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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-12

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:45:04  点击:  切换到繁體中文

 

文壇諷詩曲

あゝ、面白くもない人間の名前を詩で飾る僕の運命を悲しんでくれ
神が、私にこの仕事を与へ給ふた。
人間はその生れた土地の水と土とでできてゐる。
井伏鱒二は感傷と愚痴でできてゐる。
深田久弥は朗吟調の人生をもつてゐる。
そして彼はなかなか作文家だ。
あなたの小説は嫌ひだが
眼は好きです円地文子
だが惚れることは差控へよう
あなたは散文的に恋愛をするさうだから。
細々とした文章の長さの中で
眼だけ光らしてゐる小林秀雄
呪はれろ、死んでしまへ、深刻好きな君が地獄行の終電車に乗り遅れた格好だ。
若いジャックナイフが血を流してゐる時
近松秋江は紙切ナイフで過去の頁を切つてゐる。
どうだ一米突先の人生が見えるか
君の眼玉はいつもコペルニクス的に転廻してゐる和製ウナムノ、反対のための反対者、萩原朔太郎
不吉な哲学は、よく笑ふ黒い鳥を生んだ
それが三好十郎、君なのだ、
もつと健康で衛生上よろしい喜劇を書いてくれ。
張赫宙は朝鮮にハイチャをして
東京で文学の峠をのぼりだした
ズルズルとすべる文体に警戒し給へ。
小さな真実を大きな法螺の貝から
鳴らすだけで礼拝される修験者志賀直哉
曾て文学の瀧に打たれた
経験をしやべることがお楽しみ。
随筆の王者のやうに人々を感心させてゐる
内田百間、君の文章が
人々をひきつける手品
君が押韻家だといふことに誰も気がつかない。
保田与重郎は跳ねる仔馬、可愛い哲学者、
君にとつては、もて遊ぶに手頃な哲学
法隆寺の屋根の上の烏は
君よりももつと思索的な糞をする。
わが愛するレコード係林房雄よ、
政府に関心をもつてゐる唯一の文学者
折々針を取り替へることを忘れて古い歌を繰返す記憶の友、忘れることを決してさせない。
村山知義はエネルギッシュな千手観音
右手に小説、左手に戯曲
さらに君は映画にまで接吻した
接吻の責任は君が負へ。
怒号のあとの寂寥を味ひながら
地方主義の旗の下に平田小六
インタアナショナルを憎んでゐる。
何処にでも着陸するヱーロプレイン
うち出されて飛ぶ青野季吉はカタバルト
ジャアナリズムは彼の良き航空母艦。
作家よ、僕という諷刺詩人を
文壇に住まはせてをくな、
復讐鬼を抱いて寝てゐるやうなものだ、
黙殺を唯一の武器とするものも
また僕に可愛がられる
膏薬だらけの尻には太い注射を
徒党の頭からは、煮湯と火をつけたガソリン瓶を
彼女達にとつても僕は
数千里も長い鼻の下の用意がある
心から怒ることができない
不幸な女、神近市子
僕が幾度眼をこすつてみても君は優しい。
山本有三、自由主義の門番
あなたの良心に一応会釈をして通るだけだ。
病気のヒロイズムが文学を書かせるとき
森山啓を、地球の滅亡の不安が捉へる
君はもつと君の体温計に相談して
ものを書く必要がある。
ダブルベッドで一人で寝てゐる
処女、長谷川如是閑
二つの枕を一人で占領してゐる
右の枕でも、左の枕でも気儘に使ふ。
精々凝つた言葉をひねり出すために
りきんでゐる北川冬彦
ワキガのやうな鼻持のならない警句を吐く
僕は君が定型詩をつくるのを永遠に待つてゐる。
小説を書く天分より、若くて乾分を飼ふ
技倆を賞めよう武田麟太郎
彼は這ひまはるリアリズムの子猫共を舐めてゐる。
女の羽ばたきの弱さを売文する林芙美子
神よ、彼女が世界中の男を知つてゐるやうな口吻をもらすことを封じ給へ。
平素は遠雷のやうな存在
思ひ出したやうに作品を堕す
谷崎潤一郎は御神体のない拝殿のやうに大きい。
依然として布団の中の宇野浩二
立派な顔をもちながら
モミアゲの長さより顔を出さうとしない。
三等品の毒舌を吐く大宅壮一は涙の袋さ
つまるところは人情家さ
センチになるかはりに憤慨するだけさ
もつと悪人になる修業しろ。
詩魂衰へて警察歌をつくる北原白秋
歌壇に盤踞(ばんきよ)して、後陣を張る
歌壇組みし易しと見えたり。
帰朝者を迎へるお定まりの三鞭酒は
ポンポン抜かれた
佐藤俊子よ、アメリカで育てた
あなたのイデオロギーに栄(は)えあれ。
丸山薫は、だらしのない詩の涎れを
遂に散文の皿でうけた。
政治家犬養健は片脚
文学の義足をつけて鳴らしてゐる。
高見順は事件屋のやうに
人生から問題をさがす
彼の小説は読者をなだめるだけで精一杯。
理論家窪川鶴次郎は彼女に手を出して
手を噛まれた――小説といふ彼女に
窪川稲子の嫉妬が小説を書かせるほど
彼女は利巧者で、小説家で
黒襟をはずしてアッパッパを着る
