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鼠頭魚釣り(きすづり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 9:45:29  点击:  切换到繁體中文


 雨はまた一トしきり木々の梢に音立てゝ降り来り、夜は静かにして灯火黄なり。兄は弟の面を視、弟は兄の面を視て、ものいはぬこと良(やゝ)久し。明日の天(そら)を気づかひて今朝より人ヽに幾度か尋ね問ひしに、おぼえある人ヽは皆、今日こそ斯く曇れ明日は必ず雨無かるべしと云ひしが、此のありさまにては晴るゝべくもあらず、空頼めとはかゝる時より云ひ出したる言葉なるべしなどと心の内に喞つ折しも、雨を衝(つい)て父上来玉へり。
 かねて御申しかはせは仕たりしも此の雨にては明日のほども覚束無し、まことに本意(ほい)無(な)くは侍れど心に任せぬは天(そら)の事なり、まづ兎も角も休ませ玉へと云へば、父上は打笑ひ玉ひて、天のさまの測り難きは常の事なれば喞つべからず、されど今斯程に雨ふるは却つて明日の晴れぬべき兆(しるし)ならんも知るべからず、我が心にては何と無く明日は必ず晴るべきやう思ひ做さるゝなりなどと説き玉ふ。弟も我もこれに聊か頼もしくは思ひながらも、猶板戸打つ雨の音に心悩ましくおぼえて、しぶる/\枕につく。天若し晴れたらんには夜の二時といふに船を出さんとの約束なれば、夢も結ぶか結ばざるに寐醒めて静かに外のさまを考ふるに、雨の音は猶止まず、庭樹の戦(そよぎ)に風さへ有りと知らる。今はこれまでなりと其儘枕に就きたれど、流石に若くは今少時にして晴れもやせんとの心に引かされて、直ちには睡りかね居たるに、思ひは同じ弟も常には似ず眼さとく起き出でゝ、耳を欹てつ何やらん打案じ顔したりしが、やがて腹立たしげに舌打ち一つして、また夜被(よぎ)引かつぎたるさまいとをかしかりければ、思はず知らずふゝと笑ひを洩らす。其声を聞きつけて、兄上も寤め居たまへるや、此雨はまた如何に降りに降る事ぞ、さても口惜からずやと力無く睡気に云ふ。我もあまりの興無さに答へをせんも物憂くて、おゝとのみ応へつ、また睡る。
 若くは雨の止むこともあらんとの思ひに心休まらで、睡るとも無く睡らぬとも無く時を過ごしける中、いつしか我を忘れて全く睡りに入りけるが、兄上ヽヽと揺り覚まされて、はつと我に返れば、灯火(ともしび)の光きら/\として室の内明るく、父上も弟も既(はや)衣をあらためて携ふべきものなど取揃へ、直にも立出でんありさまなり。雨は止みたりや、天(そら)は如何にと云へば、弟、雨は猶降れゝど音も無き霧雨となりたり、雲の脚断(き)れて天明るくなりたれば、やがて麗はしく晴れん、人々の言葉も必ず空頼めなるまじと勇み立つて云ふ。雨戸一枚繰り開けたるところより首をさし出して窺ふに、薄墨色の雲の底に有るか無きかの星影の見えたるなど、猶おぼつか無くは思はるれど望みを断つべくもあらぬさまとなりぬ。いざさらば船宿まで行かめ、船出す出さぬは船頭こそ判じ定むべけれ、我等の今こゝにて測り知るべきにはあらず、行かめ、行かめと手疾く衣を更へて立出づ。
 三時を纔に過ぎたるほどの頃なれば、吾が家の門の戸引開くる音さへいと耳立ちて、近き家ヽに憚りありとおもはるゝまで、四囲(あたり)は物静かなり。傘さゝでもあるべき雨、堤の樹ヽの梢に音さするまでならぬ風、おぼろげなる星の光、人顔定かならぬ明るさなど、なか/\にめでたき払曉(あけがた)のおもむきを味はひて、歌もがななんど思ひつゝ例の長き堤を辿る。おのれは竿を肩にし、弟は食料を提げ、父上は※※を持ち玉ひつゝ、折ヽおつる樹の下露に湿るゝも厭はず三人して川添ひを行くに、水の面は霧立ち罩めて今戸浅草は夢のやうに淡く、川幅も常よりは濶ヽと見ゆる中を、篝火焚きつゝいと長き筏の流れ下るさまなど、画にも描くべくおもしろし。
