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人外魔境(じんがいまきょう)10 地軸二万哩

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:31:07  点击:  切换到繁體中文


   生きている氷河

 折竹は、舞踏にも加わらず宮苑のなかを歩いていた。スミルナの無花果いちじく、ボスラーの棗椰子なつめやし、エスコールの葡萄――。近東の名菓がたわわに実っているところは、魔宮か、魅惑の園のよう。そこへ、日時計のついた噴泉が虹をあげ、風は樹々をうごかし、花弁は楽の音にゆすられる。彼は酒気をさまそうと、ぽつねんとちんにいたのだ。
(セルカークの奴、この辺じゃなかなかの羽振りじゃないか。マア情報省の機関区長どころだろうが……、どうして領事くらいは敵わんような勢力がある)
 そこへ、植込の陰からぷうんと女の匂いがした。棕櫚の花粉のついた裳裾がみえたとき、彼の横手からすうっと寄り添ってきた、女がいる。
「お久しう。折竹さん、ほんとうに暫くでございました」
 いわれて、婦人をひょいと見たが、彼には全然未知の女だ。額のひろい、思索深げな顔。齢は四十に近いだろうが、※(「くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1-91-26)ろうろうとして美しい。はて、どうもこれは純粋の白人ではないな。と、思ったがなんの記憶もない。
「失礼ですが、奥さまとはどこでお目にかかりましたでしょうか」
「お忘れ?」
 とその婦人は婉然とわらって、
「ロンドンでお目にかかったではございませんの」
「サア」
「あたくし、ザチでございますの」
 晦冥国キンメリアの女王、さっき、招かれざる賓客として乗り込んだのが、ザチだった。折竹はいよいよ捕まったかと思うよりも、夢のような気持で、
「僕がここへ来たことが、どうして分ったのです」
「そりゃね、あたくしにも知る方法がありますわ。あなたは、シャルジャーで旅客機をお下りになり、それからセルカークと此処へいらっしたのでしょう」
「ふうむ。よく」
 と唸った陰にはやはりこいつはと、折竹は警戒を感じたのである。こういう顔は、よくコーカサス人や韃靼だったん人の混血児にある。それが、晦冥国の女王なんて神話めいたことで、俺を釣ろうなどとは、大それた奴だ。きっと、ソ連の連中のなかじゃ、いい姐御だろう――と思うと気も軽々となり、
「いつぞや、僕の『大地軸孔』ゆきにご勧告がありましたね」
「ええ、ぜひそうお願いしたいと、思うのです。覗き穴のしたにわずか固っている、未開の可哀想な連中です。別に、この世に引き出したところで、見世物にもなりません。お捨て置きになれば、有難く思いますわ」
「しかし、あなたはフランス語をお喋りになりますね。そこは大体、地上と交通のない地底の国のはず。その点がどうもせませんよ」
 とうとう、ザチはそれには答えなかった。悲しそうな目をして、じっと折竹をみている。駄目っ、駄目っと……念を押すようなそれでもないような、なにか胸に迫った真実のものを現わして、
「でも、お目にかかれて嬉しいと思いますわ。人間って――十年、二十年、交際つきあっていても何でもない方もありますし……たった一目でも、生涯忘れられない方もありますわ。お別れいたします」
 と立ちあがったが、またふり向いて、
「こんな齢になって泣くなんて、可笑しいですわね。でも、こういう時は、誰でもそうよ。誰でも、感傷が先走って、悲しくなるものですわ。もう、あなたとはお目に掛れないでしょうから」
「そうでしょう。僕も大塩沙漠ダシュト・イ・カヴィルへゆきますから……」
 ザチは、それなり去ってしまったのである。妙な女だ、脅してみたり泣いてみたり――と思うだけで、いま大塩沙漠ゆきをうっかり洩らしたことには、彼はてんで無関心であったのだ。その数週後、イランのテヘランへゆき準備を整え、見えない焔の塩の沙漠へむかったのである。
 まず、そこまでの炎熱の高原。大地は灼熱し、溶鉱炉の中のよう。きらきら光る塩の、くらむようなまばゆさのなか。
 その、土中の塩分がしだいに殖えてゆくのが、地獄の焦土のようなまっな色から、しだいに死体のような灰黄色に変ってゆく。やがて塩の沙漠の外れまできたのである。そこは、一望千里という形容もない。晃耀こうようというか陽炎というか、起伏も地平線もみな、閃きのなかに消えている。ただ、天地一帯を覆う、色のない焔の海。
「そろそろ、儂らも焼けてきそうな気がするよ」
 とセルカークがフウフウ言いながら、もうこれ以上はというように、折竹をみる。
