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聖家族(せいかぞく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-25 15:59:25  点击:  切换到繁體中文


    ※(アステリズム、1-12-94)

 それまで彼の夢にしか過ぎなかった細木家というものが、急に一つの現実となって扁理の生活の中にはいってきた。
 扁理はそれを九鬼やなんかの思い出といっしょくたに、新聞、雑誌、ネクタイ、薔薇ばら、パイプなどの混雑のなかに、無造作に放り込んでおいた。
 そういう乱雑さをすこしも彼は気にしなかった。むしろそれに、彼自身に最もふさわしい生活様式を見出していたのだ。

 或る晩、彼の夢のなかで、九鬼が大きな画集を彼に渡した。そのなかの一枚の画をさしつけながら、
「この画を知っているか?」
「ラファエロの聖家族でしょう」
 と彼は気まり悪そうに答えた。それがどうやら自分の売りとばした画集らしい気がしたのだ。
「もう一度、よく見てみたまえ」と九鬼が言った。
 そこで彼はもう一ぺんその画を見直した。すると、どうもラファエロの筆に似てはいるが、その画のなかの聖母の顔は細木夫人のようでもあるし、幼児のそれは絹子のようでもあるので、へんな気がしながら、なおよく他の天使たちを見ようとしていると、
「わからないのかい?」と九鬼は皮肉な笑い方をした……
 扁理は目をさました。見ると、散らかった自分の枕もとに、見おぼえのある、立派な封筒が一つ落ちているのだ。
 おや、まだ夢の続きを見ているのかしら……と思いながら、それでもいそいでその封を切って見ると、手紙の中の文句は明瞭めいりょうだった。ラファエロの画集を買い戻しなさいと言うのだ。そしてそれと一しょになって一枚の為替が入っていた。
 彼はベッドの中で再び眼をつぶった。自分はまだ夢の続きを見ているのだと自分自身に言ってきかせるかのように。


 その日の午後、細木家を訪れた扁理は大きなラファエロの画集をかかえていた。
「まあ、わざわざ持っていらっしったんですか。あなたのところに置いておけばおよろしかったのに」
 そう言いながらも、夫人はそれをすぐ受取った。そうして籐椅子とういすに腰かけながら、しずかにそれを一枚一枚めくっていった……と思うと、突然、それを荒あらしい動作で自分の顔のところに持ち上げた。そしてその本のにおいでもいでいるらしい。
「なんだかたばこのにおいがいたしますわ」
 扁理は驚いて夫人を見上げた。咄嗟とっさに九鬼が非常に莨好きだったことを思い出しながら。そうして彼は夫人の顔が気味悪いくらいに蒼ざめているのに気づいた。
「この人の様子にはどこかしら罪人と云った風があるな」と扁理は考えた。
 その時、庭の中から絹子が彼に声をかけた。
「庭をごらんになりません?」
 彼は夫人をそのまま一人きりにさせて置く方が彼女の気に入るだろうと考えながら、ひっそりとした庭のなかへ絹子のあとについて行った。
 少女は、扁理を自分のうしろに従えながら、庭の奥の方へはいって行けば行くほど、へんに歩きにくくなり出した。彼女はそれを自分のうしろにいる扁理のためだとは気づかなかった。そして少女のみが思いつき得るような単純な理由を発見した。彼女は扁理をふりかえりながら言った。
「このへんに野薔薇がありますから、踏むと危のうございますわ」
 野薔薇に花が咲いているには季節があまり早すぎた。そして扁理には、どれが野薔薇だか、その葉だけでは見わけられないのだ。彼もまた、いつのまにか不器用に歩き出していた。


 絹子は、自分では少しも気づかなかったが、扁理に初めて会った時分から、少しずつ心が動揺しだしていた。――扁理に初めて会った時分からではすこし正確ではない。それはむしろ九鬼の死んだ時分からと言い直すべきかも知れない。
 それまで絹子はもう十七であるのに、いまだに死んだ父の影響の下に生きることを好んでいた。そして彼女は自分の母のダイアモンド属の美しさを所有しようとはせずに、それを眺め、そしてそれを愛する側にばかりなっていた。
 ところが、九鬼の死によって自分の母があんまり悲しそうにしているのを、最初はただ思いがけなく思っていたに過ぎなかったが、いつかその母の女らしい感情が彼女の中にまだ眠っていた或る層を目ざめさせた。その時から彼女は一つの秘密を持つようになった。しかし、それが何であるかを知ろうとはせずに。――そして、それからというもの、彼女はらずらず自分の母の眼を通して物事を見るような傾向に傾いて行きつつあった。
 そして彼女はいつしか自分の母の眼を通して扁理を見つめだした。もっと正確に言うならば、彼の中に、母が見ているように、裏がえしにした九鬼を。
 しかし彼女自身は、そういうすべてを殆ど意識していなかったと言っていい。


