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倫敦塔(ロンドンとう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 9:34:48  点击:  切换到繁體中文

二年の留学中ただ一度倫敦塔(ロンドンとう)を見物した事がある。その後(ご)再び行こうと思った日もあるがやめにした。人から誘われた事もあるが断(ことわ)った。一度で得た記憶を二返目(へんめ)に打壊(ぶちこ)わすのは惜しい、三(み)たび目に拭(ぬぐ)い去るのはもっとも残念だ。「塔」の見物は一度に限ると思う。
 行ったのは着後間(ま)もないうちの事である。その頃は方角もよく分らんし、地理などは固(もと)より知らん。まるで御殿場(ごてんば)の兎(うさぎ)が急に日本橋の真中(まんなか)へ抛(ほう)り出されたような心持ちであった。表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、家(うち)に帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕(あさゆう)安き心はなかった。この響き、この群集の中に二年住んでいたら吾(わ)が神経の繊維(せんい)もついには鍋(なべ)の中の麩海苔(ふのり)のごとくべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの退化論を今さらのごとく大真理と思う折さえあった。
 しかも余(よ)は他の日本人のごとく紹介状を持って世話になりに行く宛(あて)もなく、また在留の旧知とては無論ない身の上であるから、恐々(こわごわ)ながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは用達(ようたし)のため出あるかねばならなかった。無論(むろん)汽車へは乗らない、馬車へも乗れない、滅多(めった)な交通機関を利用しようとすると、どこへ連れて行かれるか分らない。この広い倫敦(ロンドン)を蜘蛛手(くもで)十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も鋼条鉄道も余には何らの便宜をも与える事が出来なかった。余はやむを得ないから四ツ角へ出るたびに地図を披(ひら)いて通行人に押し返されながら足の向く方角を定める。地図で知れぬ時は人に聞く、人に聞いて知れぬ時は巡査を探す、巡査でゆかぬ時はまたほかの人に尋ねる、何人でも合点(がてん)の行く人に出逢うまでは捕えては聞き呼び掛けては聞く。かくしてようやくわが指定の地に至るのである。
「塔」を見物したのはあたかもこの方法に依らねば外出の出来ぬ時代の事と思う。来(きた)るに来所(らいしょ)なく去るに去所(きょしょ)を知らずと云(い)うと禅語(ぜんご)めくが、余はどの路を通って「塔」に着したかまたいかなる町を横ぎって吾家(わがや)に帰ったかいまだに判然しない。どう考えても思い出せぬ。ただ「塔」を見物しただけはたしかである。「塔」その物の光景は今でもありありと眼に浮べる事が出来る。前はと問われると困る、後(あと)はと尋ねられても返答し得ぬ。ただ前を忘れ後を失(しっ)したる中間が会釈(えしゃく)もなく明るい。あたかも闇を裂(さ)く稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地(ここち)がする。倫敦塔(ロンドンとう)は宿世(すくせ)の夢の焼点(しょうてん)のようだ。
 倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎(せん)じ詰めたものである。過去と云う怪(あや)しき物を蔽(おお)える戸帳(とばり)が自(おの)ずと裂けて龕(がん)中の幽光(ゆうこう)を二十世紀の上に反射するものは倫敦塔である。すべてを葬る時の流れが逆(さか)しまに戻って古代の一片が現代に漂(ただよ)い来れりとも見るべきは倫敦塔である。人の血、人の肉、人の罪が結晶して馬、車、汽車の中に取り残されたるは倫敦塔である。
 この倫敦塔を塔橋(とうきょう)の上からテームス河を隔てて眼の前に望んだとき、余は今の人かはた古(いにし)えの人かと思うまで我を忘れて余念もなく眺(なが)め入った。冬の初めとはいいながら物静かな日である。空は灰汁桶(あくおけ)を掻(か)き交(ま)ぜたような色をして低く塔の上に垂れ懸っている。壁土を溶(とか)し込んだように見ゆるテームスの流れは波も立てず音もせず無理矢理(むりやり)に動いているかと思わるる。帆懸舟(ほかけぶね)が一隻(せき)塔の下を行く。風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所に停(とま)っているようである。伝馬(てんま)の大きいのが二艘(そう)上(のぼ)って来る。ただ一人の船頭(せんどう)が艫(とも)に立って艪(ろ)を漕(こ)ぐ、これもほとんど動かない。塔橋の欄干(らんかん)のあたりには白き影がちらちらする、大方(おおかた)鴎(かもめ)であろう。見渡したところすべての物が静かである。物憂(ものう)げに見える、眠っている、皆過去の感じである。そうしてその中に冷然と二十世紀を軽蔑(けいべつ)するように立っているのが倫敦塔である。汽車も走れ、電車も走れ、いやしくも歴史の有らん限りは我のみはかくてあるべしと云わぬばかりに立っている。その偉大なるには今さらのように驚かれた。この建築を俗に塔と称(とな)えているが塔と云うは単に名前のみで実は幾多(いくた)の櫓(やぐら)から成り立つ大きな地城(じしろ)である。並び聳(そび)ゆる櫓には丸きもの角張(かくば)りたるものいろいろの形状はあるが、いずれも陰気な灰色をして前世紀の紀念(きねん)を永劫(えいごう)に伝えんと誓えるごとく見える。九段(くだん)の遊就館(ゆうしゅうかん)を石で造って二三十並べてそうしてそれを虫眼鏡(むしめがね)で覗(のぞ)いたらあるいはこの「塔」に似たものは出来上りはしまいかと考えた。余はまだ眺(なが)めている。セピヤ色の水分をもって飽和(ほうわ)したる空気の中にぼんやり立って眺めている。二十世紀の倫敦がわが心の裏(うち)から次第に消え去ると同時に眼前の塔影が幻(まぼろし)のごとき過去の歴史を吾が脳裏(のうり)に描(えが)き出して来る。朝起きて啜(すす)る渋茶に立つ煙りの寝足(ねた)らぬ夢の尾を曳(ひ)くように感ぜらるる。しばらくすると向う岸から長い手を出して余を引張(ひっぱ)るかと怪(あや)しまれて来た。今まで佇立(ちょりつ)して身動きもしなかった余は急に川を渡って塔に行きたくなった。長い手はなおなお強く余を引く。余はたちまち歩を移して塔橋を渡り懸けた。長い手はぐいぐい牽(ひ)く。塔橋を渡ってからは一目散(いちもくさん)に塔門まで馳(は)せ着けた。見る間(ま)に三万坪に余る過去の一大磁石(いちだいじしゃく)は現世(げんせ)に浮游(ふゆう)するこの小鉄屑(しょうてつくず)を吸収しおわった。門を入(はい)って振り返ったとき、

憂(うれい)の国に行かんとするものはこの門を潜(くぐ)れ。
永劫の呵責(かしゃく)に遭(あ)わんとするものはこの門をくぐれ。
迷惑の人と伍(ご)せんとするものはこの門をくぐれ。
正義は高き主(しゅ)を動かし、神威(しんい)は、最上智(さいじょうち)は、最初愛(さいしょあい)は、われを作る。
