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老中の眼鏡(ろうじゅうのめがね)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:35:18  点击:  切换到繁體中文

底本: 小笠原壱岐守
出版社: 講談社大衆文学館文庫、講談社
初版発行日: 1997(平成9)年2月20日
入力に使用: 1997(平成9)年2月20日第1刷
校正に使用: 1997(平成9)年2月20日第1刷


底本の親本: 佐々木味津三全集10
出版社: 平凡社
初版発行日: 1934(昭和9)年

 

       一

 ゆらりとひとれ大きくざしが揺れたかと見るまに、突然パッとあかりが消えた。奇怪な消え方である。
「……?」
 対馬守つしまのかみは、咄嗟とっさにキッとなって居住いを直すと、書院のうちのすみから隅へ眼を放ちながら、静かにやみの中の気配をうかがった。
 ――オランダ公使から贈られた短銃たんづつも、愛用の助広すけひろもすぐと手の届く座右ざうにあったが、取ろうとしなかった。刺客しかくだったら、とうに覚悟がついているのである。
 だが音はない。
 呼吸のはずみも殺気のうごきも、窺い寄っているらしい人の気配も何一つきこえなかった。
 しかし油断はしなかった。――少くも覚悟しておかねばならない敵は三つあるのだ。自分が井伊大老の開港政策を是認し踏襲とうしゅうしようとしているために、国賊とののしり、神州をけがす売国奴といきどおって、折あらばとひそかに狙っている攘夷じょうい派の志士達は勿論もちろんその第一の敵である。開港政策を是認し踏襲しようとしており乍ら倒れかかった江戸大公儀を今一度支え直さんために、不可能と知りつつ攘夷の実行を約して、和宮かずのみや御降嫁ごこうかを願い奉った自分の公武合体の苦肉の策を憤激している尊王派の面々も、無論忘れてならぬ第二の敵だった。第三は頻々として起る外人襲撃を憤って、先日自分が声明したあの言質に対する敵だった。
「公使館を焼き払い、外人をあやめて、国難を招くがごとき浪藉ろうぜきを働くとは何ごとかっ。幕政に不満があらばこの安藤を斬れっ。この対馬をほふれっ。それにてもなお憤りが納まらずば将軍家をしいし奉ればよいのじゃ。さるを故なき感情に激して、国家をあやうきに導くごとき妄動もうどうするとは何事かっ。閣老安藤対馬守、かように申したと天下に声明せい」
 そう言って言明した以上は、激徒が必ずや機を狙っているに違いないのだ。――刺客としたら言うまでもなくそのいずれかが忍び入ったに相違ないのである。
 対馬守は端然として正座したまま、潔よい最期さいごを待つかのように、じいっと今一度闇になった書院の中の気配を窺った。
 だがやはり音はない。
そあるか」
 失望したような、ほっとなったような気持で対馬守は、短銃と一緒にオランダ公使が贈ったギヤマン玉の眼鏡をかけ直すと、静かに呼んで言った。
道弥みちやはおらぬか。灯りが消えたぞ」
「はっ。只今持参致しまするところでござります」
 応じて時を移さずに新らしい短檠たんけいを捧げ持ち乍ら、いんぎんにそこへ姿を見せたのは、お気に入りの近侍きんじ道弥ならで、茶坊主の大無たいむである。
「あれは、道弥はおらぬと見えるな。もう何刻頃であろうのう?」
「只今四ツを打ちまして厶ります」
「もうそのような夜更よふけか。不思議な消え方を致しおった。よく調べてみい」
「……?」
「首をひねっておるが、何としてじゃ」
「ちといぶかしゅう厶ります。油も糸芯も充分厶りますのに――」
「喃!……充分あるのに消えると申すは不思議よ喃。もし滅火の術を用いたと致さば――」
「忍びの術に達した者めの仕業しわざで厶ります」
「そうかも知れぬ。伊賀流のうちにあったはずじゃ。そう致すと少し――」
「気味のわるいことで厶ります。御油断はなりませぬぞ」
「…………」
「およろしくば?」
「何じゃ」
「さそくに宿居とのいの方々へ御注進致しまして、取急ぎ御警固のすうを増やすよう申し伝えまするで厶りますゆえ、殿、御意ぎょいは?」
「…………」
「いかがで厶ります。およろしくば?」
「騒ぐまい。行けい」
「でも――」
「国政多難の昨今、廟堂びょうどうに立つものにその位の敵あるは当り前じゃ。行けい」
 秋霜烈日しゅうそうれつじつとした声だった。
 しりぞけて対馬守は眼鏡をかけ直すと、静かに再び書見に向った。――読みかけていた一書は蕃書取調所ばんしょとりしらべじょに命じて訳述させた海外事情通覧である。
