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眉山(びざん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-24 17:23:11  点击:  切换到繁體中文


「ミソ?」
 僕は、カウンターに片肘かたひじをのせて立っているおかみさんの顔を見た。
 おかみさんは、いかにも不機嫌そうに眉をひそめ、それから仕方無さそうに笑い出し、
「話にも何もなりやしないんですよ、あの子のそそっかしさったら。外からバタバタ眼つきをかえてけ込んで来て、いきなり、ずぶりですからね。」
「踏んだのか。」
「ええ、きょう配給になったばかりのおミソをお重箱に山もりにして、私も置きどころが悪かったのでしょうけれど、わざわざそれに片足をつっ込まなくてもいいじゃありませんか。しかも、それをぐいと引き抜いて、爪先立つまさきだちになってそのまま便所ですからね。どんなに、こらえ切れなくなっていたって、何もそれほどあわて無くてもよろしいじゃございませんか。お便所にミソの足跡なんか、ついていたひには、お客さまが何と、……」
 と言いかけて、さらに大声で笑った。
「お便所にミソは、まずいね。」
 と僕は笑いをこらえながら、
「しかし、御不浄へ行く前でよかった。御不浄から出て来た足では、たまらない。何せ眉山の大海たいかいといってね、有名なものなんだからね、その足でやられたんじゃ、ミソも変じてクソになるのは確かだ。」
「何だか、知りませんがね、とにかくあのおミソは使い物になりやしませんから、いまトシちゃんに捨てさせました。」
「全部か? そこが大事なところだ。時々、朝ここで、おみおつけのごちそうになる事があるからな。後学のために、おたずねする。」
「全部ですよ。そんなにお疑いなら、もう、うちではお客さまに、おみおつけは、お出し致しません。」
「そう願いたいね。トシちゃんは?」
井戸端いどばたで足を洗っています。」
 と橋田氏は引き取り、
「とにかく壮烈なものでしたよ。私は見ていたんです。ミソ踏み眉山。吉右衛門きちえもんの当り芸になりそうです。」
「いや、芝居にはなりますまい。おミソの小道具がめんどうです。」
 橋田氏は、その日、用事があるとかで、すぐに帰り、僕は二階にあがって、中村先生を待っていた。
 ミソ踏み眉山は、お銚子を持ってドスンドスンとやって来た。
「君は、どこか、からだが悪いんじゃないか? 傍に寄るなよ、けがれるわい。御不浄にばかり行ってるじゃないか。」
「まさか。」
 と、たのしそうに笑い、
「私ね、小さい時、トシちゃんはお便所へいちども行った事が無いような顔をしているって、言われたものだわ。」
「貴族なんだそうだからね。……しかし、僕のいつわらざる実感を言えば、君はいつでもたったいま御不浄から出て来ましたって顔をしているが、……」
「まあ、ひどい。」
 でも、やはり笑っている。
「いつか、羽織のすそを背中に背負ったままの姿で、ここへお銚子を持って来た事があったけれども、あんなのは、一目瞭然いちもくりょうぜん、というのだ、文学のほうではね。どだい、あんな姿で、おしゃくするなんて、失敬だよ。」
「あんな事ばかり。」
 平然たるものである。
「おい、君、汚いじゃないか。客の前で、爪のあかをほじくり出すなんて。こっちは、これでもお客だぜ。」
「あら、だって、あなたたちも、皆こうしていらっしゃるんでしょう? 皆さん、爪がきれいだわ。」
「ものが違うんだよ。いったい、君は、風呂へはいるのかね。正直に言ってごらん。」
「それあ、はいりますわよ。」
 と、あいまいな返事をして、
「私ね、さっき本屋へ行ったのよ。そうしてこれを買って来たの。あなたのお名前も出ていてよ。」
 ふところから、新刊の文芸雑誌を出して、パラパラ頁を繰って、その、僕の名前の出ているところを捜している様子である。
「やめろ!」
 こらえ切れず、僕は怒声を発した。打ち据えてやりたいくらいの憎悪ぞうおを感じた。
「そんなものを、読むもんじゃない。わかりやしないよ、お前には。何だってまた、そんなものを買って来るんだい。無駄だよ。」
「あら、だって、あなたのお名前が。」
「それじゃ、お前は、僕の名前の出ている本を、全部片っ端から買い集めることが出来るかい。出来やしないだろう。」
