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敵討札所の霊験(かたきうちふだしょのれいげん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-12 9:22:13  点击:  切换到繁體中文


        五十九

久「えゝお抱えに成りましたと云うのは、宇陀(うだ)の浅間山(せんげんやま)に北條彦五郎(ほうじょうひこごろう)という泥坊が隠れていて、是は二十五人も手下の者が有るので、合力(ごうりょく)という名を附けて居廻(いまわ)りの豪家(ごうか)や寺院へ強談(ごうだん)に歩き、沢山な金を奪い取るので、何うもこりゃア水戸(みと)笠間(かさま)辺までも暴(あら)すから助けて置いては成らぬと云うので、城中の者が評議をした、ところが何うも八州は役に立たぬから早川様が押えようという事になって、就きましては凡(およ)そ二百人も人数(にんず)が押出しました押出して浅間山を十分に取巻いて見た所が、北條彦五郎は岩穴の中に住んでいる、その穴の入口が小さくて、中へ這入るとずっと広くて、其処(そこ)に家(うち)を拵えて住居(すまい)として居り、また筑波口の方にも小さい岩穴が有って、これから是れへ脱(ぬ)けるように成って居(い)るから、此方(こちら)の方を固めて居ても、此方の方から谷に下りて水を汲んだり、或(あるい)は百姓家で挽割(ひきわり)を窃(ぬす)み、米其の外(ほか)の食物を運んで隠れて居ります、さ、これでは成らぬと槍鉄砲を持って向った所が穴の中が斯(こ)う成ってゝ鉄砲丸(だま)が通らぬから、何様(どん)な事をしてもいかぬ、所でもう是(こ)りゃア水攻めにするより外に仕方が無いと云って、どん/\水を入れて見ると、下へ脱(ぬ)けて落(おち)る処が有るから遂々(とう/\)水攻(みずぜめ)も無駄になって、何うしたら宜かろうと只浅間山を多勢(おおぜい)で取巻いて居るだけじゃが、肝腎の彦五郎は裏穴から脱けて、相変らず人を殺したり追剥(おいはぎ)を為(す)るので、これには殆(ほとん)ど重役が困っている所に、一人の修行者(しゅぎょうじゃ)が来て、あなた方は幾ら此処(こゝ)を取巻いて居ても北條彦五郎を取押える事は出来ません、殊に北條彦五郎は大力無双(だいりきぶそう)で、二十五人力も有るという事だから、兎(と)てもいけぬに依ってお引揚げなさいと云うから、引揚げたら何うすると云うと、私(わたくし)一人に盗賊取押え方(かた)を仰付けられゝば有難いと云うので、然らば修行者は何(ど)のくらいな力が有るかと云うと、私は力が有ります、何うか盗賊取押えを仰付けられたいと云うから、段々評議をした所が、何せ今までのように頑張っていても出るか出ないか知れぬから、当人が取押えると云うなら遣(や)らして見ろという仰しゃり付けで、これから其の修行者に取押えを言い付けた所が、其奴(そいつ)のいうには手前の脊負(しょ)った笈(おい)に目方が無くては成らぬから、鉄の棒を入れるだけの手当を呉れと云うから、多分の手当を遣ると全く金を取って逃げる者でも無く、それから手当の金で鉄の重い棒を買い、笈の中へ入れて、彼(か)の北條彦五郎の隠れて居るという穴の側へ行って、其処(そこ)へ笈を放り出して、労(つか)れた振(ふり)をして修行者が寝て居ると、ある月夜の晩に彦五郎の手下が穴の側へ見張に出て見ると、修行者が居るから、「これ何うした」「私(わたくし)は歩けません」「何ういう訳で歩けぬ」「道に労れて歩けませんから、寝て居ります」と云うと、「此処に居ては成らぬから行(ゆ)け」「行くにも行かないにも荷物が脊負(しょ)えません」「脊負えぬなら脊負わせて遣ろう」と云うので手下の奴が動かそうとしたが中々動かぬから、こりゃア何ういう重い物だか、是を脊負うのは剛(えら)い者だといって手下の者が皆寄ったが持てぬから「手前(てめえ)これを脊負って歩くか」「歩けますが、此の通り足を腫(は)らしたから仕様が有りません」と云うので足を出して見せると、巧(うま)く拵えて膏薬を貼って居て「これだから担(かつ)げません」と云うから「手前(てめえ)は何(ど)のくらい力がある」「私(わたくし)は五十人力ある」と云うと、手下の奴が「そりゃア嘘だろう」「なに嘘じゃアない」「いや嘘だ、嘘は泥坊の初まりだが、こりゃア手前が嘘だ」「いや決して嘘でない」という争いになると、北條彦五郎が、なに此の位の物を脊負