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キチガイ地獄(キチガイじごく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-9 8:52:23  点击:  切换到繁體中文

 ……やッ……院長さんですか。どうもお邪魔します。
 ええ。早速ですが私の精神状態も、御蔭様おかげさまでヤット回復致しましたから、今日限り退院さして頂こうと思いまして、実は御相談に参りました次第ですが……どうも永々御厄介ごやっかいに相成りまして、何とも御礼の申上げようがありません。……ええ。それから入院料の方は、自宅うちへ帰りましてから早速、お届けする事に致したいと思いますが……。
 ……ハハア……いかにも。なるほど。事情をお聞きにならない事には、退院させる訳には行かぬと仰有おっしゃるのですね。イヤ。重々御尤ごもっともです。それでは事情を一通りお話し致しますが……しかし他人ほかへお洩らしになっては困りますよ。何しろ私の生命いのちにかかわる重大問題ですからね……。
 ナル……成る程。患者の秘密を一々ほかへ洩らしたら、医者の商売は成り立たない。特に病院というものは、世間の秘密の保管倉庫みたようなもの……イヤ。御信用申上げます。御信用申上るどころではありません。
 それでは事実を打ち割って告白致しますが、何を隠しましょう、私は殺人犯の前科者です。破獄逃亡の大罪人です。婦女を誘拐ゆうかいした愚劣漢であると同時に、二重結婚までした破廉恥はれんち極まる人非人……。
 イヤ。お笑いになっては困ります。そんな風にお考え下さるのは重々感謝に堪えない次第ですが、しかし事実をげる事は断然出来ませぬ。御承知の通り現在、只今の私は、北海道の炭坑王と呼ばれていた谷山家の養嗣子ようしし秀麿ひでまろと認められている身の上ですからね。私の実家も、定めし立派な身分家柄の者であろうと、十人が十人思っておられるのは、むしろ当然の事かも知れませんが、遺憾ながら事実は丸で正反対……と申上げたいのですが、実はもっとヒドイのです。その証拠に、私が谷山家に入込みました直前の状態を告白致しましたら、誰でも開いた口が塞がらないでしょう。
 私は大正×年の夏の初めに、原因不明の仮死状態に陥ったまま、北海道は石狩川の上流から、大雨に流されて来た、一個のルンペン屍体したいに過ぎなかったのです……しかも頭髪や鬚を、蓬々ぼうぼうやした原始人そのままの丸裸体まるはだかで、岩石のこすり傷や、川魚の突つき傷を、全身一面に浮き上らせたまま、エサウシ山下の絶勝に臨む、炭坑王谷山家の、豪華を極めた別荘の裏手に流れ着いて、そこに滞在していた小樽タイムスの記者、ぼうの介抱を受けているうちに、ヤット息を吹き返した無名の一青年に過ぎなかったのです。
 イヤ。お待ち下さい。お笑いになるのは重々御尤ごもっともです。話が一々脱線し過ぎておりますからね……のみならずこの話は、谷山家の内輪うちわでも絶対の秘密になっておりますので、御存じの無いのは御尤も千万ですが、しかし私は天地神明に誓ってもいい事実ばかりを、申上げているのです。イヤ。まったくの話です。そればかりじゃありません。只今から告白致します私の身の上話を、冷静な第三者の立場からお聴きになりましたら、それこそモットモット非常識を極めた事実が、まだまだドレくらい飛び出して来るかわからないのです。……ですから、そんなのを一々御心配下すったら、折角の告白がテンキリ型なしになってしまうのですが、しかし同時に、それがホントウに意外千万な、奇怪極まる事実であればあるだけ、それだけ谷山家の固い秘密として、今日まで絶対に外へ洩れなかったもの……という事実だけはドウカお認めを願いたいと思うのです。殊に内地と違いまして未開野蛮な……むしろ神秘的な処の多い北海道の出来事ですからね。その辺のところを十分に御斟酌しんしゃく下すって、お聴き取りを願いましたならば、このお話がヨタか、ヨタでないか……精神病患者のスバラシイ幻想イリュウジョンか、それとも正気の人間が告白する、明確な事実ものがたりかということは、話の進行に連れて、追々おいおいとおわかりになる事と思いますからね。