我が前に物(もの)なしただ無窮あり我は無窮に忍ぶものなり。
この門を過ぎんとするものはいっさいの望(のぞみ)を捨てよ。

という句がどこぞで刻(きざ)んではないかと思った。余はこの時すでに常態(じょうたい)を失(うしな)っている。
 空濠(からほり)にかけてある石橋を渡って行くと向うに一つの塔がある。これは丸形(まるがた)の石造(せきぞう)で石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立(きつりつ)している。その中間を連(つら)ねている建物の下を潜(くぐ)って向(むこう)へ抜ける。中塔とはこの事である。少し行くと左手に鐘塔(しゅとう)が峙(そばだ)つ。真鉄(まがね)の盾(たて)、黒鉄(くろがね)の甲(かぶと)が野を蔽(おお)う秋の陽炎(かげろう)のごとく見えて敵遠くより寄すると知れば塔上の鐘を鳴らす。星黒き夜、壁上(へきじょう)を歩む哨兵(しょうへい)の隙(すき)を見て、逃(のが)れ出ずる囚人の、逆(さか)しまに落す松明(たいまつ)の影より闇に消ゆるときも塔上の鐘を鳴らす。心傲(おご)れる市民の、君の政(まつりごと)非なりとて蟻(あり)のごとく塔下に押し寄せて犇(ひし)めき騒ぐときもまた塔上の鐘を鳴らす。塔上の鐘は事あれば必ず鳴らす。ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。祖(そ)来(きた)る時は祖を殺しても鳴らし、仏(ぶつ)来(きた)る時は仏を殺しても鳴らした。霜(しも)の朝(あした)、雪の夕(ゆうべ)、雨の日、風の夜を何べんとなく鳴らした鐘は今いずこへ行ったものやら、余が頭(こうべ)をあげて蔦(つた)に古(ふ)りたる櫓(やぐら)を見上げたときは寂然(せきぜん)としてすでに百年の響を収めている。
 また少し行くと右手に逆賊門(ぎゃくぞくもん)がある。門の上には聖(セント)タマス塔が聳(そび)えている。逆賊門とは名前からがすでに恐ろしい。古来から塔中に生きながら葬られたる幾千の罪人は皆舟からこの門まで護送されたのである。彼らが舟を捨ててひとたびこの門を通過するやいなや娑婆(しゃば)の太陽は再び彼らを照らさなかった。テームスは彼らにとっての三途(さんず)の川でこの門は冥府(よみ)に通ずる入口であった。彼らは涙の浪(なみ)に揺られてこの洞窟(どうくつ)のごとく薄暗きアーチの下まで漕(こ)ぎつけられる。口を開(あ)けて鰯(いわし)を吸う鯨(くじら)の待ち構えている所まで来るやいなやキーと軋(きし)る音と共に厚樫(あつがし)の扉は彼らと浮世の光りとを長(とこし)えに隔(へだ)てる。彼らはかくしてついに宿命の鬼の餌食(えじき)となる。明日(あす)食われるか明後日(あさって)食われるかあるいはまた十年の後(のち)に食われるか鬼よりほかに知るものはない。この門に横付(よこづけ)につく舟の中に坐している罪人の途中の心はどんなであったろう。櫂(かい)がしわる時、雫(しずく)が舟縁(ふなべり)に滴(した)たる時、漕(こ)ぐ人の手の動く時ごとに吾が命を刻まるるように思ったであろう。白き髯(ひげ)を胸まで垂れて寛(ゆる)やかに黒の法衣(ほうえ)を纏(まと)える人がよろめきながら舟から上る。これは大僧正クランマーである。青き頭巾(ずきん)を眉深(まぶか)に被(かぶ)り空色の絹の下に鎖(くさ)り帷子(かたびら)をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈(えしゃく)もなく舷(ふなべり)から飛び上(あが)る。はなやかな鳥の毛を帽に挿(さ)して黄金(こがね)作りの太刀(たち)の柄(え)に左の手を懸(か)け、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽(かろ)げに石段の上に移すのはローリーか。