って動けぬことが有るものかと云うので、連尺(れんじゃく)を附けて脊負って立ちやアがった、大力無双(だいりきむそう)の奴だから、脊負って立ちは立った所が歩けないで、やっとよじ/\五六足(あし)歩くと、修行者が後(うしろ)から突飛(つきとば)したから、ぐしゃッと彦五郎が倒れると、恐ろしい目方の物が上へ載ったから動きも引きも出来ない、すると修行者に首領(かしら)が打たれたと云うから、そりゃアと鉦(かね)太鼓で捕人(とりて)が行って、手下の奴を押えて吟味すると何処(どこ)から這入って何処から脱(ぬ)けるという事まですっぱり白状に及んだから、よう/\の事で浅間山の盗賊を掃除したと云うので、是れから其の修行者は剣術も心得て居るだろうから当家へ抱えろという事になって、これまで桜川(さくらがわ)の庵室に居ったから苗字(みょうじ)を櫻川と云って五十石にお抱えに成ったが、知慧もあり剣術も出来て余程(よっぽど)賢い奴だ、其の荷を拵えた工合(ぐあい)は旨いもので、動けない様にする工夫が巧(うま)いものじゃアないか」
山「へえ、それは全く修行者で、六部でげすか」
久「いや段々聞いたら何でも尋常(たゞ)の奴でない、人の噂でも何うも尋常漢(たゞもの)でない、大かた長脇差では無いかという評判を立てたら、当人がそんならお話をいたしますが、実は私(わし)は元は侍で、榊原藩でございますと云ったそうだが、面部(かお)に疵を受けた、総髪(そうはつ)の剛(えら)い奴で」
山「それは何でげすか、名はなんと」
久「名は櫻川という処に居った者で、櫻川又市と云う」
山「へえ桜川という処の者で」
久「いゝえ桜川の庵室に居ったから、それを姓として櫻川又市というので、面部(かお)に疵があり、えゝ年は四十一二で、立派な逞(たく)ましい骨太(ほねぶと)の剛い奴で」
山「左様でげすか、そりゃア立派な者でげすなア、何うもその才智もえらい者だが、私(わし)は何卒(どうぞ)して其の方を見たいものでげすな」
久「なに、時々下屋敷へも来ますよ」
山「只今は何方(いずかた)に」
久「今は小川町(おがわまち)の上屋敷に居ります」
山「若(も)しお下屋敷へお出でになったら一寸(ちょっと)教えて下さいませんか、何(いず)れそりゃア尋常漢(たゞもの)では有りませんなア、こりゃア見たいな、何ういう男か一度は見て置きたいが何うか一寸ねえ」
久「そりゃア造作もない事だから知らせましょう」
山「じゃア一寸知らせて下さい、別にお礼の致し方は無いが、あなたの非番の時に無代(たゞ)療治をして、好(い)い茶を煎(い)れて菓子を上げる位の事は致しますから」
久「それははや、そんな旨い事は無い、こりゃア有難いが、それは茶と菓子ばかりで療治の代を取らぬと云うこたア有りません、今度来たら屹度(きっと)知らせますが、滅多に此方(こちら)へは来ません」
山「何うか知らせて」
久「えゝ宜しい」
山「さア御療治」
 と云うので療治を致して、旨い菓子などを食わせて帰しました。跡で山平は、
山「屹度それに相違ない、何うかして見顕(みあら)わして遣りたいもの」
 と、中村に頼んで櫻川の来るのを待って居ると、天命免(のが)れ難く、十月十五日に猿子橋でお繼が水司又市と出遇(であ)いますると云う、これから愈々(いよ/\)巡礼敵討のお話でございます。

        六十

 さて図らずも白島山平が敵の手掛りを聞きましたから、お繼が帰って来るのを待って話を致すと、飛立つ程に悦び、
繼「少しも早く土屋様のお屋敷へ参って」
 と云うを、
山「いや未だ確(しか)と認めも付かぬうち、先(せん)の様に人違いをしては成らぬ、人には随分似た者もあり、顔に疵のある者も有るから、先達(せんだっ)ての人違いに懲(こ)りて、これからは善(よ)く/\心を落着け、確と面体(めんてい)を認めてから静かに討たんければ成らぬ、殊に汝(そち)は剣術が出来てもまだ年功がなし年も往(い)かぬから其の痩腕(やせうで)では迚(とて)も又市には及ばぬ、私(わし)も共に討たんでは成らぬ、殊にお照の為にはお兄様(あにいさま)の仇(あだ)であり、年頃心に掛けて居(い)る事ゆえ、お前一人で討つわけには往かぬに依って、宜く心を静めて又市が下屋敷へ参る時に認めて、私が討たせるから」
