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したゆく水(したゆくみず)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-11 9:31:32  点击:  切换到繁體中文


   第三回

 昼はさしもの人通り、本郷神田小石川、三区の塵に埋まる橋も。今は霜夜の月冴えて、河音寒き初更過ぎ。水道橋の欄干に、身を寄せ掛けたる一人の婦人。冷やかなる、月の光を脊に受けて、あくまで白いえりもとの、これにも霜の置くかと見えて、ぞつとするほど美麗しきを、後れ毛に撫でさせて、もの思はしげに河面を覗き込む様子に『もしお前さん、まさか身投げじやありますまいね』『知れた事さ。今時分、こんな所で、死ぬ奴があるものか』『でもお茶の水の一件から、何だかこの辺は不気味でね』『さうさ、女もお前のやうなのだと、どこであつても大丈夫だが。い女は凄いものさ』『人をツ、覚えてるから好い』と、戯れながら行く男女のあるに。じつと跡を見送りて。ほんに思へば、世はさまざまや。我は生きるか、死ぬる瀬に、立往生のこの橋を、おもしろをかしふ渡つて行く、人を羨む訳でなけれど。私も一旦夫と定めた助三さんが、真人間であるならば。たとひ始めは従妹の義理で、夫婦にされた中にもせよ。一度縁を結んだからは、見ん事末まで添遂げて、女子の道を立てふもの。あれほどまでの放埓を、私は因果とあきらめても。可愛や親の鑒識めがね違ひで、いかい苦労をさす事よと。父様なければ、母さんが、お一人してのお気苦労、せめて私が息ある内にと、取つて渡して下されし、三行半みくだりはんも、親の慈悲。まだそれだけでは安心がと、世に頼もしい旦那様に、お願ひ申して下さんしたに。やれ嬉しやとその後は、一生お仕え申す気で、お主大事と勤める内にも。あんまりな、奥様のお我儘。上を見習ふ下にまで、旦那様の御用といへば、跡へ廻してよいものと、疎畧にするのが面憎さ。要らざるところへ張持つて、旦那の御用に気を注けたが、思へばこの身の誤りにて、思はぬ外のお疑ひ、忠義が不義の名に堕ちたも。奥様ばかりが悪うはない。どの道悲しい目に逢ふが、どふやらこの身の運さうな。それを思へばこの後とも、よしんば、生きてみた処で、苦は色かゆる、いろいろの、涙を泣いて見るばかり。泣きに生まれた身体と思へば、死ぬるに何の造作はない。やはり死んで退けやうか。いやいやいや、死ぬるといへば、奥様も、私がお邸出たからは、よも御自害はなさるまい。それに私が死んだらば、今宵の仕儀を御存じなき、旦那様のお思召。あれ程までにいひおいたに、分らぬ女子とおさげすみ。不義の罰よと、奥様の、お笑ひよりは、まだつらい。とはいふものの、もしひよつと奥様のお身に凶事があらば、さしづめ私は主殺し。手は下さねど、片時も、生きてゐられる身体でないに。どの顔下げて、おめおめと、旦那にお目に掛かれやう。それを思へば、この期に及んで、迷ふはやはりこの身の愚痴。どの道死ぬるが勝であろと。覚悟は極めても、どこやらに、この世の名残、西へ行く。月を眺めて、しよんぼりと。どこで死なふの心の迷ひは、それもあんまり気短かの、心の乱れともつれ合ひ。縺れ縺るる生き死にの、途は二ツを、一筋に、定めかねたる、足もとの、運びに眼を注け、気を配り、様子を覗ふ一人の男子。もうよい時分と物影を、歩み出でむとするところへ。飯田河岸の方より、威勢よく、駈け来りたる車上の紳士。何心なく女の顔、見るより車夫に声かけて、小戻りさするに、はあはツと、女は驚き透かし見て『あツ旦那様』といふままに。はつと思ひし気のはづみ。我を忘れて、河中へ、ざんぶとばかり飛び込みたり。

