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雪たたき(ゆきたたき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 10:16:43  点击:  切换到繁體中文

底本: 昭和文学全集 第4巻
出版社: 小学館
初版発行日: 1989(平成元)年4月1日
入力に使用: 1989(平成元)年4月1日初版第1刷


底本の親本: 露伴全集 第六巻
出版社: 岩波書店
初版発行日: 1978(昭和53)年発行

 

  上

 鳥が其巣をかれ、獣が其あなをくつがえされた時は何様どうなる。
 悲しい声もくは立てず、うつろな眼は意味無く動くまでで、鳥はささむらや草むらに首を突込み、ただ暁のそらを切ない心に待焦るるであろう。獣は所謂いわゆるおどろき心になって急にはしったり、おそれの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら、何ぞの場合にはみつこうか、はたきつけようかと、恐ろしい緊張を顎骨あごぼねや爪の根にみなぎらせることを忘れぬであろう。
 応仁、文明、長享、延徳をて、今は明応の二年十二月の初である。此頃はかみは大将軍や管領から、しもは庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となったものが何程どれほど有ったことだったろう。
 此処は当時みんや朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。
 夕方からち出した雪が暖地にはめずらしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだぎわにはなりながらはらはらと降っている。片側は広く開けて野菜圃やさいばたけでも続いているのか、其間に折々小さい茅屋ぼうおくが点在している。他の片側は立派な丈の高い塀つづき、それに沿うて小溝が廻されている、大家たいかの裏側通りである。
 今時分、人一人通ろうようは無い此様こんなところの雪の中を、何処を雪が降っているというように、寒いも淋しいも知らぬげに、昂然こうぜんとして又悠然として田舎の方から歩いて来る者があった。
 こんなところを今頃うろつくのは、哀れな鳥か獣か。小鳥では無いまでも、いずれ暖い洞窟が待っているのでは無い獣でもあるか。
 薄筵うすむしろの一端を寄せつかねたのを笠にもみのにも代えて、頭上から三角なりにかぶって来たが、今しもそらを仰いで三四歩ゆるりと歩いた後に、いよいよ雪は断れるナと判じたのだろう、
「エーッ」
と、それを道の左の広みの方へかなぐり捨てざまにほうって了った。如何にも其様そんな悪びれた小汚い物を暫時にせよていたのがかんに触るので、其物に感謝の代りに怒喝を加えてなげてて気をくしたのであろう。もっとも初から捨てさせるつもりで何処ぞで呉れ、捨てるつもりで被て来たには相違無いわびしいものであった。
 少し速足になった。雪はもとよりべた雪だった。ト、下駄の歯の間にたまった雪に足を取られて、ほとほところびそうになった。が、素捷すばやい身のこなし、足の踏立変ふみたてがえの巧さで、二三歩泳ぎはしたが、しゃんと踏止まった。
「エーッ」
 今度は自分の不覚を自分で叱る意で毒喝したのである。余程はらの中がむしゃくしゃして居て、悪気が噴出したがっていたのであろう。
 叱咤しったしたとて雪はれはしない、益々固くなって歯の間に居しこるばかりだった。そこで、ふと見ると小溝の上に小さな板橋とおぼしいのが渡っているのが見えたので、其板橋の堅さを仮りてと橋の上にかかったが、板橋では無くて、柴橋に置土をした風雅のものだったのが一ト[#「ト」は小書き]踏で覚り知られた。これではいけぬと思うより早く橋を渡り越して其突当りの小門の裾板に下駄を打当てた。乱暴ではあるが構いはしなかった。
「トン、トン、トン」
 けるに伴なって雪は巧くけて落ちた。左足の方は済んだ。今度は右のをと、左足を少し引いて、又
「トン、トン」