 と言聞(いいき)けて置きましたが、お繼は是を聞いてからは何卒(どうか)早く又市を見出したいと心得、土屋様の長屋下を御詠歌を唄って日々に窓から首を出す者の様子を窺(うかゞ)います所が、ちょうど十月の十五日の日でございます、浅草の観音へ参詣を致して、彼(あ)れから下谷へ出まして本郷へ上(あが)り、それから白山(はくさん)へ出て、白山を流して御殿坂(ごてんざか)を下(お)り、小石川極楽水自証院(こいしかわごくらくみずじしょういん)の和尚に逢って、丁度親父の祥月命日(しょうつきめいにち)、聊(いさゝ)か志を出して、何うかお経を上げて下さいと云う。和尚も巡礼の身上(みのうえ)で聊かでも銭を出して、仏の回向(えこう)をして呉れと云うのは感心な志と思いましたから、懇(ねんご)ろに仏様へ回向を致します。お経の間待って居りますると、和尚が茶を点(い)れたり菓子を出したり、また精進料理で旨くはないが、有合(ありあい)で馳走に成りまして、是から極楽水を出まして、彼(あ)れから壱岐殿坂(いきどのざか)の下へ出て参り、水道橋を渡って小川町へ来て、土屋様の下屋敷の長屋下を御詠歌を唄って、ひょっとして窓から報謝をと首を出す者が又市で有ったら何ういたそうと、八方へ眼(まなこ)を着けて窓下(まどした)を歩くと、十月十五日の小春凪(こはるなぎ)で暖(あった)かいのに、すっぱり頭巾で面(おもて)を隠した侍と、外(ほか)に二人都合三人連の侍が通用門を出まして小川町へかゝるから、顔を隠しては居るが、ひょっとしたら彼(あ)れが又市ではないかと、段々見え隠れに跡を追って参ります、なれども頓(とん)と様子が分りません。すると伊賀裏(いがうら)まで来ると一人の侍は別れ、後(あと)は二人になりまして、
侍「あゝ大きに熱うございました」
 と云う。これは成程熱い訳で、気候がぽか/\暖(あった)かいに、頭巾を冠(かむ)っていては堪(たま)らん訳でございます。やがて頭巾を取ると総髪(そうはつ)の撫付(なでつけ)で、額には斯う疵がある、色黒く丈(せい)高く、頬(これ)から頤(これ)へ一抔(いっぱい)に髯(ひげ)が生えている逞(たくま)しい顔色(がんしょく)は、紛れもない水司又市でございますから、親の敵と直(すぐ)に討掛(うちか)かろうと思ったが、まだ連(つれ)の侍が一人居りまするから、段々見え隠(がく)れに付いて参ると、浜町(はまちょう)へ出まして、彼(あ)れから大橋を渡りますると、また一人の侍は挨拶をいたして別れ、御船蔵前(おふなぐらまえ)へ掛って六間堀の方へ曲りますと、水司又市は一人になりまして、深川の元町へ掛って来たから最う我慢は出来ません。先へ通り抜けると、御案内の通り片側(かたかわ)は籾倉(もみぐら)で片側町になって居りまして、竹細工屋、瀬戸物屋、烟草屋(たばこや)が軒を並べて居り、その頃田月堂という菓子屋があり、前町を出抜けて猿子橋にかゝりますると、此方(こちら)は猿子橋の際(きわ)に汚い足代(あじろ)を掛けて、苫(とま)が掛っていて、籾倉の塗直(ぬりなお)し、其の下に粘土(ねばつち)が有って、一方には寸莎(すさ)が切ってあり、職人も大勢這入って居るが、もう日が西に傾きましたから職人も仕事をしまいかけて居ります、なれども夕日は一ぱいに映(さ)す。其の中(うち)に空は時雨(しぐれ)で曇って、少し暗くなりました所で、笠を取って刎除(はねの)け、小刀(しょうとう)を引抜きながら、
繼「親の敵」
 と名告(なの)りながらぴったり振冠(ふりかぶ)った時は、水司又市も驚いたの驚かないの、恟(びっく)り致して少し後(あと)へ退(さが)る。往来の者も驚きました。人中(ひとなか)で始まったから、はあと皆後(あと)へ下(さが)りました。ちょうど此の時白島山平は少しも心得ませんから療治を致して一人の客を帰した後(あと)で、茶を点(い)れて一服遣(や)って居りますると、入口から年四十二三の色の浅黒い女が、半纒(はんてん)を着て居りましたが、暖(あった)かいから脱ぎまして、包(つゝみ)へ入れて喘々(せい/\)して、
女「少しお頼みでございますがお手水場(ちょうずば)を拝借致しとうございます」
照「はい其処(そこ)は汚(きた)のうございますが、何ならお上(あが)りなすって」
女「いゝえ、汚ない処が心配が無くって宜しゅうございます」
 とつか/\と雪隠(せっちん)へ這入り頓(やが)て出て参って、
女「あの少しお冷水(ひや)を頂き度(た)いもんでございます、此処(こゝ)に有るのを頂いても宜しゅうございましょうか」
照「其処にも有りますが、汚のうございますから、是れで……さア水を」
 と柄杓で水を出すから、
女「有難うございます」
 と手に水を受けながら顔を見て、
