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笑う唖女(わらうおしおんな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:34:16  点击:  切换到繁體中文


「それから後、この唖女おしやんの姿を見た者は一人も居りませんので……ヘエ……」
「ふうむ。誰が逃がいたのかわからんのか」
「ヘエ。それがで御座います。御覧の通り唖娘おしむすめの上に色情狂いろきちがいで、あの裏山の中の土蔵の二階窓から、山行の若い者の姿を見かけますと手招きをしたり、アラレもない身振をして見せたり致しますので、跛の門八じいが外に出る時には、必ず喰物を内に残いて、外から厳重しっかりと締りをしておったそうで御座います。それでも門八が帰りがけには、途中みちなかで拾うた赤い布片きれなぞを持って帰ってやりますとこの花子が……この娘の名前で御座います……コイツが有頂天も無う喜んでおりましたそうで、その喜びようが、あんまりイジラシサに門八爺が時々、なけなしの銭をハタいて、安物の練白粉ねりおしろいや、口紅を買うて帰ってやったとか……やらぬとか……まことに可哀相とも何とも申様もうしようの無い哀れな親娘おやこで御座いましたが」
「……まあ……」と博士夫人がタメ息をして眼をしばたたいた。
「ふうむ。してみると誰かこの女にイタズラをした村の青年わかてが、その土蔵くらの戸前を開けてやったものかな」
「ヘエ。そうかも知れませぬが、跛の門八が戸締を忘れたんかも知れませぬ。だいぶ耄碌もうろくしておりましたで……それで娘に逃げられたのを苦に病んで、行末の楽しみが無いようになりましたで、首を吊ったのではないかと皆申しておりましたが」
「うむ。そうかも知れんのう。つまりこの娘を逃がいた奴が、門八爺を殺いたようなもんじゃ」
「ヘエ。まあ云うて見ればそげな事で……」
「しかし、それから最早もう、かれこれ一年近うなっとるが、どこに隠れていたものかなあこの女は……」
「それがヘエ。やっぱりどこか遠い処を、当てもなしに非人してまわりよりまするうちに、誰やらわからん×××を宿して、久し振りに父親の門八爺が恋しうなりましたので、故郷へ帰って来ますと、あの裏山の土蔵はけてアトカタも御座いませんので、途方に暮れておりまするところへ、コチラ様の前を通りかかって、御厄介になりに来たのではないかと、こう思いますが……」
「ふうん。しかし物を遣っても要らんチウし、自分の腹をゆびさいて何やら云いよるではないか」
「ヘエ。もう産み月で痛み出して居るかも知れませんがなあ。ちょうどこの村から姿を隠いた時分から数えますと十月とつきぐらい。………そうとすればはらませた者は、この村の青年かも知れませんが……ヘヘヘ……」
「うむ。困った奴じゃのう」
「何せい相手が唖女おしやんで、おまけの上にキチガイと来ておりますけに、何が何やらわかったものでは御座いません」
「しかしここが医者の家チウ事は、わかっとる訳じゃな」
「さあ。わかっておりますか知らん。オイオイ花チャン。ここ痛いけん」
 一作爺が自分の腹を指して見せながら、唖女おしおんなの顔を覗き込んだ。
 しかし唖女のお花は答えなかった。最前からの二人の問答を、自分の事と察しているらしく、無邪気な、真剣な眼付で二人の顔を代る代る見比べていたが、そのうちに、栗野博士夫妻の背後から、物珍らしそうに覗いている新郎新婦の中でも、先に立っている新郎澄夫の青白い顔に気が付くと、お花は見る見る眼を丸くして口をポカンと開いた。泥だらけの手足を躍らして小犬のように跳ね上ると、玄関の式台へ泥足のまま駈け上って、栗野博士を突除つきのけながら、澄夫の袴腰はかまごしにシッカリと抱き付いた。同時に「アッ」と小さな声を立てた花嫁の初枝を、背後から抱きかかえるようにして栗野夫人が、廊下の奥の方へ連れ込んで行った。