 ……ところでです。その小樽タイムスの記者某と、近隣の医師の介抱によりまして、ヤット仮死状態から蘇生しました私は、どうした原因かわかりませんが、自分自身の過去に関する記憶を、完全に喪失しておりましたのです。もっともその当時は、私の頭にヒドイ打撲傷が残っておりましたので、多分、どこか高い処から落っこって、頭を打った瞬間に、ソンナ変テコな状態に陥ったものじゃなかったかと、今でも思っている次第ですが……しかしコンナ実例は、先生の方が失礼ながら、お詳しい事と存じますが……。
 ……ハハア。そんな実例を見た事は無いが、話にはよく出て来る。真面目な事実として在り得るかも知れない……成る程。とにかくそれからのちというもの私は、その記者某から指導されるまにまに、自分自身の過去を、すっかりカモフラージュしておりました……。
 ……自分は九州佐賀の生れで、親も兄弟も無い孤児である。むろん学問という学問もしていないが、最近、東京で事業に失敗して、この世を悲観した結果、人跡未踏の北海道の山奥で自殺して、死骸を熊か鷲の餌食えじきにするつもりで、山又山を無茶苦茶に分け登って行くうちに、あやまって石狩川に陥入ったもの……。
 とか何とかいったような出鱈目でたらめで、別荘附近の人々を胡魔化ごまかしてしまいました。それから伸び放題になっていた頭をハイカラに手入れして、見違えるようなシャンに生れ変りましたが、併しソンナ風にして生れ変りは変ったものの、モトモト行く先も帰る先も無い、風来坊の身の上でしたから仕方がありません。その記者が寝間着ねまきにしていた古浴衣を貰い受けまして、その別荘の御厄介になりながら、毎日毎日ボンヤリしていた訳でしたが……。
 ……エッその新聞記者の名前ですか。
 ……ええっと……。オヤッ。おかしいな……何とかいったっけが……ツイ今サッキまでハッキリと記憶おぼえていたんですが。……オカシイナ……ツイ胴忘どうわすれしちゃってチョット思い出せないんですが。エッ。何ですって……。
 生命いのちの親様の名前を忘れるなんて、言語道断だと仰有おっしゃるのですか……ト……飛んでもない。アンナ奴が生命いのちの親様なら、猫イラズは長生ながいきの妙薬でしょう。
 私が前に申しましたような、容易ならぬ大罪人の前科者という事実を、早くもその時に看破するや否や、一種の猟奇趣味の満足のためとしか思えない、極めて残忍な方法でもって、私の運命を手玉に取るべく、ソロソロと手を伸ばしかけていた悪魔というのは、誰でもない。その生命いのちの親様だったのです。谷山家の獅子身中の虫となって、私を半狂人はんきちがいになるまで苦しめ抜く計画を、冷静にめぐらしていたケダモノが、その新聞記者だったのです。……ええ……そうですね。それじゃソイツの名前を思い出すまで仮りにAとでも名付けて、お話を進めておきますかね。
 何でもそのAという男は、谷山家の内情に精通している、お出入り同様の新聞記者で、熊狩や、スケートの名人だと自称しておりましたが、それは恐らく事実だったのでしょう。体格のいい、色の黒い、眼の光りの鋭い、如何いかにも新聞記者らしいツンとした男でしたがね。そんな風にして私を、谷山家の別荘に引止めながら、色んな事を質問したり、話しかけたりして、私の記憶を回復させよう回復させようと努力していたようです。
 ええ。もちろんそうですとも。とりあえず私の記憶を回復させた上で、素晴らしい新聞種を絞り出してくれようと思っていたに違い無いのですが、生憎あいにくなことにその結果は、全然、徒労に帰してしまいました。私の脳髄から蒸発してしまった過去の記憶は、モウっくにシリウス星座あたりへ逃げ去っていたのでしょう。それからのち、容易な事では帰って来なかったのですが……。
 もっともその時に万一、私が過去の経歴を思い出していたら、話はソレッ切りで、目出度めでたし目出度しになっていたかも知れません。アンナ空恐ろしい思いをさせられないまま、音ももなく土になってしまったかも知れないのですがね……。