   第四回

 宮柱、太しく立てて、東洋を、鎮護の神と仰がるる、招魂社の片辺りに。小綺麗な黒板塀。主翁あるじは太田彦平とて、程遠からぬ役所の勤め。腰弁当の境涯ながら。その実借家の四五軒ありて、夫婦が老を養ふに、事欠くべくはあらねども。実子なき身は、なまじひの、養子に苦労買はむより。金銭を孫とも子とも視て、気楽に暮そじやあるまいか、なう婆さんとの相談も、物やわらかなる気性とて。家賃の収入は、月々に、銀行預けと、定めても。どこやらゆたかな、生活くらし向き、一人二人の客人は、夜毎に絶えぬ、囲碁の友。夜の更けるのも珍らしからねば。慣れたものはこれでもよけれど。お園様はさぞやさぞ、御迷惑であらうもの。ちようど幸ひ、隣の貸家。あれを当分、御用に立てて、お食はこつちから運ばせて、夜分は、三を泊りに上げれば、万事お気楽お気儘で、御保養にならふにと。主翁が注意、行届いたる待遇もてなし振り。この日曜を幸ひに、拭き掃きもまあ一順、すむにはこれが第一肝要のお道具、三よお火鉢持つて行け、婆さまは茶道具揃えて上げましや、菓子器に、羊羹忘れまいと、己れは手づから花瓶を据えて。秋の名残の、菊一りん。ひちりんも御入用なら、何時なりと持たせましよ。その外何なり、かなりなものは、たくさんにござりまする。御遠慮なふ仰せられい。お淋しければ、この切戸が、これこの通り開きまする。そこがすぐに手前の前栽、縁側へは、一またぎでござりまする。ここから自由にお出這入り、どちらなりとも、お好きな方にお住居なされ。やれやれこれでお座敷も、ちよつと出来たと申すもの。これからは、決して決して、お気遣ひなされますな。ここがすなはち、あなたのお家、他人の家ではござりませぬ。家いつぱいに、おみ足も、お気もお延ばし下されいと。己れも延びた髯撫でて、帰る翁主と入れ違え。婆さまといふは気の毒な、五十二三の若年寄。良人ある身はこの年でも、なほざりにせぬ、身嗜みだしなみ。形ばかりの丸髷も、御祝儀までの心かや。おめで鯛の焼もの膳『外には何もござりませねど。皆々みんなあちらでお相伴、まづ召上がれ』とさし出す『あれまあ、それでは恐れいりまする。いつまでも其様そんなに、お客待遇して戴いては、気が痛んでなりませぬ。それよりは御勝手で、お手伝ひなと致したが』と。お園の辞退を引取りて『またしてもそんな事、おむづかしい御挨拶は、もうもう止しになされませ。先夜の今日日けふび、お身体も、まだすつきりとはなさるまい。お気遣ひは何よりお毒、当分お任せなされませ。深井様には、いろいろと、御恩に預かる私夫婦。役に立たずの老人が、未だに御用勤まりまするも、やはりお庇陰かげと申すもの。何御遠慮に及びましよ。かうしてお世話致すからは、失礼ながら、私どもは、他人様とは思ひませぬ。娘を一人設けたやうで、どんなに嬉しふござりませう。それにあなたの母御おやご様は、まましい中のあなた様を、この上もないお憎しみ。死なふとまでの御覚悟も、どふやらそんな御事からと、あの晩深井様からあらましは、承つてをりまする。及ばずながらこの後は、私夫婦と、申すほどのお役には立ちませねど。歴然れつきとしたお従兄の、深井様もいらせられまする。必ず必ず御苦労はあそばしますな。ほほ私とした事が、ついお話に身が入りて、御飯のお邪魔をいたしました。さあさあ早う召上がれ。そして御飯が済みましたらば、おぐしをお上げなされませぬか。お湯もわかしてござりまする。あなたのお年齢で、お装飾つくりを、大義とばかり仰しやるは、よくよく御苦労ありやこそと、お心汲んでをりますれど。さうばかりでは、なほの事、お気が塞いでいけませぬ。少しなりとも、御気分の引立つよう、無理にもお身体借りまして、お装飾申して見ましたい』と。なにかにつけて、世話好きな、老人気質、あれこれと、進まぬお園を勧め立て、装飾り上げたる、髪容かみかたち『嬉しやこれでお美しい、玉の光が見えました。