女「おや」
照「おやまアお前はきんかえ」
きん「あら誠にお嬢様」
照「なにお嬢様どころではないお婆様(ばあさん)だよ」
きん「誠に暫く」
照「まア思掛(おもいが)けない……あの旦那様きんが」
山「なに」
照「あのそれ団子屋のきんが」
きん「おや/\あの山平様、誠に何うもまア貴方何う遊ばしたかと存じて居りましたが、宜くまアそれでも……私(わたくし)は何うもお見掛け申したお方だと考えて居りましたが、貴方の方がお忘れ遊ばさずにきんと仰しゃって下すった」
照「私は彼(あ)の時は元服前で見忘れたろうが、私は何うも見た様だと思い、お前が口を利く声柄(こえがら)で早く知れましたよ」
きん「誠に何うも思掛けない、まア/\旦那様御機嫌宜しゅう、何うしてね此処に入らッしゃるのでございますえ」
山「はい長い間旅をして、久しく播州の方へ参って、少しの間世帯(せたい)を持って居たり、種々(いろ/\)様々に流浪致し、眼病に成ってから故郷懐かしく、実は去年から此処へ来て世帯(しょたい)を持って居る」
きん「何うも些(ちっ)とも存じませんよ、尤も此方(こちら)の方へは滅多には参りませんけれどもねえお嬢様、あらついお嬢様と云って、あの御新造様え、私(わたくし)の亭主の傳次と申します者は旅魚屋でございますが、商売に出ても賭博(ばくち)が好きで道楽ばかりして、女房を置去り同様音も沙汰もしずに居ましたが、旅魚屋の仲間の者が帰って来て聞きましたら、三年前(あと)に信州の葉広山とか村とかいう処で悪い事をして斬殺(きりころ)されたと聞きましたが、それとは知らず一旦亭主にしましたから、私(わたし)は馬鹿が夫を待つという譬(たとえ)の通り、もう帰るかと待って居りましたが、三年経っても音沙汰がない所へ、それを聞いてから、日は分りませんが私(わたくし)もまア出た日を命日としまして、猿江(さるえ)のお寺へ今日お墓参りをして、其処に埋めた訳でも有りませんけれども、まア志のお経を上げて帰って来る道で、あなたにお目に懸るとは本当にまア思掛けない事でねえ」
照「本当にねえ、だがお前は矢張(やっぱり)あの上野町に居るのかえ」

        六十一

きん「はい上野町に居りましたが、彼(あ)の近辺(きんじょ)は家(うち)がごちゃ/\して居ていけませんし、ちょうど白山に懇意なものが居りまして、あちらの方はあの団子坂の方から染井(そめい)や王子(おうじ)へ行く人で人通りも有りますし……それに店賃(たなちん)も安いと申すことでございますから、只今では白山へ引越(ひっこ)しまして、やっぱり団子茶屋をして居りますがねえ、何うも何でございますね、何うもつい此方(こちら)の方へは参りませんで」
山「じゃア何か屋敷の様子はお前御存じだろうが、武田や何か無事かえ」
照「あ、お父様(とっさま)やお母様(っかさま)はお達者かえ…今以て帰る事も出来ない身の上で」
きん「あの御新造様も大旦那様もお逝去(かくれ)になりました、それに御養子はいまだにお独身(ひとり)で御新造も持たず、貴方がお出(いで)遊ばしてから後(あと)で、書置(かきおき)が御新造様の手箱の引出(ひきだし)から出ましたので、是は親不孝だ、仮令(たとえ)兄の敵を討つと云っても、女一人で討てるもんじゃ無い、殊に亭主を置いて家出をしては養子の重二郎に済まない、飛んだことだと云って御新造は一層御心配遊ばして、お神鬮(みくじ)を取ったり御祈祷をなすったりしましたが、それから二年半ばかり経ちまして、御新造がお逝去になり、それから丁度四年ほど経って大旦那様もお逝去」
照「おやまア然(そ)うかえ、心得違いとは云いながら親の死目(しにめ)にも逢われないのは皆(みん)な不孝の罰(ばち)だね……私も家(うち)を出る時には身重だったが、翌年正月生れたんだよ」
きん「そう/\お懐妊でしたね」
照「それが女の子で、旅で難儀をしながらも子供を楽(たのし)みに何うかしてと思って、播州の知己(しるべ)の処へ行って身を隠し、少しの内職をして世帯(しょたい)を持っていた所が、其処(そこ)も思う様(よう)に行かず、それから又長い旅をして、その娘(こ)も十五歳まで育てたが亡(なく)なったよ」
きん「へえお十五まで、それは嘸(さぞ)まア落胆(がっかり)遊ばしたでございましょう、お力落しでございましょう御丹誠甲斐もない事でねえ」
照「まア種々(いろ/\)話も聞きたいから少し……」
山「何だか表が騒がしいが何だ」
 と云って聞いて居ると、ばら/\/\/\と人通りがして、