「死ぬだろうよ。日中ゆけば燃えてしまうだろう」
「脅かすな」
 とセルカークは心細そうに笑って、
「頼むよ。俺は君に、全幅の信頼をかけている」
「マアね、君を燃やすことは万が一にもあるまいが……、とにかく、われわれは日中を避けねばならん。夜ゆく。それで、今夜の強行軍でどこまで行けるかということが、覗き穴発見のいちばん大切なところになる。ねえ、地図でみると、台地があるね。ちょうど真中辺で、奇怪な形をした……」
「ふん、“Yazde Kubedaヤツデ・クベーダ”か。その『神々敗れるところ』というペルシア語の意味から、あすこは『驕魔台ヤツデ・クベーダ』とかいわれている」
「そうだ。で、これは僕のカンにすぎないがね。得てして、ああいう所には裂け目があるもんだ。まず覗き穴は、彼処あそこらしいといえるだろう。するとだよ、然らば黒焦げになる日中はどうするか。それは、深い穴を掘ってじっと潜っている。マアそれで、体力が続くのは一日ぐらいだろうから、夜になったら強行軍で逃げるのさ」
「驚いた」
 とセルカークはパチパチと瞬いて、
「じゃ、途中で夜が明けたら、焦げてしまうんだね。決勝点ゴールを間近にみながら黒焼になるなんて、情けない事には是非ならないで欲しいよ」
 そうして、夜は零度をくだる沙漠の旅がはじまった。万物声なくただ動いているのは、二人の影と頭上の星辰せいしんのみ。と、やや東のほうが白みかけてきたころだった。地平線上にぽつりと見える一点。
「こりゃ、いかん。驕魔台ヤツデ・クベーダへゆかぬうちに、夜が明けてしまう。おい俺たちはまんまと失敗しくじったぞ」
 まったく、痛恨とはこの事であろう。みすみす、目前にみながら此処が限度となると、両様意味はちがうが、二人の嘆きは。……宝の山のうなぎのにおいを嗅ぐ、セルカークはことにそうであった。
「畜生、せっかく此処まで来てとは、なんてえこった。オクタン価八〇、最良航空用燃料ギャスもなにも、夢になりおった。オヤッ、ありゃ折竹君、なんだね」
 と、指差された薄明の地平線上。突兀とっこつとみえる驕魔台ヤツデ・クベーダのうえに、まるで目の狂いかのような、人影がみえるのだ。早速、双眼鏡でみているうちに暁はひろがってゆく。しかし、死の原のここに、鳥の声はない。ただ、薄らぐ寒さと魔性のような人影。やがて、折竹はボロリと眼鏡を落し、
「ザチ」
 と、さながら放心したような呟き、
「ザチ※(疑問符感嘆符、1-8-77) いったい何のこったね」
 とセルカークが訊いても聴えぬかのように、
「覗き穴はある。ザチはソ連の女ではなかった。真実、『大盲谷』に住むキンメリアの女王。おい、セルカーク、あれを見ろ」
 いわれて、目をこすりこすり驕魔台ヤツデ・クベーダのうえをみると、今いた――ほんの秒足らずの瞬前までくっきりと見えていた、ザチの姿が掻き消えたように見えないのだ。覗き穴、彼女は「大盲谷」へ降りたのだろう。しかし、追おうにも、暁は濃い。朝の噴射とともに熱殺界となる、此処ではどうにもならないのだった。
 しかし、驕魔台のうえでザチを発見したことから、いよいよ「大盲谷」の実存性が濃くなってきた。そうしてこれには、むしろ手も付けられない塩の沙漠よりかも、「大地軸孔カラ・ジルナガン」のほうを攻撃してはと、なったのだ。そのころ、大地軸孔探検についての、国際紛争が解決した。英ソ双方とも監視者をだすことになり、英はセルカーク、ソ連は、極氷研究家のオフシェンコという男。また、折竹もセルカークの計いで、この探検に隊長として加わったのである。
 沙漠、峻嶮、寒熱二帯の両極をもつアフガニスタン。慓悍無双といわれるヘタン人の人夫をそろえ、いよいよヒンズークシの嶮を越え「パミールの管」といわれる、英ソの緩衝地帯を「大地軸孔」へ進んだのである。いまは、高山生活一か月にまっ黒に雪焼けをし、蓬々ほうほうと伸びたひげを嶽風がはらっている。
 そしてちょうど、カプールを発った五十日目あたりに、温霧谷キャムの速流氷河の落ち口にでたのだ。
「凄い。ここでは、氷だけが生物いきものだ」
 ※(「釐」の「里」を「牛」にしたもの、第3水準1-87-72)ヤクのミルクを飲み飲み、断崖のくぼみから、幹部連が泡だつ氷河をながめている。氷に、泡だつという形容はちと変であるが、この氷河の生きもの的性質を、説明するのはそれ以外にはない。
 噛みあう氷罅クレヴァス、激突する氷塔の砕片。それが、風にあおられて機関銃弾のようになり、みるみる人夫の顔が流血に染んでゆくのだ。まさに流れる氷帯ではなく、氷の激流。ここだけは、永遠に越えられまいと思われた。

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