您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 寺田 寅彦 >> 正文

言葉の不思議(ことばのふしぎ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-2 10:22:09  点击:  切换到繁體中文


   三

 春(ハル)のラテン語が ver であるが、ポルトガル語の ver※(ダイエレシス付きA小文字)o は夏である。ペルシアの春は bah※(アキュートアクセント付きA小文字)r, 蒙古(もうこ)(カルカ)語では h'abor である。ドイツ語の Fr※(ダイエレシス付きU小文字)hling は fr※(ダイエレシス付きU小文字)h から来たとすればこれはfとrである。かなで書くとみんなハ行とラ行と結びついている点に興味がある。アイヌ語の春「パイカラ」はだいぶちがうが、しかしpをbに、kをhに代えるとおのずからペルシアの春に接近する。この置き換えは無理ではない。
「張る」「ふえる」「腫(は)るる」などもhまたはfにrの結合したものである。full, voll, πλ※[#アキュートアクセント付きε、188-上-6]ω※(ギリシア小文字ファイナルSIGMA、1-6-57) なども連想される。
 夏(ナツ)と熱(ネツ)とはいずれもnとtの結合である。現代のシナ音では、熱は jo の第四声である。「如」がジョでありニョであり、また「然」がゼンでありまたネンであると同じわけである。蒙古語(もうこご)の夏は j※(ダイエレシス付きU小文字)n である。朝鮮語(ちょうせんご)の「ナツ」は昼である。しかし朝鮮語で夏を意味する言葉は「ヨールム」で熱がヨールである。yをjに、語尾のrをtにすると(この置き換えもそれほど無理ではない)シナの現代音になる。ハンガリーの夏は ny※(アキュートアクセント付きA小文字)r(ニヤール)。コクネー英語で hot は ot であるがこれは日本語の「アツ」に似ている。フランスの夏が ※(アキュートアクセント付きE小文字)t※(アキュートアクセント付きE小文字) であるのもおもしろい。アイヌの夏 sak は以上とは仲間はずれであるが、しかしアラビアの saif に少し似ているのがおもしろい。語尾のkは kh からhになる可能性があり、日本ではhがfになるのである。
 秋(アキ)は「飽く」や「赤」と関係があるとの説もあるようであるが確証はないらしい。英語の autumn が「集む」と似ているのはおもしろい。これはラテンの autumnus から来たに相違ないが、このラテン語は augeo から来たとの説もある。この aug がアキとは少し似ている。「あげる」「大きい」なども連想される。
 秋(シュウ)が現在の日本流では、「収」「聚(しゅう)」と同音である。
 冬(フユ)は「冷(ひ)ゆ」に通じ「氷(ひょう)」に通じ χι※[#アキュートアクセント付きω、188-下-15]ν(雪)にも通じる。露語の zima は霜(シモ)や寒(サム)や梵語(ぼんご)の hima(雪)やラテンの hiems(冬)やギリシアの cheimon(冬)やまたペルシア語の sarmai(寒い)にも似ている。フィンランド語の kuura(霜)は日本の「こほり」の音便読みに近い。英語の cold は冷肉(コールミート)のコールである。氷(こお)るに近い。朝鮮語で冬は「キョーウル」である。ヘブライ語の寒さも「コール」である。
 Winter は日本語の「いてる」とどこか似ているとも言われよう。
 フランス語の冬 hiver はラテンの hibernum であろうがこれを「冷える」と比べてみるのも一興である。