甲乙「なに今敵討が始まった、巡礼の娘と大きな侍と切合(きりあい)が始まった、わーッ/\」
 と云って人が駈けて通るから山平は驚きまして、
山「これ何を、それ大小を出しな」
きん「何でございますえ」
山「何でも宜しいから大小を……きんやお前此処(こゝ)に居て…お前居ておくれ、二人往(い)かなければならんから留守居をして」
金「何うなすったんでございますえ」
山「何うなすった所(どころ)じゃア無い何うでも宜しいから早く」
 と是れから裾(すそ)を端折(はしょ)って飛出したが、此方(こちら)は余程(よっぽど)刻限が遅れて居ります。お話は元へ戻りまして、お繼が親の敵と切りかけました時は水司又市も驚いて、一間ばかり飛退(とびしさ)って長いのを引抜き、
又「狼藉者[#「狼藉者」は底本では「狼籍者」]め」
 と云うと往来の者はどやどや後(あと)へ逃げる、商人家(あきんどや)ではどか/\ッと奥に居たものが店の鼻ッ先へは駈出して見たが、少し怖いから事に依ったら再び奥へ遁込(にげこ)もうと云うので、丁度臆病な犬が魚を狙うようにして見ている。四辺(あたり)は粛然(しん)として水を撒いたよう。お繼は鉄切声(かなきりごえ)、親の敵と呼んで振冠(ふりかぶ)ったなり、面体(めんてい)も唇の色も変って来る。然(そ)うなると女でも男でも変りは無いもので、
繼「私を見忘れはすまい、藤屋七兵衞の娘お繼だ、汝(てまえ)は永禪和尚で、今は櫻川又市と云おうがな」
 と云う其の声がぴんと響く。その時に少し後(あと)へ下(さが)って又市が、
又「何だ覚えはないわ、左様な者でない」
 とは云っても覚えが有るものでございますから、其所(そこ)は相手が女ながらも心に怯(おく)れが来て段々後へ下る。すると段々見物の人が群(たか)って、
甲「何でげす」
乙「今私は瀬戸物屋へ買物に来て見ていると、だしぬけに親の敵と云うから、はッと跡へ下ろうと思うと、はッと土瓶を放したから、あの通り石の上へ落ちて毀(こわ)れてしまいました、あゝ驚きました、何うも彼(あ)の娘でげすな」
甲「へえ彼の娘が敵討だと云って立派な侍を狙うのですか、感心な娘で、まだ十七八で美(い)い女だ、今は一生懸命に成ってるから[#「成ってるから」は底本では「成ってるらか」]顔つきが怖いが、彼(あ)れが笑えば美い女だ」
乙「へえ、それは感心、あゝ云う巡礼の姿に成って居るが、やっぱり旗下(はたもと)のお嬢様か何かで、剣術を知らんでは彼(あ)の大きな侍に切掛けられアしない、だが女一人じゃア危ないなア、誰か出れば宜(い)いなア」
丙「危ないから無闇に出る奴は有りやアしません」
甲「だって向うは大きな侍、此方(こっち)はか弱い娘で……あゝけんのんだ」
 と見物がわい/\と云う。
丙「おい早く差配人(おおや)さんへ知らせろ」
丁「おれの差配人さんでは間に合わない、何処(どこ)の差配人さんへ然(そ)う云うのだ」
丙「差配人さんが間に合わぬなら自身番へ知らせろ……あッあー…危ねえ/\敵討は何とか云いましたか」
乙「何と云ったか聞えやアしない」
乙[#「乙」はママ]「何とか云ったッけ、汝(なんじ)を討たんと十八年」
甲「何を云やアがる騒々しい喋っちゃアいけねえ」
丙「あゝ危ねえ/\」
 と拳(こぶし)を握って見ている、人は人情でございますから、何うぞして娘に勝(かた)せたい、娘に怪我をさしたくないと見ず知らずの者も心配して、橋の袂(たもと)に一抔人が溜(たま)って居りますが、中々助太刀に出る者は有りません。
甲「向うに侍が二人立って見ているが、彼奴(あいつ)が助太刀に出そうなもんだ、何だ覗いて居やアがる、本当に不人情な侍だ、あの畜生(ちきしょう)打擲(ぶんなぐ)れ」
 とわい/\云う中(うち)に、
繼「親の敵思い知ったか」
 と一足(ひとあし)踏込んで切下(きりおろ)すのを、ちゃり/\と二三度合せたが、一足下(さが)って相上段(あいじょうだん)に成りました。よく上段に構えるとか正眼(せいがん)につけるとか申しますが、中々剣術の稽古とは違って真剣で敵を討とうという時になると、只斬ろうという念より外(ほか)はございませんから、決して正眼だの中段などという事はない、唯双方相上段に振上げて斬ろう/\と云う心で隙(すき)を覘(うかゞ)う、水司又市も眼(まなこ)は血走って、此の小娘(こあま)只一撃(うち)と思いましたが、一心凝(こ)った孝女の太刀筋(たちすじ)、此の年四月から十月まで習ったのだが一生懸命と云うものは強いもので、少しも斬込む隙がないから、此奴(こいつ)中々剣術が出来る奴だなと思い、又市も油断をしませんで隙が有ったら逃げようかなんと云う横着な根生(こんじょう)が出まして、後(あと)へ段々下(さが)る、此方(こちら)も油断はないけれども年功がないのはいかぬもので、段々呼吸遣(いきづか)いが荒くなって労(つか)れて来るから最早死物狂いで、