 そのうち一度、扁理が彼女の母の留守に訪ねて来たことがある。
 扁理はちょっと困ったような顔をしていたが、それでも絹子にすすめられるまま、客間に腰を下してしまった。
 あいにく雨が降っていた。それでこの前のように庭へ出ることもできないのだ。
 二人は向い合って坐っていたが、別に話すこともなかったし、それに二人はお互に、相手が退屈しているだろうと想像することによって、自分自身までも退屈しているかのように感じていた。
 そうして二人は長い間、へんに息苦しい沈黙のなかに坐っていた。
 しかし二人は室内の暗くなったことにも気のつかないくらいだった。――そんなに暗くなっていることに初めて気がつくと、驚いて扁理は帰って行った。
 絹子はそのあとで、何だか頭痛がするような気がした。彼女はそれを扁理との退屈な時間のせいにした。だが、実は、それは薔薇ばらのそばにあんまり長く居過ぎたための頭痛のようなものだったのだ。

    ※(アステリズム、1-12-94)

 そういう愛の最初の徴候は、絹子と同じように、扁理にも現われだした。
 自分の乱雑な生き方のおかげで、扁理はその徴候をば単なる倦怠けんたいのそれと間違えながら、それを女達の硬い性質と自分の弱い性質との差異のせいにした。そして「ダイアモンドは硝子ガラスを傷ける」という原理を思い出して、自分もまた九鬼のように傷つけられないうちに、彼女たちから早く遠ざかってしまった方がいいと考えた。そして彼は彼独特の言い方で自分に向って言った。――自分を彼女たちに近づけさせたところの九鬼の死そのものが、今度は逆に自分を彼女たちから遠ざけさせるのだと。
 そしてそういう驚くほど簡単な考え方で彼女たちから遠ざかりながら、扁理は再び自分の散らかった部屋のなかに閉じこもって、自分一人きりで生きようとした。すると今度は、その閉じ切った部屋の中から、本当の倦怠が生れ出した。しかし扁理自身はその本物も贋物にせものもごっちゃにしながら、ただ、そういうものから自分を救い出してくれるような一つの合図しか待っていなかった。
 一つの合図。それはカジノの踊り子たちに夢中になっている彼の友人たちから来た。
 或る晩、扁理は友人たちと一しょにコック場のような臭いのするカジノの楽屋廊下に立ちながら、踊り子たちを待っていた。
 彼はすぐ一人の踊り子を知った。
 その踊り子は小さくて、そんなに美しくなかった。そして一日十幾回の踊りにすっかり疲れていた。だが、その自棄気味やけぎみで、陽気そうなところが、扁理の心をひきつけた。彼はその踊り子に気に入るために出来るだけ自分も陽気になろうとした。
 しかし踊り子の陽気そうなのは、彼女の悪い技巧にすぎなかった。彼女もまた彼と同じくらいに臆病だった。が、彼女の臆病は、人に欺かれまいとするあまりに人を欺こうとする種類のそれだった。
 彼女は扁理の心を奪おうとして、他のすべての男たちとふざけ合った。そして彼を自分から離すまいとして、彼と約束して置きながら、わざと彼を待ち呆けさせた。
 一度、扁理が踊り子の肩に手をかけようとしたことがある。すると踊り子はすばやくその手から自分の肩を引いてしまった。そして彼女は、扁理が顔を赤らめているのを見ながら、彼の心を奪いつつあると信じた。
 こういう二人の気の小さな恋人同志がどうして何時までもうまくやって行けるだろうか?
 或る日、彼は公園の噴水のほとりで踊り子を待っていた。彼女はなかなかやって来ない。それには慣れているから彼はそれをそれほど苦痛には感じない。が、そのうちふと、踊り子とは別の少女――絹子のことを彼は考え出した。そしてしいま自分の待っているのがその踊り子ではなくて、あの絹子だったらどんなだろうと空想した。……が、その莫迦ばかげた空想にすぐ自分で気がついて、彼はそれを踊り子のための現在の苦痛から回避しようとしている自分自身のせいにした。

 扁理の乱雑な生活のなかに埋もれながら、なお絶えず成長しつつあった一つの純潔な愛が、こうしてひょっくりその表面に顔を出したのだ。だが、それは彼に気づかれずに再び引込んで行った……


