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鍛冶の母(かじのはは)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-25 8:54:46  点击:  切换到繁體中文

       一

 土佐の国の東端、阿波の国境くにざかいに近い処に野根山と云う大きな山があって、昔は土佐から阿波に往く街道になっていた。承久の乱後土佐へ遷御せられた後土御門上皇も、この山中で大雪に苦しまれたと云うことが「承久記」の中にも見えている。旧幕のころは土佐藩で岩佐の関と云う関所を置いてあった。これは土阿の国境に聳立った剣山や魚梁瀬やなせ山の脈続きで、山の中の高い処は海抜四千一百五十尺もある。今、安芸郡の奈半利村から東に向って登ると、米ヶ岡、装束が森など云う処があって、それから絶頂の岩佐の関址が来る。其処には岩佐清水と云う清水が湧いている。其処から千本峠、花折坂など云う処を過ぎると野根村になる。この間が殆んど十一里、もとは杉檜の巨木が森々と生い茂っていて、この山名物の狼が百千群をなして時とすると旅人を襲ったのであった。
 何時比のことであったか、この山を一人の飛脚が越えていた。飛脚は阿波の方へ往く者であった。それは秋の夕方のことで落ちかけた夕陽が路傍の林に淋しく射し込んでいた。長い長い山路で陽が入りかけたので飛脚は傍視わきみもしなかった。それでも野根村の人家へ往き着くには、どうしても夜になるぞと彼は思っていた。
 と、背に風呂敷包を負うた一人の女が、杉の根本に倒れるように坐って、苦しそうに呻いていた。飛脚は急いでいたが、人通りのない山路で難儀している者を打ちゃって置けないので、その傍へ往った。
「どうした、どうした」と、飛脚は女の肩に手をかけるようにした。
 女は妊娠していたが、其処を通っているうちに急に産気づいたので、一人で困り抜いているところであった。女は神様にでも逢ったように喜んで、
「どうか私を助けてくださいませ」と云った。女は阿波から土佐の方へ往く者であった。
 飛脚は情深い男であった。産気のついた者をこんな山中にうっちゃって置いては、仮令たとえ一人でお産をすることはできるにしても、狼にでも嗅ぎつけられたら、その餌食になるのは判っている。これは助けてやらなければならないと思った。それにしても産気のついた者をれて往くこともできないから、それは此処でお産をさせなければならないが、地べたではもし狼に襲われたときに困る、と彼は考えながら四辺あたりに眼をやっていると、直ぐ近くに檜があって、それが一丈ばかりの処から数多たくさんの枝が出て、その間に二三人の人が坐っても好いようになっているのを見つけた。
 飛脚は其処へ妊婦を置くことに定めて、腰にさしていた刀で、その傍から数多たくさんの葛を切って来て檜の樹の上へあがって往き、それを枝から枝に巻きつけて妊婦とじぶんと二人でおられるようにした。そして、妊婦を負ってその上にあげた。
 何時の間にか夜になって林の下は真暗になったが、十日比の月が出て空は明るくなった。
 お産の時刻が迫って来て妊婦は呻き苦しんだ。飛脚は背後うしろから抱きかかえるようにして女に力をつけてやった。飛脚はまた女の背にあった包を解いたり、己の両掛の手荷物を開けたりして、その中から有りたけの着更きがえを出して用意をした。
 暗い中に嬰児あかごの泣き声がして女はお産をしたのであった。飛脚は嬰児を抱きあげてそれを衣服きものくるんだ。嬰児は無心に手の中でぐびぐびと動いていた。