繼「思い知ったか又市」
 と飛込んで切込むのを丁と受け、引く所を附け入って来るから、一足(ひとあし)二足(ふたあし)後へ下ると傍(そば)の粘土(ねばつち)に片足踏みかけたから危ういかな仰向(あおむけ)にお繼が粘土の上へ倒れる所を、得たりと又市が振冠(ふりかぶ)って一打(ひとうち)に切ろうとする時大勢の見物の顔色(がんしょく)が変って、
見物「あゝ」
 と思わず声を上げました。

        六十二

見物「あゝ危ねえ、誰か助太刀が出そうなものだ」
 と云って居るが、誰(たれ)も出る者はない。すると側に立って居たのは左官の宰取(さいとり)で、筒袖(つつッぽ)の長い半纏を片端折(かたはしおり)にして、二重廻(ふたえまわ)りの三尺(じゃく)を締め、洗い晒(ざら)した盲縞(めくらじま)の股引をたくし上げて、跣足(はだし)で泥だらけの宰取棒を持って、怖いから後(あと)へ下(さが)って居たが、今鼻の先へ巡礼が倒れ、大の侍が振冠(ふりかぶ)って切ろうとするから、人情で怖いのを忘れて、宰取棒で水司又市の横っ面(つら)をぽんと打(ぶ)った。
見物「あゝそら出た/\助太刀が出た、誰(だれ)か出ずには居ないて、何うも有難うございます、いゝえ中々一人では討てる訳がない、あれは姿を※(やつ)[#「窶」の「穴かんむり」に代えて「うかんむり」、「窶」の俗字、514-11]して居ても、屹度(きっと)旗下(はたもと)の殿様だ、有難い/\」
 と喜び、わア/\と云う。又市は横面(よこッつら)を打たれるとべったり顔に泥が付いたが、よもや斯ういう者が出ようとは思わぬ所だから、是れに転動(てんどう)したと見え、ばら/\/\/\と横手へ駈出した。すると宰取は追掛(おっか)けて行って足を一つ打払(ぶッぱら)うと、ぱたーり倒れましたが、直ぐに起上ろうとする処を又(ま)た打(ぶ)ちますと、眉間先(みけんさき)からどっと血が流れる。すると見物は尚わい/\云う。
見物「そら逃げた殴れ/\」
 と云う奴があり、又石を投げる弥次馬が有るので、又市は眼(め)が眩(くら)んで、田月堂という菓子屋へ駈込んだから菓子屋では驚きました。店の端先(はなさき)へ出て旦那もお内儀(かみさん)も見ている処へ抜身(ぬきみ)を提(さ)げた泥だらけの侍が駈込んだから、わッと驚いて奥へ逃込もうとする途端に、蒸(ふか)したての饅頭(まんじゅう)の蒸籠(せいろう)を転覆(ひっくりかえ)す、煎餅(せんべい)の壺が落ちる、今坂(いまさか)が転がり出すという大騒ぎ。商人(あきんど)の店先は揚板(あげいた)になって居て薄縁(うすべり)が敷いてある、それへ踏掛けると天命とは云いながら、何う云う機(はず)みか揚板が外(はず)れ、踏外(ふみはず)して薄縁を天窓(あたま)の上から冠(かぶ)ったなりどんと又市は揚板の下へ落ちる、処へ得たりとお繼は、
繼「天命思い知ったか」
 と上から力に任して抉(こじ)ったから、うーんと苦しむ。すると嬉しがって左官の宰取が来まして
宰取「この野郎/\」
 と無闇に殴る処へ、人を分けて駈けて来たのは白島山平。
山「巡礼の娘お繼と申す娘は何処(どこ)に居りますか」
繼「あゝお父様(とっさま)」
山「おゝ/\/\討ったか」
繼「お父様宜く来て下すった」
山「それだから申さぬ事じゃア無い一人で……怪我は無いか」
繼「いゝえ怪我は致しませぬ、首尾好(よ)く仕留めました」
山「あゝそれは感服、敵の又市は何処にいる」
繼「縁の下に居ります」
山「縁の下に……じゃア縁の下へ隠れたか」
繼「いゝえ只今落ちましたから其処(そこ)を上から突きましたので」
山「うん然(そ)うか、やい出ろ」
 と髻(たぶさ)を取ってずる/\と引出しますと、今こじられたのは急所の深手、
又「うーん」
 と云うと田月堂の主人(あるじ)はべた/\と腰が抜けて奥へ逃げる事も出来ません。山平が是を見ると、地面まで買ってくれた田月堂の主人が鼻の先に居るから、