時代性も承知してゐる。
名誉な太宰治
痲痺状態で小説を書くコツを悪用する。
大森義太郎、実に長いいゝ名前だ
痰切飴のやうにイデオロギーを
柔らかに融かしてくれる。
島木健作、君は癩小説のお株を
奪つたものと決闘したまへ
次々と君のお株を奪ふもののために
十二連発で撃ち給へ
しかし自分のために最後の一発を残すのを忘れるな。
正宗白鳥は皮肉をいふことの楽しみも尽きさうだ。
旧名須井一、改メ加賀耿二
悪い姓名判断が彼の作品を下落さした。
文体をひねる職人、橋本英吉
現実よりも美しい小説を書く法などはない。
中条百合子から闘士を見物しようとする
悪い奴が少なくない
精々人情に混線した貴女は美しい。
運命を待つてゐることを知らない立野信之
不安なステッキで身の巡りを探つてから
一歩体を出す要領者
呆然としていゐる時間が多い人。
徳永直は礼讃者と忠告者とをごつちやにしてゐる
この辺で君は君の名簿を二つに分けたらいゝ、
君の将来と、君の健康のために。
なんて馬鹿丁寧な人生
島崎藤村のお低頭(じぎ)と謙遜も
度が過ぎれば狡猾となる。
横光利一は小道具の波の音でたくさんだつた、
涯々(はるばる)船酔ひを味はひに渡仏した
文学者としても旅行者としても身の程を知らない。
縞ズボンを余りに早く履きすぎた石川達三
文学の社交場で息を切らさしてゐる。
文壇の情誼廃れない間は久米正雄は廃れない。
亀井勝一郎は不安の精神を詰めこむ安楽椅子(ソファー)造りになつた。
岸田国士、彼は悔いを招くために諷刺小説を書いた。
短兵急に生きてゐる中野重治
思ひつきでなくジックリと懐ろから
取り出したやうな大きな作品を見せて頂戴
引掻く貴女の爪は血を流すが
掻かれた相手はカユイ許りだ
可愛いといふよりもカユイ人板垣直子よ。
尾崎士郎、彼の作品は良かれ悪しかれ
これまでは小説に箸のつけ方を知つてゐたがこれから先のことはわからない。
評論をやることで文化人で――、
消費組合の土台をヱンヤラヤット
打ち込む手伝ひをすることで階級人である
新居格は河馬のやうな格好で
人生をはにかんでゐる。
丹羽文雄は新しい道徳をつくる力もない
通俗から這ひあがれない蛾
頭が軽くて、尻が重いところだらう。
中河与一は、波の上でいつも
扇のカナメをねらつてゐる
波も動かず扇も動かねば
もつとよく当るのだが。
小説の嘘のつき方の足りなさ、空想の未熟、
室生犀星の頭の中に
酵母菌がたりなくなつた。
谷川徹三は文学の周囲を巡る謙遜さがある
文学が君の周囲を巡りだしたら
読者は一層助からない。
矢田津世子は芥川賞の候補になつた
こんどは小熊賞の候補にしてやらう。
舟橋聖一は「飛んだり跳ねたり」
豊田三郎は「起きあがり小法師」
共に行動主義のもとに
ナチオナル・ゾチアリズム、血縁的同胞主義。
河上徹太郎は――蒸溜水
三木清は――工業用アルコール
前者は栄養にならず
後者はツンと鼻にくる。
岡本かの子は仏の路を説かうとも
あなたは女臭ひ許りだ。
藤原定はおちつかない
狐のやうに後をふりかへる哲学をもつ。
深尾須磨子
コレットとミスタンゲットの写真を抱いて寝る
情熱の色あせるとき頬紅は濃し
彼女はカルコの詩のやうに
「身を守ることに限りはなし」だ
元気を出しなよ、
そして僕と情死(しんじゆう)しよう。
川端康成のエゴイズムが辛うじて
彼に小説を綴らしてゐる
一人よがりの理解をふりかざして
踊り子と読者を追ひ廻す。
広津和郎は人生の攻め方を忘れさうだが
文壇の攻め方は忘れない
彼はよく引つ掛ける
論争の刺又(さすまた)をもつてゐる。
チャッカリ屋、吉屋信子
女だてらに原稿料の荒稼ぎ
河童の頭の皿に精々
注いで貰ひな
黄金の水を――。
岡田三郎は端麗な顔すぎた
人生とは君のやうに顔立の揃つたものではない
桁をはずして好漢暴れろ。
徳田一穂は親父秋声の子だ
作品的にもイデオロギー的にも
残念ながら親孝行すぎる
反逆の子でなければ吾が友ではない。
気の利いたことを言ふ点と
判らないことを判つたふりをする点で随一
文学のダニ芹沢光治良
中原中也は書くものより
名前の方がずつと詩的だ
そつと尻をさするやうに人生に触れる
せいぜい温(ぬるま)湯の中で歌ひ給へ
彼にとつて詩とは不快感を宣伝する道具だ。
北条民雄よ、
病気があるために人生に死があるのぢやない、
満足な皮膚をしてゐて
心の腐つてゐる癩患者のことも書く気はないか。
いま僕は墓標を建てた
名前の羅列をもつて――、
散文をもつて掩はれてゐる日本の空は
根性の悪い発疹だらけの
犬の皮膚のやうに汚ない
君等の皮膚を掻いてやる親切さに
君等がこれを厚意として受取る方法は
だまつて、文句なしに
僕といふ諷刺詩人に悪口をいはれることだ。

 

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