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熱意(ねつい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-31 11:00:07  点击:  切换到繁體中文

底本: 現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1969(昭和44)年6月5日
入力に使用: 1985(昭和60)年11月10日初版第15刷
校正に使用: 1977(昭和52)年4月20日初版第7刷

 

 真贄しんしの隣に熱意なる者あり。人性の中にし「熱意」なる原素を取去らば、詩人といふ職業は今日の栄誉をになふこと能はざるべし。すべての情感の底に「熱意」あり。すべての事業の底に熱意あり。すべての愛情の底に熱意あり。若しヒユーマニチーの中に「熱意」なるもの無かりせば、恐らく人間は歴史なき他の四足動物の如くなりしなるべし。
 労働と休眠は物質的人間の大法なり、然れども熱意は眠るべき時に人をますなり。快楽と安逸は人間の必然の希望なり、然れども熱意は快楽と安逸とを放棄して、苦痛に進入せしむることあり。生は人の欲する所、死は人の恐るゝ所、然るに熱意は人をして生をて、死を甘受する事あらしむ。人間の事つねに「己」をめぐりて成れり、己を去つて人間の活動なし、然るを熱意は往々にして「己」を離れ、身を軽んじて、「他」の為に犠牲とならしむる事あり。愛国家の心霊を鼓舞して、天下蒼生の為に、赫々かく/\たる功業を奏せしむるものもこの熱意なり。忠臣君の為に死し、孝子親の為に苦しむも、この熱意あればなり。恋人の相思も、讐仇の怨悪も、その原素に於ては即ち一なり。人間を高うするものも、人間をひくうするものも、義人をたゝすものも、盗児を生ずるものも、その原素に於ては、この熱意の外あることなし。
 熱意とは何ぞや。感情の激甚に外ならざるなり。感情の中の感情たるに外ならざるなり。且つ湧き且つ静まり、且つ燃え且つ消ゆる感情の、一定の事物の上に接続して、連鎖の如き現象を呈する者、即ち熱意なり。人間は道義的生命の中心として、愛をつと共に、感情的生命の中心として熱意を有つなり。熱意は凡ての事業に結局を与ふる者なり。痴情の熱意には、痴情の結局を見るの意味あり。節義の熱意には、節義の結局を見るの意味あり。熱意は常に結局をにらんで立てり。熱意の終るところは結局にあり。
 人間の五官は、霊魂と自然との中間に立てる交渉器なり。霊魂をして自然を制せしむる是なり、而して人間の霊魂をして全く自然を離れて独立せしめざる者も、亦た是なり。霊魂の一側は常に此の交渉器を通じて、自然と相対峙す、而して霊魂の他の一側は、他の方面より「想像」の眼を仮りて、自然の向うを見るなり、自然を超えて、自然以外の物を視るなり。人に想像あるは、人に思求あるを示めす者なり。人に思求あるは、人に熱意あるを示めす者なり。熱意は冷淡と相反す。冷淡は人を閑殺し、熱意は人を活動的ならしむ。冷淡は思求なき時の心霊の有様にして、人生の意味少なき塲合を指すなり。
 幸福なる生涯には、熱意なる者少なし。熱意は不幸の友なり。熱意は悲哀の隣なり。幽沢いうたく邃谷すゐこくの中に濃密なる雲霧をたむろせしむ。平地にはかくの如き事あらず。国乱れて忠臣興るなり。家破れて英児現はるゝなり。遂げ難き相思益※(二の字点、1-2-22)恋情を激発し、成し難きの事業愈※(二の字点、1-2-22)志気を奮励す。不幸の観念は何物をか捉へんとして、捉ふること能はざるより生ずるなり、此の観念の存在する限は、心霊の平衡を失ひたる者にして、熱意なる者はけだし此の平衡を回復せんが為に存するなり。磁石に消極積極の二質あり、この二質が平均せざる限は、引力といふ不可思議の力を此世より絶つこと能はざるなり。斯の如く人間も亦た心霊の平衡を回復せざる限りは、熱意といふ不可思議の力を絶つこと能はざるなり。熱意は力なり。必らず到着せんとするところを指せる、一種の引力なり。この引力は人をしてたまたま偉大なる人物とならしめ、適ま醜悪なる行為をなさしめ、或は善、或は悪、或は聖愛、或は痴情、等の名をたる百般の光景を現出して、人生を変幻極まりなきドラマたらしむ。
 人は夢の如き事実を追随する事あり。事実の如き夢を追随する事あり。虚心を以て観る時は、夢にして、而して熱意を以て観る時は、事実の如く視らるゝ者あり、熱意を以て観る時は、夢にして、而して虚心を以て観る時は、事実の如く視らるゝ者あり。虚心は想像を容れず、熱意は想像の好友なればなり。虚心は徹頭徹尾、事実の中に注ぎ、熱意は往々にして、想像の跡を追ふて事実の域を脱す。虚心は意味ある者を意味なくし、熱意は意味なき者に意味を加ふ。虚心は波瀾を抑へ、熱意は風濤ふうたうを生ず。諒解力は常に道理と伴はず。道理は能く人を制抑し、諒解力は能く人を興発す。夢と事実とは、其物の夢と事実とにあらず、之を夢とする者と之を事実とする者との別あるのみ。預言者の先見は夢の如くにして而して事実なる事あり、商売人の蓄財は事実の如くにして而して夢なる事あり。熱意は凡ての事に洗礼を施す者なり。熱意なきは活火なきなり。活火なきは意味なきなり。
 意味多き生涯と、意味少なき生涯とは、プロビデンスの手に握れる斧の撃ち方の相異より生ずる差別なり。人間の額上に刻める皴波しわなみは即ち、意味多きと意味少なきとを見分けべき字引の一種なり。
 人生を解釈せんとする者は詩人なり、而して、詩人の、尤も留意するところは、意味の一字にあり。熱意は即ち意味なり。全く熱意なくして意味ある者あらず。意味を生ずるものは熱意なり。人生に意味あるは即ち熱意あるが故なり。熱意あるが故に、執着あり。執着あるが故に、困難あり、又た不幸あり。悲哀なる出し物に対して、悲哀の同感を生ずるは、彼方の熱意が此方の熱意を誘発すればなり。熱意はトラゼヂーの要素にして、而して、悲哀の物に対する快感の要素の一なり。人生に熱意あるは、即ち戯曲にトラゼヂーある所以なり。熱意、之れ詩人が討究すべき一題目ならずや。

(明治二十六年六月)




 



底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「評論 六號」女學雜誌社
   1893(明治26)年6月17日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2005年3月30日作成
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