 澄夫はハッと度を失った。花嫁の方を振返る間もなく、唖女の両手を払いけて飛退とびのこうとしたが、間に合わなかった。ガッシリと帯際を掴んだ女の両腕を、そのまま逆にガッシリと掴み締めると、眼を真白くき出し、舌をダラリと垂らした。そうして気を落付けようとしているのであろう。周章あわててその舌を嚥込のみこみ嚥込み眼をパチパチさせた。その顔を下から見上げた唖女はサモサモ嬉しそうに笑った。
「ケケケ……ケケケケケケケケケ……」
 若様らしい上品な澄夫の顔が、その笑い声につれて見る見るしわだらけの鬼婆のような、又は髪毛を逆立てた青鬼のような表情に変った。反対に澄夫の方が発狂しているかのように見えた。
 栗野博士も一作爺も、澄夫と一所いっしょに度を失った。
「コレコレ……退かんか……」
「コラッ……コン外道げどう……」
 と二人が声を揃えて怒鳴り付けるうちに一作が、女の襟首へ手をかけると、古びた笈摺おいずり背縫せぬい脇縫わきぬいが、同時にビリビリと引離れかかった。その手を非常な力で跳ねけながら唖女は、涙をボロボロと流した。澄夫の顔を指し、又自分の腹部を指し示して、情なさそうな奇声を発しながらオドオドと三人の顔を見廻わした。
「エベエベ……アワアワ。アワアワアワアワ……」
 澄夫は絶体絶命の表情をした。唇を血の出る程噛んで、肩をキリキリと逆立たした。

「イヨオ。これは芽出度めでたい」
 という頓狂とんきょな声がして、澄夫の背後の廊下から伝六郎が躍出おどりだして来た。又も大盃をあおり付けて、素敵に酔払っているらしく、吉角力きちずもうの大関を取ったという双肌もろはだを脱いで、素晴らしい筋肉美を露出している。
「ヨオヨオ。これは芽出度い、婚礼の門口にはらみ女とは芽出度い、イヤア……なれあ裏山のお花坊じゃねえかい。こん外道人間。片輪者とはいいながら親の死んだ事も知らじい、どこをウロ付きおったかい。どこの×××××をばはろうで来おったかい。ええ。コレ……コレ……」
 と云ううちにお花の両脇の下に手を入れて軽々と抱き上げた。お花は引離されまいとする一生懸命さに、片手で色々な手真似をしいしい、線香花火のように暴れ出した。繿縷布片ぼろきれの腰巻が脱け落ちそうになったまま叫び続けた。
「アワアワアワ。エベエベエベエベ。ギャアギャアギャアギャアギャ」
「アハハハ、わかったわかった。感心感心。ウムウム。エベエベエベじゃ。ベッベッ。臭いなあ貴様は……アハハハ。わかったわかった。つまり近いうちに子供が生まれるけに、この若先生に頼んで生ませてもらいたいチウのか……ウムウム。なかなか良うわかっとる。エベエベ。感心感心」
「エベエベエベエベエベ」
「ええ。泣くな泣くな。縁起の悪い。ウムウム。わかったわかったそうかそうか。よしよし。俺が頼うでやる頼うでやる。柔順おとなしうしとれ」
「エベエベエベエベ」
「なあ若先生。魂消たまげなさる事はない。これあ芽出度い事ですばい。たとい精神異状者きちがいじゃろが、唖女じゃろが何じゃろが、これあ福の神様ですばい。何も知らじい来た、今日のお祝いの御使姫つかわしめですばい。何とかして物置の隅でも何でも結構ですけに、置いてやって下さいませや。本来ならば役場で世話せにゃならぬところですけれど、この村にゃ[#「村にゃ」は底本では「村にや」]設備が御座いませんけに、なあ先生。功徳で御座いますけに……きょうのお祝いに来た人間なら何かの因縁と思うて、なあ若先生……これ位、芽出度い事は御座いまっせんばい」
「……………」
「どうぞもし……どうぞ若先生。先生の病院はこの功徳の評判だけでも大繁昌だいはんじょうですばい。アハハ……なあ花坊。祝い芽出度の若松様よ……トナ……さあ。花ちゃん。この手を離しなさい。柔順おとなしうこの帯を離しなさい。この若先生がてやると仰言おっしゃるけに……」
 双肌脱もろはだぬぎの伝六郎が、音に聞こえた強力で、お花の腕を※(「てへん+宛」、第3水準1-84-80)ぎ離そうとする度に、帯際を掴まれている澄夫は式台の上でヨロヨロとよろめいた。