余は暗きアーチの下を覗(のぞ)いて、向う側には石段を洗う波の光の見えはせぬかと首を延ばした。水はない。逆賊門とテームス河とは堤防工事の竣功(しゅんこう)以来全く縁がなくなった。幾多(いくた)の罪人を呑み、幾多の護送船を吐き出した逆賊門は昔(むか)しの名残(なご)りにその裾(すそ)を洗う笹波(ささなみ)の音を聞く便(たよ)りを失った。ただ向う側に存する血塔(けっとう)の壁上に大(おおい)なる鉄環(てっかん)が下(さ)がっているのみだ。昔しは舟の纜(ともづな)をこの環(かん)に繋(つな)いだという。
 左(ひだ)りへ折れて血塔の門に入る。今は昔し薔薇(しょうび)の乱(らん)に目に余る多くの人を幽閉したのはこの塔である。草のごとく人を薙(な)ぎ、鶏(にわとり)のごとく人を潰(つぶ)し、乾鮭(からさけ)のごとく屍(しかばね)を積んだのはこの塔である。血塔と名をつけたのも無理はない。アーチの下に交番のような箱があって、その側(かたわ)らに甲形(かぶとがた)の帽子をつけた兵隊が銃を突いて立っている。すこぶる真面目(まじめ)な顔をしているが、早く当番を済まして、例の酒舗(しゅほ)で一杯傾けて、一件(いっけん)にからかって遊びたいという人相である。塔の壁は不規則な石を畳み上げて厚く造ってあるから表面は決して滑(なめらか)ではない。所々に蔦(つた)がからんでいる。高い所に窓が見える。建物の大きいせいか下から見るとはなはだ小さい。鉄の格子(こうし)がはまっているようだ。番兵が石像のごとく突立ちながら腹の中で情婦とふざけている傍(かたわ)らに、余は眉(まゆ)を攅(あつ)め手をかざしてこの高窓を見上げて佇(たた)ずむ。格子を洩(も)れて古代の色硝子(いろガラス)に微(かす)かなる日影がさし込んできらきらと反射する。やがて煙のごとき幕が開(あ)いて空想の舞台がありありと見える。窓の内側(うちがわ)は厚き戸帳(とばり)が垂れて昼もほの暗い。窓に対する壁は漆喰(しっくい)も塗らぬ丸裸(まるはだか)の石で隣りの室とは世界滅却(せかいめっきゃく)の日に至るまで動かぬ仕切(しき)りが設けられている。ただその真中(まんなか)の六畳ばかりの場所は冴(さ)えぬ色のタペストリで蔽(おお)われている。地(じ)は納戸色(なんどいろ)、模様は薄き黄(き)で、裸体の女神(めがみ)の像と、像の周囲に一面に染め抜いた唐草(からくさ)である。石壁(いしかべ)の横には、大きな寝台(ねだい)が横(よこた)わる。厚樫(あつがし)の心(しん)も透(とお)れと深く刻みつけたる葡萄(ぶどう)と、葡萄の蔓(つる)と葡萄の葉が手足の触(ふ)るる場所だけ光りを射返す。この寝台(ねだい)の端(はじ)に二人(ふたり)の小児(しょうに)が見えて来た。一人は十三四、一人は十歳(とお)くらいと思われる。幼なき方は床(とこ)に腰をかけて、寝台の柱に半(なか)ば身を倚(も)たせ、力なき両足をぶらりと下げている。右の肱(ひじ)を、傾けたる顔と共に前に出して年嵩(としかさ)なる人の肩に懸ける。年上なるは幼なき人の膝の上に金(きん)にて飾れる大きな書物を開(ひろ)げて、そのあけてある頁(ページ)の上に右の手を置く。象牙(ぞうげ)を揉(も)んで柔(やわら)かにしたるごとく美しい手である。二人とも烏(からす)の翼を欺(あざむ)くほどの黒き上衣(うわぎ)を着ているが色が極めて白いので一段と目立つ。髪の色、眼の色、さては眉根鼻付(まゆねはなつき)から衣装(いしょう)の末に至るまで両人(ふたり)共ほとんど同じように見えるのは兄弟だからであろう。
 兄が優しく清らかな声で膝の上なる書物を読む。