 絹子はといえば、扁理が自分たちから遠ざかって行くのを、最初のうちは何かほっとした気持で見送っていた。が、それが或る限度を越え出すと、今度は逆にそれが彼女を苦しめ出した。しかし、それが扁理に対する愛からであることを認めるには、少女の心はあまりに硬過ぎた。
 細木夫人の方は、扁理がこうして遠ざかって行くのを、むしろ、彼に訪問の機会を与えてやらない自分自身の過失のように考えていた。しかし夫人には扁理を見ることは楽しいことよりも、むしろ苦しいことの方が多かった。そうして月日が九鬼の死を遠ざければ遠ざけるほど、彼女に欲しいのは平静さだけであった。だから、彼女は扁理がだんだん遠ざかって行くのを見ても、それをそのままにして置いたのだ。
 或る朝、二人は公園のなかに自動車をドライヴさせていた。
 噴水のほとりに、扁理が一人の小さい女と歩いているのを、彼女たちが見つけたのはほとんど同時だった。その小さい女は黄と黒の縞の外套がいとうをきていて、何か快活そうに笑っていた。それと並んで扁理は考え深そうにうつむきながら歩いていた。
「あら!」と絹子が車の中でかすかに声を立てた。
 と同時に彼女は、彼女の母がもしかしたら扁理たちに気づかなかったかも知れないと思った。そうして彼女自身もそれに気づかなかったような風をしようとした。
「なんだか目の中にゴミがはいっちゃったわ……」
 夫人は夫人でまた、絹子が扁理たちを見なかったことを、ひそかに欲していた。そうして、ほんとうに目の中にゴミかなんか入って彼等を見なかったのかも知れないと思った。
「びっくりしたじゃないの……」
 そう言って、夫人は自分の心持蒼くなっている顔をごまかした。

    ※(アステリズム、1-12-94)

 その沈黙はしかし、二人の間にながく尾をひいた。
 それからというもの、絹子はよく一人で町へ散歩に出かけた。彼女は心の中のうっとうしさを運動不足のせいにしていたのだ。そうして母からも離れて一人きりになりたい気持や、こうして歩いているうちにまたひょっとしたら扁理に会えるかも知れないという考えなどの彼女にあったことは、少しも自分で認めようとはしなかった。
 彼女は扁理とその恋人らしいものの姿を、下手な写真師のように修整していた。その写真のなかでは、例の小さい踊り子は彼女と同じような上流社会の立派な令嬢に仕上げられていた。
 彼女はそういう扁理たちに対して何とも云えないにがさを味った。しかし、それが扁理のための嫉妬しっとであることには、勿論、彼女は気づかなかった。何故なら、彼女は扁理たちのような年輩のどういう二人づれを見てもその同じようなにがさを味ったからだ。そして彼女はそれを世間一般の恋人たちに対するにがさであると信じた。――実は、彼女はどういう二人づれを見てもらずらず扁理たちを思い出していたのだが……
 彼女は歩きながら、飾窓ショウウィンドウに映る自分の姿を見つめた。そうして彼女は、いますれちがったばかりの二人づれに自分を比較した。ときどき硝子の中の彼女は妙に顔をゆがめていた。彼女はそれを悪い硝子のせいにした。


 或る日、そういう散歩から帰ってくると、絹子は玄関にどこか見おぼえのある男の帽子と靴とを見出した。
 そうしてそれが誰のだかはっきり思い出せないことが、彼女をちょっと不安にさせた。
「誰かしら」
 と思いながら、彼女が客間に近づいて行ってみると、その中から、こわれたギタアのような声が聞えてきた。
 それは斯波しばという男の声であった。
 斯波という男は、――「あいつはまるで壁の花みたいな奴ですよ。そら、舞踏会で踊れないもんだから、壁にばかりくっついている奴がよくあるでしょう。そういう奴のことを英語で Wall Flower というんだそうだけれど……斯波の人生における立場なんか全くそれですね」――そんなことをいつか扁理が言っていたのを思い出しながら、それから、彼女はふと扁理のことを考えた。……
 彼女が客間に入って行くと、斯波は急に話すのをめた。
 が、すぐ、斯波は、例のこわれたギタアのような声で、彼女に向って言いだした。
「いま、扁理の悪口を言っていたところなんですよ。あいつはこの頃全く手がつけられなくなったんです。くだらない踊り子かなんかに引っかかっていて……」
「あら、そうですの」
 絹子はそれを聞くと同時ににっこりと笑った。いかにも朗らかそうに。そして自分でも笑いながら、こんな風に笑ったのは実にひさしぶりであるような気がした。
 このながく眠っていた薔薇ばらを開かせるためには、たった一つの言葉で充分だったのだ。それは踊り子の一語だ。扁理と一しょにいた人はそんな人だったのか、と彼女は考え出した。私はそれを私と同じような身分の人とばかり考えていたのに。そしてそういう人だけしか扁理の相手にはなれないと思っていたのに。……そうだわ、きっと扁理はそんな人なんか愛していないのかも知れない。もしかすると、あの人の愛しているのはやっぱし私なのかも知れない。それだのに私があの人を愛していないと思っているので、私から遠ざかろうとしているのではないかしら。そうして自分をごまかすためにきっとそんな踊り子などと一しょに暮らしているのだ。そんな人なんかあの人には似合わないのに……
 それは少女らしい驕慢きょうまんな論理だった。しかし、大抵の場合、少女は自分自身の感情はその計算の中に入れないものだ。そして絹子の場合もそうだった。

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