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敵討札所の霊験(かたきうちふだしょのれいげん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-12 9:22:13  点击:  切换到繁體中文


        五十九

久「えゝお抱えに成りましたと云うのは、宇陀うだ浅間山せんげんやま北條彦五郎ほうじょうひこごろうという泥坊が隠れていて、是は二十五人も手下の者が有るので、合力ごうりょくという名を附けて居廻いまわりの豪家ごうかや寺院へ強談ごうだんに歩き、沢山な金を奪い取るので、何うもこりゃア水戸みと笠間かさま辺までもあらすから助けて置いては成らぬと云うので、城中の者が評議をした、ところが何うも八州は役に立たぬから早川様が押えようという事になって、就きましてはおよそ二百人も人数にんずが押出しました押出して浅間山を十分に取巻いて見た所が、北條彦五郎は岩穴の中に住んでいる、その穴の入口が小さくて、中へ這入るとずっと広くて、其処そこうちを拵えて住居すまいとして居り、また筑波口の方にも小さい岩穴が有って、これから是れへけるように成ってるから、此方こちらの方を固めて居ても、此方の方から谷に下りて水を汲んだり、あるいは百姓家で挽割ひきわりぬすみ、米其のほかの食物を運んで隠れて居ります、さ、これでは成らぬと槍鉄砲を持って向った所が穴の中がう成ってゝ鉄砲だまが通らぬから、何様どんな事をしてもいかぬ、所でもうりゃア水攻めにするより外に仕方が無いと云って、どん/\水を入れて見ると、下へけておちる処が有るから遂々とう/\水攻みずぜめも無駄になって、何うしたら宜かろうと只浅間山を多勢おおぜいで取巻いて居るだけじゃが、肝腎の彦五郎は裏穴から脱けて、相変らず人を殺したり追剥おいはぎるので、これにはほとんど重役が困っている所に、一人の修行者しゅぎょうじゃが来て、あなた方は幾ら此処こゝを取巻いて居ても北條彦五郎を取押える事は出来ません、殊に北條彦五郎は大力無双だいりきぶそうで、二十五人力も有るという事だから、てもいけぬに依ってお引揚げなさいと云うから、引揚げたら何うすると云うと、わたくし一人に盗賊取押えかたを仰付けられゝば有難いと云うので、然らば修行者はのくらいな力が有るかと云うと、私は力が有ります、何うか盗賊取押えを仰付けられたいと云うから、段々評議をした所が、何せ今までのように頑張っていても出るか出ないか知れぬから、当人が取押えると云うなららして見ろという仰しゃり付けで、これから其の修行者に取押えを言い付けた所が、其奴そいつのいうには手前の脊負しょったおいに目方が無くては成らぬから、鉄の棒を入れるだけの手当を呉れと云うから、多分の手当を遣ると全く金を取って逃げる者でも無く、それから手当の金で鉄の重い棒を買い、笈の中へ入れて、の北條彦五郎の隠れて居るという穴の側へ行って、其処そこへ笈を放り出して、つかれたふりをして修行者が寝て居ると、ある月夜の晩に彦五郎の手下が穴の側へ見張に出て見ると、修行者が居るから、「これ何うした」「わたくしは歩けません」「何ういう訳で歩けぬ」「道に労れて歩けませんから、寝て居ります」と云うと、「此処に居ては成らぬからけ」「行くにも行かないにも荷物が脊負しょえません」「脊負えぬなら脊負わせて遣ろう」と云うので手下の奴が動かそうとしたが中々動かぬから、こりゃア何ういう重い物だか、是を脊負うのはえらい者だといって手下の者が皆寄ったが持てぬから「手前てめえこれを脊負って歩くか」「歩けますが、此の通り足をらしたから仕様が有りません」と云うので足を出して見せると、うまく拵えて膏薬を貼って居て「これだからかつげません」と云うから「手前てめえのくらい力がある」「わたくしは五十人力ある」と云うと、手下の奴が「そりゃア嘘だろう」「なに嘘じゃアない」「いや嘘だ、嘘は泥坊の初まりだが、こりゃア手前が嘘だ」「いや決して嘘でない」という争いになると、北條彦五郎が、なに此の位の物を脊負って動