 枕橋吾妻橋も過ぎて、蔵前通りを南へ、須賀橋といふにさしかゝりける折しも、橋のほとりの交番所にて巡査の誰何するところとなりぬ。唯一ト声、釣りせんとて通るものなりと答へしのみにて、咎めらるゝ事も無く済みけるが、此のあたりの地をば吾が家にて有ちし往時(むかし)もありければ、一ト言にても糺されしことの胸わろきにつけて、よし無き感を起しゝも烏滸がまし。
 あづま屋に着きたるに、時は思ひのほかに早くて猶未だ四時には至らず。小糠雨猶止まねど雲脚しきりに断れて西の方の空いよ/\明るく、朝風涼しく吹きて心地よきこと云ふばかり無し。我等の至れるを見て舟子は急がはしく立ち出で、柳橋の上に良久しく佇みて四方(よも)の空のさまを見めぐらす。今日の晴雨を詳(つまびらか)に考ふるなるべしと思へば、天(そら)のさま悪しゝ、舟出し難しなど云はれんには如何せんと、傍観(わきみ)する身の今さら胸轟かる。舟子やがて橋より下り来て、悪しかりし空のさまも悉く変りて今は少しも虞れ無くなりぬ、雨は必ず快く霽るべし、風は必ず好きほどに吹くべし、いざ船に召し玉へと心強く云へば、弟も我も笑みかたぶきて父上とも/″\船に乗る。
 纜縄(もやひ)解く、水※(みさお)撞き張る、早緒取り掛けて櫓を推し初むれば、船は忽ち神田川より大川に出で、両国の橋間を過ぎ、見る目も濶き波の上に一羽の鴎と心長閑に浮びて下る。新大橋を過ぐる折から雨またばら/\と降り来。されど舟子の少しも心にかけぬさまなるに我等も驚かで、火を打(おこ)し湯を沸(たぎ)らしなどす。およそ船の遊びには、貴きも富めるも何くれと無く幇け合ひて働くを習ひとす。若し自ら高ぶり或は又全く心づかずして何事をも為さゞる者あれば、逸り気なる舟子などはこれを達磨さまと云ひて冷笑ふ。手も脚も無きといふ意(こころ)なるべし。また船の※(へさき)の方に我は顔して坐りなどする者をば将監様とよぶ。これは江戸の頃の水の上の司(つかさ)向井将監にかけて云へるにて、将監のやうに坐りて傲り高ぶれるといふ意なるべし。達磨と云はるゝがうしろめたくてにはあらねど、舟を行るのみにても人一人だけの働きなるに、猶飯を炊かせ味噌汁つくるまでの事ヽを悉く打任せたらんは余りに心無きわざなれば、慣れぬ手もとの覚束無くはあれど何よ彼よと働く。其むかし一人住みしける折の事も思ひ出されて、拙くもをかしきことのみ多し。
 風の向き好くなりぬ、帆を揚げんとて、舟子帆をあぐ。永代橋を過ぎて後は四方(よも)のさま全く変りて、眼を障るものも無き海原の眺め、心ものび/\とするやうなり。雨全く収まりて、雲のうしろに朝日昇りたる東の天(そら)の美しさ、また紅に、また紫に、また柑子色に、少しづゝ洩るゝ其光りの此雲彼雲の縁(へり)を焼きたるさま、喩へん方無く鮮やかに眼も眩むばかりなり。雨の後の塵無き天の下にて快き風に船を送らせながら、絵も及びがたき雲の美しさに魂を酔はせつゝ、熱き飯、熱き汁を味はふ此楽しさは、土にのみ脚をつけ居る人の知らぬところなり。幸福(さいはひ)多かるべきかな舟の上の活計(みすぎ)や、日に/\今朝の如くならんには我は櫓をとり舵を操りて、夕の霧、旦(あした)の潮烟りが中に五十年の皮袋を埋め果てんかなと我知らず云ひ出づれば、父上は何とも応へ玉はで唯笑ひ玉ふ、弟はひたすら物食ふ、舟子は聞かざるが如く煙草管(きせる)啣みて空嘯けり。