「コレコレ。離せと云うたら。恐ろしい力じゃ。コレコレここ、離しおれと云うたら……云うたて聞こえんけに往生するのう。袴の紐が切れるてや。ええ若先生。この袴と帯を解かっしゃれ。アトは私が引受けますけに……」
 今にも気絶しそうに生汗をらしながら唖女の瞳を一心に凝視していた澄夫は、この時やっと気を取直したらしく、伝六郎の顔を見て真赤になった。暗涙を浮かめた瞳で背後の栗野博士を振返ると、すこしばかり頭を下げた。やっとの思いで唇をわななかした。
「誠に……恐れ入りますが、モルフィンを少しばかり、お願い出来ますまいか……一プロ……ぐらいで結構ですが……」
「オット。モルヒネなら失礼ながら私が作りましょう。長らくこの病院の留守番をさせられて、案内を知っておりまするので……」
 栗野博士の背後から頓野老人が山羊鬚を突出した。
「二番目の棚の右の端で御座ったの」
 と云ううちに自分で二つ三つうなずきながら、大仰に袴の両岨りょうそわを取った頓野老人は、玄関脇の薬局にヨチヨチと走り込んだ。ホントウにこの家の案内を知っているらしく、突当りの薬戸棚の硝子ガラス戸を開いて、旧式の黒柿製の秘薬ばこを取出して調薬棚の上に置いた。その中からつまみ出した小型の注射器に蒸溜水を七分目ほど入れて、箱の片隅の小さな薬瓶の中の白い粉を、薬包紙の上におとすと、指の先で無雑作に抓み取りながら注射器の中へポロポロとヒネリ込んだ。活栓かっせんと針を手早く添えて、中味の液体をシーソー式に動かすと、薬の残りを箱の中の瓶に返して、右手にアルコールをひたした脱脂綿と、万創膏ばんそうこうを持ちながら薬局を出て来た。
「ヘッヘッヘ。わしは元来胆石たんせきでなあ。飲み過ぎると胸が痛み出す。痛み出すと自分でこの注射をやって眠るのが楽しみでなあ。ヒッヒッ。この見量なら下手な天秤よりもヨッポドたしかじゃ。生命いのちがけの練習しとるけになあ。……さあ作って来ました。六分ゲレンの一じゃからちょうど一プロの一グラムじゃ。相手が相手じゃけに相当利きまっしょう。さあ……」
 澄夫は、こうした頓野老人の自慢の離れわざを格別、驚いた様子もなく受取った。無造作に狂女の右腕を捕まえて注射した。
 唖女のお花は痛がらなかった。かえって何となく嬉しそうに注射器と澄夫の顔を見比べてニコニコしていたが、注射が済むと、何と思ったか急に温柔おとなしく手を離して、伝六郎と一作に手を引かれながら、繿縷ぼろの腰巻を引擦り引擦り立ち上った。もう真暗になった軒下を、裏手の物置納屋の処へ来た。
 納屋の前まで来た時、彼女はモウ眠気を感じているらしかった。先に立った一作が造ってくれた古藁と、古茣蓙ござの寝床へコロリと横になって眼を閉じた。大きな腹の上に左手を投げかけると、もうスヤスヤと寝息を立てていた。

 かつて殿様のお鷹野たかのの時に、御休息所になったという十畳の離座敷はなれざしきは、障子が新しく張換はりかえられ、床の間に古流の松竹がけられて、びの深い重代の金屏風きんびょうぶが二枚建てまわしてある。その中に輪違いの紋と、墨絵の馬を染出そめだした縮緬ちりめんの大夜具が高々と敷かれて、昔風の紫房の括枕くくりまくらを寝床の上に、金房の附いた朱塗の高枕を、枕元の片傍かたそばに置いてあった。
 その枕元に近い如鱗じょりんの長火鉢の上にかった鉄瓶からシュンシュンと湯気が立っていた。
 仲人栗野博士から、唖女に対する伝六郎の口上を、身振り手真似、声色こわいろ入りで聞かされた花嫁の初枝は、たしなみも忘れて、声を立てながら笑い入った。そうして、
「まあまあ大事にしてやんなさい。医者の人気というものはコンな事から立つものじゃけに……そのうちに私が県庁へ手続きをして行路病人の収容所へ入れて上げるけに……」
 という博士の話を聞いて初枝はスッカリ安心したらしく、両手を突いて頭を下げながらホッとタメ息をしてみた。しかし新郎の澄夫は両手をキチンと膝に置いて頸低しなだれたまま、ニンガリもせずに謹聴していた。
 それから博士夫妻の介添かいぞえで、床盃とこさかずきの式が済んで二人きりになると、最前から憂鬱ゆううつな顔をし続けていた澄夫は、無雑作に………………、………………………………………………………………………。塗枕と反対側の床の間の方を向いて、両腕を組んで、両脚を縮めたまま凝然じっと眼を閉じた。