けぬことが有るものかと云うので、連尺れんじゃくを附けて脊負って立ちやアがった、大力無双だいりきむそうの奴だから、脊負って立ちは立った所が歩けないで、やっとよじ/\五六あし歩くと、修行者がうしろから突飛つきとばしたから、ぐしゃッと彦五郎が倒れると、恐ろしい目方の物が上へ載ったから動きも引きも出来ない、すると修行者に首領かしらが打たれたと云うから、そりゃアとかね太鼓で捕人とりてが行って、手下の奴を押えて吟味すると何処どこから這入って何処からけるという事まですっぱり白状に及んだから、よう/\の事で浅間山の盗賊を掃除したと云うので、是れから其の修行者は剣術も心得て居るだろうから当家へ抱えろという事になって、これまで桜川さくらがわの庵室に居ったから苗字みょうじを櫻川と云って五十石にお抱えに成ったが、知慧もあり剣術も出来て余程よっぽど賢い奴だ、其の荷を拵えた工合ぐあいは旨いもので、動けない様にする工夫がうまいものじゃアないか」
山「へえ、それは全く修行者で、六部でげすか」
久「いや段々聞いたら何でも尋常たゞの奴でない、人の噂でも何うも尋常漢たゞものでない、大かた長脇差では無いかという評判を立てたら、当人がそんならお話をいたしますが、実はわしは元は侍で、榊原藩でございますと云ったそうだが、面部かおに疵を受けた、総髪そうはつえらい奴で」
山「それは何でげすか、名はなんと」
久「名は櫻川という処に居った者で、櫻川又市と云う」
山「へえ桜川という処の者で」
久「いゝえ桜川の庵室に居ったから、それを姓として櫻川又市というので、面部かおに疵があり、えゝ年は四十一二で、立派なたくましい骨太ほねぶとの剛い奴で」
山「左様でげすか、そりゃア立派な者でげすなア、何うもその才智もえらい者だが、わし何卒どうぞして其の方を見たいものでげすな」
久「なに、時々下屋敷へも来ますよ」
山「只今は何方いずかたに」
久「今は小川町おがわまちの上屋敷に居ります」
山「しお下屋敷へお出でになったら一寸ちょっと教えて下さいませんか、いずれそりゃア尋常漢たゞものでは有りませんなア、こりゃア見たいな、何ういう男か一度は見て置きたいが何うか一寸ねえ」
久「そりゃア造作もない事だから知らせましょう」
山「じゃア一寸知らせて下さい、別にお礼の致し方は無いが、あなたの非番の時に無代たゞ療治をして、い茶をれて菓子を上げる位の事は致しますから」
久「それははや、そんな旨い事は無い、こりゃア有難いが、それは茶と菓子ばかりで療治の代を取らぬと云うこたア有りません、今度来たら屹度きっと知らせますが、滅多に此方こちらへは来ません」
山「何うか知らせて」
久「えゝ宜しい」
山「さア御療治」
 と云うので療治を致して、旨い菓子などを食わせて帰しました。跡で山平は、
山「屹度それに相違ない、何うかして見顕みあらわして遣りたいもの」
 と、中村に頼んで櫻川の来るのを待って居ると、天命のがれ難く、十月十五日に猿子橋でお繼が水司又市と出遇であいますると云う、これから愈々いよ/\巡礼敵討のお話でございます。

        六十

 さて図らずも白島山平が敵の手掛りを聞きましたから、お繼が帰って来るのを待って話を致すと、飛立つ程に悦び、
繼「少しも早く土屋様のお屋敷へ参って」
 と云うを、
山「いや未だしかと認めも付かぬうち、せんの様に人違いをしては成らぬ、人には随分似た者もあり、顔に疵のある者も有るから、先達せんだっての人違いにりて、これからはく/\心を落着け、確と面体めんていを認めてから静かに討たんければ成らぬ、殊にそちは剣術が出来てもまだ年功がなし年もかぬから其の痩腕やせうでではとても又市には及ばぬ、わしも共に討たんでは成らぬ、殊にお照の為にはお兄様あにいさまあだであり、年頃心に掛けてる事ゆえ、お前一人で討つわけには往かぬに依って、宜く心を静めて又市が下屋敷へ参る時に認めて、私が討たせるから」
