが智恵をつけたのか、お金は矢飛白の着物を年中着ていることになりました。つまりは顔の矢がすりを着物の矢飛白に附会こじつけてしまったわけで、矢飛白の着物をきているから矢飛白お金というのだろうと、早呑込みをする人もだん/\多くなって、顔の矢がすりか、着物の矢飛白か、あだ名の由来もはっきりとは判らなくなってしまいました。いずれにしても、矢がすりお金といえば神明第一の売っ子で、この店はいつも大繁昌、楊弓ようきゅうの音の絶える間がないくらいでした。
 そうなると又おせっかいに此女の身許を穿索せんさくするものがある。お金のおやじはこゝらの矢場や水茶屋へ菓子を売りにくる安兵衛という男で、そのひとり娘、そういう因縁から自分も肩あげの取れない時分から矢取女になったのだそうで、おやじは二三年前に世を去って、今ではおふくろだけが残っている。お金は今年二十歳だと云っているが、ほんとうは一つ二つぐらいも越しているだろうという評判。いや、年の方は一つや二つ違ったところで、差したる問題でもないのですが、一体このお金に亭主があるか無いか、勿論、表向きの亭主は無いにきまっているが、いわゆる内縁の亭主とか、色男とか旦那とかいうようなものがあるか無いか、それを念入りに探索する人もあったのですが、どうも確かなことは判らない。ところが、この慶応元年の正月頃から一人のわかい侍がこの矢場へ時々に遊びに来ました。
 侍も次三男の道楽者などは矢場や水茶屋這入りをするのはめずらしくない。唯それだけでは別に問題にもならないのですが、その侍はまだ十八九で、人品も好い、男振りもすぐれて好い。そうして、彼のお金となんだか仲好く話しているというのですから、これは何うしても見逃されません。朋輩の女もすぐに眼をつける、出入りの客や地廻り連も黙ってはいない。あいつは何うも可怪おかしいという噂がたちまちに拡まってしまいました。
「あのお客はどこのお屋敷さんだえ。」と朋輩が岡焼半分に訊いても、お金は平気でいました。
「どこの人だか知るものかね。」
 こう云って澄ましているのですが、どうも一通りの客ではないらしいという鑑定で、お金はあの若い侍と訳があるに相違ないと決められてしまって、「あん畜生、うまく遣っていやあがる。」とか、「あの野郎、なま若え癖に、ふてえ奴だ。」とか、地まわり連のうちには随分憤慨しているのもありましたが、なにしろ相手は侍ですから無暗に喧嘩を吹っかけるわけにも行かないので、横眼で睨んで店さきを通りながら何か当てこすりの鼻唄でも歌って行くぐらいのことでした。そのうちにお金が神明から姿を消してしまったので、近所の騒ぎはまた大きくなりました。主人の家でもおどろいて、取りあえず片門前に住んでいるおふくろの所へ聞きあわせに遣ると、おふくろも知らないで、唯おどろいているばかりです。
「お金の奴め、とう/\あの侍と駈落をきめやあがった。」
 近所ではその噂で持切っていました。なにしろ神明で評判者の矢飛白が不意に消えてなくなったのですから、やれ駈落だの心中だのと、それからそれへと尾鰭をつけて色々のことを云いふらす者もあります。とりわけて心配したのは矢場の主人あるじで、呼び物のお金がいなくなっては早速に商売に障るので、心あたりをそれ/″\に詮議しましたが何うも判らない。勿論その若侍もそれぎり姿をみせない。それから考えると、どうしてもその若侍がお金をさそい出したものと思われるのも無理はありません。
 それから一月あまりも過ぎて、三月はじめの暖かい晩のことです。彼の若侍がふらりと遣って来て、神明の境内をひやかして歩いて、お金の矢場の前に立ったのを、地廻り連が見つけたので承知しません。殊にそのなかには二三人のごろつきもまじっていたから、猶たまりません。