 朝食(あさげ)仕果てゝ心静かに渋茶を喫みつゝ、我は猶胴梁に※つて限り無き想ひに耽る。詩趣来ること多くして、塵念生ずること無し。声を放つて漁夫の詞を誦して、素髪風に随(まか)せて揚げ遠心雲と与に遊ぶといふに至つて、立つて舞はんと欲しぬ。
 今さら云はんはいと烏滸なれど、都は流石に都なるかな。昨夜の雨に大かたの人は望みを絶ちたるなるべければ、今日は釣る人の幾干(いくばく)もあらじと思ひけるに、釣るべきところに来りて見れば釣り舟の数もいと多くして、なか/\数へ得べくもあらぬまでおびたゞしく、秋の木の葉と散り浮きたるさま、喩へば源平屋島の戦ひを画に見る如し。あゝ都なればこそ、都なればこそと、そゞろに都の大なるを感ずるも、あながち我がおろかなるよりのみにはあらで、其処に臨みて其様を見ば何人も起すべき思ひなるべし。
 舟子はやがて好しと思ふところに船をとゞめて、※に積み来りし「きゃたつ」を海の中におろす。「きゃたつ」は高さ一間あまりもあるべし、裾広がりなる梯二つを頂にて合せ、海中にはだかり立ちて、其上に人を騎らしむるやう造りたるものなり。およそ青鼠頭魚は物音を嫌ひ、物影の揺ぐをも好まざるまで神経(こゝろ)敏(はや)きものなれば、船にて釣ることも無きにはあらねど、「きゃたつ」に騎りて唯一人静かに綸を下すを常の事とす。仮にも酒など用ゐて笑ひさゞめきながら釣るが如きことは、此遊びには叶はぬことなり。されど中川寄りの人ヽは一人乗の小舟を漕ぎ出して、こゝぞと思ふところに碇を下し、いと静かにして釣るに、其獲るところ必しも「きゃたつ」釣りに劣らずといふ。そは舟も髫髪児(うなゐこ)が流れに浮くる笹舟の如くさゝやかにして、浪の舟腹打つ音すら、するかせぬかといふ程なるより、魚も流石に嫌はぬなるべし。白鼠頭魚はかく「きゃたつ」に騎るなどといふこと無く、一つ船の中にて親子妹脊打語らひながら釣るべければ、女など伴はんには白鼠頭魚釣りをよしとするとぞ。
 さて舟子は既(はや)「きゃたつ」を海の中にたてゝ、餌匣(えばこ)と※※とを連ねたるものをも其に結ひつけ終りければ、弟先づ釣竿を携へて「きゃたつ」に上り、兄上羨みたまふな、必ず数多く釣りて見せまうすべしと誇る。舟子は笑ひながら船を漕ぎ放して、弟の「きゃたつ」立てるところよりは三十間も距たりたらんと思はるゝところに船を止め、「きゃたつ」を立つ。此度は父上これに騎り玉ふ。父上、父上、よく釣り玉へなどいふ間に、舟子はまた舟を漕ぎ開きて、同じ三十間ばかり距たりたるところに「きゃたつ」を立つ。こたびは我これに跨がり、急ぎて鉤に餌を施し、先づこれを下して後はじめて四方(あたり)を見るに、舟子は既(はや)舟を数十間の外に遠ざけて、こなたのさまを伺ひ居れり。
 弟は如何に、父上はと見るに、弟も父上も竿を手にして余念も無げに水の上を見つめたるさま、更に憐む垂綸の叟、静かなること沙上の鷺の若(ごと)し、といへる詩の句も想ひ浮めらる。父上弟のみならず、眼も遥かに見渡す限りの人ヽ「きゃたつ」に乗りていと静かに控へぬは無ければ、まことに脚長き禽の群れて水に立てるが如く、また譬へば野面に写真機を据えたるを見るが如し。腰を安んずるところ方一尺ばかりを除きては身の囲り皆水なれば、まことに傍観(わきめ)は心細げなれど、海浅くして沙平らかなるところの事とて、まことは危(あやふ)げ更に無く、海原に我たゞ一人立ちたる心地よさ、天(そら)よりおろす風に塵無く、眼に入るものに厭ふべきも無し。滄浪の水に足を濯ふといふもかくてこそと微笑まる。一身已に累無し、万事更に何をか欲せん、たゞ魚よ疾く鉤にかゝれと念ずる折から、こつりと手ごたへす。さてこそと急ぎ引きあげんとするに、魚は免れんとして水の中をいと疾く走る。其速きこと思ひのほかにして、鉤につけたる天蚕糸の、魚の走るに連れて水を截る音きう/\と聞え、竿は弓なして丸く曲りけるが、やうやくにして魚の力弱りたるを釣りあげ見れば、五寸あまりの大きさのなり。悦びて※※の中にこれを放ち入れつ、父上は弟はと見めぐらすに、父上の手にも弟の手にも既(はや)幾尾か釣れたりとおぼしく、網※※はいと長く垂れて其底水に浸り居れり。さては彼方にても獲たりと見ゆ、釣り負けまじものをと心を励まして、また綸を下すに、また少時して一尾を獲たり。