 と言聞いいきけて置きましたが、お繼は是を聞いてからは何卒どうか早く又市を見出したいと心得、土屋様の長屋下を御詠歌を唄って日々に窓から首を出す者の様子をうかゞいます所が、ちょうど十月の十五日の日でございます、浅草の観音へ参詣を致して、れから下谷へ出まして本郷へあがり、それから白山はくさんへ出て、白山を流して御殿坂ごてんざかり、小石川極楽水自証院こいしかわごくらくみずじしょういんの和尚に逢って、丁度親父の祥月命日しょうつきめいにちいさゝか志を出して、何うかお経を上げて下さいと云う。和尚も巡礼の身上みのうえで聊かでも銭を出して、仏の回向えこうをして呉れと云うのは感心な志と思いましたから、ねんごろに仏様へ回向を致します。お経の間待って居りますると、和尚が茶をれたり菓子を出したり、また精進料理で旨くはないが、有合ありあいで馳走に成りまして、是から極楽水を出まして、れから壱岐殿坂いきどのざかの下へ出て参り、水道橋を渡って小川町へ来て、土屋様の下屋敷の長屋下を御詠歌を唄って、ひょっとして窓から報謝をと首を出す者が又市で有ったら何ういたそうと、八方へまなこを着けて窓下まどしたを歩くと、十月十五日の小春凪こはるなぎあったかいのに、すっぱり頭巾でおもてを隠した侍と、ほかに二人都合三人連の侍が通用門を出まして小川町へかゝるから、顔を隠しては居るが、ひょっとしたられが又市ではないかと、段々見え隠れに跡を追って参ります、なれどもとんと様子が分りません。すると伊賀裏いがうらまで来ると一人の侍は別れ、あとは二人になりまして、
侍「あゝ大きに熱うございました」
 と云う。これは成程熱い訳で、気候がぽか/\あったかいに、頭巾をかむっていてはたまらん訳でございます。やがて頭巾を取ると総髪そうはつ撫付なでつけで、額には斯う疵がある、色黒くせい高く、これからこれ一抔いっぱいひげが生えているたくましい顔色がんしょくは、紛れもない水司又市でございますから、親の敵とすぐ討掛うちかかろうと思ったが、まだつれの侍が一人居りまするから、段々見えがくれに付いて参ると、浜町はまちょうへ出まして、れから大橋を渡りますると、また一人の侍は挨拶をいたして別れ、御船蔵前おふなぐらまえへ掛って六間堀の方へ曲りますと、水司又市は一人になりまして、深川の元町へ掛って来たから最う我慢は出来ません。先へ通り抜けると、御案内の通り片側かたかわ籾倉もみぐらで片側町になって居りまして、竹細工屋、瀬戸物屋、烟草屋たばこやが軒を並べて居り、その頃田月堂という菓子屋があり、前町を出抜けて猿子橋にかゝりますると、此方こちらは猿子橋のきわに汚い足代あじろを掛けて、とまが掛っていて、籾倉の塗直ぬりなおし、其の下に粘土ねばつちが有って、一方には寸莎すさが切ってあり、職人も大勢這入って居るが、もう日が西に傾きましたから職人も仕事をしまいかけて居ります、なれども夕日は一ぱいにす。其のうちに空は時雨しぐれで曇って、少し暗くなりました所で、笠を取って刎除はねのけ、小刀しょうとうを引抜きながら、
繼「親の敵」
 と名告なのりながらぴったり振冠ふりかぶった時は、水司又市も驚いたの驚かないの、びっくり致して少しあと退さがる。往来の者も驚きました。人中ひとなかで始まったから、はあと皆あとさがりました。ちょうど此の時白島山平は少しも心得ませんから療治を致して一人の客を帰したあとで、茶をれて一服って居りますると、入口から年四十二三の色の浅黒い女が、半纒はんてんを着て居りましたが、あったかいから脱ぎまして、つゝみへ入れて喘々せい/\して、
女「少しお頼みでございますがお手水場ちょうずばを拝借致しとうございます」
照「はい其処そこきたのうございますが、何ならおあがりなすって」
女「いゝえ、汚ない処が心配が無くって宜しゅうございます」
 とつか/\と雪隠せっちんへ這入りやがて出て参って、
女「あの少しお冷水ひやを頂きいもんでございます、此処こゝに有るのを頂いても宜しゅうございましょうか」
照「其処にも有りますが、汚のうございますから、是れで……さア水を」
 と柄杓で水を出すから、
女「有難うございます」
 と手に水を受けながら顔を見て、
女「おや」
照「おやまアお前はきんかえ」
きん「あら誠にお嬢様」
照「なにお嬢様どころではないお婆様ばあさんだよ」
