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人の顔(ひとのかお)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:11:16  点击:  切换到繁體中文


       四

 そのうちに、あくる年の二月の末になって、チエ子の父親が、長い航海から帰って来たが、玄関に駈け出して来たチエ子を見ると、ビックリして眼をみはった。
「どうしてこんなになったのか」
 と、短気らしく大きな腕を組んで、あとから出て来た母親にきいた。しかし母親がまじめな顔をして、何か二言三言ふたことみこと云いわけをすると、間もなく納得したらしく、組んでいた腕をほどいて元気よくうなずきながら、靴をスポンスポンと脱いだ。
 それから褞袍どてらに着かえて、チエ子と並んで夕飯のお膳について、何本もお銚子を傾けた父親は、赤鬼のようになりながら大きな声で、今度初めて行った露西亜ロシアの話をした。そのあいまあいまにチエ子がこの頃は特別に温柔おとなしくなった話をきかされたり、久し振りにったという母親の丸髷まるまげを賞めて、高笑いをしたりしていたが、そのあげく、思い出したように柱時計をふり返ってみると、飯茶碗をつき出して怒鳴った。
「オイ飯だ飯だ。貴様も早く仕舞って支度をしろ。これから三人で活動を見に行くんだ」
「エ…………」
「活動を見にゆくんだ……四谷に……」
 お給仕盆をさし出しかけていた母親の顔がみるみる暗くなった。おびえたような眼つきで、チエ子と、父親の顔を見比べた。
「何だ……活動嫌いにでもなったのか」
 と父親ははしを握ったまま妙な顔をした。母親は、泣き笑いみたような表情にかわりながら、うつむいて御飯をよそった。
「そうじゃありませんけど……あたし今夜何だか……頭が痛いようですの……」
 父親は平手で顔を撫でまわした。
「フ――ン。そらあいかんぞ。半年ぶりに亭主が帰って来たのに、頭痛がするちう法があるか……アハハハハまあええわ、それじゃ去年送った、あの外套がいとうを出しとけ。チエ子の赤い羽根のやつを……。あれは俺が倫敦ロンドンで買ったのじゃが、日本に持って来ると五十両以上するシロモノだ。ここいらのうちの児であんなのを着とるのはなかろう……ウンないじゃろう。ない筈だ。ウン……。あれを着せて二人で行って来るからナ……貴様は頭痛がするんなら先に寝とれ……座敷に瓦斯ガスストーブを入れてナ……ハハ久し振りに川の字か。ハハン……しかし要心せんといかん……」
「それほどでもないんですけれど、永いこと丸髷に結わなかったせいかもしれません」
 と母親は、お茶をさしながら甘えるような、悄気しょげた声で云った。
「イヤ……いかんいかん。そんな事を云って無理をしちゃいかん。今年は上海シャンハイのチブスがひどいからな。……ナニ俺か。俺は大丈夫だ。この上からマントを着てゆく。帽子は鳥打とりうちがええ。ウン。それからトランクの隅にポケットウイスキーがあるから、マントのポケットに入れとけ……日本は寒いからナ……ハハハハハ」

       五

 活動を見ながらウイスキーをチビリチビリやっていた父親は、いよいよいい機嫌になって帰りかけた。
 四谷見付よつやみつけで電車を降りると、太い濁った声で、何か鼻唄を歌い歌い、チエ子と後になり先になりして来たが、やがて嫩葉わかば女学校の横の暗いところに這入ると、ちょうど去年の秋に、母親と立ち止まったあたりで、チエ子は又ピッタリと立ち止まった。
「オイ。早く来んか。怖いのか……アアン……サ……お父さんが手を引いてやろ……」
 と、二三間先へ行きかけた父親が、よろめきながら引返してみると、チエ子は暗い道のまん中に立ち止まって、一心に大空を見上げている。
「何だ……何を見とるのか」
「……あそこにお母さまの顔が……」
「フ――ン……どれどれ……どこに……」
 と父親は腰を低くして、チエ子の指の先を透かしてみた。
「ハハア……あれか……ハハハハ……あれは星じゃないか。星霧せいむちうもんじゃよあれは……」
「……デモ……デモ……お母様のお顔にソックリよ……」
「ウ――ム。そう見えるかナア」
「……ネ……お父さま……あの小さな星がいくつもいくつもあるのがお母さまのおつむよ……いつも結っていらっしゃる……ネ……それから二つピカピカ光っているのがお口よ……ネ……」
「……ウーム。わからんな。ハハハハハ……ウンウンそれから……」
「それから白いモジャモジャしたお鼻があって、ソレカラ……アラ……アラ……あのオジサマの顔が……あんなところでお母さまのお顔とキッスをして……」
「アハハハハハハハ…………冗談じゃないぞチエ子……何だそのオジサマというのは……」
「……あたし、知らないの……デモネ……ずっと前から毎晩うちにいらっしてネ……お母様と一緒にお座敷でおねんねなさるのよ。あんなにニコニコしてキッスをしたり、お口をポカンとあいたり……」
 と云いさしてチエ子は口をつぐんだ。ビックリしたように眼を丸くして、父親の顔を見た。
 しゃがんでいた父親は、いつの間にか闇の中に仁王立におうだちになっていた。両手をふところに突込んだまま、チエ子の顔を穴のあくほどにらみつけていた。
 チエ子はそれを見上げながら、今にも泣き出しそうに眼をパチパチさした。そうして、云いわけをするかのようにモジモジと、小さな指をさし上げた。
「……こないだは……アソコに……お父さまのお顔があったのよ……」





底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年8月24日第1刷発行
底本の親本:「日本探偵小説全集 第十一篇 夢野久作集」改造社
   1929(昭和4)年12月3日発行
入力:柴田卓治
校正:江村秀之
2000年7月4日公開
2006年3月10日修正
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