 しかしその半頁までも読まない時だった。じいじいと怪しく灯ざしが鳴いたかと見るまに、またパッと灯りが消えた。同時に対馬守は再びきっとなって居住いを直すと、騒がずに気配を窺った。
 だがやはり音はない。息遣いも剣気も、刺客の迫って来たらしい気配は何一つきこえないのである。
「大無! 大無! また消えおったぞ」
「はっ。只今! 只今! 只今新らしいお灯り持ちまするで厶ります。――重ね重ね奇態で厶りまするな」
「ちとにおちぬ。油壷予に見せい」
 のぞいた対馬守のおもては、まもなく明るい笑顔に変った。消えた理由も、燃えない仔細もたちまちすべての謎が解けたからである。
粗忽者そこつもの共よ喃。みい。油ではないまるで水じゃ。納戸なんどの者共が粗相そそう致して水を差したであろう。取り替えさせい」
「いかさま、油と水とを間違えでもしたげに厶ります。不調法、恐れ入りました。すぐさま取替えまするで厶ります」
「しかし乍ら――」
「はっ」
「叱るでないぞ。いずれも近頃は気が張り切っている様子じゃ。僅かな粗相をも深くじて割腹する者が出ぬとも限らぬからな。よいか。決して強くとがめるでないぞ」
「はっ。心得まして厶ります。御諚ごじょう伝えましたらいずれも感泣かんきゅう致しますることで厶りましょう。取替えまする間、おろうそくを持ちまするで厶ります」
「うむ……」
 大きくうむと言い乍ら対馬守は、突然何か胸のうちがすうと開けたように感じて、知らぬまにじわりとしずくが目がしらに湧き上った。
 安心! ――いや安心ではない。不断に武装をつづけて、多端な政務に張り切っていた心が、ふと家臣をいたわってやったことから、計らずも人の心に立ちかえって思わぬまに湧き上った涙だったに違いないのである。
 銀台に輝かしく輝いているおろうそくが、そのまに文机ふづくえの左右に並べられた。
 静かに端座して再び書見に向おうとしたとき、――不意だった。事なし、と思われたお廊下先に、突然あわただしい足音が伝わると、油を取替えにいった茶坊主大無がうろたえ乍らそこにひざを折って言った。
「御油断なりませぬぞ! 殿! ゆめ御油断はなりませぬぞ!」
「来おったか」
「はっ。怪しの影をお庭先で認めましたよしにて宿居とのいの方々只今追うて参りまして厶ります!」
 さっと立ち上ると、だがお広縁先まで出ていったその足取りは実に静かだった。
 同時に庭先の向うで、バタバタと駈け違う足音が伝わった。と思われた刹那せつな――。
「お見のがし下されませ! お許しなされませ! 後生ごしょうで厶ります。お見のがし下されませ!」
 必死に叫んだ声は女! ――まさしく女の声である。
 対馬守の身体は、思わず御縁端ごえんばたから暗い庭先へ泳ぎ出した。
 同時のようにそこへ引っ立てられて来た姿は、女ばかりだと思われたのに、若侍わかざむらいらしい者も一緒の二人だった。
「御、御座ります。ここに御灯りが厶ります」
「……※(感嘆符疑問符、1-8-78)
 差し出した紙燭ししょくの光りでちらりとその二人を見眺めた対馬守の声は、おどろきと意外におどって飛んだ。
「よっ。そち達は、その方共は、道弥とお登代じゃな!」
 見られまいとして懸命に面を伏せていた二人は、まさしく侍女のお登代と、そうして誰よりも信任の厚かった近侍きんじの道弥だったのである。
 不義!
 いや恋! ――この頃中ごろじゅうから、ちらりほらりと入れるともなく耳に入れている二人のその恋の噂を思い出して、若く美しい者同士の当然な成行に、対馬守の口辺こうへんには思わずもふいっと心よい微笑がほころびた。
 だがそれは刹那の微笑だった。情に負けずに、不断に張り切っていなければならぬ為政者いせいしゃとしての冷厳な心を取り返して、荒々しく叱りつけた。
不埒者ふらちものたちめがっ。引っ立てい!」
「いえあの、そのようななぐさみ心からでは厶りませぬ! 二人とも、……二人ともに……」
 必死に道弥が言いわけしようとしたのを、
「聞きとうない! 言いわけ聞く耳も持たぬ! みなの者をみい! 夜の目も眠らず予の身を思うておるのに、呑気のんきらしゅう不義のたわむれに遊びほうけておるとは何のことか! 見苦しい姿見とうもない! 早々に両名共追放せい!」
 ややもすれば湧き立とうとする人の情と人の心を、荒々しい言葉でおさえつけるように手きびしく叱っておくと、かたわらをかえりみて対馬守はふいっと言った。
「そろそろその時刻じゃ。微行しのびの用意せい」
 ――九重ここのえの筑紫の真綿軽く入れた風よけの目深頭巾まぶかずきんにすっぽりおもてをつつむと、やがて対馬守は何ごともなかったように、静かな深夜の街へ出ていった。

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