きん「誠に暫く」
照「まア思掛おもいがけない……あの旦那様きんが」
山「なに」
照「あのそれ団子屋のきんが」
きん「おや/\あの山平様、誠に何うもまア貴方何う遊ばしたかと存じて居りましたが、宜くまアそれでも……わたくしは何うもお見掛け申したお方だと考えて居りましたが、貴方の方がお忘れ遊ばさずにきんと仰しゃって下すった」
照「私はの時は元服前で見忘れたろうが、私は何うも見た様だと思い、お前が口を利く声柄こえがらで早く知れましたよ」
きん「誠に何うも思掛けない、まア/\旦那様御機嫌宜しゅう、何うしてね此処に入らッしゃるのでございますえ」
山「はい長い間旅をして、久しく播州の方へ参って、少しの間世帯せたいを持って居たり、種々いろ/\様々に流浪致し、眼病に成ってから故郷懐かしく、実は去年から此処へ来て世帯しょたいを持って居る」
きん「何うもちっとも存じませんよ、尤も此方こちらの方へは滅多には参りませんけれどもねえお嬢様、あらついお嬢様と云って、あの御新造様え、わたくしの亭主の傳次と申します者は旅魚屋でございますが、商売に出ても賭博ばくちが好きで道楽ばかりして、女房を置去り同様音も沙汰もしずに居ましたが、旅魚屋の仲間の者が帰って来て聞きましたら、三年あとに信州の葉広山とか村とかいう処で悪い事をして斬殺きりころされたと聞きましたが、それとは知らず一旦亭主にしましたから、わたしは馬鹿が夫を待つというたとえの通り、もう帰るかと待って居りましたが、三年経っても音沙汰がない所へ、それを聞いてから、日は分りませんがわたくしもまア出た日を命日としまして、猿江さるえのお寺へ今日お墓参りをして、其処に埋めた訳でも有りませんけれども、まア志のお経を上げて帰って来る道で、あなたにお目に懸るとは本当にまア思掛けない事でねえ」
照「本当にねえ、だがお前は矢張やっぱりあの上野町に居るのかえ」

        六十一

きん「はい上野町に居りましたが、近辺きんじょうちがごちゃ/\して居ていけませんし、ちょうど白山に懇意なものが居りまして、あちらの方はあの団子坂の方から染井そめい王子おうじへ行く人で人通りも有りますし……それに店賃たなちんも安いと申すことでございますから、只今では白山へ引越ひっこしまして、やっぱり団子茶屋をして居りますがねえ、何うも何でございますね、何うもつい此方こちらの方へは参りませんで」
山「じゃア何か屋敷の様子はお前御存じだろうが、武田や何か無事かえ」
照「あ、お父様とっさまやお母様っかさまはお達者かえ…今以て帰る事も出来ない身の上で」
きん「あの御新造様も大旦那様もお逝去かくれになりました、それに御養子はいまだにお独身ひとりで御新造も持たず、貴方がおいで遊ばしてからあとで、書置かきおきが御新造様の手箱の引出ひきだしから出ましたので、是は親不孝だ、仮令たとえ兄の敵を討つと云っても、女一人で討てるもんじゃ無い、殊に亭主を置いて家出をしては養子の重二郎に済まない、飛んだことだと云って御新造は一層御心配遊ばして、お神鬮みくじを取ったり御祈祷をなすったりしましたが、それから二年半ばかり経ちまして、御新造がお逝去になり、それから丁度四年ほど経って大旦那様もお逝去」
照「おやまアうかえ、心得違いとは云いながら親の死目しにめにも逢われないのはみんな不孝のばちだね……私もうちを出る時には身重だったが、翌年正月生れたんだよ」
きん「そう/\お懐妊でしたね」
照「それが女の子で、旅で難儀をしながらも子供をたのしみに何うかしてと思って、播州の知己しるべの処へ行って身を隠し、少しの内職をして世帯しょたいを持っていた所が、其処そこも思うように行かず、それから又長い旅をして、そのも十五歳まで育てたがなくなったよ」
きん「へえお十五まで、それはさぞまア落胆がっかり遊ばしたでございましょう、お力落しでございましょう御丹誠甲斐もない事でねえ」
照「まア種々いろ/\話も聞きたいから少し……」
山「何だか表が騒がしいが何だ」
 と云って聞いて居ると、ばら/\/\/\と人通りがして、