と、蹴つけた。ト、ようやくに雪のしっかりはまり込んだのが脱けた途端に、音も無く門は片開きに開いた。開くにつれて中の雪がほの白く眼に映った。男はさすがにギョッとしない訳にはゆかなかった。
 が、逃げもしなかった、口も利かなかった。身体は其儘そのまま、不意に出あっても、心中は早くも立直ったのだ。自分の方では何とすることもせず、先方の出を見るのみに其瞬間は埋められたのであった。然し先方は何のこだわりも無く、身を此方へ近づけると同時に、何の言葉も無く手をさしのべて、男の手を探り取ってやさしく握って中へ引入れんとした。触った其手は暖かであった、なよやかであった。其力はやわらかであった、たしかにいやしく無い女の手であった。これには男は又ギョッとした。が、しかし逃げもしなかった、口もきかなかった。
「何んな運にでもぶつかって呉りょう、運というもののつらが見たい。」
というような料簡りょうけんが日頃まって居るので無ければ斯様こうは出来ぬところだが、男は引かるるままに中へ入った。
 女は手ばしこく門をとざした。い締り金物と見えて音も少く、しかもぴったりと厳重に鎖されたようだった。雲の余りの雪は又ちらちらと降って来た。女は門の内側に置いてあった恐ろしい大きな竹の笠、――茶の湯者の露次に使う者を片手で男の上へかざして雪を避けながら、片手は男の手を取ってつつしまやかに導く。庭というでは無い小広い坪のうちを一ト[#「ト」は小書き]筋敷詰めてある石道伝いに進むと、前に当って雪に真黒く大きな建物が見えた。左右は張り出たように、真中は引入れてあるように見えたが、そこは深廂ふかびさしになっていて、其突当りは中ノ[#「ノ」は小書き]口とも云うべきところか。其処へかかると中に灯火ともしびが無く、外の雪明りは届かぬので、ただ女の手に引かるるのみの真暗闇に立つ身の、男はいささか不安を覚えぬでは無かった。
 然し男は「ままよ」の安心で、大戸の中のくぐとおぼしいところを女に従って、ただ只管ひたすら足許あしもとを気にしながら入った。女は一寸また締りをした。少しばかりの土間を過ぎて、今宵こよいの不思議な運を持来らした下駄と別れて上へあがった。女は何時の間に笠を何処へ置いたろう、これに気付いた時は男は又ギョッとして、其のさかしいのに驚いた。板の間を過ぎた。女は一寸男の手を上げた。男は悟った。畳厚さだけ高くなるのだナと。それでつまずくことなども無しに段々進んだ。物騒なの富家大家は、家の内に上り下りを多くしたものであるが、それは勝手知らぬ者の潜入闖入ちんにゅうを不利ならしむる設けであった。
 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフーンと好い香がした。じんでは無いが、外国の稀品きひんと聞かるる甘いものであった。
 女はここへ坐れと云うように暗示した。そして一寸会釈したように感じられたが、もの静かに去った。男は外国織物と思わるるやや堅いしとねの上にむんずと坐った。室隅には炭火が顔は見せねど有りしと知られて、へやはほんのりと暖かであった。
 これだけの家だ。奥にこそ此様こんな人気ひとけ無くはしてあれ、表の方には、相応の男たち、腕筋も有り才覚も有る者どもの居らぬ筈は無い。運の面は何様どんなつらをして現われて来るものか、と思えば、流石さすがに真暗の中に居りながらも、暗中一ぱいに我が眼が見張られて、自然と我が手が我が左の腰に行った。然したちまち思返して、運は何様な面をしておれの前に出て来るか知らぬが、おれは斯様こんな面をして運に見せてれ、とにったりとした笑い顔をつくった。
 其時上手かみての室に、忍びやかにはしても、男の感には触れるきぬずれ足音がして、いや、それよりも紅燭こうしょくの光がさっと射して来て、前の女とおぼしいのが銀の燭台を手にして出て来たのにつづいて、留木のかおりせるばかりの美服の美女が現われて来た。が、互にくも見交さぬに、
「アッ」
と前の女は驚いて、燭台を危く投げんばかりに、膝も腰もついえ砕けて、身を投げ伏しておもてかくしてしまった。
「にッたり」
と男は笑った。