 それから約二週間ばかり経った、或る暑い日のことでした。炭坑王、谷山家の一粒種の女主人公で、両親も兄弟も無い有名な我儘者わがままもので、同時に小樽から函館へかけた、社交界の女王と呼ばれていた、龍代たつよさんと称する二十三歳になる令嬢が、小母さんと称する、中年の婦人を二三人お供に連れて、愛別から出来た新道をドライヴしながら、突然に、エサウシ山下の別荘へ遣って来たのです。そうして私は間もなく、その令嬢のお眼に止まる事になったのです……ええ。そうなんです……お話のテムポが非常に早いようですが、事実ですから致し方がありません。尤も後から聞いてみますと、その我儘女王の龍代さんは、小樽の本宅に廻って来たA記者の報告によって、私の事を承知するやいなや、たまらない好奇心にられたらしく、何もったらかして、私を見に来たものだそうですが、しかも来て見るや否やタッタ一眼で、うじも素性も知れない風来坊の私を捉まえて、死んでも離さない決心をしたというのですから、その我儘さ加減が如何にはなはだしいものがあったかが、アラカタお察し出来るでしょう。
 ……どうものろけを申上るようで恐れ入りますが……しかし又一方に、私も私です。只今申しました通りに過去の記憶を喪失なくしていることをハッキリ自覚していたんですから、万一、ズット以前に約束した女が居はしなかったか……ぐらいの事は、その時にチョット考えてみる必要があったかも知れないのですが、ミジンもそんな事に気が付かずに……むろん私共の背後うしろで、Aが赤い舌を出していようなぞとは夢にも気付かないまま、妖艶ようえん溌剌はつらつを極めた龍代の女王ぶりに、魂を奪われてばかりおりましたのは、何といっても一生の不覚でした。或はこれが運命というものだったかも知れませんがね。……ハハハ……。
 その結果は、改めてお話する迄もなく、世間周知の事実ですから略させて頂きます。ただ私がその龍代の超特級な我儘と、A記者の不思議なほど熱心な仲介に依りまして、谷山家の養子に納まる事になりますと、何よりも先に驚かされた事実が三つありました事を、念のため申上げておきましょう。
 その第一というのは、さしもに北海道切っての放埒者ほうらつものと呼ばれていた龍代が、意外にも処女であった事です。それから第二はやはりその龍代の性格が、結婚後になると急に一変して、極めて温良貞淑な、内気者に生れかわってしまったことです。
 それから今一つは少々さもしいお話ですが、流石さすがの炭坑王、谷山家の財政が、その当時の炭界不況と、支配人の不正行為のために、殆んど危機にひんする打撃を受けていたことでした。……ですから詰るところ私は、龍代に見込まれたお蔭で、泰平無事の風来坊から一躍して、引くに引かれぬ愛慾と、黄金の地獄のマン中に、真逆様まっさかさまに突き落された訳で……しかもそれは私のような馬鹿を探し出すために、心にも無い放埒振りを見せていた龍代の大芝居に、マンマと首尾よく引掛けられた物……という事が結婚後、半年も経たないうちに判明して来たのです。
 しかし一方に私も今更、そうした二重の地獄から逃げ出すような、臆病者ではありませんでした。この点でもやはり龍代の見込みが百パーセントに的中していたのかも知れませんが、元来、風来坊の川流れであった私が、それからのちというものは、龍代にも負けないくらい性格の一変ぶりを見せましたもので、どこで得た知識かわかりませんが、自分でも驚くほどの才能を発揮し初めたものです。
 何よりも先に、今申しました悪支配人をタタキ出して、危機に瀕した谷山家の財政をドシドシ整理して行く片手間に、その当時まで誰も着眼していなかった、にしんの倉庫業に成功し、谷山燻製鰊くんせいにしんの販路を固めて、見る見るうちに同家万代の基礎を築き初めましたので、谷山一家の私に対する信頼はいやが上にも高まるばかり……そういう私も時折りは、吾れながらの幸福感に陶酔しいしい、モットモット優越した将来の夢を、妻の龍代と語らい誓った事もありました。
 しかし今から考えますと、ソウした幸福感はホンノつかの間の夢だったのです。私の一身にからまる怪奇な因縁は、中々ソレ位の事で終結おしまいにはなりませんでした。
 それは私共の間に、長男の龍太郎が生れてから、一年と経たないうちの事でした。
 妻の龍代が突然に……それこそホントウに突然に、カルモチン自殺を遂げてしまったのです。同時にその遺書かきおきによって、谷山家の内輪の人々が何故なにゆえに永い間、龍代の放埒と我儘を見て見ない振りをしていたか……のみならずどこの馬の骨か、牛のくそかわからない風来坊の川流れを、よく調べもせずに炭坑王後継者として承認したか……という理由がハッキリ判明わかったのですが……斯様かよう申しましたら先生は、もうアラカタ事情をお察しになっているでしょう。