 日本の山には「何々やま」と「何々だけ」とがある。アラビアの山 jabal ペルシアの山 jebel は一見「ヤマ」と縁が遠いようであるがjがyになりbがmになる例は多いようであるから、それほど無関係ではない。(邪はジャでありヤである。馬はバでありマである)
 トルコ語の山 dagh は「だけ」に似ている。アジア中部には tagh のついた山がいろいろある。ターグは「たうげ」に似ている。
 ドイツ語の屋根 Dach は上記の dagh に通じる。「棟(むね)」が「峰(みね)」に通ずるのと類する。
 アイヌの「ヌプリ」は「登り」に通じ、山頂を意味する「タプカ」も「峠(タウゲ)」に少し似ている。峠が「たむけ」の音便だとの説は受け取れない。
 山(シャン、サン)の仲間はちょっと見当たらないが、しかしアイヌの「シン」は地や陸を意味すると同時にまた「山地」(平地に対する)をも意味するそうである。これに多数を意味する接尾音をつけた「シンヌ」はたくさんな山地でこれが「信濃(しなの)」に似るなどちょっとおもしろいお慰みである。
 アイヌ語「シリ」はいろいろの意味があるがその中で陸地を意味する場合もある。またこれに他の語が結びついた時には「シリ」が山を意味する事もあるらしい。この「シリ」が梵語(ぼんご)の山「ギリ」に通じる可能性がある。
 この「ギリ」は露語の「ゴーラ」に縁がありそうに見える。箱根(はこね)の強羅(ごうら)を思い出させる。また信州(しんしゅう)に「ゴーロ」という山名があり、高井富士(たかいふじ)の一部にも「ゴーロ」という地名がある。上田(うえだ)地方方言で「ゴーロ」は石地の意だそうである。土佐の山にも「ナカギリ」という地名がある。
 日本の山名に「カラ」「クラ」のついたのの多い事を注意すべきである。「丘陵」もkとrである。
 一方ではまた露語でgがhに代用されまた時にvのように発音されることから見ると、フィン語の山 vuori やチェック語の hora が同じものになるし、hが消えたりvが母音化するとギリシアの oro や蒙古(もうこ)の oola も一つになって来る。またヘブライの山 har も親類になって来るから妙である。
 ドイツの Berg はだいぶちがうが、しかしgを流動的にし、bをvにすればフィン語に接近し、bを唇音(しんおん)の m へ導けばタミール語の malai に似て来る。後者は「盛り土」の「盛り」に似る。日本で山の名に「モリ」の多いのが、みんな「森」の意だかどうかわからない。
 ラテン系の mons, monte, montagne, mountain 等は明白な一群を形成していて上記とは縁が遠く見える。これに似た日本語はちょっと思い出せない。無理に持って来れば饅頭(まんじゅう)が mound に似ている、これはおかしい。
 ハンガリア語の山 hegy(ハヂ)が「飛騨(ひだ)」に似ているのが妙である。このgはむしろdに似た音であるから。日本語「ひたを」は小山の意である。
 ペルシア語の小山 kuh(クフ)は「丘(きゅう)」や「岡(こう)」に縁がある。アイヌの「コム」もやや似ている。この「コム」は小山であり、また瘤(こぶ)である。すなわちmをbに代えたのが日本語の「こぶ」である。これと多少の縁のあるのが英語の knob, hump, hummock, ドイツの Knopf, Knauf などである。その他「瘤」の仲間にはマレイの gmbal, ロシアの gorb, ズールーの kuhan, ハンガリアの gomb, csom※(アキュートアクセント付きO小文字) 等である。
 オロチは「丘の霊」だとの説がある。「オ」は「丘」で「ロ」は接尾語だということである。この「オロ」がギリシア語や蒙古語(もうこご)の山とそっくりなのがおもしろい。
「ムレ」は山の古語だそうであるが、これは上記タミール語の malai に少し似ている。朝鮮のモイよりもこのほうが近い。また前述の理由からドイツ語やフィン語とも音声的に縁がある。
 毎回断っているとおり、相似の事実を指摘するだけで、なんらの因果関係を付会するつもりはないから誤解のないように願いたい。

(昭和八年七月、鉄塔)

   四

「ウミ」(海)のヘブライ語が y※(マクロン付きA小文字)m である。「ヨミノクニ」は黄泉でもあるがまた「海」だとの説もあったように思う。この「ヤーム」が「ウミ」よりもむしろ「ヤマ」に似ているのがおもしろい。西グリンランドのエスキモーの言葉 imaq は海で imeq は水である。qはいろいろに変化するから ima, ime が「ウミ」であり水である。英語の humid(水けある)の終わりのdをとれば「ウミ」に近くなり、第二綴字(てつじ)だけだと「ミヅ」になる。
 英の sea はチュートンの s※(リガチャAE小文字) から来たとある。saiwiz も連関している。これが「ウシホ」(ウシオ)の「シオ」と少しは似ている。
「ワダツミ」「ワダノハラ」の「ワダ」は water や露の voda やその他同類の水を意味する言葉と類し、また「ワタル」という意味の wade(L. vadere) および関係の諸語と似ている。梵語(ぼんご) udadhi(海)が単数四格で終わりにmがつけば「ワダツミ」に近づく。
「オキ」(沖)はギリシア「オーケアノス」の頭部に似る。
「カタ」(潟)はタミール語の海 kadal に近い。
 朝鮮のパーターはやはり「ワタ」の群に入れ得られよう。
「ナダ」は梵語の川 nadi に似ている。

「カハ」(川、河、カワ)は「河(ホー)」と実際に縁がありそうである。その他にはシンハリースの ganga(川)とわずかばかり似るだけで、他にちょっと相手が見つからない。
「ナガレ」はもちろん「流れ」であるが、ある人の話では「ナガ」は「長」で「ルル」が「流」であろうとの事である。これを「リウ」と読むとギリシアの「レオ」(流れる)と近い。
 トルコの「ネフル nehr」(川)はhを例のgにすると、「ナガレ」に近よる。
 朝鮮の「ナイ」(川)とアイヌの「ナイ」(川、谷)はそっくりであることから見ると日本内地でも同じ言葉で川を意味する地名がありそうに思う。
 土佐に奈半利(なはり)川と伊尾木(いおき)川とが並んでいる。おもしろいことには、アラビア語の川は「ナフル」、ヘブライのが「ナハル」「ナーバール」等。フィン語の川は yoki 「ヨキ」である。もちろん、直接の縁があろうとは思われぬ。また上記の川名も川の名が先か土地の名が先か、それもわからない。「なばりの山」もあるから。
 朝鮮の「ムール」は蒙古語(もうこご)らしい。カルカ語の川は m※(ダイエレシス付きU小文字)r※(ダイエレシス付きE小文字)n である。