 主人は流石に主人だけあった。これも驚いて仰反のけぞって倒れんばかりにはなったが、辛く踏止まって、そして踏止まると共に其姿勢で、立ったまま男を憎悪と憤怒との眼でにらみ下した。たけしい、さがしい、冷たい、氷の欠片かけのような厳しい光の眼であった。しかし美しいことは美しい、――悪の美しさの眼であった。
「にッたり」
と男は笑った。曇った鏡が人を映すように男は鈍々のろのろと主人を見上げた。年はまだ三十前、ふとじしの薄皮だち、血色は激したために余計紅いが、白粉おしろいとおして、我邦わがくにの人では無いように美しかった。眼鼻、口耳、皆立派で、眉は少し手が入っているらしい、代りに、髪は高貴の身分の人の如くに、わがねずに垂れている、其処が傲慢ごうまんに見える。
 夜盗のたぐいか、何者か、と眼稜めかどきつく主人が観た男は、額広く鼻高く、上り目の、たぶ少き耳、やりおとがいに硬そうなひげまばらに生い、甚だ多き髪を茶筅ちゃせんとも無く粗末に異様に短くつかねて、町人風の身づくりはしたれど更に似合わしからず、脇差一本指したるてい、何とも合点が行かず、せて居れども強そうに、今は貧相なれども前には人の上に立てるかとも思われ、盗賊の道の附入りということを現在には為したのなれど、癇癖かんぺき強くてまさしく意地を張りそうにも見え、すべて何とも推量に余る人品であった。その不気味な男が、前に
「にッたり」
と笑ったきり、何時までも顔の様子をかえず、にッたりを木彫きぼりにしたような者に「にッたり」とむかっていられて、憎悪も憤怒も次第に裏崩れして了った。実に怒る者は知る可し、笑う者は測るべからず、である。求むる有るものは弱し、恐るるに足らず、求むる無き者は強し、之を如何ともするあたわず、である。不可解は恐怖になり、恐怖は遁逃とんとうを思わしめるに至った。で、何も責め立てられるでも無く、強請されるでも無いが、此男の前に居るに堪え無くなって、退こうとした。が、前になきしている召使を見ると、そこは女の忽然こつねんとして憤怒になって、
「コレ」
と、小さい声ではあったが叱るように云った。
「…………」
「…………」
「…………」
であって、短い時間では有ったが、非常に長い時間のように思われて、女は其の無言無物の寂寞せきばくの苦に、十万億土を通るというのは斯様いうものででもあるかと苦んでいたので、今、「コレ」と云われると、それが厳しい叱咤であろうと何であろうと、活路を死中に示され、暗夜に灯火を得たが如く、急に涙の顔を挙げて、
「ハイ」
と答えたが、事態の現在を眼にすると、また今更にハラハラと泣いて、
「まことに相済みませぬ疎忽そこつを致しました。御相図おあいずと承わり、又御物ごしが彼方あのかた其儘そのままでござりましたので、……如何様にも私を御成敗下さりまして、……又此方様は、私、身を捨てましても、御引取いただくよう願いまして、よう致しますれば……」
と、今まで泣伏していた間に考えていたものと見えて、心有りたけをよどみなく言立てた。真実はおもてに現われて、うそや飾りで無いことは、其の止途無とめどない涙に知れ、そして此のまぎれ込者を何様どうしてさばこうか、と一生懸命真剣になって、男の顔を伺った。目鼻立のパラリとした人並以上の器量、純粋の心を未だ世に濁されぬ忠義一図いちずの立派な若い女であった。然し此女の言葉は主人の昨日きのう今日きょうを明白にして了った。そして又真正面から見た
「にッたり」
の木彫に出会って、これが自分で捌き得る人物だろうかと、おおい疑懼ぎくの念を抱かざるを得なくなり、又今更に艱苦かんくにぶつかったのであった。
 主人の憤怒はやや薄らいだらしいが、激情が退くと同時に冷透の批評の湧く余地が生じたか、
「そちが身を捨てましても、と云って、ホホホ、何とするつもりかえ。」
と云って冷笑すると、女は激して、
「イエ、ほんとに身を捨てましても」
とムキになって云ったが、主人は
「いや、それよりも」
と、女を手招きして耳に口を寄せて、何かささやいた。女は其意を得て屏風びょうぶめぐり、奥のかたへ去り、主人は立っても居られず其便に坐した。
 やがて女は何程か知れぬが相当の金銀を奉書を敷いた塗三宝に載せて持て来て男の前に置き、