甲乙「なに今敵討が始まった、巡礼の娘と大きな侍と切合きりあいが始まった、わーッ/\」
 と云って人が駈けて通るから山平は驚きまして、
山「これ何を、それ大小を出しな」
きん「何でございますえ」
山「何でも宜しいから大小を……きんやお前此処こゝに居て…お前居ておくれ、二人かなければならんから留守居をして」
金「何うなすったんでございますえ」
山「何うなすったどころじゃア無い何うでも宜しいから早く」
 と是れからすそ端折はしょって飛出したが、此方こちら余程よっぽど刻限が遅れて居ります。お話は元へ戻りまして、お繼が親の敵と切りかけました時は水司又市も驚いて、一間ばかり飛退とびしさって長いのを引抜き、
又「狼藉者[#「狼藉者」は底本では「狼籍者」]め」
 と云うと往来の者はどやどやあとへ逃げる、商人家あきんどやではどか/\ッと奥に居たものが店の鼻ッ先へは駈出して見たが、少し怖いから事に依ったら再び奥へ遁込にげこもうと云うので、丁度臆病な犬が魚を狙うようにして見ている。四辺あたり粛然しんとして水を撒いたよう。お繼は鉄切声かなきりごえ、親の敵と呼んで振冠ふりかぶったなり、面体めんていも唇の色も変って来る。うなると女でも男でも変りは無いもので、
繼「私を見忘れはすまい、藤屋七兵衞の娘お繼だ、てまえは永禪和尚で、今は櫻川又市と云おうがな」
 と云う其の声がぴんと響く。その時に少しあとさがって又市が、
又「何だ覚えはないわ、左様な者でない」
 とは云っても覚えが有るものでございますから、其所そこは相手が女ながらも心におくれが来て段々後へ下る。すると段々見物の人がたかって、
甲「何でげす」
乙「今私は瀬戸物屋へ買物に来て見ていると、だしぬけに親の敵と云うから、はッと跡へ下ろうと思うと、はッと土瓶を放したから、あの通り石の上へ落ちてこわれてしまいました、あゝ驚きました、何うもの娘でげすな」
甲「へえ彼の娘が敵討だと云って立派な侍を狙うのですか、感心な娘で、まだ十七八でい女だ、今は一生懸命に成ってるから[#「成ってるから」は底本では「成ってるらか」]顔つきが怖いが、れが笑えば美い女だ」
乙「へえ、それは感心、あゝ云う巡礼の姿に成って居るが、やっぱり旗下はたもとのお嬢様か何かで、剣術を知らんではの大きな侍に切掛けられアしない、だが女一人じゃア危ないなア、誰か出ればいなア」
丙「危ないから無闇に出る奴は有りやアしません」
甲「だって向うは大きな侍、此方こっちはか弱い娘で……あゝけんのんだ」
 と見物がわい/\と云う。
丙「おい早く差配人おおやさんへ知らせろ」
丁「おれの差配人さんでは間に合わない、何処どこの差配人さんへう云うのだ」
丙「差配人さんが間に合わぬなら自身番へ知らせろ……あッあー…危ねえ/\敵討は何とか云いましたか」
乙「何と云ったか聞えやアしない」
[#「乙」はママ]「何とか云ったッけ、なんじを討たんと十八年」
甲「何を云やアがる騒々しい喋っちゃアいけねえ」
丙「あゝ危ねえ/\」
 とこぶしを握って見ている、人は人情でございますから、何うぞして娘にかたせたい、娘に怪我をさしたくないと見ず知らずの者も心配して、橋のたもとに一抔人がたまって居りますが、中々助太刀に出る者は有りません。
甲「向うに侍が二人立って見ているが、彼奴あいつが助太刀に出そうなもんだ、何だ覗いて居やアがる、本当に不人情な侍だ、あの畜生ちきしょう打擲ぶんなぐれ」
 とわい/\云ううちに、
繼「親の敵思い知ったか」
 と一足ひとあし踏込んで切下きりおろすのを、ちゃり/\と二三度合せたが、一足さがって相上段あいじょうだんに成りました。よく上段に構えるとか正眼せいがんにつけるとか申しますが、中々剣術の稽古とは違って真剣で敵を討とうという時になると、只斬ろうという念よりほかはございませんから、決して正眼だの中段などという事はない、唯双方相上段に振上げて斬ろう/\と云う心ですきうかゞう、水司又市もまなこは血走って、此の小娘こあま只一うちと思いましたが、一心った孝女の太刀筋たちすじ、此の年四月から十月まで習ったのだが一生懸命と云うものは強いもので、少しも斬込む隙がないから、此奴こいつ中々剣術が出来る奴だなと思い、又市も油断をしませんで隙が有ったら逃げようかなんと云う横着な根生こんじょうが出まして、あとへ段々さがる、此方こちらも油断はないけれども年功がないのはいかぬもので、段々呼吸遣いきづかいが荒くなってつかれて来るから最早死物狂いで、