「我が眼の前に、わが死ぬべき折の様を想(おも)い見る人こそ幸(さち)あれ。日毎夜毎に死なんと願え。やがては神の前に行くなる吾の何を恐るる……」
弟は世に憐れなる声にて「アーメン」と云う。折から遠くより吹く木枯(こがら)しの高き塔を撼(ゆる)がして一度(ひとた)びは壁も落つるばかりにゴーと鳴る。弟はひたと身を寄せて兄の肩に顔をすりつける。雪のごとく白い蒲団(ふとん)の一部がほかと膨(ふく)れ返(かえ)る。兄はまた読み初める。
「朝ならば夜の前に死ぬと思え。夜ならば翌日(あす)ありと頼むな。覚悟をこそ尊(とうと)べ。見苦しき死に様(ざま)ぞ恥の極みなる……」
弟また「アーメン」と云う。その声は顫(ふる)えている。兄は静かに書をふせて、かの小さき窓の方(かた)へ歩みよりて外(と)の面(も)を見ようとする。窓が高くて背(せ)が足りぬ。床几(しょうぎ)を持って来てその上につまだつ。百里をつつむ黒霧(こくむ)の奥にぼんやりと冬の日が写る。屠(ほふ)れる犬の生血(いきち)にて染め抜いたようである。兄は「今日(きょう)もまたこうして暮れるのか」と弟を顧(かえり)みる。弟はただ「寒い」と答える。「命さえ助けてくるるなら伯父様に王の位を進ぜるものを」と兄が独(ひと)り言(ごと)のようにつぶやく。弟は「母様(ははさま)に逢(あ)いたい」とのみ云う。この時向うに掛っているタペストリに織り出してある女神(めがみ)の裸体像が風もないのに二三度ふわりふわりと動く。
 忽然(こつぜん)舞台が廻る。見ると塔門の前に一人の女が黒い喪服を着て悄然(しょうぜん)として立っている。面影(おもかげ)は青白く窶(やつ)れてはいるが、どことなく品格のよい気高(けだか)い婦人である。やがて錠(じょう)のきしる音がしてぎいと扉が開(あ)くと内から一人の男が出て来て恭(うやうや)しく婦人の前に礼をする。
「逢う事を許されてか」と女が問う。
「否(いな)」と気の毒そうに男が答える。「逢わせまつらんと思えど、公けの掟(おきて)なればぜひなしと諦(あきら)めたまえ。私(わたくし)の情(なさけ)売るは安き間(ま)の事にてあれど」と急に口を緘(つぐ)みてあたりを見渡す。濠(ほり)の内からかいつぶりがひょいと浮き上る。
 女は頸(うなじ)に懸けたる金(きん)の鎖(くさり)を解いて男に与えて「ただ束(つか)の間(ま)を垣間(かいま)見んとの願なり。女人(にょにん)の頼み引き受けぬ君はつれなし」と云う。
 男は鎖りを指の先に巻きつけて思案の体(てい)である。かいつぶりはふいと沈む。ややありていう「牢守(ろうも)りは牢の掟(おきて)を破りがたし。御子(みこ)らは変る事なく、すこやかに月日を過させたもう。心安く覚(おぼ)して帰りたまえ」と金の鎖りを押戻す。女は身動きもせぬ。鎖ばかりは敷石の上に落ちて鏘然(そうぜん)と鳴る。
「いかにしても逢う事は叶(かな)わずや」と女が尋(たず)ねる。
「御気の毒なれど」と牢守(ろうもり)が云い放つ。
「黒き塔の影、堅き塔の壁、寒き塔の人」と云いながら女はさめざめと泣く。
 舞台がまた変る。
 丈(たけ)の高い黒装束(くろしょうぞく)の影が一つ中庭の隅にあらわれる。苔(こけ)寒き石壁の中(うち)からスーと抜け出たように思われた。夜と霧との境に立って朦朧(もうろう)とあたりを見廻す。しばらくすると同じ黒装束の影がまた一つ陰の底から湧(わ)いて出る。櫓(やぐら)の角に高くかかる星影を仰いで「日は暮れた」と背(せ)の高いのが云う。「昼の世界に顔は出せぬ」と一人が答える。「人殺しも多くしたが今日ほど寝覚(ねざめ)の悪い事はまたとあるまい」と高き影が低い方を向く。「タペストリの裏(うら)で二人の話しを立ち聞きした時は、いっその事止(や)めて帰ろうかと思うた」と低いのが正直に云う。「絞(し)める時、花のような唇(くちびる)がぴりぴりと顫(ふる)うた」「透(す)き通るような額(ひたい)に紫色の筋が出た」「あの唸(うな)った声がまだ耳に付いている」。黒い影が再び黒い夜の中に吸い込まれる時櫓の上で時計の音ががあんと鳴る。