 一尾又一尾と釣りて正午(まひる)に至りける頃、船を舟子の寄せければ、それに乗り移りて、父上弟をも迎へ入れ、昼餉す。昼餉を終へて後、今一ト潮とて舟子船を前と同じからざるところに行りつ、それぞれ「きゃたつ」を立つ。こたびは潮(しほ)の頭(はな)の事とて忙しきまで追ひかけ追ひかけて魚の鉤に上り来れば、手も眼も及びかぬるばかりなり。我はかくばかり善く釣り得るが、父上弟はと遥かに視るに、父上も弟も面に喜びの色あるやうなれば、おのれも心満ちたらひて一向(ひたすら)に釣り居けるが、やがて潮満ち来て「きゃたつ」を余すこと二尺足らずとなりし時、舟子舟を寄せ来りて、今日はこれまでなり、又の日の潮にと云ふ。おのれ等これに足ることを知つておの/\船に戻り、其得たるところの多き少きを比ぶるに、父上第一にして、其次はおのれ、其また次は弟なりければ、齢の数に叶ひたるにやと父上打笑ひ玉ふ。さらば恨むところも無しと、弟も笑へば我も笑ふ。船の帰るさに順風(おひて)を得たるは、船子にも嬉しからぬことあらじ。こゝろよき南風に帆を張りて、忽ち永代橋、忽ち大橋、忽ち両国橋を過ぎ、柳橋より車に乗りて家に帰りつ、其得たるところを合せ数ふれば壱百三十尾にあまりける。父上の悦び、弟の笑顔、妻孥の其多く獲たるを驚きたゝふる、いづれ我が胸に嬉しと響かぬも無かりき。



底本:「日本の名随筆32・魚」作品社
   1985(昭和60)年6月25日初版発行
   1987(昭和62)年8月10日第2刷
底本の親本:「露伴随筆 第一冊」岩波書店
   1983(昭和58)年3月初版発行
※底本中ではばらばらに用いられている、小さい「ト」と大きい「ト」は大きい「ト」に統一しました。
入力:とみ~ばあ
校正:今井忠夫
ファイル作成:野口英司
2001年1月22日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


●表記について

本文中の/\は、二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)。
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」。

本文中の「ヽ」は「二の字点」(第3水準1-2-22)。

本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

※(げい)も射て

第3水準1-90-29
※(なまじ)に賢立(かしこだ)てして

第4水準2-12-72
円※形
方※形
※形球形

第3水準1-15-67
父上は※※を持ち玉ひつゝ、
餌匣(えばこ)と※※とを連ねたるものを
悦びて※※の中にこれを放ち入れつ、
網※※はいと長く垂れて

第3水準1-89-59、第4水準2-83-57
水※(みさお)撞き張る、

第3水準1-89-70
船の※(へさき)の方に
※に積み来りし

第4水準2-85-77
我は猶胴梁に※つて

第4水準2-3-20

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