繼「思い知ったか又市」
 と飛込んで切込むのを丁と受け、引く所を附け入って来るから、一足ひとあし二足ふたあし後へ下るとそば粘土ねばつちに片足踏みかけたから危ういかな仰向あおむけにお繼が粘土の上へ倒れる所を、得たりと又市が振冠ふりかぶって一打ひとうちに切ろうとする時大勢の見物の顔色がんしょくが変って、
見物「あゝ」
 と思わず声を上げました。

        六十二

見物「あゝ危ねえ、誰か助太刀が出そうなものだ」
 と云って居るが、たれも出る者はない。すると側に立って居たのは左官の宰取さいとりで、筒袖つつッぽの長い半纏を片端折かたはしおりにして、二重廻ふたえまわりの三じゃくを締め、洗いざらした盲縞めくらじまの股引をたくし上げて、跣足はだしで泥だらけの宰取棒を持って、怖いからあとさがって居たが、今鼻の先へ巡礼が倒れ、大の侍が振冠ふりかぶって切ろうとするから、人情で怖いのを忘れて、宰取棒で水司又市の横っつらをぽんとった。
見物「あゝそら出た/\助太刀が出た、だれか出ずには居ないて、何うも有難うございます、いゝえ中々一人では討てる訳がない、あれは姿をやつ[#「窶」の「穴かんむり」に代えて「うかんむり」、「窶」の俗字、514-11]して居ても、屹度きっと旗下はたもとの殿様だ、有難い/\」
 と喜び、わア/\と云う。又市は横面よこッつらを打たれるとべったり顔に泥が付いたが、よもや斯ういう者が出ようとは思わぬ所だから、是れに転動てんどうしたと見え、ばら/\/\/\と横手へ駈出した。すると宰取は追掛おっかけて行って足を一つ打払ぶッぱらうと、ぱたーり倒れましたが、直ぐに起上ろうとする処をちますと、眉間先みけんさきからどっと血が流れる。すると見物は尚わい/\云う。
見物「そら逃げた殴れ/\」
 と云う奴があり、又石を投げる弥次馬が有るので、又市はくらんで、田月堂という菓子屋へ駈込んだから菓子屋では驚きました。店の端先はなさきへ出て旦那もお内儀かみさんも見ている処へ抜身ぬきみげた泥だらけの侍が駈込んだから、わッと驚いて奥へ逃込もうとする途端に、ふかしたての饅頭まんじゅう蒸籠せいろう転覆ひっくりかえす、煎餅せんべいの壺が落ちる、今坂いまさかが転がり出すという大騒ぎ。商人あきんどの店先は揚板あげいたになって居て薄縁うすべりが敷いてある、それへ踏掛けると天命とは云いながら、何う云うはずみか揚板がはずれ、踏外ふみはずして薄縁を天窓あたまの上からかぶったなりどんと又市は揚板の下へ落ちる、処へ得たりとお繼は、
繼「天命思い知ったか」
 と上から力に任してこじったから、うーんと苦しむ。すると嬉しがって左官の宰取が来まして
宰取「この野郎/\」
 と無闇に殴る処へ、人を分けて駈けて来たのは白島山平。
山「巡礼の娘お繼と申す娘は何処どこに居りますか」
繼「あゝお父様とっさま
山「おゝ/\/\討ったか」
繼「お父様宜く来て下すった」
山「それだから申さぬ事じゃア無い一人で……怪我は無いか」
繼「いゝえ怪我は致しませぬ、首尾く仕留めました」
山「あゝそれは感服、敵の又市は何処にいる」
繼「縁の下に居ります」
山「縁の下に……じゃア縁の下へ隠れたか」
繼「いゝえ只今落ちましたから其処そこを上から突きましたので」
山「うんうか、やい出ろ」
 とたぶさを取ってずる/\と引出しますと、今こじられたのは急所の深手、
又「うーん」
 と云うと田月堂の主人あるじはべた/\と腰が抜けて奥へ逃げる事も出来ません。山平が是を見ると、地面まで買ってくれた田月堂の主人が鼻の先に居るから、
山「これは何うもお店をけがしまして何とも、御迷惑でございましょうが、これは手前娘で、先達せんだっ鳥渡ちょっとお話をいたした、な、が全く親の仇討あだうちに相違ございません、くわしい事は後でお話を致しますが、決して御迷惑は懸けませんから御心配なく」