 と、何処からともなく犬の吠えるような声が聞えた。飛脚はふと耳を傾けた。吠えるような声はまた聞えて来た。その声ははじめのような一疋の声ではなかった。それは水に投げた石の波紋が四方に広がって往くように、その声は次第次第に吠え広がって来て、其処にも此処にも聞えだした。それは、狼の声であった。
 飛脚は女の体を直して背を葛に寄せかけ、仰向けに蹲んでいられるようにして、嬰児をその懐に入れ、上から一枚の衣服きものをかけてやった。
 狼の声は近づいて来た。飛脚は手に隙が出来たので腰から煙草入を抜いて、火打をこつこつ打って火を点けながら煙草をんでいた。
「あれは、なんでございましょう」と、女が恐ろしそうに聞いた。
「あれが狼じゃ、狼でもわしが控えておるから、大丈夫じゃ、心配せんでも好い」と、飛脚は落ちついて煙草を喫んでいた。
 物凄い狼の声がもう脚下の方に起って、四辺あたりが一面に物騒がしくがさがさと鳴りだした。
「来たな」と、飛脚は煙草の吸い殻を下に落して、煙草入をさし刀の目釘をしめして待っていた。
 狼の群は二人のあがっている樹の周囲まわりをくるくると廻りはじめた。そして、廻りながら吠え立てた。
 狼は樹の幹に爪を立てながらあがって来た。ぎろぎろする両眼の光とともに灰白色の動物の頭が見えた。飛脚は隻手かたてに檜の小枝を掴み、隻手の刀を打ちおろした。狼は悲鳴をあげて下に落ちた。
 続いて後からまた狼の眼が光りだした。飛脚の刀はまたその頭に触れた。その狼もまた悲鳴をあげて下に落ちた。飛脚が一呼吸ひといきつく間もなくつぎの狼がまた頭をだした。その狼も飛脚の刀を浴びて下に落ちた。それでも次の狼は懲りずに上へあがろうとした。
 飛脚はかたっぱしから狼の頭を斬った。下に眼をやると樹の下は狼の眼の光で埋まるように見えた。狼の吠え狂う声が山一面に反響こだまをかえした。
 五六十疋ばかりも斬ったところで、何処ともなく怪しい声がしだした。
「佐喜の浜の鍛冶かぢの母を呼うで来い」「佐喜の浜の鍛冶の母……」
 その声が止まると上へ上へあがっていた狼が樹から離れて、その周囲まわりを廻りだした。
 飛脚は、狼が上へあがらないようになったので、刀を手にしたなり休んでいた。休みながら「佐喜の浜の鍛冶の母を呼うで来い」と、云った怪しい詞を思いだして、あれはなんのことだろうかと考えてみた。「佐喜の浜の鍛冶の母」彼には何うしても合点が往かなかった。
 狼は樹の周囲まわりを廻ることをやめなかった。そして、一時刻ときばかりもすると、廻っていた狼が樹の幹に執っつきはじめた。その時月は少し傾いて位置を変えたので、一条の光が枝葉の間から落ちて来て飛脚の半身から下を照らしていた。飛脚は狼の血でべとべとになった血刀を持って下の方を覗いていた。
 幹にとりついていた数多たくさんの狼の背を踏みながら、一疋の大きな狼があがって来た。毛色の白く見える肥った狼で、それが大きな口を開けていた。飛脚は刀を揮りかぶって打ちおろした。刀はその額にあたって、狼は大きな音をして下に落ちた。と、幹にとりついていた数多たくさんの狼がばらばらと下におりて四方に逃げながら物凄い声で吠えた。
 狼はもうその四辺あたりにはいなくなった。飛脚は木の葉に血のりを拭って刀を鞘に収めながら、彼の大狼を切って皆の狼が逃げたところを見ると、あれはこの山の狼の頭であろう……と思っているうちに、ふと、佐喜の浜の鍛冶の母を呼うで来いと云った怪しい詞が浮んで来た。……彼の狼が呼んで来た鍛冶の母かも判らないが、一体鍛冶の母とは何んだろう、鍛冶の母にでも化けている狼のことであろうか、それでは佐喜の浜は野根の磯続きの村であるから、佐喜の浜へ往けば判ることだろうと思った。「佐喜の浜の鍛冶の母」と、云う詞が耳にこびりついて消えなかった。

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