山「これは何うもお店を汚(けが)しまして何とも、御迷惑でございましょうが、これは手前娘で、先達(せんだっ)て鳥渡(ちょっと)お話をいたした、な、が全く親の仇討(あだうち)に相違ございません、委(くわ)しい事は後でお話を致しますが、決して御迷惑は懸けませんから御心配なく」
 と云ったが田月堂の主人は中々口が利けません。
田月の主「え…あ…うん…うんお立派な事でございます」
 と泣声を出してやっと云いました。
山「さア是れへ出ろ、これへ参れ……これ見忘れはせぬ、大分(だいぶ)に汝(うぬ)も年を取ったが此の不届者め、汝(てまえ)が今まで活(い)きているのは神仏(しんぶつ)がないかと思って居た、この悪人め、汝(てまえ)は宜くも己の娘のおやまを、先年信州白島村に於て殺害(せつがい)して逐電致したな、それに汝は屋敷を出る時七軒町の曲り角で中根善之進を討って立退(たちの)いたるは汝に相違ない、其の方の常々持って居た落書(らくがき)の扇子(おうぎ)が落ちて居たから、確(たしか)に其の方と知っては居れど、なれども確かな証(しょう)がないから其の儘打捨ておかれたのであるが、少女に討たれるくらいの事だから、最早どうせ其の方助かりはしない、さア汝も武士だから隠さず善之進を討ったら討ったと云え、云わぬ時に於ては五分試(ごぶだめ)しにしても云わせる、さア云わんか」
 と面(おもて)を土に摺付(すりつ)けられ苦しいから、
又「手前殺したに相違ござらん」
 と云うのが漸(やっ)と云えた。
山「繼、予(かね)て一人で手出しをしては成らぬと云って置いたが、お前一人で此奴(こいつ)を宜く討ったな」
繼「はい此処(こゝ)においでなさいますお方様が、私が転びまして、もう殺されるばかりの処へ助太刀をなすって下すったので、何卒(どうぞ)此のお方様にお父様(とっさま)お礼を仰しゃって」
山「うん此のお方が……何うもまあ」
宰取「はアまことに何うもお芽出度(めでと)うございます、なに私(わっち)は側に立っていて見兼たもんですから、ぽかり一つ極(きめ)ると、驚いて逃げる所を又打殴(ぶんなぐ)ったんだか、まア宜(い)い塩梅(あんばい)で……お前さんは此の方のお父(とっ)さんで」
山「えゝ何うも恐入りました、只今は然(そ)ういうお身形(みなり)だが、前々(まえ/\)は然(しか)るべきお身の上のお方と存じます、左もなくて腕がなければ中々又市を一撃(うち)にお打ちなさる事は出来ぬ事でな、えゝ御尊名は何と仰しゃるか必ず然るべきお方でございましょう」
宰取「うーん、なに私(わっち)は弥次馬で」
山「矢島様と仰しゃいますか」
宰取「うん、なに矢島様じゃアねえ、只私(わっち)は見兼たからぽかり極めたので……お前さん親の敵だって親が在(あ)るじゃアねえか」
山「いやこれは手前養女でござる、実父は湯島六丁目の糸問屋(いとどいや)藤屋七兵衞と申す、その親が討たれた故に親の敵と申すので、只今では手前の娘に致して居ります」
宰取「えゝ藤屋七兵衞、おい、それじゃア何か、妹のお繼か」
繼「あれまア何うも、お前は兄(にい)さんの正太郎さんでございますか」

        六十三

正「おゝ正太郎だ……何うも大きくなりやアがった此畜生(こんちきしょう)、親父(ちゃん)は殺されたか……えゝなに高岡で、然(そ)うか、己(おら)ア九才(こゝのつ)の時別れてしまったから、顔も碌(ろく)そっぽう覚えやしねえくれえだから、手前(てめえ)は猶覚えやアしねえが、己(おれ)が此処(こゝ)へ仕事に来ていると前(めえ)へ転んだから、真(ほん)の弥次馬に殴ったのが、丁度親父(おやじ)を殺した奴を打殴(ぶんなぐ)ると云うなア是が本当に仏様の引合せで、敵討をするてえのは……何う云う訳なんです」
山「訳を申せば長いことでござる、予(かね)て噂に聞(きゝ)ましたがお前が正太郎様(さん)で、葛西の文吉殿の方(かた)に御厄介に成っていらしった」
正「え……彼(あ)れは叔父で……お繼、何か小岩井のお婆さんの処(とけ)え行きてえから、お婆さんに己(おれ)の詫言(わびごと)して呉んねえ、父(ちゃん)の敵を討つ助太刀をしたと云う廉(かど)で詫言をして呉んねえ、己(おら)アもう腹一抔借尽(かりつく)して、婆さんも愛想(あいそ)が尽きて寄せ附けねえと云うので、己(おれ)も行ける義理は無(ね)えからなア、土浦へ行って燻(くす)ぶって居たが、その中(うち)に瘡(かさ)は吹出す、帰(けえ)る事も出来ず、それからまア漸(やっ)との事(こっ)て因幡町(いなばちょう)の棟梁の処(とけ)え転がり込んだが、一人前(いちにんめえ)出来た仕事も身体が利かねえから宰取をして、今日始めて手伝(てつでえ)に出て、然(そ)うして妹に遇(あ)うと云うなア不思議だ、こりゃア神様のお引合せに違(ちげ)え無(ね)え、何うも大きく成りやアがったなア此畜生(こんちきしょう)、幼(ちい)せえ時分別れて知れやアしねえ、本当に藤屋の娘か、おい立って見や……これをお前(めえ)さんのとこの子にしたのか……一廻り廻れ」