娘があらば、ああかうと、物珍しい心から、余計な世話まで焼きたがる、うるさい婆とお怒りなく。私が申しまする事も、一ツ聞いて下されますか』と。持ち運んだる紙包み、二ツか、三ツか、三ツかさね『これこのお召のお襲ねは、ちよつとしたお着替えに、この銘仙が御平常ふだん着。お帯も上下、二通り、お長繻絆や、なにやかと、さしづめ遁れぬ御用のものは、揃えてあげまするやうと。あの翌日あくるひ深井様御越しの節のおつしやり付け。それではお柄を伺ひましてと。申し上げてはみましたなれど。お耳へ入れては、要る、要らぬと、御遠慮がめんどうな、それよりは、万事よきに計らふて、お着せ申してくれとのお詞。それ故の押付けわざ。御寸法は、あの濡れた、お召しに合はせてござりまする。大急ぎの仕立と申し、老人の見立ゆゑ、柄が不粋か存じませど。これでも吟味致したつもりと。ほほ自慢ではござりませぬ。何のこれが私どもから、差し上げるものではなし。深井様のお思召、お心置きなふお召替え。さうでなうては、私が、深井様へのお約束が立ちませぬ。さあさあ早う』と、しつけ糸、とくとく着せて見ましたい。お帯をお解き申しませう。あちらへお向きなされませ。私がお着せ申しますると。勧め上手が勧めては、否といはれぬ、今の身は。着てゐるものも、借りものを、これでよいとはいはれぬ義理。とても御恩に着るからは、他人のものより、御主のものと、思ひ定めておし戴き。着替えしところへ、計らずも、切戸口より主翁の案内『かやうな処でござりまする。ともかく一応御覧を』と。小腰を屈め、先に立ち、澄を伴ひ入来るに。今更何と障子の影、消え入りたい心をも、夫婦の手前、着飾つた、身の術なさを、会釈に紛らし出迎ふるに。さても美麗し、見違えたと見とれて、ふと心付き、たしか従兄の格なりしと、思ひ出しての答礼を。どふやら可恠おかしな御容子と、夫婦が粋な勘違ひ。四方山話もそこそこに。妻は母屋へ酒肴の準備、主翁も続いて中座せし、跡は主従さし向ひ。この間とお園は両手を支へ『何からお礼を申さうやら。取詰めました心から、後先見ずの先夜のしだら。お叱りもないその上に、冥加に余る御恩の数々。夫婦の衆まで私を、お従妹と、思ひましての手厚い待遇。どうもこれでは済みませぬ。やはり下女とお明かし下され、召使ひ同様に、致してくれられまするやう』と。いひかかるをば打消して『済むも済まぬもありはせぬ。従妹でも、何でもよい。邸に居るものといへば、かへつて不審を受けるゆえ、継母の為家出とすれば、穏やかでよからうと、思ひ付いたからの事。そこらは乃公に任しておけ。済む済まぬといひ出せば、家内の気質を知りつつも、邸に置いたが、そもそも誤り。それ故互ひに済む済まぬ、それはいつさいいはぬがよし。この后共に、汝に対してする事は、媼に対してする事なれば、乃公に礼をいふには及ばぬ。今日は幸ひの日曜なれば、この家の夫婦に、ゆつくりと、相談もしておくつもり。手芸を習ふか、縁付くか、どちらにしても、しかとした談話はなしの纒まるそれまでは、かうして気楽に暮すがよい。たとへば二年三年でも、汝一人をかうして置くが、乃公の痛痒いたみになりはせぬ。つまらぬ事に、気遣ひすな』と。今に始めぬ優しさに。はや涙ぐむお園の顔。いつの憐れに替はらねど。名もなき花の濡れ色と、さして心に止めざりし、その昨日には引替えて。よその軒端に見やればか。瞼に宿す露さへに、光り異なる心地して。今日より後は憐れさの、種を替えしも理や。富貴に誇る我が宿の、心も黒い、墨牡丹。この幾日はとりわけて、悋気の色も深みてし、その花の香に飽きし身は。ほのほの見えし夕顔の、宿こそ月を待つらめと、またいつの夜を来ても見む、心もここに兆せしなるべし。

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