 空想は時計の音と共に破れる。石像のごとく立っていた番兵は銃を肩にしてコトリコトリと敷石の上を歩いている。あるきながら一件(いっけん)と手を組んで散歩する時を夢みている。
 血塔の下を抜けて向(むこう)へ出ると奇麗な広場がある。その真中(まんなか)が少し高い。その高い所に白塔がある。白塔は塔中のもっとも古きもので昔(むか)しの天主である。竪(たて)二十間、横十八間、高さ十五間、壁の厚さ一丈五尺、四方に角楼(すみやぐら)が聳(そび)えて所々にはノーマン時代の銃眼(じゅうがん)さえ見える。千三百九十九年国民が三十三カ条の非を挙げてリチャード二世に譲位(じょうい)をせまったのはこの塔中である。僧侶、貴族、武士、法士の前に立って彼が天下に向って譲位を宣告したのはこの塔中である。その時譲りを受けたるヘンリーは起(た)って十字を額と胸に画して云う「父と子と聖霊の名によって、我れヘンリーはこの大英国の王冠と御代とを、わが正しき血、恵みある神、親愛なる友の援(たすけ)を藉(か)りて襲(つ)ぎ受く」と。さて先王の運命は何人(なんびと)も知る者がなかった。その死骸がポント・フラクト城より移されて聖(セント)ポール寺に着した時、二万の群集は彼の屍(しかばね)を繞(めぐ)ってその骨立(こつりつ)せる面影(おもかげ)に驚かされた。あるいは云う、八人の刺客(せっかく)がリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧(おの)を奪いて一人を斬(き)り二人を倒した。されどもエクストンが背後より下(くだ)せる一撃のためについに恨(うらみ)を呑(の)んで死なれたと。ある者は天を仰(あお)いで云う「あらずあらず。リチャードは断食(だんじき)をして自(みずか)らと、命の根をたたれたのじゃ」と。いずれにしてもありがたくない。帝王の歴史は悲惨の歴史である。
 階下の一室は昔しオルター・ロリーが幽囚(ゆうしゅう)の際万国史(ばんこくし)の草(そう)を記した所だと云い伝えられている。彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴下を膝頭(ひざがしら)で結んだ右足を左(ひだ)りの上へ乗せて鵞(が)ペンの先(さき)を紙の上へ突いたまま首を少し傾けて考えているところを想像して見た。しかしその部屋は見る事が出来なかった。
 南側から入って螺旋状(らせんじょう)の階段を上(のぼ)るとここに有名な武器陳列場がある。時々手を入れるものと見えて皆ぴかぴか光っている。日本におったとき歴史や小説で御目にかかるだけでいっこう要領を得なかったものが一々明瞭になるのははなはだ嬉しい。しかし嬉しいのは一時の事で今ではまるで忘れてしまったからやはり同じ事だ。ただなお記憶に残っているのが甲冑(かっちゅう)である。その中(うち)でも実に立派だと思ったのはたしかヘンリー六世の着用したものと覚えている。全体が鋼鉄製で所々に象嵌(ぞうがん)がある。もっとも驚くのはその偉大な事である。かかる甲冑を着けたものは少なくとも身の丈(たけ)七尺くらいの大男でなくてはならぬ。余が感服してこの甲冑を眺(なが)めているとコトリコトリと足音がして余の傍(そば)へ歩いて来るものがある。振り向いて見るとビーフ・イーターである。ビーフ・イーターと云うと始終牛(ぎゅう)でも食っている人のように思われるがそんなものではない。彼は倫敦塔の番人である。