 などと云う。
山「誠に是れは思掛けないことで、何うもその死んだ七兵衞殿のお引合せと仰しゃるは御尤もなこと、実は私(わし)の忰山之助と申す者と三年前から巡礼を致して、長い間旅寝の憂苦労(うきくろう)を重ね、漸(ようや)く今日仇(あだ)を討ちましたが、山之助は先達(せんだっ)て仔細有って亡なりました、それ故に手前忰の嫁故引取り娘に致して、手前が剣術を仕込みまして、何うやら斯うやら小太刀の持ち様も覚える次第、まことに思掛けないことで、葛西の文吉様にもお世話に成りましたから、手前同道致してお詫言に参りましょうが、まア兎も角も敵の……えゝ人が立って成らぬなア」
正「私(わっち)が一太刀」
山「いや、お前はお兄様(あにいさん)でも初太刀(しょたち)は成りません、お繼は七年このかた親の仇を討ちたいと心に掛けましたから、お繼が初太刀で、お前は兄様(あにさん)でも後(あと)ですよ」
正「兄でもからもう面目次第(しでえ)もねえ、じゃア後で遣(や)っ付けやしょう、此様(こん)な嬉しい事アござえやせん……何でえ然(そ)う立って見やアがんな、彼方(あっち)へ行け、何だ篦棒(べらぼう)めえ己は弱虫で泣くのじゃアねえ此ん畜生……早く遣付(やっつ)けて」
山「なアに早く遣っ付けろと仰しゃっても、長く苦痛をさして緩(ゆる)りと殺すが宜(い)い」
繼「これ又市見忘れはすまい、お繼だ、よくも私のお父様(とっさま)を薪割で打殺して本堂の縁の下へ隠し、剰(あまつさ)え継母(まゝはゝ)を連れて立退(たちの)き、また其の前に私を殺そうとして追掛(おっか)けたな」
 と続けて切ります。
山「さア/\照やお前も」
照「はい、兄の敵又市覚悟をしろ」
 と切る。
山「さア/\今度は私に遣らしてくれ、可愛(かあい)い忰が不便(ふびん)の死を遂げたも此奴(こいつ)の為、また娘を斬殺(きりころ)したのも此奴の業(わざ)、此奴め/\」
 と四つ角で鮪を屠(こな)すようで。
山「さア兄様(あにさん)だ」
正「今度(こんだ)ア私(わっし)の番だ、此ん畜生め親父を殺しやアがって此ん畜生め」
 と鏝(こて)で以て竈(へっつい)の繕(つくろ)い直しをするようにさん/″\殴ってこれから立派に止(とゞ)めを刺す。其の中(うち)に諸方から人が出て捨てゝも置かれぬから、お繼と山平は直様(すぐさま)自身番へ参りまして、それより細やかに町奉行へ訴えに成りましたが、全く親の敵討と云う事が分りまして、殊に悪事を重ねましたる水司又市でございますから、別段にお咎(とがめ)も無く此の事が榊原様のお屋敷へ聞えました所から、白島山平並(ならび)にお照は召返しの上、彼(か)のお繼は白島の家の養女になり、後(のち)に養子を致して白島の名跡(みょうせき)を立てますと云う。また左官の正太郎は白島山平の手蔓(てづる)から正道(しょうどう)の者で有ると榊原様へお抱えになり、後には立派な棟梁となり、正太郎左官と云われて、下谷茅町(したやかやちょう)の横町(よこちょう)池(いけ)の端(はた)へ出ようと云う処に、つい十一二年前まで家も残って居りました。目出たく親の仇(あだ)を討ちまして家栄えますると云う、巡礼敵討の物語は是が結局でございます。
(拠小相英太郎速記)





底本:「圓朝全集 巻の二」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年7月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の二」春陽堂
   1927(昭和2)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
入力:小林繁雄
校正:松永正敏
2005年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「窶」の「穴かんむり」に代えて「うかんむり」、「窶」の俗字    514-11

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