「私軽忽きょうこつより誤って御足をとどめ、まことに恐れ入りました。些少さしょうにはござりますれど、御用を御欠かせ申しましたる御勘弁料差上げ申しまする。何卒なにとぞ御納め下されまして、御随意御引取下されまするように。」
と、利口に云廻して指をついて礼をすると、主人も同時に軽くかしらを下げて挨拶した。
 すると「にッたり」は「にッたり」で無くなった。にわかに強くき動かされて、ぐらぐらとなったように見えたが、憤怒と悲みとが交り合って、ただ一ツの真面目さになったような、犯し難い真面目さになって、
「ム」
と行詰ったが如くに一ト[#「ト」は小書き]息した。真面目の顔からは手強てごわい威が射した。主人も女も其威に打たれ、何とも測りかねて伏目にならざるを得なかった。蝋燭ろうそくの光りにちらついていた金銀などは今誰の心にも無いものになった。主人にも女にも全く解釈の手がかりの無い男だった。
「おのれ等」
と、見だての無い衣裳を着けている男の口からには似合わない尊大な一語が発された。然し二人は圧倒されて愕然がくぜんとした、中辺の高さでは有るが澄んで良い声であった。
「揃いも揃って、感心しどころのある奴の。」
 ののしらるべくもあるところをかえって褒められて、二人は裸身はだかみの背中をなまはまぐりで撫でられたでもあるような変な心持がしたろう。
「これほどの世間の重宝を、手ずからにても取り置きすることか、召使に心ままに出し入れさすること、日頃の大気、又しもの者を頼みきって疑わぬところ、アア、人のしゅたるものは然様そううては叶わぬ、主に取りたいほどの器量よし。……それが世に無くて、此様こんなところにある、……」
 二人を相手にしての話では無かった。主は家隷けらいを疑い、郎党は主を信ぜぬ今の世に対しての憤懣ふんまんと悲痛との慨歎がいたんである。此家このやの主人はかく云われて、全然意表外のことを聞かされ、へどもどするより外は無かった。
「しかし、此処の器量よしめの。かほどの器量までにおのれをせりげて居おるのも、おのれの私を成そうより始まったろう。エーッ、忌々しい。」
 眼の中より青白い火が飛んで出たかと思われた。主人は訳はわからぬが、其一閃いっせんの光に射られて、おのずとが眼を閉じて了った。
「この女めも、弁口、取りなし、下の者には十二分の出来者。しかも生命いのちを捨ててもと云居った、うその無い、あの料簡りょうけん分別、アア、立派な、好い侍、かわゆい、忠義の者ではある。人に頼まれたる者は、然様のうては叶わぬ。高禄をくれても家隷けらいちたいほどの者ではある。……しかし大すじのことが哀れや分って居らぬ、致方無い、教えの足らぬ世で、忠義の者が忠義でないことをして、忠義と思うて死んで行く。善人と善人とが生命を棄てあって、世を乱している。エーッ忌々しい。」
 全然二人の予期した返答は無かったが、ここに至って、此の紛れ入り者は、何の様な者かということが朧気おぼろげに解って来た。しかし自分達が何様扱われるかは更に測り知られぬので、二人は畏服いふくの念の増すに連れ、愈々いよいよ底の無い恐怖に陥った。
 男はおもむろにへやの四方を看まわした。屏風びょうぶ衝立ついたて御厨子みずし、調度、皆驚くべき奢侈しゃしのものばかりであった。床の軸は大きな傅彩ふさい唐絵からえであって、脇棚にはもとよりくは分らぬが、いずれ唐物と思われる小さな貴げなものなどが飾られて居り、其の最も低い棚には大きな美しい軸盆様のものが横たえられて、其上に、これは倭物わものか何かは知らず、由緒ありげな笛が紫絹を敷いて安置されていた。二人は男の眼の行くかたを見護ったが、男は次第に復「にッたり」に反った。かさず女は恐る恐る、
「何卒わたくし不調法を御ゆるし下されますよう、如何ようにも御詫おわびの次第は致しまする。」
と云うと、案外にも言葉やさしく、
「許してくれる。」
と訳も無く云放った。二人はホッとしたが、途端にまた
「おのれの疎忽は、けも無い事じゃ。ただし此主人あるじはナ」
と云いかけて、一寸口をとどめた。主人と云ったのは此処には居らぬまことの主人を云ったことが明らかだったから、二人は今さらに心をおどらせた。

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