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時事雑感(じじざっかん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-3 8:36:12  点击:  切换到繁體中文

   煙突男

 ある紡績会社の労働争議に、若い肺病の男が工場の大煙突の頂上に登って赤旗を翻し演説をしたのみならず、頂上に百何十時間居すわってなんと言ってもおりなかった。だんだん見物人が多くなって、わざわざ遠方から汽車で見物に来る人さえできたので、おしまいにはそれを相手の屋台店が出たりした。これに関する新聞記事はおりからの陸軍大演習のそれと相交錯して天下の耳目をそばだたせた。宗教も道徳も哲学も科学も法律もみんなただ茫然ぼうぜんと口をあいてこの煙突の空の一個の人影をながめるのであった。
 争議が解決して煙突男が再び地上におりた翌日の朝私はいつも行くある研究所へ行った。ちょうど若い軍人たちがおおぜいで見学に来ていたが、四階屋上の露台から下を見おろしている同僚の一群を下の連中が見上げながら大声で何かからかっている。「おうい、もう争議は解決したぞ、おりろおりろ」というのが聞こえた。その後ある大学の運動会では余興の作りものの中にやはりこの煙突男のおどけた人形が喝采かっさいを博した。
 こうしてこの肺病の一労働青年は日本じゅうの人気男となり、その波動はまたおそらく世界じゅうの新聞に伝わったのであろう。
 この男のした事が何ゆえこれほどに人の心を動かしたかと考えてみた。新聞というものの勢力のせいもあるが、一つにはその所業がかなり独創的であって相手の伝統的対策を少なくも一時戸まどいをさせた、そのオリジナリティに対する賛美に似たあるものと、もう一つには、その独創的計画をどこまでも遂行しようという耐久力の強さ、しかも病弱の体躯たいくを寒い上空の風雨にさらし、おまけに渦巻うずま煤煙ばいえんの余波にむせびながら、飢渇や甘言の誘惑と戦っておしまいまで決意を翻さなかったその強さに対する嘆賞に似たあるものとが、おのずから多くの人の心に共通に感ぜられたからであろうと思われる。しかし一方ではまた彼が不治の病気を自覚して死に所を求めていたに過ぎないのだと言い、あるいは一種の気違いの所業だとして簡単に解釈をつけ、そうしてこの所業の価値を安く踏もうとする人もあるであろう。そういう見方にも半面の真理はあるかもしれない。そういう批判などはどうでもいいが、私はこの煙突男の新聞記事を読みながら、ふと「これが紡績会社の労働者でなくて、自分の研究室の一員であったとしたら」と考えてみた。ともかくもだれのまねでもない、そうしてはなはだ合目的なこの一つの所行を、自分の頭で考えついて、そうしてあらゆる困難と戦ってそれをおしまいまで遂行することのできる人間が、もし充分な素養と資料とを与えられて、そうして自由にある専門の科学研究に従事することができたら、どんな立派な仕事ができるかもしれないという気がした。もちろんちょっとそういう気がしただけである。
 日本人には独創力がないという。また耐久力がないという。これはいかなる程度までの統計的事実であるかがわかりかねる。しかし少なくとも学術研究の方面で従来この二つのものがあまり尊重されなかったことだけは疑いもない事実である。従来だれもあまり問題にしなかったような題目をつかまえ、あるいは従来行なわれなかった毛色の変わった研究方法を遂行しようとするものは、たいていだれからも相手にされないか、陰であるいはまともにばかにされるか、あるいは正面の壇上からしかられるにきまっている。そうしてそれにかまわずいつまでもそれに執着していればおしまいには気違い扱いにされ、その暗示に負けてほんとうの気違いになるか、あるいはどこからかの権威の力で差しとめを食い手も足も出なくなってしまうという事になっているようである。もっとも多くの場合にこのような独創力と耐久力を併有しているような種類の人間は、同時にその性状が奇矯ききょう頑強がんきょうである場合が多いから、学者と言っても同じく人間であるところの同学や先輩の感情を害することが多いという事実も争われないのである。そういう風変わりな学者の逆境に沈むのは誠にやむを得ないことかもしれない。そうして、またそういう独創的な仕事の常として「きずだらけの玉」といったようなものが多いから、アカデミックな立場から批評してそのきずだけを指摘すればこれを葬り去るのは赤子の手をねじ上げるよりも容易である。そうしてみがけば輝くべき天下の美玉が塵塚ちりづかに埋められるのである。これも人間的自然現象の一つでどうにもならないかもしれない。しかしそういう場合に、もし感情は感情として、ほんとうの学問のために冷静な判断を下し、泥土でいどによごれた玉を認めることができたら、世界の、あるいはわが国の学問ももう少しどうにかなるかもしれない。