 澄夫の着物を畳んで、衣桁いこうにかけた花嫁の初枝は、…………………………………………、…………………、……………………。………………………………………………、透きとおるような声で、
「おやすみ遊ばせ」
 とハッキリ云うと、石のように頬をこわばらせたまま冷然と眼を閉じている………………………………………………………、……………………………………………………………、出来るだけ静かに………………………、……………………………………。
 しかし澄夫は動かなかった。呼吸をしているのか、どうかすら判然わからない位凝然じっと静まり返っていた。初枝も天鵞絨びろうどの夜具のえりをソット引上げて、水々しい高島田のたぼを気にしいしい白い額と、青い眉を蔽うた。
 白湯さゆの音がシンシンと部屋の中に満ち満ちた。
 新郎――澄夫は、その白湯の音に耳を澄ましながら、物置の中に寝ている唖女の事ばかりを一心に考え続けていた。

 それは去年の八月の末の事であった。
 暑中休暇の数十日を田舎の自宅でつぶして、やっとの事で卒業論文を書上げた彼は、正午ひる下りの晴れ渡った空の下を、裏山の方へ散歩に出かけた。
 彼の両親はもう、三個月ばかり前に老病で相前後して死んでいた。後の医業しごとは彼の父の友人で、せがれに跡目を譲って隠居している隣村の頓野老人が来て、引受けてくれていたので、彼はただ一生懸命に勉強して大学を卒業するばかりであった。しかも天性柔良じゅうりょうで、頭のいい彼は、各教授から可愛がられていたし、自分自身にも首席で卒業し得る自信を十分に持っていた。卒業論文が出来上れば、もう心配な事は一つも無いといってよかった。
 彼は完全な両親の愛の中で育ったせいであろう。庭球以外には何一つ道楽らしい道楽を持っていなかった。もちろん女なんかには、こっちから恐れて近附き得ないような所謂いわゆる、聖人型だったので、二十四歳の大学卒業間際まで、完全な童貞の生活を送っていた。それは大学時代の一つの秘密の誇りでもあった。
 だから来年に近附いて来た結婚に対する彼の期待は、彼の極めて健康な、どちらかといえば脂肪ぶとりの全身に満ち満ちていた。田圃たんぼ道でスレ違いさまにお辞儀じぎをして行く村の娘の髪毛かみのけの臭気をいでも、彼は烈しいインスピレーションみたようなものに打たれて眼がクラクラとする位であった。
 だから、そんなものに出会うのを恐れた彼はこの時にも、わざと傍道わきみちへ外れて、彼の家の背後の山蔭に盛上った鎮守の森の中へフラフラと歩み入った。そのヒイヤリとした日蔭のを横切って行く、白い蝶の姿を見ても、又は、はるか向うの鉄道線路をい登って行く三毛猫の、しなやかな身体附からだつきを見ただけでも、云い知れぬ神秘的な悩みに全身をうずかせつつ、鎮守の森の行詰まりの細道を、降るような蝉の声に送られながら、裏山の方へ登って行った。
 たちまち、たまらない草イキレと、木蔭の青葉にれ返る太陽の芳香においが、おそろしい女の体臭のように彼を引包ひきつつんだ。行けば行くほどその青臭い、物狂おしい太陽の香気が高まって来た。彼は窒息しそうになった。
 むろん医学生である彼は、その息苦しくなって来る官能の悩みが、どこから生まれて来るかを知っていた。同時にその悩ましさから解放され得る或る…………誘惑を、たまらなく気附いているのであった。だから彼は、現在、蒸れ返るような青葉の芳香の中で、その誘惑を最高潮に感じたトタンに、自分のフックリと白い手の甲に……附いた。汗じみた、甘鹹あまからい手の甲の皮膚をシッカリと…………て気を散らそうと試みた……が……しかしその手の甲の肉から湧き起る痛みすらも、一種のタマラない……………のカクテルとなって彼の全身に渦巻き伝わり、狂いめぐるのであった。

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