 へんな論理であったが、僕はムカついて、たまらなかった。その雑誌は、僕のところにも恵送せられて来ていたのであるが、それには僕の小説を、それこそ、クソミソに非難している論文が載っているのを僕は知っているのだ。それを、眉山がれいの、けろりとした顔をして読む。いや、そんな理由ばかりではなく、眉山ごときに、僕の名前や、作品を、少しでもいじられるのが、いやでいやで、堪え切れなかった。いや、案外、小説がメシより好き、なんて言っている連中には、こんな眉山級が多いのかも知れない。それに気附かず、作者は、汗水流し、妻子を犠牲にしてまで、そのような読者たちに奉仕しているのではあるまいか、と思えば、泣くにも泣けないほどの残念無念の情が胸にこみ上げて来るのだ。
「とにかく、その雑誌は、ひっこめてくれ。ひっこめないと、ぶん殴るぜ。」
「わるかったわね。」
 と、やっぱりニヤニヤ笑いながら、
「読まなけれあいいんでしょう?」
「どだい、買うのが馬鹿の証拠だ。」
「あら、私、馬鹿じゃないわよ。子供なのよ。」
「子供? お前が? へえ?」
 僕は二の句がつげず、しんから、にがり切った。
 それから数日後、僕はお酒の飲みすぎで、突然、からだの調子を悪くして、十日ほど寝込み、どうやら恢復かいふくしたので、また酒を飲みに新宿に出かけた。
 黄昏たそがれの頃だった。僕は新宿の駅前で、肩をたたかれ、振り向くと、れいの林先生の橋田氏が微醺びくんを帯びて笑って立っている。
「眉山軒ですか?」
「ええ、どうです、一緒に。」
 と、僕は橋田氏を誘った。
「いや、私はもう行って来たんです。」
「いいじゃありませんか、もう一回。」
「おからだを、悪くしたとか、……」
「もう大丈夫なんです。まいりましょう。」
「ええ。」
 橋田氏は、そのひとらしくも無く、なぜだか、ひどく渋々しぶしぶ応じた。
 裏通りを選んで歩きながら、僕は、ふいと思い出したみたいな口調でたずねた。
「ミソ踏み眉山は、相変らずですか?」
「いないんです。」
「え?」
「きょう行ってみたら、いないんです。あれは、死にますよ。」
 ぎょっとした。
「おかみから、いま聞いて来たんですけどね、」
 と橋田氏も、まじめな顔をして、
「あの子は、腎臓結核じんぞうけっかくだったんだそうです。もちろん、おかみにも、また、トシちゃんにも、そんな事とは気づかなかったが、妙にお小用が近いので、おかみがトシちゃんを病院に連れて行って、しらべてもらったらその始末で、しかも、もう両方の腎臓が犯されていて、手術も何もすべて手おくれで、あんまり永い事は無いらしいのですね。それで、おかみは、トシちゃんには何も知らせず、静岡の父親のもとにかえしてやったんだそうです。」
「そうですか。……いい子でしたがね。」
 思わず、溜息と共にその言葉が出て、僕は狼狽ろうばいし、自分で自分の口をおおいたいような心地がした。
「いい子でした。」
 と、橋田氏は、落ちついてしみじみ言い、
「いまどき、あんないい気性の子は、めったにありませんですよ。私たちのためにも、一生懸命つとめてくれましたからね。私たちが二階に泊って、午前二時でも三時でも眼がさめるとすぐ、下へ行って、トシちゃん、お酒、と言えば、その一ことで、ハイッと返事して、寒いのに、ちっともたいぎがらずにすぐ起きてお酒を持って来てくれましたね、あんな子は、めったにありません。」
 涙が出そうになったので、僕は、それをごまかそうとして、
「でも、ミソ踏み眉山なんて、あれは、あなたの命名でしたよ。」
「悪かったと思っているんです。腎臓結核は、おしっこが、ひどく近いものらしいですからね、ミソを踏んだり、階段をころげ落ちるようにして降りてお便所にはいるのも、無理がないんですよ。」
「眉山の大海たいかいも?」
「きまっていますよ、」
 と橋田氏は、僕の茶化すような質問に立腹したような口調で、
「貴族の立小便なんかじゃありませんよ。少しでも、ほんのちょっとでも永く、私たちの傍にいたくて、我慢に我慢をしていたせいですよ。階段をのぼる時の、ドスンドスンも、病気でからだが大儀で、それでも、無理して、私たちにつとめてくれていたんです。私たちみんな、ずいぶん世話を焼かせましたからね。」
 僕は立ちどまり、地団駄じだんだ踏みたい思いで、
「ほかへ行きましょう。あそこでは、飲めない。」
「同感です。」
 僕たちは、その日から、ふっと河岸かしをかえた。





底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年5月30日第1刷発行
   1998(平成10)年6月15日第5刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年1月23日公開
2005年11月7日修正
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