 日本人の仕事は、それがある適当な条件を備えたパッスを持つものでない限り容易には海外の学界に認められにくい。そうして一度海外で認められて逆輸入されるまではなかなか日本の学界では認められないことになっている。海外の学界でもやはり国際的封建的の感情があり、またいろいろな学閥があるので、ことに東洋人の独自の研究などはなかなか目をつけないのであるが、しかしたとえ東洋人のでもそれがほんとうにいいものでさえあれば、ついにはそれを認めるということにならないほどに世界の学界は盲目ではないから、認められなくとも不平など起こさないで、きげんよく根気よく研究をつづけて行けば結局は立派なものになりうるであろう。多くの人からあんなつまらないことと言われるような事がらでも深く深く研究して行けば、案外非常に重大で有益な結果が掘り出されうるものである。自然界は古いも新しいもなく、つまらぬものもつまるものもないのであって、それを研究する人の考えと方法が新しいか古いか等が問題になるのである。最新型の器械を使って、最近流行の問題を、流行の方法で研究するのがはたして新しいのか、古い問題を古い器械を使って、しかし新しい独自の見地から伝統を離れた方法で追究するのがはたして古いかわからないのである。
 今年物理学上の功績によってノーベル賞をもらったインド人ラマンの経歴については自分はあまり確かな事を知らないが、人の話によると、インドの大学を卒業してから衣食のために銀行員の下っぱかなんかを勤めながら、楽しみにケンブリッジのマセマチカル・トライポスの問題などを解いて英国の学者に見てもらったりしていた。そんな事から見いだされてカルカッタ大学の一員になったのが踏み出しだそうである。始めのうちは振動の問題や海の色の問題や、ともかくも見たところあまり先端的でない、新しがり屋に言わせれば、いわゆる古色蒼然そうぜんたる問題を、自分だけはおもしろそうにこつこつとやっていた。しかし彼の古いティンダル効果の研究はいつのまにか現在物理学の前線へ向かってひそかにからめ手から近づきつつあった。研究資金にあまり恵まれなかった彼は「分光器が一つあるといいがなあ」と嘆息していた。そうして、やっと分光器が手に入って実験を始めるとまもなく一つの「発見」を拾い上げた。それは今日彼の名によって「ラマン効果」と呼ばれるものである。田舎いなかから出て来たばかりの田吾作たごさくが一躍して帝都の檜舞台ひのきぶたいの立て役者になったようなものである。そうして物理学者としての最高の栄冠が自然にこの東洋学者の頭上を飾ることになってしまった。思うにこの人もやはり少し変わった人である。多数の人の血眼になっていきせき追っかけるいわゆる先端的前線などは、てんでかまわないような顔をしてのんきそうに骨董こっとういじりをしているように見えていた。そうして思いもかけぬ間道を先くぐりして突然前哨ぜんしょうの面前に顔を突き出して笑っているようなところがある。
 もっとも、ラマンのまねをするつもりで、同じように古くさい問題ばかりこつこつと研究をしていれば、ついにはラマンと同じように新しい発見に到達するかといえば、そういうわけには行かない。これも確かである。ただたまにはラマンのような例もあるから、われわれはそういう毛色の変わった学者たちも気長い目で守り立てたいと思うのである。
 この世界的物理学者の話と、川崎かわさきの煙突男の話とにはなんら直接の関係はない。前者は賞をもらったが、後者は家宅侵入罪その他で告発されるという話である。これはたいへんな相違である。ただ二人の似ているのは人まねでないということと、根気のいいという点だけである。
 それでもし煙突男の所業のまねをしたら、そのまねという事自身が人のまねをしない煙突男のまねではなくなるということになる。のみならず、昔話のまねじじいと同様によほどひどい目にあうのが落ちであろう。
 オリジナリティの無いと称せらるる国の昔話に人まねを戒める説話の多いのも興味のあることである。
 それから、また労働争議というはなはだオリジナルでない運動の中からこういう個性的にオリジナルなものが出現して喝采かっさいを博したのもまた一つの不思議な現象と言わなければならない。

