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穴(あな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 6:14:27  点击:  切换到繁體中文


      三

 憲兵隊は、鉄道線路のすぐ上にあった。赤い煉瓦の三階建だった。露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、上等兵につれられて、垢に汚れた手すりを伝って階段を登った。一週間ばかりたった後のことだ。二階へ上るとようよう地下室から一階へ上った来たような気がした。しかし、そこが二階であることは、彼は、はっきり分っていた。帰るには、階段をおりて、暗い廊下を通らなければならなかった。そこを逃げ出して行く。両側の扉から憲兵が、素早く手を突き出して、掴まえるだろう。彼は、外界から、確然と距てられたところへ連れこまれた。そこには、冷酷な牢獄の感じが、たゞよっていた。「なんでもない。一寸話があるだけだ。来てくれないか。」病院へ呼びに来た憲兵上等兵の事もなげな態度が、却って変に考えられた。罪なくして、薄暗い牢獄に投じられた者が幾人あることか! 彼はそんなことを思った。自分もそれにやられるのではないか!
 長い机の両側に、長い腰掛を並べてある一室に通された。
 曹長が鉛筆を持って這入って来て、彼と向い合って腰掛に腰かけた。獰猛な伍長よりも若そうな、小供らしい曹長だ。何か訊問するんだな、何をきかれたって、疑わしいことがあるもんか! 彼は心かまえた。曹長は露西亜語は、どれくらい勉強したかと訊ねた。態度に肩を怒らしたところがなくて砕けていた。
「西伯利亜へ来てからですから、ほんの僅かです。」
 云いながら、瞬間、何故曹長が、自分が露西亜語をかじっているのを知っているか、と、それが頭にひらめいた。
「話は出来ますか。」曹長は気軽くきいた。
「どっから僕が、露西亜語をかじってるんをしらべ出したんですか?」
停車場ていしゃばで君がバルシニャ(娘)と話しているのをきいたことがあるよ――美人だったじゃないか。」
「あの女は、何でもない女ですよ。何も関係ありゃしないんです。」彼は、リザ・リーブスカヤのことを思い出して、どぎまぎして「胸膜炎で施療に来て居るからそれで知っとるんです。」
「そう弁解しなくたって君、何も悪いとは云ってやしないよ。」
 曹長は笑い出した。
「そうですか。」
 慌てゝはいけないと思った。
 曹長は、それから、彼の兄弟のことや、内地へ帰ってからどういう仕事をしようと思っているか、P村ではどういう知人があるか、自分は普通文官試験を受けようと思っているとか、一時間ばかりとりとめもない話をした。曹長は現役志願をして入営した。曹長にしては、年の若い男だった。話し振りから、低級な立身出世を夢みていることがすぐ分った。彼は、何だ、こんな男か、と思った。
 二人が話している傍へ、通訳が、顔の平べったい、眉尻の下っている一人の鮮人をつれて這入って来た。阿片の臭いが鼻にプンと来た。鰌髭どじょうひげをはやし、不潔な陋屋の臭いが肉体にしみこんでいる。垢に汚れた老人だ。通訳が、何か、朝鮮語で云って、手を動かした。腰掛に坐れと云っていることが傍にいる彼に分った。だが鮮人は、飴のように、上半身をねち/\動かして、坐ろうとしなかった。
「坐れ、なんでもないんだ。」
 老人は、圧えつけられた、苦るしげな声で何か云った。
 通訳がさきに、彼の側に坐った。そして、も一度、前と同様に手を動かした。
 老人は、机のはしに、丸い爪を持った指の太い手をついて、急に座ると腰掛が毀れるかのように、腕に力を入れて、恐る/\静かに坐った。
 朝鮮語の話は、傍できいていると、癇高く、符号でも叫んでいるようだった。滑稽に聞える音調を、老人は真面目な顔でしゃべっていた。黄色い、歯糞のついた歯が、しおれた唇の間からのぞき、口臭が、喇叭状ラッパじょうに拡がって、こっちの鼻にまで這入ってきた。彼は、息を吐きかけられるように不潔を感じた。
「一寸居ってくれ給え。」
 曹長は、刑法学者では誰れが権威があるとか、そういう文官試験に関係した話を途中でよして、便所へ行くものゝのように扉の外へ出た。
 彼は、老人の息がかゝらないように、出来るだけ腰掛の端の方へ坐り直した。彼は、癇高い語をつゞけている通訳と老人の唇の動き方を見た。老人は苦るしげに、引きつっているような舌を動かしている。やがて通訳も外へ出てしまった。年取った鮮人と、私とが二人きりで、部屋の中に残された。二人はお互いに、相手の顔や身体を眺めあった。老人は、鮮人に共通した意気の揚らない顔と、表情とを持っていた。彼は鮮人と云えば、皆同じようなプロフィルと表情を持っているとしか見えない位い、滅多に接近したことがなかった。彼等の顔には等しく、忍従した上に忍従して屈辱を受けつゞけた人間の沈鬱さが表現されているばかりだ。老人には、泣き出しそうな、哀しげな表情があった。
 彼は、朝鮮語は、「オブソ」という言葉だけしか知らなかった。それでは話が出来なかった。
「どこに住んでいるんだ。」
 露西亜語できいてみた。
 黄色い歯を見せて老人は何か云った。語調が哀れで悄然としていた。唇が動くにつれて、鰌髭が上ったり下ったりした。返事は露西亜語で云われたが、彼には意味がとれなかった。
「どうして、こんなところへやって来たんだ?」
 彼は、また露西亜語できいた。老人は不可解げに頸をひねって、哀しげな、また疑うような眼で、いつまでもおずおず彼を見ていた。
 彼も、じっと老人を見た。

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