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冬の日(ふゆのひ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-30 8:12:31  点击:  切换到繁體中文


     五

 いつの隙にか冬至が過ぎた。そんなある日たかしは長らく寄りつかなかった、以前住んでいた町の質店へ行った。金が来たので冬の外套がいとうを出しに出掛けたのだった。が、行ってみるとそれはすでに流れたあとだった。
「××どんあれはいつ頃だったけ」
「へい」
 しばらく見ない間にすっかり大人びた小店員が帳簿を繰った。
 堯はその口上が割合すらすら出て来る番頭の顔が変に見え出した。ある瞬間には彼が非常な言い憎さを押し隠して言っているように見え、ある瞬間にはいかにも平気に言っているように見えた。彼は人の表情を読むのにこれほど戸惑ったことはないと思った。いつもは好意のある世間話をしてくれる番頭だった。
 堯は番頭の言葉によって幾度も彼が質店から郵便を受けていたのをはじめて現実に思い出した。硫酸に侵されているような気持の底で、そんなことをこの番頭に聞かしたらというような苦笑も感じながら、彼もやはり番頭のような無関心を顔に装って一通りそれと一緒に処分されたものを聞くと、彼はその店を出た。
 一匹の痩せ衰えた犬が、霜解けの路ばたで醜い腰付をふるわせながら、糞をしようとしていた。たかしはなにか露悪的な気持にじりじり迫られるのを感じながら、嫌悪に堪えたその犬の身体つきを終わるまで見ていた。長い帰りの電車のなかでも、彼はしじゅう崩壊に屈しようとする自分を堪えていた。そして電車を降りてみると、家を出るとき持って出たはずの洋傘こうもりは――彼は持っていなかった。
 あてもなく電車を追おうとする眼を彼は反射的にそらせた。重い疲労を引きりながら、夕方の道を帰って来た。その日町へ出るとき赤いものを吐いた、それが路ばたの槿むくげの根方にまだひっかかっていた。堯にはかすかな身ぶるいが感じられた。――吐いたときには悪いことをしたとしか思わなかったその赤い色に。――
 夕方の発熱時が来ていた。冷たい汗が気味悪く腋の下を伝った。彼ははかまも脱がぬ外出姿のまま凝然ぎょうぜんと部屋に坐っていた。
 突然匕首あいくちのような悲しみが彼に触れた。次から次へ愛するものを失っていった母の、ときどきするとぼけたような表情を思い浮かべると、彼は静かに泣きはじめた。
 夕餉ゆうげをしたために階下へ下りる頃は、彼の心はもはや冷静に帰っていた。そこへ友達の折田というのが訪ねて来た。食欲はなかった。彼はすぐ二階へあがった。
 折田は壁にかかっていた、星座表を下ろして来てしきりに目盛を動かしていた。
「よう」
 折田はそれには答えず、
「どうだ。雄大じゃあないか」
 それから顔をあげようとしなかった。たかしはふと息をんだ。彼にはそれがいかに壮大な眺めであるかが信じられた。
「休暇になったから郷里へ帰ろうと思ってやって来た」
「もう休暇かね。俺はこんどは帰らないよ」
「どうして」
「帰りたくない」
「うちからは」
「うちへは帰らないと手紙出した」
「旅行でもするのか」
「いや、そうじゃない」
 折田はぎろと堯の目を見返したまま、もうその先をかなかった。が、友達の噂学校の話、久濶きゅうかつの話は次第に出て来た。
「この頃学校じゃあ講堂の焼跡をこわしてるんだ。それがね、労働者が鶴嘴つるはしを持って焼跡の煉瓦壁へ登って……」
 その現に自分の乗っている煉瓦壁へ鶴嘴をふるっている労働者の姿を、折田は身振りをまぜて描き出した。
「あと一ときというところまでは、その上にいて鶴嘴つるはしをあてている。それから安全なところへ移って一つぐわんとやるんだ。すると大きいやつがどどーんと落ちて来る」
「ふーん。なかなかおもしろい」
「おもしろいよ。それで大変な人気だ」
 たかしらは話をしているといくらでも茶を飲んだ。が、へいぜい自分の使っている茶碗ちゃわんでしきりに茶を飲む折田を見ると、そのたび彼は心が話からそれる。その拘泥がだんだん重く堯にのしかかって来た。
「君は肺病の茶碗を使うのが平気なのかい。咳をするたびにバイキンはたくさん飛んでいるし。――平気なんだったら衛生の観念が乏しいんだし、友達甲斐がいにこらえているんだったら子供みたいな感傷主義に過ぎないと思うな――僕はそう思う」
 言ってしまって堯は、なぜこんないやなことを言ったのかと思った。折田は目を一度ぎろとさせたまま黙っていた。
「しばらく誰も来なかったかい」
「しばらく誰も来なかった」
「来ないとひがむかい」
 こんどは堯が黙った。が、そんな言葉で話し合うのが堯にはなぜか快かった。
「ひがみはしない。しかし俺もこの頃は考え方が少しちがって来た」
「そうか」
 たかしはその日の出来事を折田に話した。
「俺はそんなときどうしても冷静になれない。冷静というものは無感動じゃなくて、俺にとっては感動だ。苦痛だ。しかし俺の生きる道は、その冷静で自分の肉体や自分の生活が滅びてゆくのを見ていることだ」
「…………」
「自分の生活が壊れてしまえばほんとうの冷静は来ると思う。水底の岩に落ちつく木の葉かな。……」
丈草じょうそうだね。……そうか、しばらく来なかったな」
「そんなこと。……しかしこんな考えは孤独にするな」
「俺は君がそのうちに転地でもするような気になるといいと思うな。正月には帰れと言って来ても帰らないつもりか」
「帰らないつもりだ」
 珍しく風のない静かな晩だった。そんな夜は火事もなかった。二人が話をしていると、戸外にはときどき小さい呼子のような声のものが鳴いた。
 十一時になって折田は帰って行った。帰るきわに彼は紙入のなかから乗車割引券を二枚、
「学校へとりにゆくのも面倒だろうから」と言って堯に渡した。

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