 と云ったが田月堂の主人は中々口が利けません。
田月の主「え…あ…うん…うんお立派な事でございます」
 と泣声を出してやっと云いました。
山「さア是れへ出ろ、これへ参れ……これ見忘れはせぬ、大分だいぶうぬも年を取ったが此の不届者め、てまえが今まできているのは神仏しんぶつがないかと思って居た、この悪人め、てまえは宜くも己の娘のおやまを、先年信州白島村に於て殺害せつがいして逐電致したな、それに汝は屋敷を出る時七軒町の曲り角で中根善之進を討って立退たちのいたるは汝に相違ない、其の方の常々持って居た落書らくがき扇子おうぎが落ちて居たから、たしかに其の方と知っては居れど、なれども確かなしょうがないから其の儘打捨ておかれたのであるが、少女に討たれるくらいの事だから、最早どうせ其の方助かりはしない、さア汝も武士だから隠さず善之進を討ったら討ったと云え、云わぬ時に於ては五分試ごぶだめしにしても云わせる、さア云わんか」
 とおもてを土に摺付すりつけられ苦しいから、
又「手前殺したに相違ござらん」
 と云うのがやっと云えた。
山「繼、かねて一人で手出しをしては成らぬと云って置いたが、お前一人で此奴こいつを宜く討ったな」
繼「はい此処こゝにおいでなさいますお方様が、私が転びまして、もう殺されるばかりの処へ助太刀をなすって下すったので、何卒どうぞ此のお方様にお父様とっさまお礼を仰しゃって」
山「うん此のお方が……何うもまあ」
宰取「はアまことに何うもお芽出度めでとうございます、なにわっちは側に立っていて見兼たもんですから、ぽかり一つきめると、驚いて逃げる所を又打殴ぶんなぐったんだか、まア塩梅あんばいで……お前さんは此の方のおとっさんで」
山「えゝ何うも恐入りました、只今はういうお身形みなりだが、前々まえ/\しかるべきお身の上のお方と存じます、左もなくて腕がなければ中々又市を一うちにお打ちなさる事は出来ぬ事でな、えゝ御尊名は何と仰しゃるか必ず然るべきお方でございましょう」
宰取「うーん、なにわっちは弥次馬で」
山「矢島様と仰しゃいますか」
宰取「うん、なに矢島様じゃアねえ、只わっちは見兼たからぽかり極めたので……お前さん親の敵だって親がるじゃアねえか」
山「いやこれは手前養女でござる、実父は湯島六丁目の糸問屋いとどいや藤屋七兵衞と申す、その親が討たれた故に親の敵と申すので、只今では手前の娘に致して居ります」
宰取「えゝ藤屋七兵衞、おい、それじゃア何か、妹のお繼か」
繼「あれまア何うも、お前はにいさんの正太郎さんでございますか」

        六十三

正「おゝ正太郎だ……何うも大きくなりやアがった此畜生こんちきしょう親父ちゃんは殺されたか……えゝなに高岡で、うか、おら九才こゝのつの時別れてしまったから、顔もろくそっぽう覚えやしねえくれえだから、手前てめえは猶覚えやアしねえが、おれ此処こゝへ仕事に来ているとめえへ転んだから、ほんの弥次馬に殴ったのが、丁度親父おやじを殺した奴を打殴ぶんなぐると云うなア是が本当に仏様の引合せで、敵討をするてえのは……何う云う訳なんです」
山「訳を申せば長いことでござる、かねて噂にきゝましたがお前が正太郎さんで、葛西の文吉殿のかたに御厄介に成っていらしった」
正「え……れは叔父で……お繼、何か小岩井のお婆さんのとけえ行きてえから、お婆さんにおれ詫言わびごとして呉んねえ、ちゃんの敵を討つ助太刀をしたと云うかどで詫言をして呉んねえ、おらアもう腹一抔借尽かりつくして、婆さんも愛想あいそが尽きて寄せ附けねえと云うので、おれも行ける義理はえからなア、土浦へ行ってくすぶって居たが、そのうちかさは吹出す、けえる事も出来ず、それからまアやっとのこっ因幡町いなばちょうの棟梁のとけえ転がり込んだが、一人前いちにんめえ出来た仕事も身体が利かねえから宰取をして、今日始めて手伝てつでえに出て、うして妹にうと云うなア不思議だ、こりゃア神様のお引合せにちげえ、何うも大きく成りやアがったなア此畜生こんちきしょうちいせえ時分別れて知れやアしねえ、本当に藤屋の娘か、おい立って見や……これをおめえさんのとこの子にしたのか……一廻り廻れ」