 谷山家は、容易に他家と婚姻出来ない、まわしい病気を遺伝した家柄なのでした。そうしてその血統と、財産とが、同時に絶滅しかけていたところを、私のお蔭で辛うじて、つなぎ止めたという状態なのでした。
 ところがその危なっかしい血統が、龍太郎の誕生によってヤット繋ぎ止められたと思う間もなく、龍代自身の肉体に、早くもそのまわしい遺伝病の前兆が、あらわれ初めたことがわかりましたので、まことに申訳無いが貴方に……つまり私にですね……情ない姿をお見せしないうちにお別れする決心をしました。これがわたしの最後の我儘ですから、何卒なにとぞおゆるし下さい。……妾は貴方をだますまいとした妾のまごころを、欺し得ないで貴方と結婚しました。その深い罪のお詫びは、仮令たとえ、このはかない玉のが絶えましてもキットお側に付添うて致します。……お別れしたくない……子供の事を呉々くれぐれもお願いします。妾のまごころをタッタ一人信じて下さる貴方のお心に、おすがりして死んで行きます。今はただ天道様の無情をうらむばかり……といったような、それはそれは哀切を極めたものでしたが、その文句には全く泣かされましたよ。ハハイ。昔の我儘はアトカタもない。……透きとおるほどの純情と、理智とに責められた……弱々しさと美しさとに満ち満ちた……ハハイ……。
 むろんその時も私は、谷山家を出る考えなんか毛頭もうとうありませんでした。ハイ。世の中の事はすべて運命ですからね。
 しかし谷山家の連中はその時に、トテモ狼狽したらしいのです。何しろ、一生懸命になって秘しかくしていた、谷山家のいまわしい血統が、龍代の自殺をキッカケにして、世間に暴露しそうになったのですからね。警察と新聞社に頼み込んで極力、事情を秘密にしてもらう一方に、今となって私に逃げられては一大事と思ったのでしょう。出来るだけ早く、私の気に入るような後妻を探してやらなければ……といったような話が、まだ龍代の百ヶ日も済まないうちから、谷山家の内輪で真剣に進められる事になりました。つまりそんな連中の私に対する信頼が、イヨイヨ明日に裏書きされる段取りになって来た訳ですが、サテそれでは誰がいいか、彼がいいか……といった具体的なところまで話が進んで参りますと、不思議な事に、私の気がドウしても進まなくなってしまったのです。前に龍代と一所になった時分とは、何だか気持が違うように思われて来たのです。しかもそればかりでなく、そうした気持を自分自身でよくよく解剖してみますと、それは死んだ龍代に気兼ねをした気持でもなければ、子供の将来を心配した訳でもないように思われるのです。なぜ気が進まないのか、自分でも判然はっきりしないまんまに、何だか恐ろしく気がとがめるような……何かしら大切な事を忘れているのを、ヤット思い出しかけているような気がしてなりませんので、実際、吾れながら妙チキリンな自烈度じれったい気持になってしまったものです。ですから私は親類達への返事をいい加減にして突然、旅行に出かけたり何かしながら、色々と、その理由を考え廻してみたものですが、解らないものはイクラ考えたって解る筈がありません。のみならず、その結果スッカリ憂鬱ゆううつになってしまった私は、トウトウ皆をビックリさせるような事を仕出来しでかしてしまいました。……つまり何となく石狩川の上流に行ってみたい。どこだかわからないが自分の故郷は、石狩川の上流に在るような気がするから、そこに行ってみたら、何もかも解るに違い無い……といったような、タマラない悲壮な気持になりましたので、人知れず小型のカンバスボートや、食料などを買込みまして、無断で家を飛出しますと、一直線にエサウシの別荘に向ったものです。すると又、生憎あいにくなことに、ズット以前から、私のそうした素振りを不審に思って、気を付けていた者が、うちの中に居りましたので、難なく途中で押えられて、小樽へ引戻されてしまったものですが……しかし先生はモウっくに、私のそうした気持を察しておいでになるでしょう。……ねえ先生。先生はソンナ病症の経過をイクラでも御存じでしょう。そうした不可思議極まる潜在意識の作用を、知り尽しておいでになるでしょう。
 ハハア。西洋の古い記録にはそうした実例が出ているが、先生御自身にはソンナ患者を御覧になった事が無い……それはいい都合です。私はソンナ実例の中でも特別あつらえの標本ですからね。

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