 人間の頭部「かうべ」「くび」に連関して「かぶと」「かむり(冠)」「かぶり」「かぶ(株)」「かぶ(頭)」「くぶ(くぶつち)」「こぶ(瘤)」「かぶら(蕪菁)またかぶ」「かぶら(鏑)」「こむら(腓)」「こむら(※(「木+越」、第3水準1-86-11))」などが連想される。これに対して想起される外国語ではまず英語でもあり、ラテンの語根でもあるところの cap がある。青森(あおもり)の一地方の方言では頭が「がっぺ」である。ラテンの caput は兜(かぶと)とほぼ同音である。独語の Kopf, Haupt も同類と考えられる。ギリシアの κεψαλ※[#アキュートアクセント付きη、193-上-11], マレイの kpala は「かむり」「かぶり」の類である。
 和名鈔(わみょうしょう)には「顱(ろ) 和名加之良乃加波長(わみょうかしらのかはら) 脳蓋也(のうがいなり)」とあるそうで「カハラ」は頭の事である。ギリシアやマレイとほとんど同一である。
 アラビアの頭骨 qahfun は「カフフ」で「かうべ」に近い。
 英語の円頂閣 cupola はラテンの cupa(樽(たる))から来たそうであるが、現在の流義では同一群に属する。
 英語の head はチュートン系の haubd といったような語から来ているが、音韻法則によるとLのカプトとは別だそうである。しかしこの「ハウプト」は、そんな方則を無視するここの流義では、やはり兜の組である。
 頭部を「つむり」とも言う。これはLの tumuli(堆土(たいど))と同音である。cumuli(積雲)は「かむり」のほうである。
「あたま」も頭部である。梵語(ぼんご) ※(マクロン付きA小文字)tman は「精神」であり「自己」である。「たま」は top に通じる。
 敵の首級を獲ることを「しるしをあげる」と言う。「しるし」が頭のことだとすると、これは梵語の siras(頭)、sirsham(頭)に似ている。
 八頭の大蛇(だいじゃ)を「ヤマタノオロチ」という。この「マタ」が頭を意味するとすると、これはベンガリ語の m※(マクロン付きA小文字)th※(マクロン付きA小文字)(頭)やグジャラチの m※(マクロン付きA小文字)thoonやヒンドスタニ語の mund に縁がある。これが子音転換すれば「タマ」になる。
 髑髏(どくろ)を「されかうべ」と言う。この「され」は「曝(さ)れ」かもしれないが、ペルシア語の sar は頭である。
「唐児(からこ)わげ」を「からわ」という。日本紀(にほんぎ)に角子を「あげまきからわ」と訓してあるそうで、もしかすると「からわ」また「からは」は初めには頭を意味したかもしれない。とにかくロシアの golova, glava(セルボ・クロアチアも同じ)、チェッコの hlava, ズールの inhloko(in は接頭語)等いずれも「カラワ」と音が近い。
 またこれらは子音転換(メタテシス)によれば前述のkhrの群になるのである。
 冠(かんむり)の「イソ」というのは俚言集覧(りげんしゅうらん)には「額より頭上をおおう所を言う」とあるが、シンハリース語の isa は頭である。ハンガリアでは esz がそうである。もっとも「イソ」はまた冠の縁や楽器の縁辺でもある。海の縁でもあるから、頭と比較するのは無理かもしれない。しかし「上」は「ほとり」と訓(よ)まれることがあるのである。
「かうべ」の群中へ、かりに「神(かみ)」と「上(かみ)」も「髪(かみ)」も入れておく。
 朝鮮語「モーリ(頭)」は「つむり」の「むり」と比較される。「つ」はわからない。蒙古(もうこ)カルカ語の tologai はタミール語の tal※(ダイエレシス付きA小文字)i に通じる。
「かしら」に似たものがちょっと見つからなかった。ところがLの capillus はもとは cap(頭)の dim. だそうで caput や、ギリシアの「ケファレ」も同じものである。そうして、この「カピラ」は「毛髪」の意に使われている。これが「カヒラ」を経て「カシラ」になりうるのである。言海によると「カシラ」は「髪」の意にも使われているからちょうど勘定が合うのである。そうすると「かしら」も結局「かむり」「かぶり」の群に属する。
(昭和八年八月、鉄塔)





底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
   1961(昭和36)年4月7日第1刷発行
初出:「鉄塔」
   1932(昭和7)年12月1日
   1933(昭和8)年4月1日、7月1日、8月1日
※初出時の署名は「吉村冬彦」です。
入力:Cyobirin
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • アクセント符号付きラテン文字は、画像化して埋め込みました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    アキュートアクセント付きε    188-上-6
    アキュートアクセント付きω    188-下-15
    アキュートアクセント付きη    193-上-11

上一页  [1] [2]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告