五
近藤勇は、黒縮緬の羽織、着物で、着流しのまま坐っていた。
「敗けたか」
口許に、微かな笑を見せて、じっと、土方の顔をみた。
「見事――総敗軍」
「何うして」
「手も足も出ぬ。鉄砲だ」
「鉄砲?」
「うん」
「鉄砲に、手も足も出んとは?」
「貴公は、三匁と、五匁位より知らん。あいつは、五十間せいぜい六十間で当てるのはむずかしいが、洋式鉄砲は、二三町位で利く。一刀流も、無念流も無い。鎧も、甲も、ぷすりぷすりだ」
「躾けられんか。銃口を見て何の辺を覗っているか――」
「あはははは」
土方は、大笑いして
「蛤御門の時より、一段の進歩だ。それに味方の伝習隊が役に立たぬ」
「味方の鉄砲が役に立たぬに、敵の鉄砲が」
「シャスポーを、フランス式は使用しているが、何んでも幕府に金の無い為、安物を買ったとかで、銃身の何っかが曲った廃銃まであるという噂もあった」
「有りそうな事だ。そして、誰が討死した」
「うむ――周平が、山崎が、藤堂が――」
「皆、鉄砲でか」
「うむ」
近藤は、暫く、黙っていたが
「何んとか、法の無いものか? 俺は、あると思えるが――」
と、云うと、自分の肩の鉄砲疵の事を思い出した。
(これは、不意討だった。前に、覗っている奴が見つかったなら、撃たれはしまい。謙信は、鉄砲ぐるみ、兵を斬った事さえある)
土方は、懐の金入から、小さい円い玉を出して
「これが、弾丸だ。わしの前へ落ちた奴を、ほじくり出してきた。もう二寸の所で、やられる所だった」
近藤は、じろっと、見たまま、手に取ろうともしなかった。
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下篇ノ一
「何うにか、成るだろう」
開陽丸の甲板の手擦りに凭れて、岩田金千代が、友人の顔を見た。
「御前は呑気だよ」
空は晴上っていた。波は平だった。そこに見える陸地に戦争があって、その戦争に、一昨日まで、従っていたとは思えなかった。
金千代は、枚方で、新撰組の舟に、うまく乗れたし、城中から逃げる時にも、将軍が、天満橋から、茅舟で、天保山へ落ちたとすぐ聞いて、馬を飛ばしたが、間に合って、この舟に乗る事が出来た。同じように、馬でくると云っていた友人は遅れたらしいが
(彼奴は、紀州へ落ちただろう、然し、紀州だって、敵か味方か、判りはしない。彦根だって、藤堂だって、敵になったのだから――何んて、俺は、運のいい男だろう)
と、思うと
(何とかなるだろう)
と、自信がもてた。
「大阪城の御金蔵には、三千両しか無かったそうだし、江戸は君――あの通りだろう」
江戸では、小栗上野介が、軍用金の調達に奔走したが、フランスから借入れる外、方法がつかなかった、そして二人の貰った軍用金とて、少額なものであった。
「人気は悪いし――これで、負け戦になったら。今までさえ食え無いのが、何うなるだろう」
「そんな事を心配していたって――」
金千代は、そう云ったが、江戸へ入ると、幸運が、逃げてしまいそうにも思えた。旗本の相当の人で、蚊帳の無い人があった。鎧をもっている人は稀だった。百石百両という相場で、旗本の株を町人に譲って、隠居する人が、多かった。それで、堪えきれ無くなって旗本から、将軍へ出した事があった。
「質主と申者御座候、武器、衣類、大小、道具等右質屋へ預り其値半減、或は三分の一の金高を貸渡、利分は高利にて請取候、武家にても極難儀にて金子才覚仕候ても、貸呉候者御座無候節は」
という有様であった。そして、旗本はその中で、三味、手踊を習っていた。
「甲府へ立籠って――」
という声がした。二人が、振向くと、近藤と、土方とであった。二人は、丁寧に、御叩頭をした。
「八王子には千人同心が、少くとも二小隊は集る。菜葉服が二大隊、これも御味方しよう。甲府城には、加藤駿河の手で、三千人、それに、旗本を加えて、五千人は立所に揃うであろう。これで、一戦しようで無いか」
「然し、京都での、新撰組の勢力とはちがうから、吾々の下へ集ってくるのが――」
「それは、相当の役所になって、公方の命令という事にしよう。もし、公方の命令で集らなかったら、それは是非もない事だ」
二人は、帆綱の上へ、腰かけて話していた。金千代が
「せめて、甲府でなりと、手痛く戦いたいですが、今の人数の中へ御加え下さいませんか」
近藤は、頷いた。水夫達は、一生懸命に働いていたが、敗兵達は甲板で、煙草を喫ったり、笑ったりしていた。
二
近藤勇は、若年寄格。土方歳三が、寄合席。隊の名は、甲陽鎮撫隊。隊士一同、悉く、小十人格という事になった。
岩田金千代も、鈴木竜作も、裏金の陣笠をもらって、新らしく入ってきた隊土に、戦争の経験談を話した。
「火縄銃の外、御前なんか、鉄砲を知らんだろう。長州征伐の負けたのも、その為だ。舶来鉄砲には、第一に三つぼんど筒というのがある。それから、エンピール、スベンセル、こいつが恐い。三町位で、どんとくると、やられる」
「三町も遠くて、当るかい」
「当るように出来てる。伏見では、その為、新撰組が、七八百人やられたんだ」
二百八十人の隊は、二月二十七日の朝――霜の白い、新宿大木戸から、甲州街道を進んだ。二門の大砲が、馬の背につんであった。神奈川菜葉隊が後からきて、それを撃つのであった。それから、いろいろの種類の鉄砲が、四十挺。
土方は、もっと集める、と云ったが、金も、品物も無かったし。隊長の近藤が、苦い顔をして
「土方、そんな鉄砲など――」
止めてばかりいた。
撒兵隊、伝習隊、会津兵、旗本、新撰組、それからの寄せ集りで、宗家の為よりも、自分の為であった。入隊しないと、何うして暮して行けるか見当のつかない人が、沢山に加わっていた。
そして、新撰組は、その人々で、会津兵は東北弁ばかり、旗本は流行言葉――という風に、一団ずつになって、睨合っていた。
大木戸辺まで、町の人々が、隊の両側に、前後に、どよめきつつついてきた。大木戸の黒い門をくぐると
「御苦労さま」
「頼みます」
と、町人達が、一斉に叫んだ。隊士は
「大丈夫」
と、手を挙げて答えた。
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