 などと云う。
山「誠に是れは思掛けないことで、何うもその死んだ七兵衞殿のお引合せと仰しゃるは御尤もなこと、実はわしの忰山之助と申す者と三年前から巡礼を致して、長い間旅寝の憂苦労うきくろうを重ね、ようやく今日あだを討ちましたが、山之助は先達せんだって仔細有って亡なりました、それ故に手前忰の嫁故引取り娘に致して、手前が剣術を仕込みまして、何うやら斯うやら小太刀の持ち様も覚える次第、まことに思掛けないことで、葛西の文吉様にもお世話に成りましたから、手前同道致してお詫言に参りましょうが、まア兎も角も敵の……えゝ人が立って成らぬなア」
正「わっちが一太刀」
山「いや、お前はお兄様あにいさんでも初太刀しょたちは成りません、お繼は七年このかた親の仇を討ちたいと心に掛けましたから、お繼が初太刀で、お前は兄様あにさんでもあとですよ」
正「兄でもからもう面目次第しでえもねえ、じゃア後でっ付けやしょう、此様こんな嬉しい事アござえやせん……何でえう立って見やアがんな、彼方あっちへ行け、何だ篦棒べらぼうめえ己は弱虫で泣くのじゃアねえ此ん畜生……早く遣付やっつけて」
山「なアに早く遣っ付けろと仰しゃっても、長く苦痛をさしてゆるりと殺すがい」
繼「これ又市見忘れはすまい、お繼だ、よくも私のお父様とっさまを薪割で打殺して本堂の縁の下へ隠し、あまつさ継母まゝはゝを連れて立退たちのき、また其の前に私を殺そうとして追掛おっかけたな」
 と続けて切ります。
山「さア/\照やお前も」
照「はい、兄の敵又市覚悟をしろ」
 と切る。
山「さア/\今度は私に遣らしてくれ、可愛かあいい忰が不便ふびんの死を遂げたも此奴こいつの為、また娘を斬殺きりころしたのも此奴のわざ、此奴め/\」
 と四つ角で鮪をこなすようで。
山「さア兄様あにさんだ」
正「今度こんだわっしの番だ、此ん畜生め親父を殺しやアがって此ん畜生め」
 とこてで以てへっついつくろい直しをするようにさん/″\殴ってこれから立派にとゞめを刺す。其のうちに諸方から人が出て捨てゝも置かれぬから、お繼と山平は直様すぐさま自身番へ参りまして、それより細やかに町奉行へ訴えに成りましたが、全く親の敵討と云う事が分りまして、殊に悪事を重ねましたる水司又市でございますから、別段におとがめも無く此の事が榊原様のお屋敷へ聞えました所から、白島山平ならびにお照は召返しの上、のお繼は白島の家の養女になり、のちに養子を致して白島の名跡みょうせきを立てますと云う。また左官の正太郎は白島山平の手蔓てづるから正道しょうどうの者で有ると榊原様へお抱えになり、後には立派な棟梁となり、正太郎左官と云われて、下谷茅町したやかやちょう横町よこちょういけはたへ出ようと云う処に、つい十一二年前まで家も残って居りました。目出たく親のあだを討ちまして家栄えますると云う、巡礼敵討の物語は是が結局でございます。
(拠小相英太郎速記)





底本:「圓朝全集 巻の二」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年7月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の二」春陽堂
   1927(昭和2)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「の」と「あの」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
入力:小林繁雄
校正:松永正敏
2005年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「窶」の「穴かんむり」に代えて「うかんむり」、「窶」の俗字    514-11

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