絹帽(シルクハット)を潰(つぶ)したような帽子を被(かぶ)って美術学校の生徒のような服を纏(まと)うている。太い袖(そで)の先を括(くく)って腰のところを帯でしめている。服にも模様がある。模様は蝦夷人(えぞじん)の着る半纏(はんてん)についているようなすこぶる単純の直線を並べて角形(かくがた)に組み合わしたものに過ぎぬ。彼は時として槍(やり)をさえ携(たずさ)える事がある。穂の短かい柄(え)の先(さき)に毛の下がった三国志(さんごくし)にでも出そうな槍をもつ。そのビーフ・イーターの一人が余の後(うし)ろに止まった。彼はあまり背(せ)の高くない、肥(ふと)り肉(じし)の白髯(しろひげ)の多いビーフ・イーターであった。「あなたは日本人ではありませんか」と微笑しながら尋ねる。余は現今の英国人と話をしている気がしない。彼が三四百年の昔からちょっと顔を出したかまたは余が急に三四百年の古(いにし)えを覗(のぞ)いたような感じがする。余は黙(もく)して軽(かろ)くうなずく。こちらへ来たまえと云うから尾(つ)いて行く。彼は指をもって日本製の古き具足(ぐそく)を指して、見たかと云わぬばかりの眼つきをする。余はまただまってうなずく。これは蒙古(もうこ)よりチャーレス二世に献上(けんじょう)になったものだとビーフ・イーターが説明をしてくれる。余は三たびうなずく。
 白塔を出てボーシャン塔に行く。途中に分捕(ぶんどり)の大砲が並べてある。その前の所が少しばかり鉄柵(てつさく)に囲(かこ)い込んで、鎖の一部に札が下(さ)がっている。見ると仕置場(しおきば)の跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通(かよ)わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据(す)えらるるためであった。久しぶりに青天を見て、やれ嬉しやと思うまもなく、目がくらんで物の色さえ定かには眸中(ぼうちゅう)に写らぬ先に、白き斧(おの)の刃(は)がひらりと三尺の空(くう)を切る。流れる血は生きているうちからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋(いっぴき)下りている。翼(つばさ)をすくめて黒い嘴(くちばし)をとがらせて人を見る。百年碧血(へきけつ)の恨(うらみ)が凝(こ)って化鳥(けちょう)の姿となって長くこの不吉な地を守るような心地がする。吹く風に楡(にれ)の木がざわざわと動く。見ると枝の上にも烏がいる。しばらくするとまた一羽飛んでくる。どこから来たか分らぬ。傍(そば)に七つばかりの男の子を連れた若い女が立って烏を眺(なが)めている。希臘風(ギリシャふう)の鼻と、珠(たま)を溶(と)いたようにうるわしい目と、真白な頸筋(くびすじ)を形づくる曲線のうねりとが少からず余の心を動かした。小供は女を見上げて「鴉(からす)が、鴉が」と珍らしそうに云う。それから「鴉が寒(さ)むそうだから、麺麭(パン)をやりたい」とねだる。女は静かに「あの鴉は何にもたべたがっていやしません」と云う。小供は「なぜ」と聞く。女は長い睫(まつげ)の奥に漾(ただよ)うているような眼で鴉を見詰めながら「あの鴉は五羽います」といったぎり小供の問には答えない。何か独(ひと)りで考えているかと思わるるくらい澄(すま)している。余はこの女とこの鴉の間に何か不思議の因縁(いんねん)でもありはせぬかと疑った。彼は鴉の気分をわが事のごとくに云い、三羽しか見えぬ鴉を五羽いると断言する。あやしき女を見捨てて余は独りボーシャン塔に入(い)る。

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