     金曜日

 総理大臣が乱暴な若者に狙撃そげきされた。それが金曜日であった。前にある首相が同じ駅で刺されたのが金曜日、その以前に某が殺されたのも金曜日であった。不思議な暗合であるというような話がもてはやされたようである。実際そう言われればだれでもちょっと不思議な気がしないわけには行かないであろう。
 ある特定の事がらが三回相互に無関係に起こるとする。そうしてそのおのおのが七曜日のいずれに起こる確率も均等であると仮定すれば、三度続けて金曜日に起こるという確率は七分の一の三乗すなわち三百四十三分の一である。しかしこれはまた、木曜が三度来る確率とも同じであり、また任意の他の組み合わせたとえば、「木金土」、「月水金」……となるのとも同じである。しかしもしこれがたとえば木金土という組み合わせで起こったとしたら、だれも不思議ともなんとも思わないであろう。それだのに、同じ珍しさの「金金金」を人は何ゆえ不思議がるであろうか。
 三百四十三の場合の中で「同じ」名前の三つ続く場合は七種、これに対して「三つとも同じではない」場合が三百三十六種、従って二つの場合の種別数の比は一対四十八である。人々の不思議はこの対比から来ることは明らかである。
 三つ同じという場合だけを特に取り出して一方に祭り上げ、同じでないというのを十ひとからげに安く踏んで同じ所へ押し込んでしまうということは、抽象的な立場からは無意味であるにかかわらず人間的な立場からはいろいろの深い意味があるように思われる。これを少し突っ込んで考えて行くとずいぶん重大な問題に触れて来るようである。しかし今それをここで取り扱おうというのではない。
 現在の「金曜三つ」の場合でも、人々は通例同様の事件でしかも金曜以外の日に起こったのは、はじめから捨ててしまって問題にしないのである。そうして金曜に起こったのだけを拾い出して並べて不思議がるのが通例である。この点が科学者の目で見た時に少しおかしく思われるのである。今度の場合が偶然ノトリアスに有名な「金曜」すなわち耶蘇やその「金曜」であったので、それで、「曜」が問題になり、前の首相の場合を当たってみると、それがちょうどまた金曜であった。そうして過去の中からもう一つの「金曜」が拾い出されたというのが、実際の過程であろう。
 これと似通にかよっていて、しかも本質的にだいぶ違う「金曜日」の例が一つある。
 私は過去十何年の間、ほとんど毎週のように金曜日には、深川ふかがわの某研究所にかよって来た。電車がずいぶん長くかかるのに、電車をおりてからの道がかなりあって、しかもそれがあまり感じのよくない道路である。それで特に雨の降る日などは、この金曜日が一倍苦になるのであった。ところが妙なことには、どうかして金曜日に雨のふるまわりが来ると、来る週も来る週も金曜日というと雨が降る。前日まではいい天気だと思うていると、金曜の朝はもう降っているか、さもなくば行きには晴れであったのが帰りが雨になる。こういうことをしばしば感じるのである。そうかと思うとまた天気のいい金曜が続きだすとそれが幾週となく継続することもあるように思われた。もちろん他の週日に降る降らぬは全く度外視しての話である。
 これもやはり、他の多くの場合と同様に自分の注目し期待する特定の場合の記憶だけが蓄積され、これにあたらない場合は全然忘れられるかあるいは採点を低くして値踏みされるためかもしれない。しかし必ずしもそういう心理的の事実のみではなくて、実際に科学的な説明がいくぶんか付け得られるかもしれない。それは気圧変化にほぼ一週間に近い週期あるいは擬似的週期の現われることがしばしばあるからである。
 朝鮮で三寒四温という言葉があるそうで、これはまさに七日の週期を暗示する。自分が先年、東京における冬季の日々の気圧を曲線にして見たときに著しい七日ぐらいの週期を見たことがある。これについてはすでに専門家のまじめな研究もあるようであるから、時々同じ週日に同じ天気がめぐって来ても、これはそれほど不思議ではないわけである。
 深川の研究所が市の西郊に移転した。この新築へ初めて出かけた金曜日が雨、それから四週間か五週間つづけて金曜は天気が悪かった。耶蘇やそのたたりが千九百三十年後の東洋の田舎いなかまで追究しているのかと冗談を言ったりした。ところがやっと天気のいい金曜の回りがやって来て、それから数週間はずっとつづいた。そうしたある美しい金曜日の昼食時に美しい日光のさした二階食堂でその朝突発した首相遭難のことを聞き知った。それからもいまだに好晴の金曜がつづいている。昼食後に研究所の屋上へ上がって武蔵野むさしのの秋をながめながら、それにしてももう一ぺん金曜日の不思議をよく考え直してみなければならぬと思うのである。

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