「ひとの店の女を連れ出せば拐引かどわかしだ。二本指でも何でも容赦が出来るものか。」
 こんなことを云ってけしかけるから、いよ/\騒ぎは大きくなります。大勢は侍を取り囲んで、お金の店のなかへ引摺り込みました。侍はおとなしい人でしたが、町人の手籠め同様に逢っては、これも黙ってはいません。
「これ、貴様たちは何をするのだ。」
「なにをするものか。さあ、こゝの店の矢がすりを何処へ隠した。正直にいえ。」
「矢飛白をかくした……。それはどういうわけだ。」
「えゝ、白ばっくれるな。正直に云わねえと、侍でも料簡しねえぞ。早く云え、白状しろ。」
「白状しろとは何だ。武士にむかって無礼なことを申すな。」
「なにが無礼だ。かどわかし野郎め。ぐず/\していると袋叩きにして自身番へ引渡すぞ。」
 相手が若いので、幾らか馬鹿にする気味もある。その上に大勢をたのんで頻りにわや/\騒ぎ立てるので、若い侍はだん/\に顔の色をかえました。店のおかみさんも見かねたように出て来ました。
「まあ。どなたもお静かにねがいます。店のさきで騒がれては手前共が迷惑いたします。」
 口ではこんなことを云っていますが、その実は自分がごろつき共を頼んでこの若侍をひき摺り込ませたのですから、騒ぎの鎮まる筈はありません。大勢は若侍を取り囲んで、矢飛白のありかを云え、お金のゆくえを白状しろと責めるのです。そのうちに弥次馬がだん/\にあつまって来て、こゝの店さきは黒山のような人立になりました。
「あいつが矢飛白をかどわかしたのだそうだ。見かけによらねえ侍じゃあねえか。」
「おとなしそうな面をしていて、呆れたものだ。」
 色々の噂が耳に這入るから、侍ももう堪らなくなりました。身分が身分、場所が場所ですから、初めはじっと我慢していたのですが、なにを云うにも年が若いから、斯うなると幾らか逆上のぼせても来ます。侍は眼を据えて、自分のまわりを取りまいている奴等を睨みつけました。
「場所柄と存じて堪忍していれば、重々無礼な奴。もう貴様たちと論は無益だ。道をひらいて通せ、通せ。」
 持っている扇で眼さきの二三人を押退けて、そのまゝ店口から出て行こうとすると、押退けられた一人がその扇をつかみました。侍はふり払おうとする。そのうちに誰かうしろから侍の袖をつかむ奴があるから、侍は又それを振払おうとする。そのなかに悪い奴があって、侍の刀を鞘ぐるみに抜き取ろうとする。侍もいよ/\堪忍の緒を切って、持っている扇をその一人にたゝき付けたかと思うと、いきなりに刀をひきぬいて振りまわした。
「それ抜いたぞ。」
 抜いたらば早く逃げればいゝのですが、大勢の中にはごろつきもいる。喧嘩好きの奴もいるので、相手が刀をぬいたと見てその腕をおさえ付けようとする者がある。下駄をぬいで撲ろうとする者がある。ひどい奴はどこからか水を持って来て、侍の顔へぶっかけるのがある。こうなると、若い侍は一生懸命です。もう何の容赦も遠慮もなしに、抜いた刀をむやみに振りまわして、手あたり次第に斬りまくる。たちまちに四五人はそこに斬り倒されたので、流石の大勢もぱっと開く。その隙をみて侍は足早にそこを駈け抜けてしまいました。
「人殺しだ、人殺しだ。」
 たゞ口々に騒ぎ立てるばかりで、もうその跡を追う者もない。侍のすがたが見えなくなってから、騒ぎはいよ/\大きくなりました。なにしろ即死が三人手負が五人で、手負のなかにもよほど手重いのが二人ほどあるというのですから大変です。勿論、かたの通りに届けて検視をうけたのですが、その下手人は誰だか判らない。場所が場所ですから、神明の八人斬というので、忽ち江戸中の大評判になりました。

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